近くの女がぎゃあぎゃあ騒いでいた。そのくりくり巻いた茶髪と華美な化粧にはどうも不釣り合いに思える民族衣装、"着物"の袂にソースが付いただ何だとぎゃあぎゃあと。汚れるのが嫌ならそんな格好で来なければいいのに。多分ノブナガ辺りが嫌いそうな女だな、と騒ぎを眺めていると、当の本人が細い木の棒を口端にくわえてやってきた。
「団長とマチは?」
「お守り買いに行ってる。あ、団長は知らない」
「お前は?」
「人間観察」
「はぁ?」
 初詣に来て何やってんだよ。階段を下りながらノブナガが言う事には、ある意味で同感だった。何やってんだ俺は。そう自問自答したい。

 話の流れはよく覚えていないが、ともかく年変わりの話題になった時、このノブナガが「そういやしばらく正月行事なんてしてねぇな」と割り込んできたのだ。そして初詣という単語が出て、聞き慣れない言葉に誰かが「何それ」と訊き返し、そして……
 あれよあれよと言っている間に、この小さな島国への飛行船へ乗り込むはめになったのだ。メンバーは言い出しっぺのノブナガ、新年早々外に用事のある俺とマチ、そして……

 雑踏の賑わいの中でも明瞭に耳に届いた呼び出し音に、すぐにケータイを取り出した。
「何? ……ああ、団長? うん、いるよ。……いや、いないや、今ちょっと迷子。……そう、満足したらじきそっちに帰ると思うよ、ノブナガと一緒にね」
 自分の名前が出た事で伺ってきたノブナガに、電話口を遠ざけて「パク」と返す。
「俺? ……そうだよ、ハンター試験。そう、年明け早々に始まるよ。なのにこうしてこんな辺境の島国に引っ張り回されてるのは一体どうしてなんだろうね」
 そうしてジロッと睨んだノブナガは、「ん?」 呑気な面で後ろを振り返った。……お前だよ、お前。
「お」
 こちらの内心など察する様子も見せない強化系は、やはり目の前の物にだけ注意を引かれていた。矢羽根のはみ出した袋を下げたマチが、向こうで手を挙げていた。
「何買ったんだ?」
「シズクに頼まれたお守り。何がいいか聞かなかったらとりあえず一通り」
 立ち話をする二人から目を離し、俺は電話口へと意識を戻す。
「……うん、ここから直接試験会場に行くつもり。………さぁ、一ヶ月以上かかる年もあるみたいだけど、終わって、仕事も片づいたらすぐ帰るよ」

「あんたは? それ何?」
「口寂しくてな。姫リンゴ飴」
 なんて平和な会話が頭の後ろから聞こえる。用件が終わった電話を切ると、「あんた何も買ってないの?」 カサカサとビニールの音を立てながらマチが近付いてきた。
「別に信心深くも無いしね」
「そんなたいそうなモンが必要なの? リンゴ飴に」
「あ、そっちね」
 それもいいや、とひらひら手を振ると、「じゃあ参拝してこいよ」 とノブナガが提案してきた。それにマチもいいねと乗っかる。 「本堂は?」 「あっちだな」 そう続いていく二人の会話に俺は手を"ちょっと待った"の形に変えた。
「何で俺をそんなに初詣に参加させたいの?」

「せっかくこっちがイベント事満喫してるっていうのにねぇ」
「冷めた奴がいると胸くそ悪いからな」
 息の会った二人にため息と共に撃沈した俺は、マチに腕をひっつかまれるまま本堂へと連行されていった。くそ、強化系と変化系、性格が正反対同士引かれ合えばいいさ……!


「ねぇ、ちょっと」
 順番が来るや、掛かっている鈴をリンリン鳴らし、そのまま両手を叩いて目を閉じようとしたマチにストップをかけた。
「お賽銭入れないの?」
「お守りも破魔矢も絵馬も買って、おみくじも引いたってのにまだ金取るの?」
「おみくじも引いたんだ」
「末吉。でも商売は"良し"」
 よかったね、と自分が払う側にならない事を祈りながら笑っていると、すぐ隣でちゃりんと音がした。ちなみにノブナガはもう参拝済みという事でここにはいない。なので、マチが鳴らしたのとは別の鈴に手をかけているのは……
「あ、団長」
 俺より先に、マチが言った。

 鈴を鳴らして二拝二拍子一拝。袖口が少しばかり濡れている所を見ると手水舎にも寄ったとみえる。俺も行く、なんて言った時はよほどこの島国独特の年明け行事に興味があったのか、それともよっぽど暇だったのか計りかねていたが、ここまで正式参拝にのっとっている様をみると……その両方に加え、もう一つの可能性も浮かんできた。
「調べたの?」
「郷に入ればと言うからな」
「調べたのはそれだけ?」
 俺が突っ込むと、団長はニッと口端をわずかに上げた。
「この国は、ここ以外にも歴史の長い土地が多いらしいからな。"仕事"はもう少し観光……も兼ねた、情報収集の後。ああ、お前とマチは試験に行っていいぞ」
 そのつもりだよ、と踵を返して階段を下りていく団長に無言で投げかけていると、反対側から賽銭を手放す音が聞こえた。多分10ジェニー以下である事は間違いないだろうなと確信しながら、大きな瞳をパチッと開いたマチに訊いてみた。
「何お願いしたの?」
「良い仕事が増えますように」

 ……それは旅団の? それともマチ個人の?

 ゴメン訊くまでもないね。自分が客にならない事をもう一度強く強く祈っていると、マチが雑踏を見渡しつつ言った。
「団長は何お願いしたんだろ。やっぱり良い仕事か本に恵まれますように?」
「面白い能力持った念能力者が捕まりますように、じゃない?」
 言って、俺も賽銭を放り込んだ。
「あんたは?」
「うーん……」
 何も考えていなかった。マチの客になりませんように、は自分で気を付ければいい事だ。それなら他は……
「ハンター試験受かりますように?」
 マチの零した思いつきに、思わず吹いた。まるで難関学校を目指してはちまきを締める浪人生のようで笑える。
「落ちると思ってるの? ハンター試験に落ちる念能力者、いたら顔が見てみたいね」
 郷に従って二回頭を下げ、二回手を鳴らした。
「ならいっそ……」

 合否に影響するくらい、試験が面白くなりますように。

 目を開けて、もう一度頭を下げた。
「何て?」
「言ったら叶わなくなるんだよ。……ってそれは初夢だっけ。とにかくもう行こうよ。船使うんでしょ? 間に合わなくなるよ」
 不満げに眉を寄せたマチだが、すぐに袋をノブナガに預けてくると言って人混みに消えていった。それを見送り、同時に人の多さに辟易して息を吐いた。ハンター試験もこういう有象無象の集まりなんだろうな。面白くなんて、なりようもないか。


 * * *


「マジっすか……!!」
 とある島国のとある神社からは遠く遠く離れたとある町。ちっちゃな封筒をぷるぷる握りしめる青年が新年早々感嘆の声を上げていた。
「いいんすか、給料以外にこんな……!!」
「そ、そんなに喜んで貰える程入ってないけど……まぁ、お年玉だよ」
 正月から出勤したコンビニで、思いがけず戴いた臨時収入。この前見かけたバンデ国製軍用ナイフとかR−142用の暗視スコープとかこの際思い切って有り金も足してずっと狙ってたコーグーS45.5とかいっちゃお……
「あああっ、ダメだ! ハンター試験受けるのに、飛行船チケット買わなくちゃいけなかったんだ……っ!!」
 大げさに崩れ落ちた作業つなぎとニット帽の青年は、「あのー……レジ入ってくれる?」との声にもしばらく反応できなかった。



 二人が299番と300番になるまで、あと○日の話。






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2008年のお正月小説でした。