リポート・二人の道  by天井裏





 暗い部屋。セメントでできた床や壁は暗がりに紛れて直視できず、けれどその冷たさだけがじんわりと伝わってくる、広いわりにあなぐらのような地下室の天井裏。
 そこで、僕は試験官をしている。

 僕の目の前には沢山の、本当に沢山のモニターが積み上がっていて、それぞれ青い光を放っている。
 今は三次試験。
 受験者達は百個のドアをそれぞれ選び、その先の通路から、それぞれ地上を目指している。
 そんな彼らの様子をここで観察しているわけだが、今はもう、ほとんどのモニターの電源が消えていた。脱落、クリア。そのどちらかに属した受験者はもう見る必要がないからだ。
 僕は、まだ電源が入っているモニターの一つに目をやった。
 青白い画面の向こうで、2人の受験者が狭い通路を歩いていた。


「シャルさーん……」
「何?」
「おおみえ切ってこっちの道選んだけどさぁ」
「うん」
「間違ってたらどうしよう」
「殴る」
「……ええっ!?」

 作業つなぎを着た、299番の青年。
 金髪が特徴的な、300番の青年。
 彼らは隣り合ったドアを選び、この"二人の道"へと入った。数ある分かれ道を、特に意見が分かれる事も、ケンカする事も無く順調に進み、試練官も倒して、最後の分かれ道を選び終えた彼らは今こうして、正解の、地上へ伸びる道を歩いている。
 勿論、二人はまだ選択が正しかった事なんて知らないけど。

「……まぁ、でも殴って済むんなら、どうぞって感じかも……間違ってたら、今度の試験まで一年待たなくちゃなんないわけだし……」
「そうか、1年ねぇ……」
「………シャル、もしかして、やっぱし殴るだけじゃ足りないなぁとか考えてる?」
って、エスパー?」
「…………」

 僕はお尻に敷いていたクッションを抱きしめ、そこに顔を埋めた。
 ……いいなぁ、仲良しで。

 消えているテレビ画面が、僕の顔を映した。ぼうっと浮かび上がる穴ぼこのような目。もう片方の目はこれより酷くて、僕は髪で隠している。でもただれた皮膚まではどんなに頑張っても隠せない。
 こんなになる前は、友達がいた。
 こんなになって、いなくなった。

「……あ」
 僕はつい、しわがれた、自分でも恐ろしいと思う声を漏らしてしまった。
 そうそう忘れてた。この道には最後にもう一つ、部屋を用意しておいたんだっけ。
 そのドアの前に立った二人は、ちょっとげんなりした顔を見せた後、そのノブを回した。

 途端、つなぎの299番の悲鳴が上がった。
「なっ……あ……うわあああああっ!!」

 ……悲鳴だと思った。
 が、勘違いだったようだ。
 彼は放っておいたらどんどんニヤけていってしまうのを必死で我慢しているような表情で、握りしめた両手をぷるぷる震わせていて──つまり、彼が上げたのは悲鳴ではなく、歓声だったのだ。
 僕は首を傾げた。
 そんなに喜んでくれる物を置いた覚えはないんだけどなぁ。この部屋には、そう、ただ、古今東西ありとあらゆる武器を用意しておいただけなのに。

「カルバス社のカルバスF55……! ま、まさかこんな所でお目にかかれるなんて思わなかっ……はっ! こっちのライフルはルパスN-2594ミリタリー、しかもロングスコープにサイレンサーのフル装備! くぅっ、この持った感じ、中も相当チューンされて……はぁっ! そっちの刀はもしや名匠マサムネの一振りでは!?」
 武器が所狭しと掲げられた四方の壁を行ったり来たりしながら、つなぎの299番は最後に叫んだ。
「ブラボーーーッ!!!」

 まぶたなんて元から無いが、僕は気持ち的にもまばたきを忘れて、ぽかんとモニターを見つめていた。
 ……と、我に返ってもう一人の姿を捜す。
 金髪の300番は大騒ぎする299番を尻目に、腰を軽く屈め、入ってきたのとは反対側にあるドアに顔を近付けていた。
 カメラからは彼の体で死角になって見えないが、そこにはこう書かれたプレートが打ちつけられているはずだった。

 "このドアは、どちらか一人にしか開かれません"

 通れるのは、どちらか一人だけ。
 それを決めるための武器。
 さて、仲良しの二人はどうするだろうか。

 僕はモニターに体を寄せた。
 青白い画面にうっすらと、人の形をした、けれど人とは思えないような姿が映る。

 ──お父さんにお弁当を届けに行って、巻き込まれた薬品会社の大火災。全身は炎に、声は煙に焼かれた。
 皮膚の無くなった体を包帯で隠す僕に、お母さんは目を合わせようとはしなかった。友達も、一回お見舞いに来たきり来なくなった。いつも一緒に二人だけの秘密基地で遊んでいた、親友も──
 小さい頃の事を頭の端っこに過ぎらせながら、じっと、モニターを覗き込んだ。

 この二人は友達同士なのかな?
 そういえば一次試験の時も一緒にいたような気がする。
 ……どうするのかな。
 やっぱり──武器を手に取るのかな。


、ちょっと」
「うはー、やばい、やばいよこれ。試験官が用意したんだったらもうセンス良すぎだよ。銃器を用意するんならウィングラムサブマシンガン、これがなきゃあ始まらねーよなぁうんうん。ナイフも新品じゃなくて使い込まれたヤツってのが渋いぜうんうん」
「おーい、
「……これってもしかしてご自由にお持ちしちゃっていいのかな。……いやぁこんなに持ちきれないってどうしようかなもう困っちゃうな」
「…………」

 ガンッ

 モニターの中で、つなぎの299番が頭を抱えてうずくまった。
「ってえーっ! 何すんだよ、いきなり!」
「何がいきなりだよ。いいからちょっと」
 金髪の300番が、殴った右手で手招きする。
「何、ドア?」
「ちょっとこれに、手、置いてみて」
「置けばいいの? こう?」
 ぺたり、と鉄の扉に貼り付かせた299番の手を、横からジイッと300番が窺う。しばらくして1つ頷き、「もういいよ」と言った。

「うん、電流は流れてないみたいだな」

「……今の、つまり……俺で……えええっ!?」
電気平気だろ」
「……い、いや、そういう問題じゃなくて!」
「もういいからまた遊んでなよ。ほーら武器がを呼んでるぞ」
 爽やかな笑顔でひらひらと追い払うように手を振り、「酷い……」と項垂れる299番を見送った後、金髪の300番は一人ドアに向き直った。

 鉄の扉。それに向かって斜めに立ち、右の拳を後ろに引く。微かに腰を落とし──
 え、この人、もしかして……

 僕の予感した通りの事が、モニターの向こうで起こった。

 ガアアンッ、と激しい音がスピーカーから轟き、僕の溶け落ちた耳、その奥の鼓膜が揺さぶられた。
 何が起こったか。
 それは、まぶたの無いせいで始終開いたままの僕の目がはっきりと捉えていた。
 鋼鉄の扉が、300番の細い腕によってぶち破られたのだ。


「……びっくりした」
 僕が思ったのと同じ事を、299番が呟いた。鉄のドアが通路の向こうに打ち倒された、その音の余韻がまだ漂っている。
 勿論このドアはかなり頑丈に作られて、いたはずなんだけどなぁ。

 と、そんな感心とは別に、……あ、と僕は気付いた。
 主に室内を映すカメラからは壁が死角になって見えづらいが、それでも下半分ほどが映っている鉄のドア。それが一番ひしゃげ、へこんでいる部分、あれは──
 プレートが打ちつけられていた、辺り?


「開いた開いた」
 300番は手をぷるぷると振りながら、ドアを踏み越える。
「肉体労働担当じゃないんだけどなぁ。ま、とにかく、さっさと先に──」
 言いながら振り返り、
「……」
 彼は、戻ってきた。

 むんず、と掴んだのは、武器を大量に抱え込んだ299番の首根っこだった。掴まれた衝撃で彼はその全てを取り落とし、だが300番はそのまま、彼を無言でずるずる引っ張っていく。
「ちょ、待って、武器、武器!」
「んなもん置いていきなさい」
「やだ、俺のカルバス、俺のマサムネ!」
「ったく、何のための武器かも知らないで……さっさと来る!」
「やーだーッ! 俺の武器ーッ!!」
「ダダこねない!」
「やーーーッ!!」
「可愛くない!」


 二人が通路の奥に消え、声だけをマイクが拾っている画面を、僕はしばらく眺め続けた。
 クッションに顔を埋める。

 いいなぁ。
 友達。

 一度、画面の中に299番が駆け戻ってきた。散らばっている武器に手を伸ばそうとして、同じく戻ってきた300番にまた首根っこを掴まれる。で、やっぱり抵抗むなしく引きずられていった。
 299番の必死な叫び声がやがて聞こえなくなった頃、僕はその画面のスイッチを聞いた。この先はもう1本道。時間も間に合うだろう。

 光が消え、暗くなった画面に僕の顔が映る。穴ぼこの目、皮膚の無い顔。
 こんなのだもの、二度とお見舞いに来てくれなかったのも、それっきりだったのも仕方ない。でも、やっぱり欲しい。僕も友達が欲しい。

 きゅうっと胸が痛くなった僕は、ふっと天井裏の天井を見上げた。真っ暗で何も見えず、あるのは重圧感だけだが、このずっと向こうにはまだ太陽が輝いているはずだ。

 試験が終わったら、僕も、地上に出てみようかな。

 スプーンでくり抜いたような穴ぼこの目。それによく似たこの地下から、僕は遥かな空に思いを馳せた。






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一・三次試験官補完ストーリーのような、やっぱりじゃれ合い友達話のような。