trip to memory box (No.28-29) ……あー。 私ってば、まーた夢見ちゃってるんだわ。 自分で自分に呆れながら、首を前後左右に巡らせる。 そこは見渡す限り、廃墟、廃墟、廃墟。なんとかビルの形を保ってるのもあるが、きっと住んでるのは幽霊くらいのものだろう。 は、そんな朽ちた廃墟群が作り出す巨大な影の中にいた。 ちなみに塵混じりの空っ風を受ける体は家着姿で、ひび割れたアスファルトを踏む両足に靴は無い。当然だった。自分はさっきまで、ほんの数秒前まで自室でネットサーフィンをしていたのだから。 とあるサイトでまた記念夢をやっているのを見かけ(今回は3万打ヒットという事だ)、来る物拒まず精神でクリックした──はずだったのだが。 廃墟を穏やかに照らす晴天。その下に気付けば佇んでいたは、しかし別段取り乱す様子もなく、ただぼんやりと思った。 …私ってば、またパソコンやりながら寝ちゃったんだわ。 って、そんな事を意識する夢も珍しいなぁ。 "夢だと自覚した夢"に対してひとしきり感心した後、はふと思い、ぎゅっと目をつぶった。 ……… ………いや、こうすれば目が覚めるかなーと思って。 ひゅうひゅうというわびしい風鳴りに耳をくすぐられながら、さながら電車の中でうたた寝をする時のように頭を下げる。 それと一緒に、意識もずーんと、下へ下へ。 こうしてればきっと、寝付く時みたいにいつの間にか、ふわふわーっと意識が薄れてくるよね、多分。根拠とか無いけど。 「誰ね」 ……うーん、眠れないなぁ……じゃなくて、起きないなぁ。あーややこしい。 「おいコラ。聞こえてんのか」 パソコンの前なんかで寝ちゃったら節々痛くなっちゃうんだっつーの。さっさと起きて布団で寝直さないと…… 「殺すか」 「殺すよ」 ……今、もの凄い物騒な言葉が聞こえたのは気のせいか? ばちっと両目を開いたは、その視界に、明らかに非友好的な雰囲気で立っている2人の人物を認めるや否や── 廃墟の中心で恥ずかしげもなく、声を裏返して叫んだ。 「そ…そのつり目はフェイタン!? じゃあまさかこっちのジャージはフィンクス!!」 見ず知らずの女に名を呼ばれたジャージ男が、その彼女の首に伸ばそうとしていた手を止めたのは言うまでもない。 「…おいフェイタン。知り合いか?」 「それ、ワタシのセリフね」 言い合った後、揃ってこちらを向いた旅団メンバー2人の凍り付くような視線に、はびくりと硬直した。 そりゃあ自分はハンターファン。フィンクスとフェイタンがコンビで夢にご登場なんて、枕の下に単行本を忍ばせて願ったとしてもそうそうお目にかかれない事である。 …しかし、この雰囲気は…… はごくりと喉を鳴らした。 私……間違いなく殺されるよね。 斬り殺したり、ひねり潰したり。 そうやってこの殺人狂ツートップが原作で作り出した、数えきれない程の死体達を思い浮かべながら、は身をすくませた。 い、いくら夢でも、死ぬのはごめんだ…! がそろりと足を引いた瞬間、それを見咎めるようにツートップの片割れ、フィンクスが声を発した。 「おいお前」 の体は再びフリーズ。足も小石を踏んづけたまま固めざるをえなかったが、痛みにリアクションなどしている状況ではない。 彼が言葉を継ぐまでの刹那、切実に願うのはただ一つ。早く覚めてくれ私の目! 首をゴキッとやられるまえに、さあ早く── 「何で俺らの名前知ってんだ? 3秒で答えろさんにーいち」 「早っ!」 条件反射で突っ込んでしまったのとほぼ同時に、激しい後悔を覚えた。 当然のごとく、2割増しする2人の殺気。 「こ、答えるから! じゃなくて答えます、答えさせてくださいっ!!」 …と、顔面を蒼白させて慌てて訴えてはみたものの。 一体どう答えれば助かるというのか。 「漫画で読みました」だの「これは私の夢なんです」なんて言った日には、「意味不明ね」とか言って首をはね飛ばされるのがオチである。 かと言って「旅団のファンなんですぅv」とキャピキャピしてみせたが最後、「うざい」とか言って首はぞうきんのごとく絞られてしまうに違いない。 …じゃあ何て答えればいいのさっ! ……なんてキレてる間にも、殺気はどんどん増量サービスされてくばかりで、は肝を冷え上がらせた。 落ち着け私、落ち着いて考えるんだ。 何で2人の事を知ってるかって、それは、えーとえーと、えーと…っ! 「シャッ、シャルに聞いた!!」 「…はぁ?」 フィンクスが顔中の筋肉をフルに使って訝しんだのも、もっともだった。何せ当のでさえ、『すごい事言っちゃった!』と口を開けたまま顔をひきつらせているのだから。 「どういう事か、説明するね」 フェイタンの鋭い目に睨まれ、それだけで命を落としそうな心地を味わいながら「は、はいっ」とは何度も頷いた。 「えーと、ですね…」 何故の口から、シャルナークの名前が咄嗟に出たのか。 それは勿論、この前見た夢の影響だった。 「ハ、ハンター試験で、彼と会いまして……そう、3次試験から4次試験の会場へ移動するバスの中で、ばったりと言いますか、シャルナークさんだけでなくて、マチさんや、ヒソカさんにもお会いいたしまして…」 ……って、そういやこれって全部、あのサイトの設定じゃん。捏造じゃん。 やばい。そんな危機感からおそるおそる窺ったフィンクスの顔に、は絶望を悟った。 さっきから全く変わっていない、「てめぇ何寝ぼけた事言ってんだ?」とでも言いたげな、不可解そうな表情。やはりそうなのだ。あの夢とこの夢が繋がってるなんて限らないのだ。 無理だごまかせない! 全身を駆け抜けた恐怖と共に、は目を閉じた。 やばい、殺され──!! 「ワタシ聞いてるよ。シャルナーク、確かに今ハンターライセンス取りに行てるね」 ……へ? を呆然とさせたフェイタンへと、フィンクスは振り返った。 「あ? マチとヒソカもか?」 「ヒソカは知らないよ。だけどマチは着いて行たはずよ」 直前まで見ていた事、していた事が夢に反映されるという話は、本当らしい。 …というのを夢の中で学ぶというのも妙な話だなぁ、とは1人、腕を組んで頷いていた。 あの、原作1年前の試験にヒソカさんだけではなく、ゾルディック家記憶喪失次男坊とマチさんとシャルナークさんまで参加するというもの凄い捏造を繰り広げているサイトを見ながらうたた寝したせいで、今回の夢も前回同様、"その夢小説の中に入り込む"ような設定になってしまったようだった。 しっかし、まさに"前の続き"っぽいなぁ…。 そう考えると、今までの恐怖もどこへやら、の口は自然とほころんだ。 この前は、シャルと握手できなかったりマチとあんまり喋れなかったり、色々心残りだったもんねぇ…ぬふふふふ。 ふと、辺りをキョロキョロと見回してみた。 この2人がいる事といい、ここは流星街だろうか。流星街何番地なんていう標識が立っているわけでもなさそうだったので確信は持てないが、確かな事は、今まさにシャル達はハンター試験を受けに行っているという事だ。 つまり、ここには、あの夢主がいない!! 前回の苦悩の種が存在しない事に、イエス!と密かにガッツポーズをしかけた所へ、不意をつくようなフェイタンの声が聞こえてきた。 「それで、お前何しにきたか」 「へ?」 「シャルナークに会た事はとりあえず信じるね。だがお前、それで何故ここに来たか?」 ………さぁ、何故でしょう。 なんて返した日には、命の危機が増大するように思えた。 その口ぶりから、どうやらフェイタンはまだへの疑心を残しているようだった。それはフィンクスも同じ…いや、彼の方がずっと睨む目が怖い。 『蜘蛛の奴らはもの凄く警戒慣れしてる』と、原作で誰かが言ったセリフを思い出す(確かキルアだったような)。読者としてはそういう所も旅団の魅力だと思うが、しかし、自分がその対象になると話は別だった。 いくら夢でも、死体になるのは嫌だ。 っていうか何で自分の夢で嫌われなきゃいけない。 むしろ逆ハー希望だ。 さぁ、フィンクスフェイタン。 思う存分この私、を取り合うがいい!! …なんて現実逃避気味に思考を飛ばしていると、そんなに夢見る少女の姿は怪しかったのだろうか、フェイタンがさっきよりも随分声を低くして再び尋ねてきた。 「シャルナークにこの場所を聞いてきたというのも、変な話ね。そうそう情報を漏らす奴とは思えないよ」 「え、いや、それは…」 「言うね。お前、何の目的があってここへ来たか?」 「真っ当な理由があるんなら、即答できるはずだよなぁ? おいこら。何で黙ってんだ」 尋問にフィンクスも加わり、その大きな影が冷や汗を流すに降り注ぐ。 な、何よ何よ、何なのよ、じゃあお前ら、本当の事言ったら信じてくれんのかよ! ここは私のうたた寝しちゃった夢の中、てめーらはその副産物なんだっつーの! 何ならパクノダさんでも何でも呼ん── 「おい、ちょっとパク呼んでこいよ」 「えええっ!?」 つい、もの凄く反応してしまったを見て、フィンクスは付け加えた。「できるだけ早く」 「何でワタシか。自分で呼んでくるよ。さっきみんゴルで負けたね」 「…ちっ、しゃーねぇな。そいつ見張っとけよ」 言うや否や、フィンクスは地を蹴り壁を蹴り、あっという間に壊れたビルの屋上まで飛び上がった。その姿はすぐに見えなくなり──後には彼の巻き上げた砂塵をさらっていく風と、それを見送るように視線を泳がせるフェイタンと、そしてそろりと足を引くだけが残された。 「逃げたら殺すね」 冷たい視線が突き刺さって、はぎこちない動きで首を左右に振った。 それきり喋らないフェイタン。 寂しく吹き荒れる風の音。 ずっと微動だにせず直立するのも辛くなってきたは、障りのない話題を数分かけて練り、話しかけてみた。 「あの…みんゴルって……もしかして、みんなでゴル…」 「"みんなでゴルフクラブで殴り合い"。発禁になった多人数対戦ゲームね」 「そ、そう、ですか……」 知っているゲームでは無かったらしい。 自分の夢だと言うのに、自分の考えもしない(考えたくもない)名称が出てくるとは不思議な物だ。いや、確かに夢なんて、案外突拍子もなく展開していくものなのかもしれない。 そう、夢、これは夢── そこまで考え、けれどは、何だかもやもやした物を感じた。 さっきまで着ていた服装と、まるきり変わらない自分。靴下越しに這い上がってくるアスファルトの冷たさ。風が髪を揺らす感覚── これが、夢…? 微かに訝しみ、だがすぐに疑問は風に吹かれた。 ぴ、ぴ、ぴ、とフェイタンの指先が電子音を奏で始めたのだ。電話? 誰に? とそれを見つめていたに、彼はケータイを耳に当てながら言った。 「一応、シャルナークに確認しておくよ」 ……え゛。 明らかにおかしい所に付いた濁点と共に、それはマズイぞ、とは再び冷や汗を垂らした。 バスの中でシャルに会ったのは事実。だが、2人の事を聞いてきたというのは大嘘だからだ。それが分かれば、パクノダの到着を待たずして自分は…… 死? 不吉な言葉に、リアルに体温が下がったその瞬間。 「…出ないね」 フェイタンの呟きに、は心臓をびくっと飛び上がらせた。 「まだ試験中でもいい頃のはずね……お前、何かしたか?」 な、何かって、何ですか! 首が千切れる勢いでブンブンと振ったを見て、フェイタンは再びケータイをプッシュする。 お願いだ、このまま出るな、出るな出るな出るな……! しかし願い空しく、やがて微かに漏れ聞こえていたコール音は途切れた。 …のだが。 『うるさいな、何!!』 コール音の数倍の大きさで響き渡った電話越しのその声に、は危機感も全て忘れ去って目を丸くしてしまった。 …あ、フェイタンの目も多少丸くなってる、気がする。 「……今、試験中か?」 一度話したケータイを再び耳にゆっくりと当て、フェイタンが行った問いに対する答えは、には聞こえては来なかった。さっきの音量が特別大きかったようだ。 「無事合格したなら、何そんなに苛ついてるね。…え? ……それは悪かたね、でもそちの事情なんて知らないよ。それより訊きたい事があるね」 ちらりとを見て、フェイタンは続けた。 「今、本拠地に知らない女が──」 フェイタンが電話を切ったのと大体同じ頃、フィンクス、そしてミニスカスーツが素敵なパクノダがやってきた。 「本人に聞いた、会たのは本当らしいよ」 彼らに、フェイタンが電話の内容を伝える。 「しかも妙なこと言われたね」 「妙なこと?」 尋ねるフィンクスを、そして答えるフェイタンを、電話を傍で聞いていたは安堵感の中にちょっと複雑な気分を交えながら眺めていた。 「電話したら、『怪我して寝てる奴がいるんだよ!』と怒られたね。らしくない程キレてたよ。しかもこの女、その寝てる奴の彼女だと言う話ね」 いや、彼女じゃないからね。 …とツッコみたいのは山々だったが、せっかくシャルがそうの事を説明し、更にはどうやら『絶対に殺すなよ』と言ってくれた事を無にするつもりは毛頭なかった。 ありがとう、ありがとうシャル! ……いや、うん、分かってる。あれだよね、シャルは何も、私の事を思ってかばってくれたわけじゃないんだよね。 "友達"の、彼女だから、でしょう? 「知り合いの彼女だから殺すな……って、シャルの奴、妙に肩入れしてんじゃねーか?」 「珍しいわね」 「おいパク。ちょっと訊いてみろよ」 が、シャルと、まだ眠りこけているのだろう彼の友人の事に思いを馳せている間に、いつの間にかスーツを身に纏ったスレンダーボディは目の前にまで迫ってきていた。 ハッと気付き、驚きたじろぐに彼女、パクノダは優しい声で問いかける。 「あなた、名前は?」 「あ……、です」 「そう、ね。の彼氏っていうのは、どういう人なの?」 問いかけて、パクノダは綺麗な指を優しげに伸ばす。の肩へと── その動作が何を意味するかを知っていたは、思わず指先から逃げるように後ずさってしまった。 …ヤバ。すぐにそう思ったが、遅かった。 フィンクスやフェイタンは既に不審な反応を感じ取って警戒レベルを上げており、一番近くにいたパクノダもまた、一度手を引っ込めると眉を寄せた顔を後ろの2人へと振った。 「…この子に私の能力、話したの?」 「話してないね」 「ああ、全く。まさかこれもシャルに聞いたってわけでもないだろうしなぁ……」 フィンクスの姿がかき消えた。 と思った瞬間、まさにその彼の強力な握力によっての腕は支配され、後ろにねじられていた。 「いっ…!」 顔を歪めるに降ってきたのは、優しい声とは裏腹、目に旅団の冷酷さを備えたパクノダの視線。呻くのをやめ、はへびに睨まれたかえる状態で口を結んだ。 「質問を変えるわ。あなたって、何者…?」 今のこの状況は、美味しいのか、何なのか。 フィンクスと密着状態といえばそう、パクノダと間近で目と目を合わせちゃってるといえばそう。だが…… 少なからず好意のある相手に、"何者"なんて質問はしないよね…! ぎりっ、と締め上げられた腕への握力は増すばかり。 見えはしないが、オーラが渦巻いているのかもしれないすらりとした指は、まるで息の根を止めんとするナイフのように不気味に迫ってくる。 あと数センチ、あと数ミリ── たまらず、口を開いた。 「ちょっ、あの、待って、な、何者とか言われても私はしがないハンター読者にすぎないわけで、ホントにただの通りすがりっていうか、ついでに言えばゾル──」 「──ディック家の次男坊の彼女でも何でもなく……うおっ?」 自室、だった。 晴天は低い天井、周囲一帯に広がっていたはずの廃墟は見覚えのありすぎる壁に変わり、窓も閉まっているこの部屋には風も流れていなかった。 パソコンの画面に映し出されている夢サイトをしばらく見つめた後、はやっと、フィンクスとパクノダに抵抗しようとじたばたしていた体から、力を抜いた。 夢の中で、強化系ジャージ男に掴まれていた右腕が、じんじんと痛みを訴えている。 …夢? …本当に? は赤い手形のついた腕をさすりながら、またしばらく、パソコン画面を見つめていた。 * 「…ねぇ」 パクノダが、最初に口を開いた。 「今の、念能力?」 「だとしても、あいつはただの凡人だぜ。精孔も何も開いてなかったしな」 「周囲にもそれらしい気配は無かたね」 「…じゃあ、今の、何?」 考え込むパクノダの横で、フィンクスは自分の手のひらを確かめていた。いや、その頭を占めるのは、その中から忽然と姿を消し、この握力による拘束から逃れた神出鬼没の女の事だ。 「もう一度シャルに連絡取っておいた方がいいんじゃない?」 「私嫌ね。また怒られるの」 2人の会話も耳には入れず、フィンクスは独り、誰へともなく呟いた。 「…、か」 back ------------------------ |