「凰壮くん!」 高跳びのバーの隣でフォーム確認をしたり、ハードルを等間隔に設置していく陸上部員の傍を、学ラン姿の凰壮が早足で通り過ぎていく。 翔はそれを追いかけていた。 「待ってよ凰壮くん!」 翔の取り柄の大声も、振り返るのはグラウンドの陸上部や下校していく生徒達だけだ。当の本人は背中を向けたまま、昇降口まで来ると正門に向かって曲がる。止まる様子はない。 彼がそういう態度なのも無理はない、と翔も半分では思っていた。だがこのまま帰すわけにも行かない。 「凰壮くんってば!」 「うるせえな!」 声に被さるように振り向く。ホッとしたいところだが、凰壮の表情はつれない。 「見ただろお前も。あそこでまともなプレーができると思うのか?」 「それは……」 あそこ……彼が啖呵を切って飛び出し、今に至る桃山中学サッカー部の部室である。 部室というより、漫画やお菓子、DVDプレーヤーまで完備された汚いネットカフェのようだったが。 「でも、それを、僕達が変えていこうよ! 桃山プレデターだって、最初は誰も、コーチだっていなかった。でもみんなの力を合わせることで全国大会優勝だってできたんだ! だから今度も」 「その“みんな”ってのは、あいつらのことか?」 う……と翔は口ごもる。今日出会った部員達の顔を思い浮かべる。 翔達と同じ一年生はサッカー未経験で、部活動に入らないといけないからとりあえず籍だけはおいておくつもりの二人で、新二年生は何人いるか分からないが完全な幽霊部員、新三年生の三人に至っては、先輩のいなくなった部室を悠々と私物化し、部費を遊びに流用する計画で盛り上がり、あげくそれに嫌な顔をした凰壮を鼻で笑ってこう言ったのだ。 『部活で汗流して青春ってか? あつくるしーねえ』 他の二人もケラケラ笑ったところで、凰壮は踵を返し、部室のドアを開けたのだ。 『俺だって青春はゴメンだ。サッカーの楽しさを知らない、可哀想なお前らとはな』 「……言ってなかったけどな」 グラウンドを周回する陸上部員が通り過ぎ、静かになるのを待って、凰壮は続けた。 「隣町のクラブチームから声がかかってる」 「えっ?」 「お前も、サッカーやってくならそっちの方がいい。やる気のない奴といても、楽しめねーよ」 また正門へ向かおうとする凰壮を、翔は追えなかった。 凰壮の言うことは間違っていない。桃山プレデターのみんなとのサッカーがあんなに楽しかったのは、全員、サッカーが大好きだったからだ。 きつい練習も、試合中の劣勢も、仲違いも、それでもサッカー自体が大好きだから、やめたり諦めたりなんて考えもしなかった。 経験や個々の技術の高さは問題じゃない。“サッカーが好き”という才能さえあれば、その才能を持つ仲間とならば、どこまでだってボールを追いかけて走っていけるのだ。 反対にそれがない人とは――当たり前だ、凰壮の言う通り、きっと、満たされない。 「でも……」 どんどん歩いていってしまう凰壮の背に、翔は呟く。 「でも!!」 グラウンド中の生徒が、まるで突然吹き荒れた風に驚くような顔をした。 青空の下でどこまでも響き渡る翔の声が、まっすぐ凰壮へと突っ走る。 「たくさんある部活からサッカーを選んだのは、嫌いじゃないからだよ、きっと! みんな、サッカーが嫌いなわけじゃない! だったら、もっと好きになってもらえるように、サッカーの面白さを僕がみんなに伝えるよ!」 興味を持ってはくれないかもしれない。 鬱陶しがられるかもしれない。 だけど、諦めない。 小さな可能性があるかぎり食らいついていくのもまた、翔の取り柄なのだ。 「凰壮くんにも来てほしい!」 ひときわ声を張り上げ、口に両手も添えて翔は叫んだ。 「凰壮くんがいると、僕が楽しいから!」 「ったく……」 歩みを止めはしなかったが、凰壮は目を閉じ、やれやれと息を吐いた。 無意識に口元が緩む。 着ている物が赤と黒のユニフォームから少し大きめの学ランになっても、さすがうちの元キャプテンは変わらないな、と。 back ------------------------ 同じ中学に入った翔と凰壮が、環境最悪のサッカー部を引っ張り共に成長していくという、完全妄想・銀河へキックオフ中学生編 |