ワーカーズ
母から預かった洗濯済み衣類を片手に、山田利吉は忍術学園の正門を窺っていた。
茂みの中から。
自よりも他が認めている凄腕フリー忍者の彼ならば、誰にも見つからず学園に侵入、そこで働く父にだけ接触し、洗濯物を渡すことぐらいおそらく雑作のないことだ。
そう、彼は今、見つかりたくない。
しかし、忍術学園に不法侵入してまでその個人的理由を貫くのもどうかと思った。別に、他の誰に見つかってもいいのだ。あいつにさえ見つからなければ。
茂みの中で、利吉は呼吸を整えた。
そして門の向こうに学園の事務員の姿が見えたと同時に、飛び出す。
「あ、りき――むぐ!?」
小松田事務員の間伸びした声を、素早く背後に回りこんで封じた。
「すみません、不法侵入はしませんが、できる限り忍びたいもので……入門表、サインします」
ゆっくり解放された小松田事務員は、「はあー」、と曖昧に返事した。いきなりの狼藉には納得できないが、入門表にサインしてくれるならいいかー、という彼なりの結論だと思われる。
名を書き、用紙と書く物を返してすぐさま建物の影に飛び込もうしたが、
「帰りもヨロシクお願いします、利吉さーん!」
と超空気の読めない大声でつんのめるハメになった。
忍ばせてください!!
と大声で叫べたらどんなに幸せだろう。
今は放課後のはずだが、父はまだ生徒達と共に校舎外にいた。一年は組の実技担当、山田伝蔵と彼の受け持つ忍たま達である。
しばし悩んだ。
忍たま達に自分が来ていることがバレる。ものの数秒で学園中にバレる。奴にもバレる。見つかる。
……いや、と思い直した。は組は補習でもやっているのだろう、なら父が授業中の生徒を噂をバラまきに行かせるはずがない。
よし、と心を決めるや跳んだ。
「父上、お久しぶりです」
「ぬおうっ!?」
いきなりのゼロ距離での挨拶は心臓に悪かったようだ。一歩離れて一礼し、しかし一刻も早く用を済ませるため早口で言った。
「母上から頼まれた洗濯物です今度の休みには帰ってくるのかまだ返事すらよこさないとそれはもうカンカンに怒っておられるのでできれば今早急に」
「あー! りき」
言葉途中だったが利吉は危険を察知し、こちらを指さすしんべヱに迫りその口を塞いだ。あ、鼻水が手に。そんな苦労までしたのに、隣から「利吉さんこんにちは!」 「こんちは利吉さん、いつも大変っすねぇ」 とあっさり名前を呼ばれてしまった。乱太郎、きり丸に何ら悪気がないだけに落胆する。その後はもうは組全員によるこんにちは利吉さんの大合唱だ。
「……ああ、こんにちは」
ため息まじりに立ち上がる。
「やはり返事は今すぐじゃなくて結構です。今度来た時にでも。それでは」
「おい利吉」
「分かってます、洗濯する分は父上の部屋でしょう、勝手に取っていきます」
「それくらい私が自分で」
「いーえ、父上は彼らから目を……い、いえ、ここにいてください、授業中なんでしょう」
「違いまーす!」 きり丸が挙手をした。
「煙隠れの術の授業で、みんながいっぺんに起こしてしまった煙で周りが全然見えなくなった時に」 庄左ヱ門が説明を始める。
「しんべヱが兵太夫にぶつかって」 隣にいた伊助が継ぐ。
「飛んでった兵太夫が金吾にぶつかって?」 虎若が右上を仰ぎながら言う。
「で、金吾が押した喜三太が、なぜか手に持っていたナメクジの入った壺を落っことして割っちゃって」 乱太郎が説明する辺りになると、利吉にも話が見えてきた。
「僕のナメクジさん達、びっくりして逃げちゃったんですー!」
涙目の喜三太に、その必死さには悪いが、苦笑いした。それで居残って捜索しているわけか。
「まったく、授業中に持ち込むなとあれほど言っていたのに……」
「だって、なんだか今日は具合が悪そうだったから心配でー……」
「まあぶつかった者も悪い。そもそも煙隠れを全員一度にやれとも言ってない! よって連帯責任で喜三太のナメクジを捜索するように! 私は少し洗濯物を取って来るからな」
「あーっ! 父上、だからそれは私が……!」
「ふむ、その間、お前も先生にでも会ってきなさい」
「え」
どうにか忍んで、避けて、急いでこのまま会わずに帰ろうとしていた人物の名前に思わず顔が引きつった……が、
「いいえ、結構です」
落ち着いて、辞退した。多分ぎこちない笑顔になっているとは思うが。
「なんだ、お前達は友達だろう? 仕事が忙しい中、こういう機会でないと話もできないんじゃないか?」
「いいえ結構です」
「何か急ぎの仕事でも控えてるのか?」
「……ええそうですよ、だからアイツに会った日にはその仕事が……!!」
「りーきーちー!」
降ってきたその声に、今度こそ顔があからさまに引きつった。
むしろ凍った。
屋根から飛び降りてきた黒い影は、苦もなく片足で地面に降り立つ。その身の軽さ、忍術学園の黒い忍装束、頭の上部で悪ふざけのようにぴょこんと結われている短めの黒髪。その姿形はどれをとっても見たくなかった人物そのもので、利吉はついよろめいた。終わった。
「おひさ!!」
片手を上げ、は短い前髪の下で人なつっこく笑った。
「……おひさじゃない。二週間前も会ったよ」
「そうだっけ? んー、でも二週間も会ってないなんてやっぱ久しぶりだろー」
「そうじゃない! 二週間前、会って、そのまま一週間お前に『遊ぼう!』 とか言われて引きずり回されたんだ! だからたったの一週間ぶりだ!」
「先生、留守の間やっぱ利吉さんと遊んでたんっすか」
「ね、言った通りでしょ」
「だって有給は全部使いなさいって学園長先生がさ!」
きり丸、乱太郎に、てへ、と舌を出す。利吉からすれば同い年の男がそんなポーズをとっても可愛くない。気持ちが悪い。
「有給取らなくても休み多いくせに、たかが臨時教師のくせに……」
利吉の呟きに、む、と反応したのは父だった。
「臨時と言えど、彼は立派な教職員だぞ。実力は勿論のこと、生徒からの信頼も」
「そんなこと言ってるんじゃありません。こいつが休みの多さを第一条件に仕事を選んでいるのが気に入らないだけです。そのくせさらに有給全部取るとか、どんなごくつぶしですか……! しかも、その休みに毎度毎度私を付き合わせる!!」
ギロッ、と自分の中のすべての殺意を込めてを睨む。
「この一カ月、私の労働日数を知ってるか?」
「さあー」
「七日だ!! たったの、七日!!」
「ええ!」 「あの利吉さんが!?」 「任務してない日はないってほどのお前が!?」 「つまり二十三日間……」 「お仕事してない!」 「無職!」
「違う!!」
忍たま達が口々におののいたが(父の声も入っていたような)、最後のだけは強く反論しておいた。うう、依頼はあったんだ、それを、こいつが無理やり……っ
「だから、しばらくお前には関わらない。これで失礼するよ」
苛々と言って踵を返す。その後ろをの声が追いかけてくる。
「りきちー」
無視しようと思ったが、
「明日ヒマ?」
あまりに唖然として、振り向いてしまった。
「……お前は今、何を聞いてたんだ」
「今日、厚着先生任務から帰ってくるんだよね。そしたら明日から俺、受け持ち授業なくってさあ」
「だから人の話を」
「学園長先生と囲碁するしかないんなら、利吉とどっか行きたいなーって」
「働けよ! 授業がなくても何かやることあるだろ!」
「りきちー」
その視線に、う、とひるんだ。
腰を屈めてわざと作り出した上目遣いに、彼最大の武器、人への好意しか詰まっていない満面の笑顔を乗せてはお願いする。
それはずるい、と一歩下がる利吉へと。
「明日、遊ぼ?」
「あ……遊ばない!」
断ることへの罪悪感がちらりと顔を出し、焦って声が上擦ってしまった。咳払いをして、落ち着いて言い直す。
「こっちは仕事なんだ。いくつか依頼が控えてる、明日も明後日も無理だ」
「どんなお仕事なんですか?」
「それは言えないよ乱太郎くん」
「りきちー、どんな任務なの?」
「言えないって言ってるだろ!」
「違う、違う」
怒鳴ってもどこ吹く風、基本自分の言いたいこと、やりたいことしか考えていないはマイペースに提案した。
「俺、利吉の任務、手伝おうと思って」
「は?」
「そしたら早く仕事終わる、遊べる!」
良い考え! と両手を挙げて自賛するに、クラリ、と目の前が白んだ気がした。
勿論拒んだ。
「い、いやこれは俺の仕事だから」 と丁重に断ろうとした。しかしは「遠慮すんなよ、手伝うの初めてじゃないだろー」 とやる気満々で、忍たま達も「先生、利吉さんと任務なんてすごい!」 などと盛り上がる始末。父までそれを止めようとしない。
だから逃げた。
無言で地面を蹴り、学園の塀を飛び越えようと跳躍する。
しかし忍術学園が誇るゲートキーパーの存在を失念していた利吉は、
「帰りもヨロシクお願いしますって、言ったじゃないですかー!!」
どんな嗅覚のなせる技なのか、外で待ち構えていた小松田事務員に阻まれ、そして、
「遠慮すんなってー!」
笑顔のに捕まり、今に至っているのだった。
任務は、とある城から盗み出された宝刀を、南蛮に売り渡される前に取り返すこと。まずは盗賊の居所を探るところから始めなければならなかったのだが……
事は利吉が懸念していた通りになっていた。
昨日の今日だというのに、もう、足元には盗賊どもがのびている。
「りきちー、宝刀ってこれかなー」
居所をつきとめるのも、動向を探るのも、乗り込むのも蹴散らすのもぎったんぎったんにするのも全部やってのけたのはだった。手伝いどころの話ではない。私ろくに仕事してない。
こいつは有能なのだ。
利吉に協力すると言っては即効で仕事を片づけ、その後の「あそぼー」 に反論を許さなくするくらいに。
「どうしてそんなに腕が立つのに、臨時教師なんかやっているんだ……」
宝刀を城へと持ち帰る道中、つい口から漏れた呟きに、律義には返事をした。
「だって、忙しいと遊べないじゃん、利吉と」
そういうことを、真顔で言うから困る。好意をまっすぐ投げかけられては、人はその相手を完全には憎めないのだ。
……しかし。
「有給っていいよなぁ。仕事してないのにお金もらえるんだぜー。利吉もフリーやめて忍術学園に就職すればいいのに。飯付きだぞー!」
こいつと長い時間一緒にいては、自分がダメになる確信もあった。
三日だ、今の任務に本来要するはずだった三日だけ、こいつに付き合う。それが終わったら私、絶対今月は仕事するんだ……!
根っからが嫌いにはなれず、そして元来人の良い利吉が、そんな願いを貫けるわけがなかったのだが。
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