17.エンカウント
「……え」
反射的に頭上を仰いだの目に、オズモーネ平原の空は映らなかった。
逆光で陰る、大きな塊。
それが大気を震わせて動いたと思った瞬間、の体は後ろへと引っ張られた。半眼マイペースチョコボが突然加速したのだ。
どうにかしがみつこうとするも、しかし遅かった。
姿勢を元に戻すのも――そもそも、チョコボが加速を始めるタイミングさえ。
「っ――!?」
ずずんっ、と無遠慮に大地を揺すったものは、その衝撃が周囲に与える被害をまったく考えてはいないようだった。実際、平原にヒビを入れた行為さえ“本人”にとってはただの着地だったのかもしれない。
そいつのお尻の下に敷かれるのは寸前で免れたものの、その肌がかするほど至近距離にいたとチョコボは石片混じりの衝撃波に押し飛ばされ、宙を舞い、遠く離れた地面に物のように落下した。
「う……」
そして土埃がおさまった後、はやっとその正体を知る。
大きさも、存在も――ありえない。
チョコボなんて一飲みしそうなほどの大きな顔は爬虫類に似ていながら、胴体に生えるのは雄々しい翼。緑の硬い肌と尾を持つその姿をゲーム中で見たのなら、間違いなくこう呼んでいるだろう。
ど、ら、ごん……?
かなり飛ばされたはずなのに、未だその巨体の影の中にいるという事実。
その押し潰されそうな存在感に、土にまみれたまま動く力を失ってしまう。動けない、立ち上がれない、逃げ出せな――
そこへ、レックスの声が届いた。
さっきレックスの乗るチョコボが立ちどまったのは、チョコボ屋モーグリお墨付きのその野生の本能でいちはやく危険を察知したせいだろう。
今も一目散に来た道を引き返そうとこちらにお尻を向けていて、だがレックスがその手綱を懸命に引き戻していた。
「!」
ぱちん、との目を覚ました声は、轟音にかき消えた。
尻尾と可愛く呼ぶには凶暴すぎるドラゴンのそれに、レックスがチョコボごとなぎ払われたのだ。吹っ飛び、その体がチョコボを離れるのを見た瞬間、の手は反射的に剣に伸びた。
――抜いてどうなる。
ドラゴン相手に意味のない行動を歯噛みして諦め、はその手で地面を押し、立ち上がろうとした。震える足に力が入らない。だが、んなこと言ってる場合かと自分の心を殴り飛ばして地面を踏み、走り出す。
幸いドラゴンは静かなものだった。着地と同じく、これも奴からすれば、身じろぎ程度なのかもしれない。今はただ、ぐるると唸っては平原の空気を震わせ、その匂いを嗅ぐように頭を上下させていて――
しかし野生の生存本能に支配されたレックスのチョコボは、もはや逃げることしか頭に無いようだった。
乗り手すら置き去って一目散。
何が優秀なチョコボだ! と舌打ちし、一人きりになったレックスへとは駆ける。が、その行く手を巨大な鱗の壁が遮った。
アマゾンの大蛇すらスリムに見える、ドラゴンの尾。ずだん、と地面を叩いたそれにひるんだは、恐々尾の先を見上げた。
目が合った。
緑の肌の裂け目から、赤黒い瞳孔が小さな小さなを見据えている。
牙を剥いて、睨んでいる。
食う気だ。
殺さ――
戦慄する間もなく、はすくい上げられるような感覚と共に宙に浮いていた。
思考が追いつかないまま、体は地面に横たわっている竜の尻尾を飛び越え……るところで黄色い毛並みの上に落ちた。
放り上げた乗り手を、空中キャッチしながら障害物を飛び越え着地。それを鮮やかにやってみせた半眼マイペースチョコボは、ドラゴンが尾を動かす前に加速していた。
『物事にあまり動じないタイプ』
モーグリは、この半眼チョコボをそう評していたが……
動じなさすぎだろ!
と、心中で叫びながらは振り落とされないよう必死にしがみついていた。背後から、全身がびりびり痺れるような咆哮が轟く。振り向く余裕など無いが、ずしんずしんと追ってくる振動から、どうやら完全にロックオンされたらしかった。
あの図体からすればなんて、人間にとってのチロルチョコくらいのものだろうに。
そんな30円ぽっちのもん、追いかけまわすなよくそっ……!
「レックス!」
まだ届かない、が、は手を伸ばした。
レックスもまた、気付くなり擦り傷を作った腕を伸ばす。それらが重なる瞬間、スピードを緩めた半眼チョコボは本当に冷静だ。
二人分の体重がかかるも、苦もなさそうに再び加速するチョコボの首にレックスがしがみつく。その後ろでは、ほっとする間もなくドラゴンの脅威に震えることになった。
レックスをピックアップしながらも、少し引き離したと思いきや。
大きく開くドラゴンの口蓋。
その中に生まれ、みるみる質量を増していく熱、炎――それはいわゆるドラゴンの定石だった。
「ちょ……っ」
猛スピードで吐き出された火球を、自分達はすんでのところで避けていた。機敏にコースを切り替えたチョコボの働きの賜物だ。
だが吐き出される炎の塊は止まなかった。
それらは逃げるチョコボの足跡を焼いては、次は、次こそはと追ってくる。に何度も何度も死を過ぎらせながら、しつこく、しつこく火の粉を撒き散らす。
汗が止まらないのは、熱さと恐ろしさのどちらのせいだろう。
滑りそうになるが、命をつなぎ止めているこの手綱だけは離すわけにいかなくて手に二重に巻き直す。
落ちたら死ぬ。でも、落ちなくても、逃げきれんのか――?
頭をぐちゃぐちゃに塗りつぶしてくる不安と火球の合間に、小さく声が聞こえた。
「――ごめん」
それは、目の前にある背中から発せられていた。
「俺が、誘ったりしなきゃ」
「んなこと言ってる」
場合か、という言葉は途中で炎が草原をえぐる音にかき消えた。だから皆まで聞こえなかったらしいレックスは、が眉間に皺を寄せるようなことを続けて言う。
「でも、絶対」
自分一人で、勝手に覚悟を決めたような声で。
「だけは、死なせないから」
かぁっと体の中で燃え立った怒りは、ぷちりと、簡単に血管に音を立てさせた。
俺だけは?
は?
んなこと――
「んなこと言ってる場合でもねえっての!!」
チョコボが熱風を切り裂く中、レックスは振り返った。
レックスのその手が無謀にも剣にかかっているのが見えたから、声を荒げずにはいられなかったのだ。
「二人で助かんなきゃ意味ねーんだよ、馬鹿じゃねえのお前!」
驚いたように見開かれていたブルーグレイの目が、が怒鳴り、睨む先でやがて思い直したように細まっていく。
うん、ごめん。
前へ向き直ったレックスがそう呟いた時だった。
今までで一番強い熱風に煽られたかと思えば、巨大な影が達を追い越していった。チョコボが急ブレーキをかける。そのまま、足踏み。さしもの半眼も、もう逃げ場を見つけることができないようだった。
達の行く手に、ドラゴンは悠々と舞い降りた。
こちらを食べる気はないのかもしれない。
その口内に生み出されたのは、生き物など一瞬で消し炭になってしまうような炎だったから。
二人で助かんなきゃ意味ねーんだよ。
乱暴にしか口にできなかったが心の底から願っていたこと。それが、ひび割れていくのを感じる。
せめて。
こいつだけでも。
自分がレックスに怒鳴ったことをそっくりそのまま考えさえしたが、すがるような希望さえ炎の熱に薄らいでいく。
それでも、せめて、せめてよぉ……!
奥歯をかみしめ、こちらの願いなど一切聞き入れる様子のない暴虐の獣をにらむは、見た。
炎を。
ドラゴンの吐くそれではない。翼を広げたその巨体の側面に、いくつもいくつも直撃した火柱をだ。
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