16.おでかけチョコボ
「遊びにいかない?」
レックスの突然の申し出に、パンを咀嚼していたのを思わず中断した。
ナブラディアから帰ってきてからこっち、連日砂海亭で働いていたのだが今日は久しぶりの休みをもらっていた。買い物も予定に無いので、今日一日暇なのは事実。
「どこへ」
再び噛み始めながら訊くと、レックスは即答する。
「ギーザ草原から、オズモーネ平原にかけて」
なんかアバウトだな、と口を開こうとしたが、パンを飲み込む間にヴァンに先を越されてしまった。
「俺も行くー!」
「ヴァンはパンネロちゃんと約束してなかったっけ?」
「え、いーよ、別に」
「別にって言うな」
「兄に言われたくないんだけどー」
「ヴァン」
レックスにまっすぐ体を向けられ、自然とヴァンの背筋もぴっと伸びる。
「約束は破っちゃだめ」
「えー……」
しおれ、下唇を突き出すヴァンは放っておいて、は二枚目のパンをほおばる前に尋ねておいた。
「で……何しに行くんだよ?」
するとレックスは楽しそうに、それでいて何か企むように笑んだ。
「ちゃんと考えてるよ。とりあえず、食べたら南門ね」
「いーなー、ずるいなー、この前パンネロのおじさんと仕事に行った時だって俺、一人ぼっちで留守番だったのにー」
「ミゲロさんちに泊まってたんじゃねーのかよ」
「そーだけどー」
恨みがましいヴァンの駄々は、それで終了だった。お迎えにきたパンネロに一足早く連行されていったからだ。
「お邪魔しました、レックスさん、さん」
さん付けにも慣れた。レックスと同格かと思えばダメージ無いしな。うん。
南門から見える空は、からりと晴れ渡っていた。快晴、だが、砂漠のそれより雲が多い気がする。
時折草の上に落ち、流れていく大きな影。ギーザ草原の気候は、砂漠なんかよりもずっとずっと過ごしやすそうだった。
「うん、チョコボ日和」
「ん?」
空へと呟いたレックスは、それに小首を傾げたをある方向へと促した。人差し指の先には、黄色い毛並みの大きな鳥。
ナブラディア道中でも世話になったので見るのは初めてではないが、今南門の一角にいるチョコボ達はみんな、車を引いたりはしていなかった。代わりに背中に鞍がある。くつわから伸びた手綱は丈夫な鉄柵に結ばれており、そこには看板が……ああ、読めない。
それでも、門の近くのこの看板が何を掲げているのかは、ゲームをプレイしているには察することができた。
貸しチョコボ屋だ。
「乗ったことなかったよね。この前チョコボに引かれて走った時楽しそうだったから、今度は乗ってみたらどうかなって」
ひょこりと歩き、クエーと鳴いて、羽をわさわさと震わせる柵の向こうのチョコボをは無言で凝視していた。
「気が乗らない?」
凝視したまま、ぶんぶんと頭を左右に振った。
気が乗らない、わけがない。
は元来乗り物が好きだ。特に車より、スピード感が直に伝わる二輪車系が好きだ。二輪でなくとも、乗ったことはないがおそらくモーターボートやスノーモービルの類も好みど真ん中に違いない。
思い起こすのはあの砂漠の熱風を切り裂くハイスピード。
正直、声も出ないくらいテンションは最高潮だ。
安堵したように笑ったレックスに連れられ、チョコボ屋に二頭のレンタルを依頼した。
それに対して、ふかふかの小動物が、赤いぼんぼりを揺らして了解する。
「二頭で、千ギルクポー」
初モーグリだ。
いや小動物とは言ったが意外にでかい。うちのマメシバじゃなく普通の芝犬が二本足で立ったくらいの大きさかな、と失礼にも犬扱いしていると、しかし並みの人間より仕事のできるモーグリは既に二頭の手綱を引いて柵のこちら側にスタンバイしていた。
「期限は日が落ちるまでクポ。夜間は別料金になるからよろしくクポー」
言いながら手のひらを上向きにするモーグリに、はジーンズのポケットに手を突っ込む。五百ギル、五百ギル……一度小銭を全部出そうとしたその時、
「クワアアアーッ!!」
物理的衝撃を伴う大音量を至近距離でくらって、手の中の小銭をまき散らしてしまった。
戦闘不能になった左耳と共に、はただもう、呆然だ。
「お、落ち着くクポ! クポー、クポポー、そうそう、落ち着いてー」
「クウェエエエエーッ!!」
「クポオーッ!?」
鼻の頭をよしよしと撫でていたモーグリは、なおも荒ぶるチョコボにいとも簡単に振り飛ばされた。幸いくるりと空中で一回転し、小さな羽でぱたぱた飛んで落下を免れていたが。
チョコボはどうも柵の中へ必死に戻ろうとしているようだ。黄色い羽と砂埃が激しく舞い散る中、は小銭を拾うのも忘れて立ちつくす。
ナブラディア道中で慣れたと思ってたけど……やはり所詮ダチョウ、バツゲームレベルの凶暴さなのか……
だが、そうは言いきれないようだった。
そんなを危ないからと後ろにやろうとするが、しかし自分もおっかなびっくり前に出られないでいるレックスを見るに、やはりこれは異常なことのようだ。
結局暴れチョコボは厩舎の中へ戻され、ぐったりしたモーグリが申し訳無さそうに柵の上に降りた。
「うう……この子は普段から感受性の強い子で、でもそれはモンスターの存在にいち早く気付けるっていうとっても優秀なことなんだクポ。だから遠出には最適なチョコボなんだけど……」
「……どこがだよ」
「クポォ……でも、他にもいい子はいっぱいいるクポ!」
……と張り切ってモーグリが連れて来たチョコボ達は、軒並みに「クウォオオオー!!」 とチョコボならざるおたけびを浴びせかけた。ばっさばっさと暴れ回り、内の一頭が逃亡して門番まで出動する騒ぎに。
やっとのことで現れた吠えないチョコボは、モーグリいわく「物事にあまり動じないタイプ」 らしかった。確かに、他のとは違い興奮は見られない。何かを悟ったような半眼で、じっと彫像のように動かず、あまり可愛げはないが。
ひとつ注意事項をもらった。
「この子はモンスターと遭遇しても、危機感薄くて、すぐに逃げようとはしないクポ……だから危険を感じたら、命がけでおっぽを引っ張ってやってほしいクポ。抜けてもいいクポ! それが命綱だクポ!」
……おい。
そんな危険極まりない半眼チョコボに、は仕方がないので揺られていた。別のチョコボに乗ったレックスが心配そうに隣を行く。誘った手前、ちょっと責任を感じているようだ。
別にいーよレックス。
単に俺が、パンネロにもチョコボにもなつかれない奴なだけなんだから。
出発早々腐りかけていた気分も、しかし遥か頭上を行く雲のように、あっという間に流れ去っていった。
丸っこい胴体の上で掴まるものは手綱だけという不安定さの中、恐る恐るあぶみに掛けた足で腹を蹴ってやる。それを受けてチョコボが生み出したスピードがすべてを吹き飛ばしたのだ。
短く生えそろった草を蹴散らす勢いで駆ける。駆ける。
最初は振動に耐えるのに精いっぱいで、前も見ることもろくにできなかったが、ラバナスタの見えなくなった頃には見える世界はかなり変わっていた。
雲を追い抜いていく。
木や岩が次々迫ってくる。
草原から顔を出すウサギが、一瞬で背後に消えていく。
エンジン音を伴わない分鮮明に聞こえる、トタタッ、トタタッという地面を叩く音がにはとても新鮮で、二輪もいいけどチョコボも悪くない、というか、かなりイイ。そう心から思い、ギーザ草原を駆け続けた。
「はい、お弁当」
チョコボで駆けまわり、たまに降りてギーザラビットを呼び寄せてみたり(一目散に逃げられたが)、練習に剣を振ったり、涼みついでにレックスが、この間がおごったブリザドの魔石できらめく氷を披露してみせたり――
気ままに過ごした昼過ぎ、ギーザ平原にある集落の一角で、レックスは鞄から取り出した包みを“お弁当”だと称した。
「って言っても、お茶チョコボパンだけど」
「あ、わりぃ……いくら?」
「いいよ。おごり。なんか、チョコボ選び大変だったし……おわび?」
「お前のせいじゃねーだろ」
チョコボの形に見えなくもないパンを受け取りつつ言うと、レックスは少し驚いた後、にこにこと表情を変えた。
「って、優しいよね」
うっかり、チョコボを落としそうになった。
「……はあああ? 何、言ってんのお前」
十六年間一回も言われたことねーよ。っていうかチャンピオンのお前が言うな。
「魔石おごってくれたし、ヴァンの駄々にだって、しょーがねえなーって付き合ってくれること多いし、はみんなが言うより優しいよ、ちょっと口が悪いだけで」
言って、しばらくして「あ」 と漏らすレックス。
みんなって誰だ。
そして悪かったな口が悪くて。
前言を修正しよう。レックスは正直人間のチャンプだ。
「でも、今日はモンスターが少ない気がする」
お茶チョコボパンと、赤い乾燥果物入りのモーグリマフィンを食べ終えたレックスが、チョコボの胴を撫でながら言った。
この集落は、中央にある青いクリスタルがある種の魔力によってモンスターを遠ざける役目を果たしているらしく、彼らの侵入が無い。だからパンものんびり食べられたのだが、確かに道中、ギーザ草原を闊歩している間もモンスターに襲われることはなかった。
砂漠の獣は、走ってるチョコボ車に体当たりまでかましてきたというのに。
「いつもはもっと多い?」
「うん……って言っても、あの時のウルフほどじゃないけどね。でも、ホントに今日は静かだ」
危なくなくていいんだけど。
そう言ったレックスに、その時は同意した。
もしかすると、危険が迫っても動じない半眼チョコボだけは、これがウルフに絡まれる以上に危ないことの予兆だと気付いていたのかもしれない。ただじぃっと南の方角を見つめるだけの彼の様子に、こちらが気付かなかっただけで。
既に太陽はてっぺんを過ぎていたが、少しだけオズモーネ平原の景色を楽しんでから帰ろうと二人と二頭は南下を続けていた。
平原は、圧倒的な広大さをもって達を出迎えた。
ここも草原地帯だが、ギーザ草原とはまず見通せる広さが違う。なだらかな地形の先に横切る地平線。日本ではまず見られない光景に思わずチョコボの歩を緩めた。
それにしても良い気候だ。俺も最初、こういう所で倒れていたかったものだ。
一人苦笑いしていると、あれ、と隣から声が上がった。
「あそこにいるの、騎士団の人かな」
レックスの視線を追っても――すぐには見つからない。どうやら豆粒みたいな人の群れを見つけたらしいが、“騎士団を探せ”ゲームを楽しむ気はなく、は早々と諦めて目を休めた。
「騎士団って、ダルマスカの?」
「うーん、多分そうだと……何してるんだろう」
そんな軽い好奇心で、達の移動コースは決まった。
レックスが見たという方へ走り、見つけて何をしているのか分かったら。または、目印をつけた岩まで行っても見つからなかったら、ユーターンしてラバナスタへ帰る。
そんな間違ったコースを選んだ。
「っ!」
最初の異変は、レックスの乗るチョコボが急ブレーキをかけたことだった。
前につんのめりながらもレックスは落下は免れたようだが、チョコボは「クェェ……」と細く鳴いてその場を動かない。
それより問題は、「どうした?」 と言いかけたの方のチョコボがまったく止まらないということだった。
同僚のチョコボの異変になど興味ないかのようにスタスタ歩いていくのを、
「おい、こら、止まれ、止まれって!」
その背中に揺られながらは慌てる。
マイペースな半眼、ぷるぷるして動かないレックスのチョコボ、困り果てるレックスとどんどん距離の開いていく自分……
「あーもう! 言うこと聞けよてめえ!」
手綱だけではまどろっこしく、頭の毛をひっこ抜いてやろうとわしっと掴むも、すぐにそこから握力は消えた。
影が。
たゆたう雲とは明らかに違う濃い影が、圧迫感と共にを覆ったのだ。
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