18.騎士団のお仕事




 緑の巨体が傾いたのを、も、おそらくレックスも信じがたい思いで見つめていた。

 突如として飛来した火柱。その炸裂音よりも、いっそ強烈に響き渡るものがあった。
「おらおら、たたみかけやがれ!!」
 むしろこの乱暴な、それでいて威勢のいい号令こそが見えない圧力でドラゴンを突き飛ばしたのでは。なんて錯覚をするくらい、は極めて混乱していた。
 二人どころか、一人すら助からない――と希望を捨てざるをえなかった状況に、その第三者の声は鮮烈すぎて事態がうまく飲み込めない。
 手綱を握りこんだまま口を開けることしかできないの前で、雑な号令に従って炎の群れが再びドラゴンへと襲いかかる。

 しかしドラゴンとてやられっぱなしではなかった。
 翼をはばたかせてバランスを取るや、口内でくすぶりかけていた最大級の火球を火柱が襲ってきた方に向けて吐き出したのだ。
 そちらには間違いなく人がいるはずで、はぞわりと肝を冷やす――が、火球は飛散した。
 空中に壁のように展開された赤い光に、防がれ、消滅。直後に上がったのは、さっきの号令とは違って低い、それでいて力強い声だった。
「そのまま援護しろ!」
 岩影から黄色い塊が躍り出たのはその直後。
 それは達が借りたものとは見るからに違う、鉄製の兜と装甲に覆われた猛々しいチョコボだった。そこに跨るのもまた鉄や皮の装備を身につけた武人だ。

 猛スピードで駆ける武装チョコボに、真正面からドラゴンが再び吐いた火が襲う。が、彼の目の前に現れた光の壁に打ち消され、チョコボの速度すら緩まなかった。
 抜かれた白銀の剣が、オズモーネ平原の太陽を受けてまばゆく輝く。
 片手で手綱を操るや、ドラゴンへと飛翔したチョコボ剣士はその堅い皮膚を切り裂いた。初めて聞くドラゴンの悲鳴、初めて目にするのたうつ姿――
 痛み故か、剣士を叩き落とすためか。でたらめに尾が振り回されたのは、達の思考がまだ、めくるめく攻防に追いつかない最中だった。
 達めがけて。
 巨大な尾が、地面すれすれを猛スピードで。

「……――っ!」

 瞬間、はこれまで遠くで展開されていた光の壁を、目が覚めるような距離で体感した。
 黄緑がかった障壁はしなる尾を完全に受け止めたが、衝撃はすさまじく、壁が砕け散ると共に襲ってきた突風がの体を突き飛ばした。半眼チョコボも、レックスも、そして自分も草原に顔を擦りつける中、そこに走り込んできたチョコボが数匹。
 慌ただしく達を引き起こしたのは、銀色の手甲をつけた腕だった。
 揃いの銀の剣を装備した剣士達。
 彼らの駆るチョコボに乗せられ、ドラゴンから遠ざけられていくは、助けられたことを実感しないまま、まだ混乱して熱を帯びる頭を上げ、後ろの戦場を見ていた。

 戦場。
 一撃を食らい、激しく猛り狂う巨大な竜。それに先頭切って立ち向かう精悍な剣士の姿はまるでおとぎ話の英雄のようで。
「遅ぇよさっさと回り込め!」
 相変わらずどこかから飛んでくる口の悪い号令の元で同じ装備の剣士達がドラゴンに向かっていく中、は、先陣を切った英雄の剣筋を見つめていた。
 どんどん小さくなっていくその姿を、見えなくなるまで、ひらすらに。

 ずっと切らしっぱなしの息は、落ち着きを見せない。




 彼ら命の恩人がダルマスカ騎士団の騎士達だと知ったのは、安全な場所まで離れ、さらに擦り傷にケアルをかけてもらった後だった。
 同じく手当てを受けたレックスから聞いたのだ。……まぁ、駆け寄ってきたレックスが何よりもまず口にしたのは謝罪だったが。
「だからよ……お前のせいじゃねーだろって」
「でも、俺が誘わなきゃ」
「あーもう、うるせーな、生きてんだからいいじゃねーか!」
 そこまで言って、ようやくレックスも「うん……生きてる」 と自責をやめ、騎士団員に頭を下げた。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「いや、この件はこっちが――」
 なんだか申し訳なさそうな顔をする騎士にダルマスカ騎士団とあのドラゴンの関係を聞いていた時、話していた彼が不意に腰を上げた。
 彼が何やらかしこまったポーズ……どうやら敬礼の動作をしたのは、ドラゴンから逃げてきた方向。そこには、悠々とチョコボにゆられて来る一団があった。

「お疲れさまです、隊長」
 騎士が、先頭の一人を出迎える。金髪を短く刈り込んだ“隊長”であるらしい騎士は、小柄な体でチョコボからひょいと飛び降りた。
「はい、終了ーっと。はぁ、ったくあのくそドラゴン、面倒かけやがってまあ……」
 あ、あの号令この人だ、と一瞬にして分かるくらい口悪くごちた彼は、疲れ気味に肩を回しながら、しかし早々に愚痴を切り上げる。
「で、民間人は?」
 言葉の途中からと目が合った彼は、ん? と凝視するように首を突き出した。
「お前、砂漠の……死にたがり?」
 酷い覚え方もあったものだ。
 しかしまあ……イヴァリースに来て三日目、剣も無しに狼に囲まれたあの夜の自分の行動は、確かに自殺行為そのものだったとしか思えなかったので口は噤んだ。言われる通り、ちょっと自暴自棄、だったし。
 ともかくこの“隊長”は、夜の砂漠にてレックスが連れてきた、あの口の悪い剣士らしい。
「ディーノさん、あの時はありがとうございます。それと、今日も」
 あの夜色々一杯一杯だった自分はあまり彼の記憶がなく、あれ以来会ってもいないのでいまいちピンと来ない。しかし会っていないということは、助けられた礼も言っていないということだった。
「……あざっす」
 自分なりに諸々含めて礼のような言葉を述べると、ディーノがを見、眉を片方上げた。
「ほー、今日はいっちょまえに、剣装備か」
 ……なんだよ、悪いかよ。
 とバカにされたような気がして反発してしまうのは、自分がバカにされて当然なくらい弱っちいと自覚しているからだろうか。
 どうせこの騎士のことだから、そんなもん使えんのかとか、結局助けられてんじゃねーか間抜けとか口汚なく罵ってくるんだろう、と臨戦態勢で身構えたが、あいにく肩すかしをくらうことになった。
「まあ……悪かったな、巻き込んじまって」

 突然の侘びに驚くも、巻き込んだ、という意味の詳細は手当てをしてもらったさっきの騎士から聞いていた。
 あのドラゴンはモブ――手配書の出回っているモンスターで、騎士団がじきじきに追っていたのだという。別の場所で追い込んだはいいが、逃げられ、そして達のいた平原までドラゴンは飛来したのだ。
「民間の手に余るってんで討伐に出たはいいが、結局民間人巻き込んでりゃ世話ねぇな……ああ、くそ、こんなヘマ、ダルマスカ騎士の名が廃る!」
 イライラと腕を組むディーノ隊長を、周りの騎士が落ち着かない様子で見守っている。口調も態度も、誰にでもこういう感じなのだろう。戦闘中の口の悪い指示を思い出せば、部下はまったく大変そうだ。
 上司の機嫌の急降下におろおろする騎士の一人が、
「あっ、隊長」
 何だかホッとした様子でディーノをある方向へと促した。さっきと同じ方向から、さっきと同じように、チョコボの団体が近づいてきていた。
 あ、とも目を見張る。
 先頭は、ドラゴンに斬りかかっていったあの勇猛な剣士である。

「こちらの被害はゼロだ、他に異常もない」
 一斉に敬礼する騎士達の前で、彼はチョコボから降りた。報告を受けるディーノと比べると、やはりかなり背が高い。そして男前。引き締まった体と合わせて、中世の騎士を絵に描いたようだ。
「こっちも問題ない。民間人二名、まぁせいぜい軽傷だ」
 そんな彼にそう気軽に言葉を返した後、ディーノはわざとらしく咳をする。
「こたびは私の不手際によりお手を煩わせてしまい、まことに申し訳ございません。無事討伐を終えられたのも、アズラス将軍、貴公のお力添えがあったからこそ」
「……ディーノ」
「はい?」
「わざとらしい喋り方はよせ。似合わんぞ」
「いえいえ、同期といえど、将軍と一小隊長は違いますからなぁ」
 敬語のわりに意地悪く笑うディーノと、深くため息をつく“アズラス将軍”。 その名前に、この世界において久しぶりに耳を疑ったはレックスに耳打ちする。
「なぁ、あの、将軍って……」
「ウォースラ・ヨーク・アズラス将軍。ダルマスカ騎士団でも一、二を争う騎士様だよ」
 聞いて、もう一度、将軍を盗み見る。
 青い目、ダークブラウンの髪とあごひげが似合う精悍な顔立ち、騎士然とした佇まい――ゲーム本編でも騎士道に生きる彼は、こんなにも男前だったのか。
「……あれだろ、一、二を争ってんのは、バッシュって将軍だろ」
「よく知ってるね!」
 意外そうにレックスが感心してきたので、あーまぁ、と濁す。
 と、こそこそ話すのをやめてレックスから視線をはずせば、話題のアズラス将軍その人と目が合った。

 ウォースラ。パーティメンバーではないが、少しの間一緒に戦ってもくれる重要なサブキャラクター。加えて目の前で剣の腕を見せつけられた、ダルマスカの騎士様、将軍閣下――自然と緊張してしまったが、彼はあっけなくから目をそらした。
 帰城する、後は任せた、とだけ告げ、二度とこちらを振り返ることなくチョコボに跨る。
 本当にあっさりとした邂逅に、いや、まぁ、こんなもんだよな、と自分に言いきかせた。無視された……とも受け取れたが、ちょっとばかりの羨望を持った分、何か期待をしてしまった自分が妙に恥ずかしくて、腹を立てるより、それを誤魔化す方が先だった
 うん、そう、こんなもんだ。別に何を話したかったってわけでもねえし……。
 と、袖口の折り目を意味なく正すとチョコボを走らせ去っていくウォースラ、その両者を交互に見ていたディーノが、やれやれ、と感情を隠さず息を吐く。
「仕事の虫め。大丈夫かの一言くらいかけてもいいもんなのによ、あの仏頂面が」
 いや、あんたからも大丈夫かなんて言ってもらってねえよ……
 というツッコミは心の中だけで済ましていると、続いてディーノから提案があった。
「お前らラバナスタに帰るんだよな。ついでに送ってくから乗ってけ」
 二人で顔を見合わせる。
 将軍職ではないにしろ、そこそこ部下を従えたそれなりに偉いように見受けられるディーノ隊長の申し出に、それでもレックスは少し渋るそぶりを見せた。その理由を察する前に、もふとこのまま帰ることに違和感を覚える。「おい、乗るならさっさとしろ」 と急かすディーノを他所に、辺りを見回す。
「なぁ、あのチョコボってよ……」
 レックスは、神妙に頷いた。渋った理由も、それだったらしい。
 行方不明のチョコボ二頭は、借り物なのだ。
 レンタルDVDを紛失したようなもの。
 ……え、それ、弁償?

「あー、お前らのチョコボなら」
 ディーノが指示すると、あの半眼チョコボが、相変わらずの可愛くない平静面で騎士に引かれてきた。自分から戻ってきたんだ、よく出来たチョコボだよ、とディーノは褒めていたが、とレックスの顔は晴れない。
 レックスの乗っていた方、あのビビリチョコボは……絶賛逃亡中のようだ。
 ……え、これ、やっぱ弁償?



「すごかったね、騎士団」
 ドラゴンから逃げていた時と同じく前に跨るレックスが、ため息まじりに言う。あー、うん、と同意したの視線の先には、二人を乗せた半眼チョコボを先導してくれている騎士の姿があった。
「騎士団の戦闘を、あんな間近でなんて滅多に見られないよ」
「そういうもん?」
 言って、まぁそうかも、と一人で納得した。警察の大捕物に巻き込まれたことなんて自分も無い。
「街の警備とか、式典とか、そういうので見るのがほとんどだから。戦功も噂で伝え聞くだけだし……でも実際に戦ってるとこを見ると、やっぱり、すごいよ」

 確かに――と、が思い出すのはあの雄姿である。
 ドラゴンの攻撃に恐れすら抱かず、駆けながら抜くは白銀の剣。それが敵を切り裂くまでの動作は迷いなく、まさに流れるようで。
 チョコボの手綱を引きながら、自分の腰元に視線を落とす。
 これは武器屋の安物で、自分もこれに振り回すことしかできないへっぽこ高校生だが。
 同じ剣で、同じ人間なら、自分だってああはなれないのだろうか。

 ……いや、俺、魔法使えないしな。この世界の人と同じでは、ないかもな……

 考え事と、チョコボの振動の合間に自分の名前が聞こえた気がして、
「ん?」 
 何か言ったのかと短く問う。
は、やっぱり優しいって言ったんだよ」
 ……何をまたふざけたことを。
 あからさまに顔をしかめてみせても、レックスはこちらに後頭部しか見せない。笑顔でいるのは、何となく分かった。
「ほら。二人で助からなきゃ意味ないって、さ」
 ……おいやめろ、恥ずかしい。
 しらばっくれるか、誤魔化すか。ちょっと迷って、後者にした。
「優しいのは騎士団だろ、チョコボ弁償代、丸々持ってくれんだから」
も、優しいよ」
 まっすぐな奴は、なかなか逸れてくれない。
「……自殺行為しようとしてたヤツを止めただけだよ」
 それを聞いたレックスは、楽しそうに笑っただけで、やはり誤魔化されてはくれていないようだった。

 ただ、二人で助かろうと言うのと、自分を犠牲にしてでももう一人を助けようとするのと、どちらがより優しいのかは疑問の残る話だった。
 レックスはあの時、放っておけば本当にドラゴンに斬りかかっていっただろう。剣一本で、それがどんなに無謀なことか分かりきっていても。そして自分のことなど顧みず、は逃げて! とでも叫んだに違いない。
 レックスなら。
 いつもいつも自分より他人のことばかり考えてる、こいつなら――

 無事ラバナスタに帰れるというのに、胸に落ちるこの不安は何だろうか。
 振り切ったはずの死の影が、後ろからついてきているような気がするのは何故だろうか。



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