1. 取捨選択





 幼い少年が目の前に現れる。
 顔は……相変わらずよく分からない。たまに見るこの映像は、いつも霧がかかったようにぼやけているのだ。

『兄貴、仕事?』

 そう問われたが、それに返答する自分の声はよく聞こえない。でも、おそらく肯定の返事をしたのだと思う。その子はツンとそっぽを向いたから。

『またかよ、つまんねーの』

 拗ねる子は物でご機嫌を取るにかぎる。お土産に何か買ってくるからさ、と、多分この時もそんな手を使ったんじゃないだろうか。

『マジ? じゃあライキの最新モデルシューズね。忘れたら絶交な!』

 オーケイ、わかってるよ、いってきます──きっとそう言い、自分は家を出たに違いない。

『いってらっしゃい』

 全ては、想像に過ぎないけれど。



 *



 明るい森が、小川によってすっぱりと分断されていた。
 遙か下からせせらぎが聞こえてくる崖の上で、白いニット帽に作業つなぎを着た若い青年が、腕を組み、あぐらをかいている。
 目の前には荷物が綺麗に広げられて、すっ、と人差し指を伸ばすと、彼はその内の一つを指差した。

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」

 歌うというよりは、経を読むのに近いような独特の抑揚が、さわさわと流れる水の音に被さった。

「う・ら・の・か・み・さ・ま・の・ゆ・う・と・お・り」

 短剣、サバイバルナイフ、湾曲刀、弓矢、連射ボーガン、吹き矢、長刀、リボルバー拳銃、サブマシンガン、爆薬、スローイングナイフ──筋張った長い指が、地面に並べられたそれらを指しては移動していく。

「いち・に・さん、か・き・の・た・ね」

 かき、というのは果物らしいが、色、形は知らない。その前の裏の神様とやらにも無論、お目にかかった事なんて無い。
 よく分からない言葉の羅列を、しかし彼は特に疑問も感じず、唱え続ける。

「ト・ラ・ン・プ・き・っ・た、た・かい・や・ま・つ・ぶ・し・た、ねず・みの・しっ・ぽ・ちょん・ぎっ・た」

 このまじない言葉を知ったのは半年ほど前だ。
 ある街のショーウィンドウで、2連発小型拳銃と大ぶりのオートマチック拳銃、金銭的事情でどちらを諦めるか、青年は大いに迷っていた。かれこれ三時間ほど。自分の優柔不断さには、まだ一年の付き合いだがほとほと呆れてしまう。
 日が暮れてきたので決断はまた明日にしようと引き返した道の途中に、駄菓子屋があった。母親に「早く決めなさい」と急かされている、さっきまでの自分と同じ状況の子どもがいて、その子が取った最終手段というのがこのまじない言葉である。
 彼はすぐに引き返し、指を交互に動かしてまじなった結果、小型拳銃を買った。
 こりゃあいい、とばかりに、それがその後も慣例化していったのだ。

「あ・ぶ・ら・む・しっ!」

 ぴた、と自分の指が止まった物に、目を見はった。
 それは木のツルを加工して作られた、しなやかに丸まる長い鞭。
「よし、これに決定っ!」
 彼は鞭を手に取り、砂汚れを丁寧に払ってやった。

 ハンター試験──どういうテストが出てくるのか全く見当も付かない所へ、大荷物を抱えて行くのは危険だ。
 それでこうして泣く泣く武器選択を始めたわけだが……
「さて、次はっと。ど・れ・に・し・よ・う・か・な、う・ら・の……」
 一つに絞る気は、さらさら無かった。


 青年には、記憶がない。

 消毒液臭いベッドで目覚めたのが1年前。それ以前の事は何ひとつ覚えていない。故郷、家族、自分の名前さえ、何も。
 身なりや持ち物から自分の事を知ろうにも、身分証明になるようなものは一切見あたらず、目を引くのはただただ、倒れていた時に体中に装備していたという、大量のナイフや銃器ばかりだった。
 大量の武器。
 それが、自分が失ってしまった過去との、唯一のつながり。
 以来、家族のように、分身のように、彼は武器達と一緒にいる。

 これを持っていた俺は、どういう人間だったんだろう。

 ただの、いわゆる"武器マニア"ってやつだったのか。
 それとも、これを実際に使って……ヤバイ事でも、してた?


 いくら考えた所で答えは出ない。記憶も手がかりも、一切無いのだから。
 そこで彼が手に取った物が、ハンター試験の応募カードである。


「あ・ぶ・ら・む・しっと!」
 お供の武器を、大負けに負けて七つ選び終えた頃にはすっかり日が傾いていた。真っ暗闇にならない内にと手早くそれらを装備し、それから大きな革袋を背負う。こっちはお供に選出されなかった、飛行船に乗る前にどこかで預けておく武器たちだ(売るもんか、誰が売るもんか)。

 淡い光を帯び始めた月が、水面にゆらゆらと揺れ始める。
 そんな小川沿いを、下流へと青年は歩き出した。
 "自分自身"を求めて。






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名前出ず、キャラも出ず。スミマセン;
「どれにしようかな……」のフレーズは、管理人の地域のモノです。
場所によって全然違うんですよね、これって。