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 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、神聖ブリタニア帝国の第十一皇子にして第十七皇位継承者である。
 ただし幼い頃に国から捨てられている。母親を何者かに殺され、妹の視界と歩く力を奪われ、しかし父親である皇帝はそれらを歯牙にもかけず、あげく兄妹を日本へと追放した。
 当時日本国首相であったスザクの父、枢木ゲンブが彼らの身元を引き受け、そんな経緯でスザクとルルーシュは出会ったわけだが――やがて皇子ルルーシュがいるにもかかわらずブリタニアは日本を焼き、幼い少年に身を焦がすような決意をさせることになった。
 ブリタニアを、壊してやる。
 そう、今、まさにルルーシュはその一歩を踏み出そうとしているはずだ。



「ざぁんねんでしたー!」
 目が覚めた瞬間、突拍子もない浮かれた声がスザクの頭をクリアにした。
「天国に行きそびれたねぇ、枢木一等兵」
 若い……というより子供っぽい表情にはあまり似合わない白髪、白衣。そう、これがロイド博士との初対面だったのだと思い出した。
 上半身を起こせば、すぐさま包帯を巻かれた腹部が悲鳴を上げる。しかし、安心した。
 この怪我も、死んでいないのも、目の前にロイド博士と、その助手のセシルがいるのも全部前と同じだ。
 状況はすべて把握している、が、何も言わないのも変だと思い、
「あの……自分は」
 包帯に触れながら問うと、セシルが身を屈めて答えてくれた。
「これが、きみを守ったのよ」
 彼女の手のひらに乗っていたのは、ローマ数字の刻まれた懐中時計。
「防護スーツ内での跳弾を防いだだけなんだけどね」
 自分の命を守ってひび割れたそれを複雑な思いで見つめていると、「大事なもの?」 と尋ねられる。適当にはいと返事をして、スザクはゆっくりと受け取った。
 と同時に、ひやりとした。
 何も考えずに撃たれてはみたけれど、もし自分と上官の立ち位置、銃口の角度、距離、タイミング――どれか一つでもずれていればアウトだったんじゃないだろうか?
 今生きているのは、とてつもなく運が良かったんだろうか、それとも歴史的になるべくしてなった結果なのか。これから自分はどう動いていけば望む結果を得られるのだろうか。いっそ動かない方が歴史は変わらずに済むのか――ぐるぐると考えていれば、何か話していたらしいロイドに「聞いてる?」 と覗きこまれてしまった。
「あっ、はい、えっと……あの、現在シンジュクの状況は」
「あー、ここはシンジュクゲットーでもクロヴィス殿下のお膝元だからのんびりしてるけどねぇ。毒ガスは、拡散されたらしいよ。イレブンが大量に被害に遭ったって。犯人もまだ捕まってないみたいだね」

「……そうですか」
 あれは毒ガスなどではなく、だから拡散されるはずもない。イレブン――日本人が被害に遭ったというのは、きっと、ブリタニア軍がテロリストへの報復、あぶり出しのためにやったことだ。
 ……撃たれたりしなければ、それを止められたかもしれない?
 死ななくていい人が、生きられたかもしれない?
 悪い未来を知っているのに、その通りに運ぼうとしている僕は間違っている?
 でもそれによって事態が大きく変わってしまったら?
 死ななくていい人が、死んでしまうようなことになったら?
 僕はこれから、どうすべき?

「……スザクくん?」
 セシルに心配されるほど自分は深刻な顔で俯いていたようだが、「じゃあん!」 と、その視界の前に垂らされた“鍵”が、スザクの迷いを吹き飛ばした。
「枢木一等兵。きみ、ナイトメアフレームの騎乗経験は?」
 そう、このシンジュク事変は、ルルーシュが魔女と出会うことで復讐へと歩みだした日でもあり、スザクにも、力が与えられた日であった。
 戦う力。守る力。運命を切り開く力――。

 顔を上げたスザクは、考えるのをやめた。

 前の僕は、間違っていようとなかろうと信じたことを、必死に、がむしゃらにやったつもりだ。
 それが自分。枢木スザク。
 なら今度も、やるだけだ。



 テロリストがブリタニア軍から奪ったらしいナイトメア、サザーランドにハーケンを撃ち込む。機体下部がショートし、もうダメだ、と悟ったらしい操縦者はコクピットを機体から射出し、脱出した。
 間髪入れず背後に回ろうとしていたもう一機に回し蹴り。地面に倒され、やはり脱出する相手を認めながら、スザクはうーん、と唸っていた。
 やっぱり、反応速度がちょっと鈍い。ブーストの出力も物足りないし、まだ慣れないな、初期仕様は。

 Z0-1・ランスロット。ほぼロイド博士のチームと言っていい特別派遣技術部、通称“特派”が開発した、世界で……今のところ唯一の第七世代ナイトメアフレーム。それが、スザクの駆る専用機だ。
 白い装甲に風穴を開けようとしてきた銃弾を、右腕部のシールドを展開して弾く。
 相手がひるんだところに突っ込んでふっ飛ばせば、その衝撃でパイロットスーツの中の傷が存在を主張した。
「っ……さすがに、撃たれるのは痛いなぁ……」
 まぁ、この体で操縦するには、初期スペックがちょうどいいかもしれないな。

 さて、と見える範囲のナイトメアが沈黙したところで周囲を索敵する。
 気に、なっていることがあった。

『私がルルーシュにギアスを与えたのは、シンジュクゲットー。あの場にはお前もいたように思うが?』
 ゼロレクイエムへと至るほんの少し前、緑の髪の魔女、C.C.と話したことがあった。
 ルルーシュが始まる瞬間、そして終わる時もお前がその近くにいるわけだ、まったく運命とは恐ろしいものだな。なんて彼女は皮肉って笑っていたが、そう、彼女は確かに言っていたのだ。シンジュクのテロに巻き込まれてC.C.と出会い、ルルーシュはギアスの力を得、そこで初めて復讐の第一歩を踏み出したのだと。
 つまり、テロリストとは無関係。
 しかし――それでは腑に落ちないことがある。

 移動しながら索敵を続けていたスザクは、崩れたビルの内部に一機のナイトメアが潜んでいるのを発見した。捜していた機体。逃がすわけにはいかず、すぐさまビルの外壁にハーケンを撃つ。それを縮めさせて十階分以上の高さを昇るのはあっという間だった。
 ビル内に飛び込むなり、スザクはそこにいたサザーランドを攻撃した。

 特派は、エリア11総督のクロヴィス皇子ではなく、彼の兄、第二皇子シュナイゼルが直轄するチームである。兄の力に頼らず自分の部隊だけで片をつけたかったクロヴィス総督だが、ついに彼らのランスロットに出撃を命じることになった背景には、テロリストの統率の取れた動きと、その戦果があった。
 と、セシルが言っていた。さっきだ。
『有能な指揮官がいるのかもしれないわ、気をつけてね』
 ブリタニア軍を追い込むほどの指揮官。
 そんなのは、一人しか知らない。

 フロアを突き抜けて落下したサザーランドを、外側から回りこんで、見据える。
 きみは。
 ルルーシュだろ?

 その機体をこれ以上攻撃するつもりはなかったが、追い詰められた指揮官の危機に駆け付けた機体があった。片腕を破損した赤いナイトメア、グラスゴー。サザーランドより型の古い機体は捨て身の攻撃を最後に自壊してしまったが、その気概、ルルーシュをかばうシチュエーションに一瞬紅月カレンを思い起こした。
 脱出していった赤いコクピットを見送ったスザクは、この間に隙をついて逃げたルルーシュを追うために方向転換する。
 実際今のはカレンだったのかもしれない。
 テロ活動していたカレン達を、ギアスの力か、もしくは何か弱みを掴むか、策を用いるかして利用した――なんて。結局想像にすぎず、スザクはため息をつく。
「……知らないことって、多いなぁ」
 カレンなんて、ゼロ・レクイエムの後、一年近くも一緒にいたのに。何も知らない、何も聞いていない。
 一年、いやこれからも、“ゼロ”としてしか言葉を発しないつもりだったから。

 でも、ナナリーも一日くらい猶予をくれればなぁ。
 市街地を疾走していたスザクは、情報も考える時間も無くいきなりは無茶ブリだよ……と嘆いていたが、ふと気がついた。ルルーシュのサザーランドが見えたのをきっかけに。
 あれ?
 結局僕はこれから、ルルーシュを取り逃がすんだよね?
 もしかして、バカ正直に追っかけなくてよかった?
 考えている間に、ランスロットの接近に気づいたルルーシュがスピードを上げる。
「……ああ、もういいや、この際!」
 自機も速度を上げた。この際全部再現しよう、ぐだぐだ考えるよりその方が早くて確実! きっと僕らしい!

 ……と息巻いたのを、スザクはすぐに後悔することになったが。
 ランスロットを巻くために、ルルーシュがビルにハーケンを撃ち込み、瓦解させて行ってきた攻撃。
 それはランスロットに傷をつけることも速度を落とさせることも叶わなかったが、ただ、そのビルにいたらしい親子が十数メートルの高さから落下してしまったのだ。
 スザクが機敏に反応して彼らを受け止め、ルルーシュはその隙に逃走――歴史通り。が、地面に下ろすなり叫び声を上げて行ってしまった親子に、スザクは肩を落とした。
 シンジュクに住む人にとって、今やナイトメアは軍、テロリストどちらのものにしたって恐怖でしかないだろう。転落死の恐怖を味わわされたのだってナイトメアのせいだ。
 僕が余計な追跡をかけなきゃ、あんな目に遭わせることもなかったよな……。
『スザクくん、疲れたでしょう。そろそろ終わりにする?』
 通信機からのセシルの声に「あー……もうちょっと、やります……」 と力なく返事し、がくりと頭をもたげた。




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