5 『エリア11総督にして、第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアの名の元に命じる。全軍、ただちに停戦せよ!』 シンジュクゲットーに響き渡った停戦命令をコクピットで聞きながら、スザクは、次の決断までにどのくらい時間があるかを考えていた。 この停戦命令を出させているのは、きっとルルーシュだ。 ギアスか脅しか変声機か、方法は彼なら色々ありそうだが、 『建造物に対する破壊活動もやめよ。負傷者はブリタニア人、イレブンにかかわらず救助せよ』 ポーズの得意な第三皇子ではあったが、果たしてここまでイレブンに心を配ることはあったろうか。そこには確かにルルーシュが透けて見えて、スザクは目を細めた。 でも、この後きみは人を殺すんだね。 しかも、実の兄を。 停戦命令に従ってセシルから帰還の指示が出され、スザクはそれに従う。次の決断のポイント――ルルーシュがクロヴィスを殺した後、その影響が自分に及ぶまで、時間がどのくらいあったかを考えながら。 「ロイドさ」 「いやあすばらしいよスザクくん! 僕もね、シミュレータの成績を見てきみ以上のデヴァイサーはいないだろうと思ってはいたけど、通常稼働率九十四%、この数値を記録できる人間が他にいるとは思えないね! 本当にすばらしい!」 「あ、はい、ありがとうござい」 お礼の言葉を途中で飲み込んでしまうほど、ロイドは唐突に顔を寄せてきた。薄ら笑いはいつもの通り、しかし訊ねる声のトーンは低く、どこか意味深めいていて。 「きみ、ホントにナイトメアの騎乗経験、ないの?」 「……どうしてですか?」 つい緊張して聞き返してしまったが、ロイドは裏切るようにあっけらかんと笑った。 「いやだなぁ、褒めてるんだよぉ! きみがあんまり上手く乗りこなすものだから!」 それとも、とまたロイドの目が探るように光る。 「ホントにどこかでパイロット、してたのかな?」 食えない人だ、とスザクは内心ため息を吐く。 「シミュレータだけですよ。今回、こんな最新鋭の機体に乗ることができて光栄でした」 「いやいやこちらこそ。あ、ランスロットの整備が終わったらさっそくいくつかテストをお願いしたいんだけどいいかい?」 「はい、もちろんです。あの、ところでお願いしたいことがあるんですが」 ランスロットを降り、真っ先にロイドを探したのは騎乗させてくれた礼よりもこちらの方が理由として大きかった。 「今回の戦闘で……回収される遺体の中に、いないかどうか確認してほしい人が三人いるんです」 「知り合い?」 心配そうに近づいてきたセシルの問いに、頷く。 「一人は制服を着た男子学生、黒髪に、紫の瞳です。それから緑の髪の女の子、それと……」 「名前は分からないの?」 「あ……すみません、テロリスト捜索の時に会った、民間人なんです。巻き込まれたみたいで、心配で……」 ルルーシュの名前を出さなかったのは前と同じだ。 追放されたブリタニアの元皇子――名字は変えているとはいえ、ブリタニア軍の中で易々と名前を口にすべきではないと思ったからだ。C.C.に至っては本当に知らなかったのだが。 それと、今回はもう一人、念のために聞いておきたい人物がいた。 「それと、跳ねた赤毛の女の子。年は全員、17、8くらいです」 紅月カレン……もしシンジュクにいたとしたら、自分が何か不手際をやらかしたせいで命を落としてはいないかどうか、確認しておきたかったのだ。 「分かったわ。遺体のリストが上がってきたら……ああ、スザクくんが見て確かめる方がいいかしら。リストが上がったら知らせるわね」 「え、あ……」 ……僕は、きっとこの目では確認できない。 「よろしくお願いします」 にこりと笑いながら、思う。 逮捕される前に、とりあえず何か飲んで、包帯を巻き直しておいてもらおうかな。 特派の艦内で手当てを受け、セシルの好意で簡単な食事までいただいて。しかしたかだか一等兵が長々と自由行動をしていられるわけがなく、スザクは任務へと戻った。 スザクの所属に関してはロイドが特派の権限でもって働きかけているようだが、今はクロヴィス総督が殺された非常時だ。いや、まだセシルでさえ『上層部の動きが何かおかしいわね……』 と勘ぐる程度で、総督崩御の情報は徹底的に伏せられているようだが――とにかく今のスザクは、イレブン上がりの一等兵として軍に使われなければならなかった。 今日と、明日いっぱいは瓦礫整理と遺体回収。 明後日の午後に自分は拘束され、世界が大きく揺れ動くのはその次の日の夜。 淡々と並べてみると、時間はかなりある。だが正直なところ、その夜までに自分の指針が決まるとは到底思えなかった。 ずるいよナナリー。 きみは一年悩み続けてこの答えを出したんだろうに、僕には数日? ずるいなぁ。 彼自身の思いに反して、ルルーシュを生かすべきか。 その場合、自分がどう行動していくべきか。 ルルーシュの望み通り、ゼロレクイエムを実行させるべきか。 その場合、歴史をすべて知ってしまっている自分はうまく立ち回れるのか。 僕はきみほど、考えることに向いていないよ……と軍舎の自室で深く息を吐く。 月が沈んで、日が昇って、スザクが何のとっかかりもないままぐるぐる悩んでいるうちにも、クロヴィス殿下の側近であるバトラー将軍が、殿下暗殺の際に確固たる理由もなく傍を離れた責任を問われ失脚。 代わりにジェレミア卿が第二執政官に就任。クロヴィス総督が敷いていた、イレブンにブリタニアの権利の一部を与える“名誉ブリタニア人制度”をよしとしていなかった純血派の彼が実権を握ったことで、軍はその色を増していく。 そして、予想通りの頃合に、スザクは上官に呼び出された。 ああ……時間が経つのは早い。 独房で、相も変わらずスザクはため息をついていた。軍舎の自室も狭く、物もなかったから実際環境も似たようなものだ。 ただ白地の布とベルトで構成された拘束着と、腫れた頬、切れた唇が昨日までのスザクにプラスされている。逮捕されたイレブンの扱いの、手本のようだった。 小さく扉の開閉音が聞こえ、足音が近づいてくる。一つは途中で止まり、もう一つは…… 「いやー緊張しちゃうなぁ。ブリタニア皇族を暗殺した凶悪犯に、こんなに間近で面会なんて」 おどけた調子で鉄格子の向こうに現れたロイド博士に、スザクは苦笑した。 ロイドもすぐ肩をすくめてしゃがみ、足を縛られ立てないスザクに目線を合わせる。 「ま、僕らはきみの無実を知ってるんだけどね。アリバイってヤツ。なのにきみも、不運だねぇ。目をつけられちゃってさ」 「分かってます」 これは、純血派によって企てられたシナリオだということは。 名誉ブリタニア人を犯人にすることで、彼らの“ブリタニア人は、ブリタニア人だけで構成すべきだ”という主義が世間に、治世にまかり通りやすくなる。 そこにきて、スザクは格好の犯人役だった。何しろ、ブリタニアに焼かれた国、日本の最後の首相、枢木ゲンブの息子という肩書を持っていたのだから。 ブリタニアに弓を引くには、これ以上ない人物像だ。 しかし今ロイドに濡れ衣を訴えても仕方ない。 「それより、頼んでいた件はどうでしたか?」 訊ねれば、ちょっともったいぶった間を作った後でロイドは答えてくれた。 「おめでとー。三人とも、遺体リストにはなかったよ」 イコール生存しているという証拠にはならない、が、小さな不安は取り払われてひとまず安堵した。 「でも、きみの方は不利だなぁ。裁判になってもきみの味方は誰もいない」 僕らの証言も、採用されないことになったしね、とお手上げポーズをするロイドに、スザクは笑顔を見せた。 「僕は大丈夫です。真実は必ず明らかにされますから」 「明かされないことの方が多いと思うけどね、真実なんてものは」 「大丈夫です」 なおも笑うと、ロイドは目を丸くして、それから呆れたような表情を作った。 「きみは、バカなのか大物なのか測りかねるね。単に神様なんてものを信じてる類なのか、それとも何か当てがあるんだとしたら」 鉄格子の間から、ロイドは眼鏡の奥の眼を子供のように光らせる。 「楽しみにしてるよぉ」 ← back → ------------------------ |