第一章
 「絶望入院生活」


 1-3 槍と見せしめ




『院内放送、院内放送。えー、希望ヶ峰学園の生徒は至急、多目的ホールに集まってください。学園長より大切なお知らせがあります。もう一度繰り返します。生徒の皆さんは多目的ホールに集まってください。至急、大至急です』


 夕食をとる俺たちの頭上に流れたのは、こちらの都合などガン無視のそんなアナウンスだった。

「また集まれって……」
 少し遅れてやってきた的目と美芝も、入り口で困惑顔をしている。
「何の、御用かしら……」

「しかし、行く他あるまい」
「……ああ」
 むすっとした佐田の意見に、俺も同意だった。
「由地の言葉を借りるなら、俺たちの自由も生死もあのモノクマの手のひらの上、だからな……」

 静まり返る食堂。
 その中で、
「くっそう、あのクマ……今までホールに鍵かけやがってたくせに今さら来いだと……! しかもまだ豚丼おかわりしてねぇのに! 空気読めよくそおおお!!」
 逆巻だけは通常運転だった。
 まったく尊敬する。




「遅い! 遅いよ!! 至急って言ったら駆け足でしょ!!」
 一日ぶりに多目的ホールに入るなり、教壇の上でモノクマが暴れていた。
 げんなりする。
「オマエが廊下走んなって言ったんだろーが!!」
「やれやれ……世間とは理不尽なものなんだよ。ろくでもない大人たちによって、臨機応変という言葉がいいように使われているのが社会なんだ、キミもこれを機会に学ぶといいよ。でも! 走ることを目的とした走ることは変わらず禁止だからね!」

 ぎりぎりと歯ぎしりする逆巻をさらっと無視し、モノクマは「さてさて」 と視線を全員へと向けた。白い毛色の右側はガラス玉、黒い毛色の左側は赤いコウモリの羽のような目なので視線などあってないようなものだが、それでもそこには、昨日とは違う不気味な黒さがたたえられている気がする。

「さっきも言ったけど、遅い。オマエラはまったく何をするのも遅くてノロマな亀だよ。殺し合いは? どうしたの? まったくする気配ないけど、みんな退院する気あるの?」
「殺し合いなんてしないわよ。するわけないでしょ!」
「え?」
「そうですわ……そんな、恐ろしい……」
「しないの?」
「そう言ってるだろう? 殺すなんて、冗談でも言っちゃいけない言葉だ」
 的目、美芝、堤、と順番に反論されて、モノクマが「……ふーん」 と面白くなさそうに唸る。

「……ま、そう言うと思ってたよ。でもボクは怒ってないよ。オマエラだけが悪いってわけじゃないものね。法治国家に生まれて幼い頃から“人殺しは何よりも畏むべき大罪だ”と刷りこまれたら、そうマインドコントロールされてしまうのは当たり前だものね」
「マインド、って……」
「でもね、オマエラは甘々だよ。とりあえずゆるキャラを描いておけば商品が売れると思ってる地元企業くらい鬼甘だよ。状況を見なよ。今この場で果たしてこの国の法律が機能するでしょうか? 守るべき唯一の法は院内規則なのではないでしょうか? そしてその規則を作ったのは? うぷぷ、ボクことモノクマ学園長兼院長先生だよね!」

 それは、由地の言葉を図らずも肯定するものだった。
 俺たちの生活、自由、生死は――紛れもなくこいつに握られているのだ。


「で、す、が。その、学園長であり病院長であり唯一絶対の君臨者であるモノクマ様だって、鬼畜でも鬼でも畜生でもありません。温室ぬくぬく育ちのオマエラにいきなり殺し合えったって、ちょっと難易度が高すぎるよね。なので、オマエラに素敵なプレゼントを用意しましたー!!」

 ぱあんっ
 と、丸っこい手が器用にクラッカーを鳴らしたのと同時、天井から大きく、重量のある物体が落下して床を揺らした。
「うわっ!?」
「あ、あっぶね!」
 最前列にいた俺と逆巻をひやりとさせたその落下物――大きなプレゼント箱は、やがてひとりでにそのリボンがほどけ、ぱたんぱたんと外箱も倒れていく。
 その中から現れたのは、
「な」
「う……」
「うそ……」
 全員が、言葉を失う物だった。


「じゃーん!! コロシアイのための武器たちー!!」


 そう――武器。
 その箱の中には一つとして同じ種類のものは無かったが、そのどれもが、人の命を奪うことのできる形状、性能を持っていた。
「ナイフに斧、ハンマー、ロープ、弓矢に拳銃、遠くて見えないかもしれないけど毒薬なんてのもあるよ。これをオマエラに一つずつ、ランダムに配布します。うぷぷ、これで手段には困らないよね」

 さあ、レッツ、コロシアイ生活!!

 モノクマの弾んだ声に、俺はぎり、と歯を食いしばった。
 人を、殺せるもの。
 それを見た瞬間は背筋が凍りついたが、悪意を持って差し出した張本人の声にハッと意識がクリアになる。そして、嫌悪した。
 面白がってるのか。
 俺たちを閉じ込め、武器を与えて、殺し合いを強制することが、そんなにも面白いのか――!


「んなことしねーって言ってんだろーが!!」


 物は増えたががらんどうには違いない多目的ホールに、ひときわ大きく怒号が響き渡った。
 俺のものではない。
 俺の、この中では最も親しい人物のものだった。

「こんなとこに押し込めて、ふざけたことばっか言って、しまいには殺し合えって……いい加減にしろよテメェ!!」

 幼馴染みの俺でさえ目を丸くするほど怒りに燃え立つ逆巻の姿に、俺の頭にフッと黄色信号が灯る。そうして我に返った俺は、制止のために彼の腕を掴んだ。
「おい、逆ま」
 しかしすぐさま振り払われてしまう。想像以上に血が上っているらしい逆巻の目にはモノクマしか映っておらず、目標を睨みつけたまま右足を大きく引く。

 マズイ。

 そう思うなり体中の反射神経を総動員して伸ばした腕は、コート内で追い続けてきたボール同様、逆巻の赤ジャージにもかろうじて届いた。
 スタートダッシュ体勢の陸上部員を引き留めることには成功したようで安堵する――が、彼の目的は走りだすことではなかったらしい。

 がつんっ

 鈍い金属音に顔を上げた俺が見たのは、モノクマの顔のすぐ傍を小さな瓶が高速で通過するところだった。

 武器の中の一つを、逆巻が蹴り飛ばしたのだと、
「よせ!」
 駆け寄ってきた白鷺の声で、俺はぞっとする思いと共に理解する。


“入院規則 6.モノクマ病院長への暴力行為は禁止です。”


 い、いや――当たっていない。
 瓶はモノクマには当たっていない、だから該当しないはずだ。
 “モノクマ学園長への暴力”には。


「うぷ……うぷぷぷ……」

 それは、そんな俺の予想を裏切るようなおどろおどろしい含み笑いだった。

 いまだ逆巻は怒りが収まらず食って掛かろうとしているが、それを両サイドで引き留める俺と白鷺は同時に表情を強張らせる。

「……キミは本当に反抗的だね、逆巻クン。まあ昨今の高校生が型にハマっておとなしい分、元気があっていいんだけどね。これ以上キミを甘やかして口頭注意に留めるっていうのも学園長としてのボクの威厳にも関わるっていうかね」
「ああ?」
 やめとけ、という意味で逆巻の肩を引っ張るも、伝わった様子はない。
 そしてモノクマの口上も止まらない。

「というか、オマエラに状況を認識させるためにも? ボクがホンキだっていうのを示すためにも? 一人は見せしめの餌食になってもらおうって決めてたんだよね!」

 見、せ?
 
「というわけで、昼間の内に準備は万端! くらえ、魔槍ゲイボルグー!!」


 視界の端で、閃光が瞬いた。
 かと思えば何か硬いものを穿つ音が鼓膜をなぶり、その轟音に耳をかばう暇もなく俺は何が起こったのかを目の当たりにする。

 音はおそらく、光と共に降り注いだ鋭い鉄の棒がその正体だと思われた。
 何本も何本も、何十本も、それはホールの床に突き刺さっている。
 ――その上にあった逆巻の足をも、貫いて。

「あ……?」

 目が合った逆巻から、怒りは消えていた。ただ何が起こったか分からず、足に金属が突き刺さっているせいでバランスも取れずに体を後ろへぐらつかせていく。
「う、あ……」
 声にならない悲鳴と、肉と、骨と、超高校級と称えられるほどに鍛え上げられた筋肉を自らの重みで切り裂きながら、赤いジャージは血に濡れた床に沈んでいく。


 ――何だ、これ。
 逆巻の腿から、膝から、ふくらはぎから突き出しているのは、何――


「い……いやあああああ!!」
 誰かの甲高い叫び声に、俺の真っ白になっていた思考が弾かれたように動き出した。

「逆巻……!!」
 足だけを縫いつけられた無理な態勢で倒れる逆巻は、少し重力に引かれるだけで呻いて、もがいて、また呻いて、そんな悪循環を絶つためにその体を支えてやるが、もちろんそんな程度では何も解決しない。

 早く、病院へ。

 そんな当たり前のことを思った瞬間、今がどれほど当たり前ではない状況かということをまざまざと思い知り、俺はモノクマを睨みつけた。

「見たか、免許皆伝、ゲイボルグの威力!! 三十もの槍が怨敵に炸裂! さすがモノクマ! 他のクマにはできない事をやってのける! そこに……まぁシビれちゃったりあこがれちゃったりするよねーえへへ」
「モノクマ……ッ!!」
「いいかいオマエラ、これがボクの言う“おしおき”の50パーセントほどの力だよ。本番は即死レベルですからね。いいですか? 死にたくなければコロシアイ生活のルールはきちんと守りましょうね?」
「てめえ……!!」

「ひ、ひどいよ……! サカマキ、このままじゃ死んじゃうよ……!!」
「う、こ、こんな……酷い……」
「で、でも、手当って言っても……っ」
「誰か、救急車……!」
 どくどくと流れ出る血を前に混乱する鈴木たちに煽られて、俺も逆巻の肩を掴む力を強くする。どうすればいい、でも、助けなんて――!!

「ここ、病院やろ。モノクマ病院長せんせ?」

「……ほえ?」
 小首を傾げるモノクマに、一歩、混乱を押し留めて進み出る者がいた。
「病院長が重傷患者放っといてええんかいな。大体おしおきっちゅーても、別に明確に規則を破ったわけでもない。廊下走んなっちゅーのは口約束、学園長への暴力も未遂の域や。それで見殺しにされんのはちょっと横暴ちゃうか」
「……ボクに彼を助けろっていうの? 由地クン?」

「由地」
 血だまりのすぐ傍で立ち止まった関西ゲーマーは、俺に軽く手のひらを向けた。任せろ。そう言うように。

「見せしめやって、ジブン言うたやろ。その効果は抜群やで。もう十分やろ」
 短く息を吐いた由地は、
「それに、や」
 摘んだキャップの鍔の、目深に下ろして……こう続けた。

「コロシアイ。させたいんやったら、一人でも人数多い方が面白いんとちゃうか?」


「は……?」
「由地……!」
「面白いって、何言ってんのよ!?」
 そんな非難が当然のように上がる中で、俺は由地を見上げる。
 角度が悪くてその表情は窺えない。

「……うふふ、確かにね。由地クンの言うことも一理ある。……うん、そうだね、出血多量で死んじゃわない程度には治療、してあげることにするよ。ボクもむやみやたらにコロシアイ生活の役者を減らしたいわけじゃないしね」

 ひどい、そんな言い方……
 あんたが怪我させたくせに!
 ……などと悲嘆や怒号が飛び交うが、どうでもよかった。

「……なんでもいい」
 俺は、噛みしめた歯のすき間から声を絞り出した。
「逆巻を治せ」


「おっけー!」
 モノクマがそうかるーく言った直後、ホールの扉が開いたかと思えば担架と、それを担ぐモノクマの十分の一ほどの大きさのクマたちがわらわらと飛び込んできた。
 そこからはあっという間。
 逆巻を貫いたまま床に突き刺さっている銀の槍を根元からチェーンソーのようなもので切断すると、重傷患者が呻くのも無視して担架に放り込み、赤いランプを灯しながらピーポーピーポー扉の向こうに消えて行ってしまった。
 
「な、何、今の……」
「モノクマがいっぱいいたような……」
「なんか、ナースの服着てたような……」

「おい、どこへ運んでった」
 俺が凄んでも、モノクマは面倒くさそうに耳をほじるだけだった。
「はいはい、逆巻クンのことはミニモノクマたちに任せておけば大丈夫。手術が終わったら連絡するからとりあえず待っててよ」
 そ・れ・よ・り。
 一転、うきうきした様子で武器の上にぴょんと飛び乗る。

「ボクのホンキ度も理解してくれたよね? オマエラが今置かれてる状況もさ。こんな場所には一分一秒だっていたくない! なんて思いつめちゃった人間も、オマエラの中にいるかもねー? というわけで、そんな人には何よりも必要なこの武器は、今夜の夜時間の間にランダムに各部屋に配布します! 何が当たるか、お楽しみにね!」

 言い終わるや否や外箱が立ち上がり、モノクマと武器の姿を隠していく。そうしてリボンまで元通りになったプレゼント箱は、落ちてきた天井へと巻き戻し映像のように引っ込んでいった。


 落ちる沈黙。
 それは、これまでとは比べものにならないくらいの深刻さに満ちていた。

 俺は、床に残された破損、血だまりを見つめていた。
 モノクマなんかに治療させて、本当によかったんだろうか。逆巻は、逆巻の両足は無事だろうか。やはりまともな医者に見せるために、俺はモノクマに抵抗してでも建物の外へ逆巻をつれていくべきじゃなかったのか――

 靄々と、治療状況が分からない以上答えの出ない自問を繰り返していた俺は、

「……武器、って」

 多可村が頼りなげに呟くのを聞いた。
 それを呼び水に、皆も青ざめた顔でその内に抱え込んでいた不安を口にし始める。
「殺し合い……しろってこと?」
「そんなの……」
「でも、モノクマに逆らったら……」
「だからって人殺しなんて……」

「ま、待って、みんな!」
 不穏になり始めた空気に、黒田がそれをかき消すように手をバタバタさせて呼び掛けた。
「殺し合えなんて、言われてないよ! えっと、そう、“ここから出ていきたければ”、誰かを殺せっていうのがモノクマのルールだ。だったら、ここから出ていかなければいい。僕たちは、今朝決めた通りでいいんじゃないかな」
「それって……」
「“殺し合いなんかせず……助けを待つ?”」
「う、うん、そうだよ!」

「それはそれでえーねんけど、一番の問題はそこやないやろ」

 水を差したのは、関西弁。
 ついさっき、まるでコロシアイを肯定するような物言いでモノクマを説得した、由地だった。
「問題は……逆巻がされたこと見て、“こんなところにはもういられない。早くここから出たい!”って思ってもた奴がおるんとちがうかっちゅーこっちゃ」

「そんな人、いるはずないわ!」
「言い切れるんか、学級委員長サン? 平和を信じてのほほんとしとる奴を後ろからグサッとやれば、この地獄から逃げられるんやで? そういうことを考えとる奴がおるかもしれん、そういう可能性はちゃーんと考えとかなあかんのとちがう?」

「由地くん……!!」
 つらつらと続く攻撃的な関西弁を、黒田の叫びが堰き止める。
「やめよう……そんなこと……言えば言うほど……!」

 ――逆効果。
 黒田の悲痛な訴えも空しく、多目的ホールで立ちつくす十五人の間には、疑いという亀裂が小さな音を立てて入ろうとしていた。


 ここから出るために。
 モノクマから逃げるために、誰かがモノクマのルールに乗るかもしれない。
 クラスメイトを、殺し合いなんて起きないと油断している隙を突いて殺すかもしれない。
 その標的は自分かもしれない。
 自分を殺しに来るかもしれない。
 誰だ?
 誰が、そんなことを考える――?

 疑心暗鬼。そんな名のついた視線が遠慮がちに、探るように交錯する中、俺は一人、目を伏せた。

 逆巻が残した、血だまりに。






 逆巻出流とは、家が近所の、保育園からの腐れ縁である。
 だから中学一年で同じクラスになった時も、彼のビッグマウスな自己紹介を聞いてもなんら驚くことはなかった。

「逆巻出流!! 好きなことは走ること! 三度の飯を食う以外とにかく走ること! 陸上部の入部届けは入学式の前に出しました! 将来の予定はオリンピックの陸上競技で全種目金メダルをとることです!!」

 派手な赤ジャージに身を包んで、よろしくお願いしますっ!! と拳を握る逆巻と初めて顔を合わせる新クラスメイトはぽかんとし、教師も問題児の出現をひしひし感じているような作り笑いで逆巻を座らせ、次の生徒の名前を呼ぶ。
 じゃあ、えーと、次は、相馬だな。
 そう呼ばれた俺は逆巻が作り出すこんな空気には昔から慣れたもので、「はい」と何事もなかったかのように腰を上げた。

「相馬成実です。バレーボールやってます。よろしくお願いします」
 しかし茶々が入る。
「短ぇよ相馬!! もっとあるだろ、ジュニア大会で優勝したとか! 将来の予定は全日本チームでリベロとして世界大会とオリンピックを制覇することだとか! お前の実力は俺が保証する、ガッと言ってやれガッと!!」
「黙れバカ巻、またてめぇとニコイチだって思われるじゃねえか!!」

 スコーンッ、と筆箱を逆巻の頭にクリーンヒットさせた瞬間、結局中学の三年間も“熱血逆巻の連れ”として周りから認識されるようになってしまったのだが――


 夜時間、ベッドに寝転んで、俺は昔のことばかり思い出していた。

 逆巻の容態や、そもそもちゃんと治療されているのかどうかが気になって眠れないが、しかし担架で運ばれた逆巻がどこにいるのかまったく分からない。眠ることも駆け付けることもできずに天井を見つめる俺は、必然、逆巻に関するありとあらゆることを思い浮かべるばかりだった。
 やかましいが、今日まで一緒にいて退屈することはなかった。
 陸上馬鹿だが、夢、いや、あいつにとっては決定事項の未来へと突き進む姿は尊敬すらしている。

 それゆえに、眠れるはずがなかった。
 逆巻は――両足を貫かれたのだ。

 出血さえ止まれば、命は助かるだろう。
 だが、足は?
 地面を蹴ること、跳ぶこと、着地すること――走ることはできるのか? あいつは、あの陸上馬鹿は、まだ走れるのか――

「はぁい、相馬クン! ってもう四時だよ! なんで寝てないの! せっかくサンタさんがプレゼントを持ってきたっていうのに、その正体がオマエラと一つ屋根の下にいるモノクマ学園長だなんてバレちゃ夢が壊れちゃうじゃないか!」

「…………」
「…………ええー……何のツッコミもないなんて堪えるよ……この赤い衣装について何もないの? 今は桜咲く四月なのに十二月の行事を持ち出してきたという、一般認識から逸脱することによって生まれる笑いへの的確な言及、つまりツッコミはないの? こんな説明をさせるなんてつまりボクのボケを殺したいの?」

 あんなことをしておいて、サンタ衣装なんてふざけた格好をする奴となど口をきく気にもなれないだけだ。
 俺が無言のまま睨んでいると、ボケ殺しとやらが意外に堪えたのか「いいですよ、モノクマサンタは粛々と仕事をするだけですよ」 と萎れながら背負っていた白い袋を下ろして手を突っ込んだ。

「じゃーん! 相馬クンに当たった武器はこちら! 手術道具セットー!!」

「…………」
「うう、予想はしてたけど反応が薄い……一人相撲ってこんなにもツライものなんだね。ボクはこれから独りぼっちで黄昏ているお相撲さんがいたら優しくすることにするよ……ってそういうことじゃねーよ! ああ、ついに自分でツッコんでしまった……シクシク……」

 ぶつぶつうるさいモノクマは放っておくとして――
 ベッドの上には、ブックカバーにも似た革製の収納ケースが寄越されていた。
 指先で無造作に広げると、銀色に光る刃物や変わった形状の鋏が何本も現れる。
 『メス』、だの『鉗子』 だの、オペ室で執刀医が手を広げれば看護士がパシッと置いてくれる、ドラマくらいでしか見たことのない道具類だった。

 他はともかく……メスは刃物。
 人を殺せる道具だ。

「うぷぷぷ……そんな怖い顔してるけど、正直相馬クンのはたいしたこと無い部類だよ。いわばハズレ武器ってヤツですなぁ。他のみんなにはもーっと確実に致命傷を与えられる武器が……おっとっと、それはネタバレだね! それらが殺人に使われるまでのお楽しみだね」

 殺人なんて……!!

 ……と、怒鳴る気力も無い。
「消えろ」
 手術道具にもモノクマにも背を向ける、が、神出鬼没のクマは一向に立ち去る気配がなかった。
「ひどいなぁ、っていうかそんなこと言っていいの? 逆巻クンに関して、知りたいこととかあるんじゃないの?」

 勢いよく振り返った俺を、待っていたかのようなモノクマの笑みが出迎えた。
 癪だが、それよりも。

「どうなったんだ! 治療は! 今どこに!」
「まぁまぁそうがっつかないでよ、クマもびっくりの肉食系だね」
「答えろ!」
「もー、分かったよ」
 口調は渋々、しかしその顔は明らかに俺の反応を面白がりながらモノクマは逆巻について話しだした。

「ミニモノクマたちによる不眠不休七時間にも及ぶ手術の末、逆巻くんの処置は無事終わりました。今は四階の特別病室に移してるよ。ただし!」
 すぐさまドアへ走ろうとした俺を、先回ってモノクマが止める。
「まだ面会謝絶だよ。ミニモノクマナースに見張らせてるから病室にも入れないからね! まぁ午後には目を覚ますと思うから、そしたらまずボクが診察がてら武器配布して、その後に連絡してあげるよ」
「……容態は?」
「それもその時にね、じゃあオヤスミ!」

 用がある時に限ってすぐ消えるモノクマに、しかし床下まで追いかけることもできずに舌打ちする。
 居場所は分かった。
 が、一番知りたい容態がまだ不明なこと、それからベッドの上に放置された武器の存在も相まって、俺は額に両手をやり、深いため息に沈んだ。




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