第一章 「絶望入院生活」 1-7 非日常編 2 食堂に着くまで二ノ瀬に何から思い出してもらうかを考えていたのだが、目に入ってきた一人の人間の奇行に全部忘れてしまった。 佐田が、長い体駆を床に這いつくばらせてふんふんと匂いを嗅いでいるのである。 …………うん、とりあえずスルーして捜査を…… 「佐田くんは何をしているのですか」 ああ……二ノ瀬………… 尋ねた相手は見張り役の堤と糸依だったが、彼らではなく、名前を呼ばれた佐田がむくり、と起き上がって答えた。 「解せなくてな」 「何がだ?」 「多可村のコーヒーだ。毒物混入が疑われるのはやはりこれだが、しかし、それらしい異臭は何もしなくてな」 超高校級の調香師である佐田の嗅覚……さすがに犬のそれには敵わないらしいが、それでも科学捜査にアテにされるほどにはその精密さは折り紙付きだ。 その佐田が、コーヒーには毒物らしき匂いは感じないと言う。 「でも、黒田が青酸系毒物は匂いがするって」 「うむ。確かに多可村から香るのはその特徴的な甘酸っぱさだ。それゆえに腑に落ちん。だから現場の飲み物、食べ物をしらみ潰しに匂って探しているのだ、毒物の匂いをな」 なるほど。それで奇行に走っ……いや、嗅覚をフル稼働させていたのか。 もしも異臭を発見すれば、多可村を死に追いやった原因にぐっと近付ける。 警察犬さながらに次に佐田の鼻が狙いをつけたのは、飲み物が置かれたテーブルだった。 お湯と茶葉の入ったティーポット、同じく使用済みの急須、半分ほどコーヒーが入ったガラスサーバ、アップルとグレープの炭酸飲料の入ったペットボトル。 銀色の容器に入ったミルク、ガラス容器に入った砂糖、コップに数本刺さったティースプーン、同じく別のコップにスティックシュガー。 それらの周りには使用中のコップやティーカップがいくつかあって、佐田はまずそこに注がれた飲み物から手をつけるようだ。 それを眺めながら、俺はふと、尋ねてみる。 「二ノ瀬。例えば……誰がどれを飲んでたとか、分かるか?」 「少し待ってください」 そう言って、目を閉じる。該当する記憶を、アルバムをめくるように探してるのだろうか……と想像しながら待っていると、いくらもしない内に彼女は目と口を開いた。 「まず、コーヒーですが」 「えっ、あ……ちょっと待て」 全部分かるようだ。 そうなると、覚えきれる自信などない。書くものを…… 「どうぞ」 二ノ瀬からメモとペンを渡され、さらに、 「コーヒーか。なら私もそれから手をつけよう」 と佐田も協力してくれる様子で、いたれりつくせりの俺は少々微妙な気持ちで情報収集を開始した。 バレーも……なんか捜査に役立たねぇかな……。 「コーヒーは全部で四つ。まずこれは私のブラックコーヒーです」 「私はこれだ。同じくブラックコーヒー。どちらにも異常はないぞ」 二ノ瀬と佐田はブラックコーヒー、と。 「次に、このカップは抹莉さんですね」 「ハートマークが浮いてる……」 「ラテアートですね。スチームしたミルクを使って描きます。ミルクはそこの銀色の入れ物に入っているようです」 「器用なことをするものだ……しかしコーヒーと使ったミルク以外に妙な匂いは無いな」 抹莉はハートマーク付きのミルクコーヒーっと…… 「この端のコップは長谷部くんです」 「うむ、砂糖を入れただけのコーヒーだな……む」 「どうした?」 ただでさえ怖い顔をしかめた佐田を訝しんで問うが、全部調べてからにしよう、と答えを保留されてしまう。 「ジュースの入ったガラスコップは、右から黒田くんと糸依さん、堤くん、由地くんですね」 「全て、ただのグレープジュースのようだな」 俺は二本のペットボトルを見る……確かに空いているのはグレープだけのようだ。アップルは封すら切られていない。 「この紅茶のティーカップは鈴木さんです」 「む……嫌にあまったるい匂いだな……砂糖の入れすぎに加え、何だこの油脂分を含んだくどい香りは……まるでケーキをぶち込んだようだな」 「ケーキ……」 二ノ瀬が顎に手をやる。 「もしかすると糸依さんのケーキかもしれません。糸依さんがケーキを食べていたフォークで、鈴木さんの紅茶をかき混ぜていた場面を記憶しています」 「うん? ああ、したしたー。鈴木がちっちゃくてテーブルのスプーン取れないでいたからさ、上から混ぜたげたけどー?」 横からでなく、上からなのか……凸凹コンビ、仲がいいな。 「あとの四つは時計回りに、美芝さん、的目さん、箱崎さん、白鷺さんのジャスミンティです」 「ジャスミンティ? ああ、急須で煎れたのか?」 「ふむ、いい香りだ。異常もないようだな」 ――これですべて。 メモを終えた俺は佐田に、あらためて訊いた。 「異常は?」 予想通り……佐田は先ほどの、しかめ面をして静かに答えた。 「……あった。長谷部のコップだ。甘酸っぱい薬品の匂いがした」 「それって……つまり」 長谷部のコーヒーに、青酸系の毒物が――? 「それと……もう一ついいですか」 背筋を寒くさせていた俺は、二ノ瀬が軽く手を上げてるのに気付き、先を促す。 「多可村くんにコーヒーを注いだのは、彼本人ではなく、白鷺さんです」 「! 白鷺……?」 「被害者への濃い接触と思われたのですが……これは余計な情報でしたか」 「い、いや……」 でも、多可村のコーヒーには異臭はしないらしいし…… だけど、気にしないわけにもいかない事柄だ。 毒の入っていた長谷部のコーヒー、多可村にコーヒーを注いだ白鷺。 それらが一体何を意味するのか、俺に考える暇は与えられなかった。 耳が微かな金きり音を捉えたかと思うと、それはみるみる大きくなる。金属部品のこすれる音、雄叫び、誰かの大声、それらは開けっぱなしになっている食堂の扉から一斉に飛び込んできた。 「相馬ああああああ!!!」 ギィイイイキキィイイイイ!! 白い床を滑ってきた車輪が耳を塞ぎたくなるような金属音を立ててドリフトし、俺の目の前を遥かにオーバーして止まった。 その停止だってひっくり返りそうな勢いと車輪痕、摩擦熱による蒸気を伴う激しいもので…… 「な…………」 突如現れた真っ赤な暴走車に、俺は数秒、口をパクパクさせることしかできなかった。 「な、な……な、何やってんだ、バカ巻!?」 「やっと、やあっと事件現場まで来れたぜ相馬あああ!!」 満面の笑みを見せる逆巻に……四階の病室で寝ているはずの逆巻に、俺は空いた口が塞がらなかった。 塞がないまま、彼に歩み寄り、 「いでっ!」 少し低い位置にある頭に拳骨を見舞う。 「なんだよ!」 「なんだよじゃねえ! お前がなんなんだ! 大人しくしとけって、俺は白鷺に伝えてもらったはずだぞ!」 「大人しくなんて、してられるか!」 ひときわ鋭く吠えた逆巻に、俺は言葉を詰めた。 「モノクマの放送……聞いた。」 車椅子に座った逆巻は、その手すりをみしっと軋ませ、顔を歪める。 「あんなの、むちゃくちゃだ……多可村が死んで……その犯人が分からなかったら全員死ぬとか……んなの、むちゃくちゃだろ……!!」 俺は何も言えなかった。 車椅子のフレームがひしゃげてしまうほどの激しい感情と共に絞りだす怒気は、俺だって胸の中に抱えている思いだ。 「病室なんかに引っ込んでられるか! 俺もやるぞ! 捜査だかなんだか知らねーけど、なんかせずにいられるかよ!!」 くるっ、と器用に車椅子を反転させると、 「多可村……これ以上死人は出させねえからな!!」 そう倒れたクラスメイトに誓うや、華麗なるロケットスタートを決めた。 「ちょ、危な……!」 「うおおおおおお捜査だああああああ」 食堂を突っ走り、その勢いのままキッチンへ突っ込んでいく。しかし俺が知る限りキッチンは物が多くてそう広くは―― どがっしゃーんッ …………という、案の定な事故の音に俺は頭を抱えた。沸々と湧き上がる頭痛と呆れと途方もない怒り。 お前が二人目の死人になるつもりか大バカ巻がああああ!! 「す、すまない……わ、私のせいだ」 キッチンへ駆け寄る俺に並び、端正な顔を青く染めて謝罪するのは白鷺だった。 多可村にコーヒーを注いだのは白鷺……。 それを聞いたすぐ後なだけに気まずくもあったが、まずは逆巻の安否を確認するのが先だった。 「なあ白鷺、あの車椅子って……」 「用意したのは私だ。どうしても捜査するといって聞かなくて、ナースステーションから……しかし、やはり止めるべ」 「うおおおおおお!!」 キッチンを覗くなり目撃したのは、野菜の中に突っ込んでいた逆巻は、さっきと同じ衝撃音を響かせて復活する瞬間だった。 食材をまき散らし、フライパンを放り投げ、生ごみ容器をひっくり返しながらキッチンから飛び出し爆走する。 「捜査するぞおおおおお!!」 …………捜査の意味、知ってんのかなアイツ。 第二の足を得た陸上部員を、俺は遠い目で見送った。 「だ……大丈夫、なのか?」 「放っとけ白鷺。もうやめだ。俺は心配なんかしねぇ」 言い捨てながら、俺はすっかり荒れたキッチンへ分け行っていく。 生ごみなんかまき散らしやがって……と幼馴染みの後始末をしようとした俺は、ごみ箱を起こしたところでその手を止めた。 モノクマだ。 モノクマがいる。 それは手のひらに乗るほど小さなプラスチックフィルムの個包装……よく飴が一粒入っているような袋だが、五、六個落ちているその内の一つに描かれているのだ。 白衣と聴診器を身にまとったモノクマが。 「……相馬」 震えるような声がした。 俺が手のひらの上から視線を上げると、白鷺の緊迫した顔が、キッチンの調味棚を見るよう促した。 「これは……あのモノクマのマークじゃないか?」 ……え? 白鷺の言っているのは、目線からして小さな飴袋のことではない。そう察して調理台の下にある棚を、コショウや塩をどけて覗きこむ。 そこにも、いた。 半分ほど液体の入った、缶コーヒーほどの大きさの透明な瓶。そのラベルに、白衣と聴診器のモノクマが。 恐る恐る取り出し、ラベルをよく見ると、“シアン化水素酸”と印字されている。それがどういう成分のものなのかは分からないが、キッチンにそぐわない化学薬品の類であること、そして――武器であることは間違いなかった。 そう、白衣のモノクママークは武器にしか付けられていないはず。 なら、これは。 これらは―― 『ぴんぽんぱんぽーん』 気の抜けたアナウンスが流れたのは、白鷺と共にキッチンを出た時だった。 『えー、捜査は終わりましたか? 終わったよね? だって2フロアしかないんだからあっという間だよね? というわけでもう始めちゃいます。何をって、お待ちかねの学級裁判をだよ! うふふふ、楽しみだねぇ! というわけでオマエラ、四階、特別病室の奥にある、赤い扉にお入りください。全員参加だからねー!!』 「……相馬くん」 モノクマの姿が消えたモニターをしばし見つめていた俺は、二ノ瀬の声に振り返った。 「……ああ、四階、だな」 重い足で食堂を出ようとするが、それに二ノ瀬は続かない。 「私は役に立ちましたか」 白鷺、佐田、堤と糸依が廊下に出ていき、食堂にいるのが俺と二ノ瀬、そして多可村だけになって――動くもののない空間で、俺は二ノ瀬に答えた。答えにならない答えを。 「学級裁判とやらでも、頼りにしてる」 はい。と言うように、二ノ瀬は一度ゆっくり目を伏せ、そして前を見つめて歩き出した。 四階の特別病室が並ぶ廊下の突き当たり。そこにある重厚な赤い扉は開かずだったはずだが、俺が取っ手を掴み、押してみると床を擦る音と共にあっけなく開いた。 赤い扉が招き入れた先には狭い空間しかなく、 「長谷部」 そこにいちはやく到着していた人物が、金髪から覗く碧眼でこちらを気怠げに一瞥した。 「あんた、捜査中どこにいたのよ」 「部屋」 「……はぁ? 捜査は!」 「知るかよ」 的目の叱責を右から左へ受け流す長谷部の、その肩からは、黒く細長いケースが掛けられていた。何だろうか? 「おー、中、こうなってたのかー!」 狭い部屋を見渡しながらキコキコと入ってきたのはバカジャージ……いや、逆巻だ。 扉を抑えつつ、車椅子を押してくれているのは黒田で、人の良すぎる殺し屋に俺は幼馴染みとして頭を下げる。 黒田は「そ、そんな、全然いいよ、頭上げて……!」 と焦りまくっていたが、俺はそれを適当なところで制した。礼を言うついでに聞いておきたいことがあったのだ。 「“シアン化水素酸”って、何か分かるか?」 声をひそめて問えば、黒田の顔が分かりやすく堅くなる。やはり、間違いないようだ。 「青酸性の毒物ってヤツか?」 黒田は……ゆっくりと首を縦に振った。 「元の物質名はシアン化水素……気体、液体、水溶液、どの状態においても“青酸”って呼ばれる猛毒物質だよ。シアン化水素酸はその中の、水に溶かした水溶液のことだね。特徴的には……液体の状態より、気化しにくいってところかな」 人を殺すための知識。 それを口にしても、今回黒田は取り乱さなかった。 「……あったの?」 深刻な表情に、俺も、無言で小さく頷くに留める。 それから次々と生徒たちが赤い扉をくぐり、狭い部屋はやがていっぱいになる。 そんなすし詰め状態の部屋に来るのを嫌ったのか、モノクマはモニターの中に現れた。 『やあやあ、集まったね。それでは、前方のエレベーターにお乗りください。下で待ってるよー!』 モニターが消えると同時に、前面の壁を覆っていた鉄柵がガラガラと左右に別れ、入り口が出現する。それも開いた先には、また狭い部屋、モノクマが言うところのエレベーターが待ち構えていた。 ◇ コトダマ ◇ 「多可村のコーヒー」 床に零れた液体はブラックコーヒー。 佐田によれば、薬品らしき異臭は一切しないらしい。 「食後の飲み物」 箱崎や堤は休ませ、すべて多可村が用意している。 飲み物はコーヒー、ジュース、紅茶、ジャスミンティの四種類。 テーブルにはコーヒーサーバ、ペットボトル、ティーポット、急須が用意され、ミルク、砂糖、スティックシュガー、ティースプーンも置かれた。 「コーヒー」 二ノ瀬・佐田→ブラックコーヒー 抹莉→ミルクコーヒー(器用にミルクでハートマークが描かれている) 長谷部→ブラックコーヒーに砂糖(佐田が毒物の混入を指摘している) 「ジュース」 黒田・糸依・堤・由地→グレープジュース(アップルは封を切られていない) 「紅茶」 鈴木→紅茶(大量の砂糖にさらに糸依のフォークで混ぜたせいでケーキ成分まで入っている) 「ジャスミンティ」 美芝・的目・箱崎・白鷺→ジャスミンティ(急須で煎れたもの) 「二ノ瀬の証言」 多可村のコップにコーヒーを注いだのは白鷺だという。 その後コップが割れ、床にこぼれたそのコーヒーには異臭はしないようだが…… 「飴の袋」 キッチンのごみ箱の中に捨てられていたと思われるもの。 五、六枚落ちていた内の一つには、武器であることを示す白衣モノクママークが描かれている。 「シアン化水素酸の瓶」 キッチンの調味棚の奥にあった瓶。ラベルには白衣モノクママークと、“シアン化水素酸”という文字が印字されている。 黒田によると、猛毒であるシアン化水素が水に溶けたものであり、液体の状態より気化しにくいのが特徴。 ◇ ◇ 俺が黒田に代わって逆巻の車椅子を押し進め、そうして全員が乗り込んだのを見計らうように扉は閉じ、エレベーターは下へ、下へと降り始めた。 窓もない。 階数表示もない。 ただひたすらに微かな駆動音と、独特の浮遊感が続く中、俺たち十五人は誰一人として口を開かなかった。 俺たちは捜査した。 この中にいるのだという、多可村を殺した犯人を見つけるために。 この中に犯人なんていない。そう信じたい逃避願望と、モノクマの言う通りこの中の誰かが多可村を? ……そう疑うのをやめられない罪悪感が、俺たち全員を地の底へと落としていく。 エレベーターの着く先は、どこだろうか。 「……犯人がおんのやったら、今、どんな気持ちなんやろなぁ」 張り詰めた空気を、持ち前の軽薄さで軽々ブレイクしてみせたのは、声の出所を探すまでもなく由地だった。 「だって、そやろ? 犯人……ああ、クロか。クロはこっから出たいから多可村殺したんやろうけど、本当に出るためには、これからあと十四人殺さなあかんのやで?」 誰も、何も答えない。が、由地は続ける。 「まぁ俺らかて同じやけどな。俺らが殺されやんためには、クロに死んでもらわなあかん」 落ち続けていたエレベーターの駆動音が低くなり、一度大きく揺れ、止まる。 「どない転がっても、地獄や」 地獄への扉が、開いた。 長い時間落ち続けたそこは地下のはずだが、俺たちを待ち構えていたのは驚くほど広大な空間だった。 ドーム状の室内のてっぺんからはきらびやかなシャンデリアがぶら下がり、所々に掲げられた燭台の炎と共にベージュ色の壁を照らしている。 眩しいほど磨かれた床の上にはレッドカーペット……と、そこまではまるで高級ホテルのロビーのようだが、そう例えるには異質な物が、中央に、これが主役だとばかりに設置されていた。 テレビの裁判シーンでなら見かけたことのある、木製の証言台。 それが十六個。円を描くように並べられている。 「もう、待ちくたびれちゃったよ。早く自分の席についてよね。ほら、名前書いてあるでしょ」 証言台に近づいていくと、確かにその内の一つに“逆巻出流”というネームプレートを見つけることができた。そこに車椅子を押していくも、 「……大丈夫か、足」 逆巻を置いていくのはためらわれた。ひどい重傷を負ってまだ一日だ。座っているとはいえ負担はかからないだろうか。 だが、「ははっ、全然余裕!! 痛み止めも飲んでるしな!!」 とカラカラ笑い飛ばされては、その笑顔を信じ、手を離すしかなかった。 俺は俺の名前を探し、証言台に立つ。 ……と、ちょうど俺の真正面。逆巻と白鷺の間の証人台に、立て札のようなものが立てられているのが目に入った。 いや、あれは――遺影だ。 多可村の写真に黒いリボンがかけられ、その穏やかな笑顔の上に墨でバツ印が描かれている――悪趣味この上ない。 モノクマはその後ろ辺りで、豪奢に飾られた玉座の上でふんぞり返っていた。やることなすこと忌々しい。そんな思いで睨んでも、モノクマは気付きもしていないようだった。ただ今から繰り広げられることに心躍らせるように、玉座の上で身を乗り出す。 「じゃあ、始めちゃいますか、学級裁判……!」 うきうきした声とは裏腹に、俺たちの命をかけた最低最悪のイベントが幕を開ける。 この中にいるかもしれない多可村殺しの犯人を暴く裁判が。 俺たち十四人か、犯人か。 どう転んでも誰かの命が失われる、地獄の学級裁判が――。 ← back → ------------------------ |