11.ナブラディアへ




「いっ!」
 痛みに、思わずうずくまる。
「……てぇな、くそう……!」
 おそらく、いや絶対に、イヴァリースにおいてこんな怪我をするのはだけだった。
 早朝のラバナスタ。道端で足をさするの左右を、ヒュムやバンガがせわしなく通り過ぎていく。ああ、うずくまった頭上から、兄ちゃんどうしたとシークが声をかけてくる。恥ずかしい。何事もありませんよ、ちょっと靴紐が解けただけですよ、とアピールしながら立ち上がり、でもじんじんする痛みにぎこちなく歩き出す。

 すべては昨日買った、鉄製の剣が原因だ。
 ベルト付き革カバーに入ったこの金属の塊は、元帰宅部高校生には非常に重かった。左側に提げているが、どうにもこうにも千鳥足状態だ。着替えなどをつめた鞄を反対側にかけてみても、物が違う以上バランスは上手く取れない。
 提げ慣れないこの形状も、問題だった。
 長い刃の先端が、ふくらはぎに食い込むこと数回。
 腰の横で揺れる柄が、手や腕や肘にぶち当たること数十回。記録は絶賛更新中だ。

 青あざを増やし、体力は減らし、はやっとのことで目的の場所にたどり着いた。
 王都の東門。
 大階段を下るとそこには東ダルマスカ砂漠をバックに沢山の貿易品と商人が溢れかえっていた
 そのごった返しの中で一人の中年男性がこちらに気付き、腕を振る。
「君は目立つなぁ、黒い頭で」
 温厚そうに笑むその人は、年相応に茶色い髪が薄くなり、脂肪にも逆らえなくなってきた普通のおじさんといった印象。
 だが、彼こそ今日の雇い主にして、砂漠で行き倒れていたを助けた恩人――パンネロの父であるやり手の商人、ハルモア氏だ。



 以前レックスに『ダラン爺ってダウンタウンの?』 と尋ねると、『ダウンタウンって?』 と、その名称自体に首を傾げられたことがあった。
 それもそのはず、今回の仕事の説明の際に知ったのだが、原作四年前……いや、戦争前というべきだろうか。今この時点でのラバナスタには、まだ人が肩を寄せ合って生活する薄暗い下層地区、ダウンタウンは存在していないのだ。
 地下はあるが、居住区などではなく荷物の載積場として使われており、そこと東門を行き来して行商の品物を荷車に積むのが朝一番のの仕事だった。持参した、着替え入りの鞄が示す通り、これだけでは終わらないのだが。

「お、厚着くんだ」
 荷台に木箱を積んでいると、年も背もより上の青年が声をかけてきた。
「俺、キミ助けたんだけど覚えてる?」
「え……あっ」
 弓矢でウルフに応戦したハンター。レックス、と叫んだハンター。あれはこの人だったのか。
 お礼を、と心の中では思ったのだが、
「今日乗るの?」
「あ……はい、雑用、ですけど」
 言いそびれた。……だって違う話振るんだもんよ。
「俺もまた道中護衛やるから、よろしくねー」
「あ、はい、よろしく……」
 の言葉を待たずに青年は矢筒を揺らして歩き出し、別の仕事仲間に声をかける。おねがいしまーす……と独り言のように呟いて、も別の木箱に取り掛かろうとした。が、見れば既に持ち上げられていた。ハルモアによって。
 う、サボってると思われたか?
 しかし、短いが筋肉のついた腕で軽々と荷を積む彼の表情は怒っているようには見えず、目が合うと柔和に笑ってさえくれた。

「結構距離はあるけど、ほとんど歩くことはないからね。モンスターもそう手強いのはいないし、彼らがやっつけてくれるから」
「あ、はい……」
 あらためて別の荷を持ち上げるの心境は、少し複雑なものだった。
 それってつまり、俺がダルマスカの人に比べて体力もなく、戦う力も持ってないって認識してるから言ってるんだよな……その通りだけどよ。
 それでも、気を使われるばかりで頼りにはされていないことを察してしまうと気落ちする。いや、それは、ここに来てからずっとそうなのだ。道具ショップも砂海亭も、レックスの口ききと自身の不敏な状況があったからこそ働かせてもらえたにすぎない。この仕事もその延長線上だ。
 ダルマスカからナブラディアへの商品運搬。それにまつわる雑用諸々。
 その中でにできることはたいしてありはしない。こんな剣を提げてはいるがむしろ荷物なだけだし、商売に関することもわからない。大体まだ字も読めないし、せいぜい今やってる荷の積み下ろしくらいしか――

「君が来てくれてよかったよ」

 どさっ、と重さに任せて荷物を積む、その音が邪魔して聞き間違えたんだろうと思った。
 それとも、別の誰かに言ったかだ。
 まさか俺になわけ――だが、振り返るとハルモアは目尻のしわを深くしてこちらに微笑みかけていた。
「同い年だっけ?」
「え?」
「レックスと」
 厳密にはの方が一つ上……だが、よく考えれば学年的には一緒かもしれず、そこら辺を詳しく説明してまで一個上なのをこだわる理由もないので同い年だと肯定した。
 その返事は、彼にとって喜ばしいものだったらしい。
「そうか、なら、そうだろうなぁ」
 口角の周りにも嬉しそうなしわが刻まれる。
「いや、君のおかげで近頃レックスが楽しそうにしてるって、ウチのやつもミゲロも口を揃えるもんでね」

 おかげと言われても、別に何をしたという覚えもない。
 はぁ、とは気の無い相槌を打つが、ハルモアの方は明らかにに好意的で手を休めて手近な荷に座るようにと勧めてきた。
「元々明るい子ではあったがね。昔から大人と年下の子しか周りにいなかったから自然としっかりして、だから親を亡くしても気丈に振る舞うばっかりで、自分が悲しむより前に弟のために働き出して……でも大人からすればたったの十五だ、まだまだ子供らしくいてほしいとも思うんだよ」
 荷台に腰かけ、昔の記憶を手繰り寄せながら語る。そんなハルモアの手前、座るべきかと迷った末、積み重なった木箱に寄りかかるだけにした。
「でもミゲロから聞く限り、確かに今までよりずっと楽しく過ごしてるようだ。レックスが丸一日仕事を休むなんて、無かったからなぁ」

 やはり、「……はぁ」 と曖昧に返事をする。
 買い物した日のことを言っているのなら、あれは自分が付き合わせたのだ。楽しく遊んだわけでもない。
 結局、『君のおかげ』 というのもハルモアが勘違いで言っている気がして、だったらやっぱり役立たずってわけだな、と自分を軽く卑下した。
 見当違いのことで褒められる居心地の悪さに目を逸らして頭を掻く。そんなに、ハルモアが投げかけたのはさらなる見当違い。

「うちの娘も、君のことばかりだ」
「え」
「怪我の酷かった時は世話を焼いたり、兄様なんて慕ったり、私が帰った時も君のことばかり話してたなぁ」
 ……それは随分古い情報だな。
 忙しいらしいから、最近は娘の様子見れてねえんだな。うん、間違いなく。
「上に二十を越えた息子が三人いるんだが、みんな騎士として城に詰めていてね、だからお兄ちゃんが恋しいというか、甘えたいんだろうとジェナとも話していて……」
 ふと、ハルモアの細い目が真剣味を帯びる。
「だからくん、くれぐれも勘違いはしないでくれよ」
 何が? と思ったが、彼が、娘のことを目尻を下げて話す父親だと気付いた瞬間、即答しておいた。
「全然しないです」
 ロリコンじゃねえし。
 大体もう嫌われてるし。

「ハルモアさん、お願いしまーす!」
 台紙とペンを持った男の大声に、ハルモアは父親から商人の顔に切り替えて「今行く!」 と応じた。びりびりするほどの声量に、こっちも仕事中だったと目が覚める。
 じゃあ、残りの荷物よろしくね、との肩を叩き、人ごみを慣れた動作ですり抜けていく。
 その先で、荷車に繋がれている黄色い生き物がクエッ! と鳴いた。
 ファイナルファンタジーといえばこれ、みたいなところがあるこの生き物と、関わるのは今日が初めてだった。が、さすが人を乗せて走るだけあって、とてもじゃないがおいそれと近づける大きさではない。考えてみれば、日本においてダチョウと同じ檻に入るといえば、完全に罰ゲームだ。
 ファンタジーには馴染みきれないし、相変わらず気を抜けば剣の柄に腕をぶつけるし、ミゲロやハルモアのような人当たりのよい振る舞いもできない。
 パンネロには嫌われてるし、レックスには――何の貢献ができているのか、実感がない。
 これから越えていく東ダルマスカ砂漠の上空のようには、気分は晴れてくれなかった。まだ、この時は。



 きらきら輝く砂粒が、猛スピードで後ろにぶっ飛んでいく。
 速度の凄まじさに比例して揺さぶられる荷台の中で、は圧倒されていた。
 憂鬱だった気分すら、砂粒の一つ一つと一緒に遥か後方に飛び去ってもう見えない。まったく気分なんて、簡単に上下するものだ。

 チョ……チョコボ速ぇ……っ!

 小さな窓から顔を出せば、猛烈な風が襲いかかる。どうにか目をこじ開けて見た進行方向では、黄色いダチョウが思いきり前傾姿勢をとって頑張っていた。ここからでは見えないが、三頭いる。
 王都はみるみる小さくなり、代わりに見たことのない巨岩が近づき、あっという間に後ろへ。東ダルマスカ砂漠はこんなにも狭かったのかとチョコボの脚力に称賛を送っていると、「どうだー、ウルフに襲われてる行き倒れはいないかー?」 と中から声がかかった。
 ……いやみだ。
 この荷台の中でそんなことを言うのは、背の高い、そしてどうやら少々性格の軽い弓装備のハンターしかいなかった。何故なら荷台にいる残る一人は、絶対に人をからかったりしないレックスだからだ。

 むすっとして頭を引っ込めると、案の定木箱に腰かけるハンターがけらけら笑い、
「へーきへーき、爆走してるチョコボ車に突っ込んでくるモンスターなんてそうそういねえよ。ウルフも、あれで警戒心強くて、自分より弱い奴にしか向かっていかないから」
 ……悪かったな二回もウルフの餌食になって。
 の機嫌が悪くなるのを察したのか、レックスが割って入るように立ち上がる。
 ほら、あの時は、どっちも怪我してたから――そうフォローしてくれようとしたのかもしれないが、それを聞ける前に、三人全員が体を前に持っていかれた。木箱も、荷台そのものも大きく進行方向に傾き、その衝撃に驚きながらもどうにか窓枠に掴まり転倒を免れる。
 風はやんでいた。どうやら急停止したらしい。

 前を走っていたもう一台に、何かあったか?
 身を乗り出そうとして、しかし「どけ」 と肩を引っ張られた。既に弓を手に臨戦態勢をとっているハンターが、に代わって窓を覗いたかと思えば素早く離れ、後部扉を押し上げて飛び出していく。その一瞬前に彼はレックスの名を呼んだ。が、は呼ばれなかった。
 ゆっくり下がってくる木の板を、レックスが受け止める。
「ちょっと見てくる」
 そう言いながらこちらに示された手のひらは、『ここにいて』 と言っていて。
 やがて荷台の中は、自分と木箱だけになった。

 ただ重いだけの剣が、この空間にを縫い付ける。
 そりゃあ自分は雑用係だ。体力も技術もない、何か起こってもこうしてイヴァリースの住人に任せて待機するしかない、おこぼれで仕事を貰っているような異邦人だ。
 でも。
 いつまでも、そんなのは。

 下がり、完全に閉まろうとしていた扉を寸前で支える。
 こうして小さなトラブルから、ナブラディアへの旅は始まった。




  back  
------------------------