13.いつか滅びゆく都市
ナルビナで落ち着きを取り戻したチョコボ達は、その後入ったナブラディア領を元気に北上した。
そびえ立つモスフォーラ山地を前にした時は果たしてその細い二本足で登れるものかと懸念したが、起伏はあるものの、山裾を迂回するようなコースだったので彼らや荷車に難はなかったようだ。
ただしモンスターの襲撃率の高さは、
「あーもう疲れた。契約料に色つけてもらわねーと割りに合わねー……」
という弓装備のハンターのぼやきに尽きたが。
しかしそれも、サリカ樹林にさしかかるとぱったりやんだ。深緑眩しいこの森林地帯は、ナブラディアの警備隊の管理が行き届いているために人を襲うモンスターがいないのだそうだ。
なるほど、ゲーム本編では管理する人間がいなくなったから、モルボルの巣窟になってたわけだ。
静かで美しい樹林を眺めながら、は何の気なしにそんなことを考えていた。
「見えてきた」
レックスの手招きに従って窓を覗くと、枝葉に覆われた樹林が開け、壮大な青空が瞳を刺した。その下に、まだ遥かに遠いが王宮らしき白い建築物が頭一つ飛び抜けている街並みが見える。
ナブラディア王国の首都、ナブディスだ。
風にそよぐ草原地帯が徐々に農地へと変化していく。広大な麦畑があり、反対側には野菜畑があり、作業する人、小屋、民家、さらに進むと整備された果樹園が……ラバナスタ近郊には見られない、豊かな農村風景だ。
その真ん中をチョコボ車で行く内に、空の色は刻々と変化し始めた。前方に姿を現す石造りの門。それをくぐる頃には辺りはすっかりオレンジ色に包まれてしまっていた。
朝からの長旅も、これでようやく終わり。しかし、達の仕事はこれからが本番だった。
遠路はるばる運んできた荷物を下ろし、所定の店舗や倉庫へ運ぶ。ハンター達にこれを手伝うという契約はなく、ハルモア以下数人の商人は商談が忙しい。つまりすべての荷物を運ぶのはとレックスの役目である。
暗くなり、街灯の灯り始めたナブディスを地図を片手に行ったり来たり。
息を切らしつつ木箱山積みの台車を押していたは、ふと、ひときわ明るく照明のついている建物を見て足を止めた。
「、それは倉庫じゃなくて直接市場の方に……ん、どうした?」
駆け寄ってきたハルモアは、の様子に一度はそう尋ねるも、すぐに心得たように笑った。
「ああ……なんで空路を使わなかったんだって?」
少し小さいが、ラバナスタのものと造りが似ているのですぐ分かる。そこはナブディスの飛空艇ターミナルだ。
あるんなら、ひとっ飛びじゃないのか?
頷いて返すに、ハルモアが手招きした。ターミナルの前に掲げられたお客様用航路図だ。
ラバナスタから、ほとんど真北の方角にナルビナ城塞、モスフォーラ山地、ナブラディアと順に並んでいるのが分かる。その周囲を、航路らしきいくつかの矢印が飛び交っていた。
「ラバナスタからここへは普通、山地を避けて西に迂回する航路を取るんだが、最近どうもその南、ヤクト・エンサからの影響か気流が安定しなくてね。予定通りに飛ばないことが多いんだ」
ヤクト、という言葉にはピンと来た。
確か、多分、おそらくミスト的な問題で――理由はともあれ、とにかく飛空艇が進入できない土地、だったはずだ。ゲーム内でもそれを理由に徒歩移動になった例がいくつかあった。
中学時代のプレイ記憶を手繰り寄せる。
ヤクト・エンサ……航路図ではラバナスタのすぐ左側って書いてあるし、あれか? あの中盤くらいで通った砂漠?
考えている内に、ハルモアの太めの指は地図の右の方、ナブラディアの東側を指していた。
「東に迂回できない理由も、ある。そこにあるフォーン海岸から先は、アルケイディア帝国が飛行制限を行ってるからな」
「制限って……」
「揉めてるからなぁ、色々、政治的に」
政治的?
尋ねる前に、ハルモアの指はフォーン海岸の遥か南の海上へ移っていた。
そこは、魔石の力で浮遊する都市ビュエルバ。この中立国を経由すればアルケイディアの空域を穏便に通過してナブラディアに入れるとのことだが、それにも問題が、とハルモアは苦笑いした。
「高くつくんだ、輸送費が」
これが一番頭が痛い、と額に手をやる。大げさに息を吐く。
「それに、たとえラバナスタ・ナブディス間が飛べたとしても、近頃の飛空艇燃料費は上がる一方だ。意外に陸路の方が実利があるんだよ」
やり手商人の顔を覗かせた雇い主は、じゃあ市場によろしく! との背中を叩いていった。なかなか力が強い。すでに背と腰に疲労を感じていたは前へとつんのめって顔を歪めたが、その勢いで動き出した重たい台車をまた止めるのはもったいなかった。そのままのろのろと、押し始める。
まあ、空路でも陸路でも、結局この作業は変わらないように思うのでどっちでもいいのだが。
人もまばらな市場につき、そこのスタッフに指示された場所に積み荷を下ろしていく。日常業務をしている若者や、談笑中のおじさん、朗らかな顔で家路についている人もいれば関係のない酔っぱらいが機嫌良さそうにうろついていたり、夜の街の風景としてはすこぶる平和的だった。
政治的に色々揉めてる。そう言われても、ぴんと来ない。
北の軍事国家アルケイディアは、やがて、戦乱の末にナプディスやダルマスカを飲み込んでいく。
そういうゲームシナリオを知っていてもなお、今この街並みの中にいるテツにはそれは現実味を帯びなかった。
戦争は、まだやってねーんだっけ? やってる雰囲気……ねえしな。
年表とかよく知らねーんだよなぁ。あー、こんなことになるんならアルティマニアでも買っときゃよかった。
それ以上、深くは考えなかった。
木箱はまだ三つもあるし、荷車に戻ればその十倍は残っている。いつ寝られるかはいつ終わるかにかかっている以上、油を売っている暇はなかったのだ。
首都ナブディスには、その面積の約半分を占める巨大な湖があった。
「ナブレウス……湖?」
翌朝、朝日を乱反射させている湖面を見渡していたは、レックスの口にしたその名称をオウム返しする。
ナブレウスって……湖じゃなくて、ナブレウス湿原、じゃなかったっけ。
しかし湿原自体がこのナブラディアにはないらしく、これもゲームと四年前の差異か、とはそう納得しておくことにした。実際、この緑溢れる豊穣の地に、不気味に靄がかった暗い湿地帯がある方が不自然だ。きっと後からできるのだろう、例えば戦争の後に。
対岸の見えないナブレウス湖の、巨大な中州に向かって可動橋が下りていた。チョコボ車五台が並んで通れるのではないかという広い橋が伸びる先に鎮座しているのは、この国の象徴であり中枢。
さすがのも、声を出して感嘆した。
斜めから差し込む日の光の中、美しき白亜の王宮は悠然とその姿を湖に映していた。決して華美ではないが目を離すことのできない存在感があり、長く伸びる影もその宮殿に陰りを落とすことはできず、逆に荘厳さを引き立たせる結果となっている。
外壁の白と、周囲、そして壁に伝う蔦を形容し、“白緑宮”と呼ばれて久しいそうだ。
口を開けながら見上げていたは、その呆けた顔のままで呟く。
「……そーいや、ラバナスタのお城も、ちゃんと見てねーや……」
「ホント? じゃあ、帰ったら見に行こう。礼拝堂とか、観光名所にもなってるんだよ」
口を開けたまま頷いて、ちょっと後ろ髪を引かれつつ、レックスと共に当初の目的地へと再び歩き出す。
午前中に達の仕事はない。忙しくなるのはハルモアの商談と買い付けが終わった後であり、今ばかりは旅先での楽しい自由時間なのだ。
ナブレウス湖を囲むように形成されている城下町で、は一つ買い物をした。ゆうべからレックスに勧められていたものだ。
指先が五本とも空いた、革の手袋。
真新しいそれを馴染ませるように開いては閉じ、開いては閉じた後、湖のほとりの空き地で剣を握ってみた。
確かにグリップがきく。引き抜いてみる。
「……う」
近くの酒場のものらしい木箱を椅子代わりにするレックスが、首を傾げる。
「どうしたの?」
「……筋肉痛」
俺も、とくすくす笑うレックスの前で、腕の痛みをおして剣を一振りしてみた。
剣先がふらついたが、空中で止めることに成功する。調子に乗ってもう一度振り上げ、降ろしてみると……がつん、と地面の小石に当たってしまった。
「お前さぁ、どのくらいで、使えるようになった?」
早くも『もう勘弁して!』 と悲鳴を上げ始めた自分の両腕に呆れたは、休みがてらレックスにそう訊いてみた。
「えっと……初めて剣持ったのは三年くらい前なんだけど、一年前に、ほら、コッカトリス、それと初めて戦った時も、振り回してただけだった気がする」
「一年前……」
ナルビナのオアシスでも感じたが、からすると意外なほど遅い。それで、もっと前から剣とか使ってるのかと思ってた、という意味でそう呟いたのだが、
「うん」
小さく微笑んだレックスは、違う受け取り方をしたようだった。
「一年前、死んだ父さんの剣を振ったのが、初めての戦闘」
そこでやっとも気付く。そっか、一年前って、親を、病気で。
途端は分かりやすく紡ぐ言葉を失ってしまったが、レックスは何でもないことのように朗らかに笑って続けた。
「俺、怖くてなかなか街の外に出られなかったから、の方が、剣を持って一週間の頃の俺より経験値高いよ。体力とかはさ、剣振ってる内についてくから平気だよ」
「……木箱とか、運んでるうちに?」
「そうそう」
励ますレックスの笑顔に裏表は無く、照れくささに視線を剣にやった。こっちは励ますどころか親のこと気付きもしなかったのに、と自嘲し、その分レックスをすごいと思いながら、だが口には出さずに革手袋を深くはめなおす。
そのの耳に、くすっ、と誰かの笑い声が聞こえた。
夜に開店する店が多いのか、この辺りは商店が並ぶわりに静かだった。凪いだ湖は水音も立てない。だから誰かの笑う声はとてもよく聞こえてきた。
それがレックスとは違い、少し嘲笑するような響きを含んでいたことさえ、とてもよく。
じろりとその方向を睨めば、少年が一人、湖に沿った欄干に腰かけていた。
「何だよ」
が先にジャブを打てば、キャスケット帽を深くかぶった少年はおかしそうに笑んだままこちらを向いた。
「あ……すまない。きみくらいの年の人で剣を握って一週間って、珍しかったものだから。そういうのって、案外普通なのかな?」
……やっぱ馬鹿にしてんじゃねーか。
本格的にむすっとした表情を浮かべ、自分とそう年の変わらなさそうな少年を敵認定する。とはいえ、彼の抱いた感想も理解できないものではなかった。
イヴァリースにおいて、いい年の男子が剣もろくに扱えない。それはやはり、おかしなことなのだろう。
「普通じゃねーんじゃねえの」
「きみは普通じゃないの?」
「……さあよ」
ケンカをふっかける気はなく、自嘲めいた返事で終わりにした。イヴァリースの常識はあちらだと思うからだ。
ふとレックスを見ると、何やら不満そうな、あまり見せない表情をしていた。眼つきはそれほど鋭くないが、キャスケットの少年をじっと見据えている。
え……別に、お前が怒ることじゃ……
レックスの思わぬ態度に妙に毒気を抜かれてしまったところで、「ねぇ、きみ」 再び声がかかる。振り向くと、少年は欄干からひょいと飛び降りた。
「年は?」
「十六、だけど」
「俺と同じだ」
心なしか楽しそうに言った少年は、腰に手をやった。
腰に提げた、剣へと。
柄を握れば、金属製の鞘がかちゃりと鳴る。抜けば、しゃらりと刃が歌う。
「俺は――」
言いかけて、少し不自然に辺りをきょろきょろ見回してから続けた。
「シモーネ。きみは?」
「……」
キャスケットの少年、シモーネは次にレックスを見たので、彼もぼそりと自分の名前だけを告げる。挨拶を済ませたシモーネが次にしたことは、白く光る切っ先で、の提げる剣を差し示すことだった。
「ちょっと手合わせしないか?」
少年の突然の提案に、は目を丸くした。
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