15.戦乱の足音
昼前にハルモアに呼ばれ、荷の積み込み作業が行われた。そしてすぐにナブディスを発つことになり、とレックスも荷台へ乗り込む。
今からの出発だと砂漠を越える頃には夜になるだろうが、商売は迅速が肝心、それにもう一晩宿代出すのは勿体無い、とのことらしい。
「ワイルドザウルスが襲ってこなきゃいいがなぁ」
矢筒を背負い直しながらぼやくハンターに、はレックスとひきつり笑いを見合わせた。何故か序盤からエンカウント可能な、ウルフすら捕食するボス級モンスター。ゲームならともかく、人生のゲームオーバーはごめんだ。
そいつに会わないことを祈りつつ出発、しかし、チョコボ車は街の門をくぐりもしない内に停車を強いられた。
「迂回?」
小窓から顔を出せば、手持ち無沙汰なチョコボと、ナブディスの門番と話すハルモアの困り顔が見える。
「申し訳ありません、明日、北部山岳地帯での軍事演習がありまして」
持っていた地図をがさごそ広げる。
「ここに規制線が引かれてますので、サリカ樹林へは北側ではなくこちらから……」
「演習って……」
「訓練だろ」
テツの呟きにハンターが、モスフォーラ山地まで当分モンスターが出ないと分かっているからかのんびりくつろぎながら答える。
「訓練って、戦争のか?」
「じゃねーのー」
「もう、すぐにやんのか? アルケイディアと?」
「さあよー」
「さあよってなんだよ、平和ボケかよ」
「はぁ?」
の質問攻めのあげくの減らず口に、いい加減ハンターも身を起こした。
「専門家でもねーのに、いちハンターがそんな細かい情勢まで知るわけねーでしょ。はい、黙った黙った」
しっしっ、とをうるさい犬扱いするが、そうやって寝転んだ後、ひとつ提言してくれた。
「ハルモアさんに聞けば? 物価だの流通だのにも影響するから、政治情勢には明るいだろ」
チョコボ車が動き出した。前の荷車にいるハルモアと話せるのは休憩場所になりそうだなと外を見ていたは、何やら不思議そうな視線を浴びていることに気付いた。レックスからしてみれば、さぞかし不可解だろう。が政治に興味を見せていることが。何となくそれが気恥ずかしくて、気付かないふりをして座り込んだ。
確かにハルモアと門番の話は、一瞬『面倒くさいな』 と思うような堅いものだった。が、シモーネの顔が浮かんだのだ。
平和ボケと言われたことへの対抗心か、あるいは――彼の持つナブラディアに関する危機感が、にひとつの影をもたらしたのかもしれない。
戦争?
起こるのか?
剣や魔法を除けば大して日本と変わらない、こんなのどかな日々の先で?
本当に?
「今すぐってことは、ないだろうがなぁ……」
樹林とモスフォーラ山地の起伏を抜け、チョコボが一息ついたのは夕暮れ迫る頃だった。山地の裾野、行商人が行きかう水場で夜の砂漠に備えている最中、はハルモアに訊いてみた。アルケイディアとナブラディアはすぐに戦争になるのかと。
その答えが先ほどのものだった。今すぐってことはない。
も、それは分かっているはずだった。ヴァンが十七歳であるゲーム本編の、二年前に戦争は起こるのだ。今のヴァンはまだ十三歳。単純計算で、あと二年はある。
まあ、シモーネに危機感を煽られて、何となく不安になったのだ。
「アルケイディアも、今回は簡単には軍を動かせないさ」
岩の間から沸き出る水で布を絞り、首を拭いながらハルモアは語る。
「ナブラディアの中には、南の大国ロザリアとの同盟を推す声もある。実際ロザリアはアルケイディアの領地拡大を懸念していて、同盟を結んでいない現段階でも、アルケイディアが一線を越えればすぐさまアクションを起こすだろう。そこに“派兵してもおかしくない大義名分”が加われば、そのまま全面戦争にもなりかねない。ま、今のところは両国共それだけの戦争を覚悟できる物資も資金も整ってないから、まだまだけん制のしあいってところだな」
「…………」
「……おっと、急ぎ足だったかな?」
「あ、いや……」
ゲームで得ていた知識、主に敵対関係の構図が手伝い、「大丈夫です」 と何とか言うことができた。
ようするに本当に睨み合っているのは、アルケイディアと、ロザリアという国なのだ。その二つの間で、戦争の危機にさらされているのが、小国、ナブラディア――。
「私達商人の困ったことには、その大きな戦争に備えて、どっちの国も物資を買い漁ってるんだ。特に魔石をね。飛空艇の燃料でも魔法でも大量に消費するから最優先で確保しているんだろうが、そのせいで市場がすっかり品薄だ」
魔石燃料の値上がりが止まらないこと、輸送コストが上がりすぎて空路じゃ商売にならないこと。手ごろな岩に腰かけたハルモアは旅の疲れもあいまってか盛大にため息をついてみせた。
「一番わりを食うのは空に浮かんでる都市……つまり空輸しか流通手段の無いビュエルバのはずなんだがなぁ。物価はまったく上がっちゃいない。あれは自分トコの魔石をロザリアにもアルケイディアにも流してうまいことやってるんだな。中立の立場とは恐れ入る……交易で食ってるダルマスカは厳しいっていうのになぁ」
……だんだん愚痴になってきた気がする。
隣に座れば逃げられなくなりそうなので立ったまま、自分がいちばん訊きたかったことに触れてみた。
「じゃあ一年とか、二年、とか……そのくらい経てば、戦争になったり……?」
すっかり頬杖をついていたハルモアは、そのの質問に顔を上げた。「ふむ、二年か」 と考え込む。
「逆に二年以上は、この睨み合いも続かないかもしれないな。両国とも物価上昇が続き、耐えられるのはそのくらいだろう。国民のフラストレーションが限界を超えるまでには、国も何らかの手を打たざるをえない……くん、きみ、なかなかいい読みをしてる」
「はぁ……」
カンニングして正解したようなもので、喜べないが。
それに、“戦争が起こる”という正解自体、喜ばしくはない。
戦争。
起こるのか。
こんなのどかな日々のすぐ先で――
「ー、炭酸あるってー! 飲むー?」
離れたところから、レックスが大きな声で手を振っていた。ハルモアが笑顔で頷くので、こちらも小さく会釈してからレックスのところへ向かう。
軽く駆けていた足を、途中で緩め、後ろを振り返りながら立ち止まった。
ハルモアはすでに行商人らしきバンガと話をしていて、その柔和な横顔に――テツはひたりと、暗いものが忍び寄る気配を覚えてしまった。
パンネロは、ゲームで、孤児だった。
両親兄弟ともに、戦争で亡くしている。
……四年後の彼女は、そういう女の子なのだ。
炭酸、と言ってもペットボトルの蓋を開ければシュワッ、というスタイルではない。少し濃い果汁液と、炭酸水をその場で混ぜて、飲む、が一般的らしい。
行商途中の人にそれをコップに注いでもらい、お金を渡して達は流れ落ちる水流のほとりに座った。ちなみに果汁と炭酸それぞれの瓶を、この水場で冷やしていたらしい。行商人ナイス。冷たい。うまい。
「あ、夜に砂漠でウルフに襲われた時は、ハンターさんに任せた方がいいよ。俺もそうするし」
無言では頷いた。
松葉杖で出ていったあの晩は月明かりで視界はクリアだった。が、それが陰りでもしたら? 真っ暗闇、獣、剣をぶんぶんするしか能のない自分……ゾッとする。
また乾いてしまった喉に炭酸を流し込むが、胃が縮こまったような不快感は取れなかった。これは別にウルフのせいだけではない。今夜ではなく、もう少し先の事に対する不安だ。
「……もしよぉ」
炭酸が手の温度でぬるくなっていくのを感じながら、口を開く。
「一年とか、二年後……くらいに、戦争になったら、どーする」
「あ……ハルモアさんがそう言ってたの?」
「ん、まぁ……」
レックスも飲むのをやめて、息を吐いた。「結構すぐだね」
「別に、そうならねーかもしれないし」
「俺もね、ミゲロさんから聞いたことあるんだけど、アルケイディア帝国にとっては、ナブラディアもダルマスカも同じなんだって。同じ、対ロザリアのための前線基地にしておきたい領土なんだって」
北から、南西方向に向かって順番に、アルケイディア、ナブラディア、ダルマスカ――ロザリア。何でこんな大国二つに挟まれちゃったんだろうね、と、地面に描いた丸で各国の位置を表しながらレックスがごちる。
「ナブラディアが戦争になったら、ダルマスカもなるのかな」
水音に混じりながらに聞こえたその言葉は、見えない未来への心配というよりは、純粋な疑問の色の方が強かった。なるのかな? という疑問には、さあなぁ、という軽い相槌でよかったのかもしれない。
しかしは、喉から声を出せなかった。
未来を知っているから。
たった一夜にして、ナプディスが壊滅。
進軍してきたアルケイディアに、ダルマスカ軍も大敗。
さらなる侵攻、謀略、裏切り、そして――
なぁレックス。
お前その時、死ぬんだぞ。
心の中で語りかけた瞬間、全身が怯えるように震えた。
馬鹿か、んなもん態度に出すな。そう叱咤しても、指先、足先は自分勝手に震え続ける。
忍び寄る戦争の気配。
その足音が、聞こえた気がして。
「戦争なんかに、ならないといいね」
未来を知らないレックスに、悟られまいと拳を隠して握りこんだ。
平穏な日常を願うその笑顔は、いつも見せるお人よしのそれそのものだ。自分を削って、手を差し伸べて、笑いかける、がイヴァリースに来てからずっと見てきた優しさそのもの。
本当か?
本当に、こんなやつが死ぬのかよ――?
「……もし、なったらどうする?」
人知れず胸を詰まらせていたせいか、訊いた声は少ししゃがれてしまった。
咳払いして、問い直す。
「もし戦争になったら、お前、兵士とかに志願したり、する? しようとか思ってる?」
「え? えーと……」
レックスからすれば、ひどく唐突な質問だろう。
戸惑うように彼は首を傾ぐが、しかし答えなどいらなかった。の知る未来では彼が志願することは決定事項であり、それが、その国や弟を守ろうとする思いが彼を殺すのだ。
「やめとけよ! ぜってーやめろ!」
気が付けばコップに入った炭酸を地面にぶちまけ、立ち上がって叫んでいた。
「お前が兵士になったら……そうだ、ヴァンとかどうすんだよ。あいつ一人で放っとく気かよ。戦争で街とか襲われてすげえ大変になった時、一緒にいて守ってやんのが兄貴だろ、そうだろーが!」
顔を上気させると周囲の温度差は、それは……凄まじかった。
気迫に負けるように体を引き、目を丸くするレックス。
何だ何だと、あっけに取られるハルモア含む行商人とハンターの皆さん。
ただ、にはそれらの顔など見えていなかった。頭を占めるのは現実になるやもしれない、ゲームの映像だけだ。
こちとら真剣だ。……しかし、こんなに大声出して怒鳴ったのは、一体どれくらいぶりだろう?
「……うん、そうだね」
やがて、レックスが目を細めてそう言ったのをきっかけに、もつり上げていた眉を緩めた。
「ヴァンの傍に、いてあげなきゃね」
やっぱり人のためにやさしく笑う、彼の人のよさに不穏な足音なんて遠ざかっていくようだった。
「そう……うん、それが、いいんじゃねえの」
「ありがとね、」
「……いや、別に」
「は、危ないことが起こる前に、元の世界に帰れたらいいね」
俺もヴァンも寂しいけど。
と、素直に付け加えるレックスの顔はとてもじゃないが見れなかった。お前、照れとかねーの。
でも、さ、志願しないんなら、レックス死なないんじゃねーか?
日が落ち、松明の灯るナルビナ城塞へと近付いていくチョコボ車の中で、はさっきまでより心が軽くなったのを感じていた。
ナブラディアから、ダルマスカへ。城塞の門をくぐると共に、その国境線をまたぐ。
この国境の地は二年後、ダルマスカ領内へ侵攻しようとするアルケイディアを迎え撃って、それはそれは激しい戦地になる。その様子はよく思い出せる。事故にあったあの日に、冒頭ムービーだけ友人宅でおさらいしていたため、記憶に新しいのだ。
敗走し、アルケイディアに占領されたぼろぼろのナルビナ城塞で、やがて一つの事件が起こる。両国の代表が集まって行われる、和平の――
「なんだっけ、調……ん?」
調印式、という言葉は思い出せなかったが、とにかくそこで起こる陰謀に、レックスは巻き込まれるのだ。
しかし、兵士としてそこにいなければ。
ただのラバナスタ市民としてヴァンと一緒に街にいれば。
ナルビナ市街地に輝く明かりを横目に、チョコボ車はダルマスカ側の門へと城塞を通り抜けていく。ラバナスタは近い。
レックスが死なないことは、ゲームのストーリーには反する。
特にヴァンからは、その旅立つ理由やきっかけを奪うことになるんじゃないか? とはふと考えた。
だがすぐに、まぁどうでもいいや、とまぶたを半分下ろす。
ストーリーの何が変わってしまおうが、こいつが刺されるような未来だけはくそくらえだ。
小窓から、まだ見えぬラバナスタを心待ちにしている様子のレックスを盗み見て、は疲れと満足感に目を閉じた。
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