5. 最後の記憶は雪の果て
『結構降ってきたなぁ』
黒雲に覆われた夜空を見上げて言ったのは、赤メガネをかけたちょっとチャラい友人の、やっぱり軽そうなお兄さんだ。
寒そうに腕をさすりながら、ガレージの中で自分のバイクに寄りかかる。アメリカ製の有名メーカー、けれどこの車種にしては無駄のないひきしまったメタリックボディ。寒空の下をわざわざがやってきたのは、自動車並みの値段のするこれを見せてもらうためだった。
『帰れる? 親父の車で送ってこっか?』
お兄さんがまたがらせてくれたバイクとは段違いにショボいスクーターのスタンドを上げ、腰かける。姉のおさがりというのがまた格好悪いが、
『別に、平気です、これくらい』
返事をしながらかぶったゴーグル付きのメットだけは、自腹で買った分気に入っていた。
『またいつでもおいで。春休みの間はこっちにいるから』
『休み長くていいですね』
俺も休みたい……寒いし。
顎のベルトにやった手が、手袋の中でかじかんでいる。案の定締めるのにてこずっていると、玄関から赤メガネの友人が『うわさっむ』 と一言添えながら出てきた。
『、ほれ、忘れもん』
裸のまま放り投げられ、かろうじて受け止めたそれは、ゲームソフト。
『ちょ……人のモンを乱暴に』
と文句を言ってはみるものの、それほど大事なものでもなかった。
中学の頃に貸し、それきり自分も忘れていて、今日部屋で偶然『……それ、俺のじゃね?』 と見つけた代物だ。聞けば序盤のラバナスタで画面酔いして放置とのこと。遠慮無く回収させてもらうことにした。
酔わねーだろちゃんと操作してりゃ、という話の流れでその場でゲームを起動させ、久しぶりにOPムービーを見た。やっぱりCG映像は息を呑むほど美しく、ラスラは相変わらずイケメン王子で。
帰ったらもうちょっと見てみるか、とソフトをダウンジャケットの内側に放り込み、上までジッパーをしめる。キーを回して、雪に濡れたハンドルを軽く拭って握りしめた。
別れ際の友人の『じゃあまた、学校で』 にため息をつきながら、はアクセルを開けていた。
めんどくせえ。……でも、今日、あいつんちは行ってよかった。
こんなスクーターなんかとは違う、マシンと呼べるものにまたがった感じが忘れられなくて自然と体が前に傾く。スロットルが回る。
すると、スピードが上がると共に激しく吹きつける雪風に煽られて、顎のベルトが自分勝手にばたばた暴れた。そういえば締め損ねてたっけ……まぁいっか、すぐ家だ。
しかし、そんな横着をしなければ、結果は何か変わっていたのかもしれなかった。
走り慣れた道中、FF12のストーリーを順に思い返していた時は注意散漫になっていただろうが、そして多少スピードオーバーもしていただろうが、先にスリップして突っ込んできたのは対向車線のトラックだった。
ヘッドライトを浴びた瞬間、骨の髄まで冷えていた体がカッと熱くなり回避行動を取ろうとした。が、とても間に合わない。
――思わず目を閉じたを、感覚もろともふっ飛ばしたのは金切り声のようなブレーキ音。
気がついた時には、自分の手も足も愛車を離れ、それどころか地面からも遠く離れていた。
真っ暗な空に舞い飛ぶ雪が、妙に目についた。
そして、真っ先にメットが飛んでいったこと。このまま頭から落ちてコンクリートに叩きつけられれば、まず間違いなく死ぬこと。二つを冷静に悟りながら、けれど意識は雪空の向こうにみるみる奪われて、最後の記憶は静かに閉じた。
目覚めてすぐに感じた肌寒さは、冬の空気の刺々しさではなく、夜の砂漠にしんと沈む静寂をに思い起こさせた。
瞬時にダルマスカだと悟る、が、砂漠は見えなかった。
高い位置に窓があるが、そこから取り入れられている薄明るさに、夜が明け始めていることしか分からない。窓の形も天井の高さもレックスの家とは違う。ここ、どこだろう、とベッドの上で身じろげば、呼応するように誰かが物音を立てた。
「?」
起きたのかを確認するように呼び掛ける、その声の方へ寝返りを打とうとすると、左の肩口が鋭く痛んだ。左腕は骨折している……しかしそれとは違う傷のようだった。
死んだと思っていたウルフが、起き上がり、襲いかかってきた映像が甦る。
あれか、と思い至りながら体をゆっくり動かすと、背中の傷も主張をし始めた。これまた満身創痍だなオイ。
態勢の入れ替えに手を貸してくれたのは、声を聞いた時から分かっていたが、レックスだった。この場所のことを訊くと、椅子に腰を落としたレックスは“飛空艇ターミナルの医務室”だと答えた。
「ヴィーノさんが、ここへ」
「……誰」
「騎士団の人。砂漠で一緒だった」
少し面食らいながら、騎士という言葉と、金髪を刈り込んだあの剣士の悪態を重ね合わせた。似つかわしくないとはこの事だ。まあ、救助も手当ても、してくれたが。
でもやっぱり騎士といえば……としばらく某将軍閣下を浮かべていただったが、妙な静けさが気になって思考を閉じた。
必要最低限の言葉での問いに答えたレックスは、それ以上は口を開かず、床か、もしくは膝で組んだ自身の手に視線を落としていた。そういえば、目を合わせた覚えがない。
だが思い返してみれば、気まずい沈黙が生まれるだけの理由はあった。
砂漠で、およそレックスらしくない責めるような目で、
『は、すぐ……』
言いかけて、しかしに苛立ちだけ与えて押し黙ったこと。
その後ラバナスタへ帰ろうと言った彼の手を、
『帰れるもんなら、今すぐ……っ! でもっ!』
抑えきれないやるせなさのまま、自分が振り払ったこと。
まざまざと甦ってきたその時の感情と共に、も口をつぐむ。
二度も命を救われた。いや、起き上がったウルフに飛びかかられたのに肩の傷だけで済んでいるところを見ると、三度かもしれない。それへの感謝はあった。が、素直に礼を切り出せるほど沈黙は軽くなく、それに――何よりも。
今はまだ、頭がいっぱいだった。
雪空、トラック、ブレーキ音。
思い出した“向こう”での最後の記憶に冗談だろ、と問いかけながら、窓を、加速度的に白んでいくダルマスカの空を見つめた。
先生を呼んでくる、と事務的に言い残して部屋を出て、レックスはそれきり戻ってこなかった。
白衣の中年男性がの具合を見、迎えが来たら帰っていいよと言っても、その“迎え”らしいヴァンがやってきても。
「、さらにカワイソウなことになってる……」
気の毒そうな顔での第一声に「ほっとけ」 と返し、はまた枕に頭を沈めた。新しく増えた傷をつんつんやられながらも、怒鳴るのも面倒で高窓をぼんやり仰ぐ。すっかり青さを取り戻した空にため息が出た。
ほぼ一緒に、ヴァンもため息をわざとらしく口にした。
明るくなって目が覚めて、しかし家に誰もいなくておろおろしていたところにちょうどレックスが帰ってきたのだと、そして経緯も説明されず、ただただの迎えを頼まれたんだと、ふくれつらをして言う。
何したんだよ、コレ、と尋ねられるが、何の自慢にもならないゆうべのことを話して聞かせる気になどなれなかった。
「別に……で、レックスは?」
話題を逸らすために聞いただけだった。が、ヴァンは妙に大きく反応した。
「……なんだよ?」
「え、ううん。あ、兄ちゃんなら仕事。ミゲロさんトコ、朝早いから……」
ヴァンの上擦った声での返答は、何か別のことが気になっているかのように尻すぼみになっていく。だが、ゲーム中と同じく内で色々考えこむタイプではない少年はすぐに意を決したようにベッド脇に膝をつき、にずいっと顔を寄せた。
「なぁ、何か、あった?」
「だから、別に……」
「じゃなくて」
部屋には誰もいないというのに声を顰め、耳うちするように言う。
「兄ちゃんと」
図星、だったが、元々仏頂面だったの表情は変わらずに済んだ。そのまま、「別に」 と吐き出す。それを聞いたヴァンは、困り果てた顔をベッドに押し付けた。
「えー、じゃあなんで兄ちゃん怒ってんだよう……」
「……何か言ってたのか?」
「なんにも」
ヴァンは、ちらり、と目線だけを上げた。
「いつもと違ってなんにも言わねーの。笑わないし、おはようもなかったし、すぐ仕事行っちゃうし。ああいう時は、兄ちゃんすっげー怒ってんの。すっげーこえーの」
寒気に耐えるように身を縮こまらせて、ヴァンは情けない顔をする。
確かに無口だったけど、大げさじゃないか?
そう口を挟もうと思ったが、情けない顔のまんま「なぁ、ゆうべどーしたの? 何かしたの?」 としつこく迫ってくるので面倒くさくなった。
「あーもう、知らねーよっ。お前、俺迎えにきたんだろ? だったらさっさと杖取れよ、起こすのも手伝え、ほら!」
「……も怒ってる」
「怒ってねえよ。ぐだぐだ言ってねーで、早く帰っ」
ぷつんと切れたの言葉に、ヴァンは不思議そうに首を傾げる。
どこに、帰るつもりだよ。
ツッコまずにはいられなかった自分のバカさ加減と、そしていまだ受け入れがたい現実にしばらく言葉が継げなかった。
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