9.ラバナスタ散策




 別に少女趣味ではないけれど、ああも嫌われるとさすがに落ち込む。
 道具ショップでの一件から数日、ヴァンにそれとなく聞いてみたところ、それまでは鬱陶しいくらいにしていたの話を彼女はぱったりしなくなったらしい。偶然会っても、『さん』。別に“兄さま”が気に入っていたわけではないが……明らかな格下げはさすがに滅入った。
『憧れのお兄さんが仕事を頑張ってるところをわくわくして見に来れば、店でヴィエラとちゅーか、そりゃあパンネロも災難だ』
 ミゲロに大笑いされたことを思い出し、脱力。災難はこっちだ。濡れ衣だこんなもん。
 そういうわけで、今日ラバナスタを歩く傍らにパンネロはいない。
 怪我が治ったら、案内しますね!
 そう張り切ってくれていたのは、遠い過去の話だ。



 結局あのヴィエラが、の何が気になってああも顔を近づけてきたのかは分からず終いだった。ああっ、ごめんなさい何でもないの、と我に帰った彼女に言われてしまい、それ以上突っ込むこともできなかったのだ。
 あれは一体何のラッキ……いや不幸だったのか。
 あの後四日ほど店番を続けたが、旅人だったらしく、姿もあれっきり見ていない。

 「さて……まず、何から見る?」
 商店通りの、いよいよ店舗が争うように並び始めるという手前で、レックスは立ち止まった。にこりと笑う表情はいつも通り柔らかい。
 彼の誤解だけでも、とけて良かったとしみじみ思う。ちゅーなんかしてねー、向こうが勝手に寄ってきただけだ!! と自分の沽券のために力説するのがよっぽど真に迫っていたのか、それとも単に人のいい性格だからか、彼だけがからかうこともせずにあっさり信じてくれたのだ。ここでの味方はやはりレックスだけだ。

 今日はそのレックス共々、道具ショップの手伝いは無し。
 代わりにこれまで働いた五日間の手伝い賃が、のポケットには入っていた。
 一日六百四十ギルの、計三千二百ギル。
 時間給にすると八十ギルで、アイテムの値段も鑑みるに円の十分の一と考えればいいようだ。
 ポケットの中身を、この世界で初めて手に入れた“三万二千円”だと実感しながら今日やってきたのは、自分の日用品を買うためだった。いつまでもレックスの服を借りてはいられない。
 しかし……
 ここはイヴァリース。ファイナルファンタジーの世界。
 実際にこの目で幾度となく見、体験したその奇跡を、自分でも行使してみたいと思うのは自然の流れではなかろうか。
 『まず何を見る』 という問いかけに、雑貨屋ではなく、
「……魔法ショップ、とか」
 そう返事をすれば、レックスは快く頷いてくれた。




「これはね、簡単に言えば魔石に、術者がファイアの魔法を閉じ込めたものなんだ」
 橋の中央の開けた場所にしゃがみ込み(確かゲーム冒頭で、スリ現行犯のヴァンをパンネロが問い詰めるのがここだったような)、魔法ショップで買った小さな石を囲む。
 指先くらいの大きさしかない、けれど時折赤く揺らめく不思議な石だ。

 少し薄暗い店内に並んでいた宝石や宝飾品はバカ高すぎて見る気にもならなかったが、初めて魔法を使う人用の棚には、ワゴンセール状態でお手ごろ価格の石が積まれていた。そこには今まで何度も世話になったケアルの魔石もあった。だが、購入したのはこのファイアの魔石。
 実用性よりも、“派手にぶっ放したい!”という思いが先行した結果だ。

「えーと、魔法のないの世界って、こういう魔石も、無いってことだよね?」
「ああ、うん」
「ミストも……無いの? あ、ミストって、知ってる?」
「あー……いや、知らない」
 の返答にレックスは、ミストとは、大気や大地そこかしこに満ちるエネルギーのことだと教えてくれた。
 勿論ゲームで知っているが……どうして知ってるのという話になったら面倒くさい。そんなずるい考えで生徒に徹する。
「ミストがない大気なんて、なんか想像つかないけど……あ、でもイヴァリースでも昔の人はミストの存在に気付いてなかったっていうから、の世界でも発見されてないだけかも」
 そんな夢のある想像を挟みながら、レックスは引き続き丁寧に説明してくれた。
 そのミストを含有しているのが魔石であり、魔法とは、魔石中のミストを変化させ、それを放出するものなのだと。

「普段魔法を使う時は、みんな、ただミストが詰まってる普通の魔石を使うんだけど……ほら、こういうのね」
 レックスが、革の手甲を少しめくって左手首を示す。
 ぐるぐると巻きついている皮紐の先に、三センチ大の、白い輝き。
 きっと魔法ショップで売られていた宝飾品も、これと同じ種類のものなんだろう。
 親から譲られたというそれを手甲の内側にしまい、今度はファイアの魔石を手に取る。
「今買ったのは、新しい魔法の覚える時の練習用なんだよ。術者さんがあらかじめ術をかけて、詰まっているミストの性質をファイアならファイアに変化させておく。そうすると、買った人がこうやって使うと……」
 魔石を手のひらに転がし、レックスは集中するように目を細める、と――
 発火した。
 燃え上がった赤い火は空気を取り込むように膨張し、レックスの姿を隠す。そして飛散。に熱さと、心臓の高鳴りだけを残してあっという間に消え去った。
「魔力を反応させるだけでファイアが撃てるんだ。これでイメージを掴めたら、普通の魔石でも自力で放てるようになるよ」
 はい。
 魔石が差し出されるのを、やってみて、という意味なんだと気付いて背筋を伸ばした。
 未だ熱を帯びているかのように鈍く発光する魔石を前に、鼓動はもはや鳴りやまない。

「あ……えっと、呪文とか、いらねーの」
「声に出した方がイメージしやすい人はそうしたり……もっと高度な魔法は言葉にした方がいいらしいけど、決まった呪文とかはないよ」
「……魔力を、反応?」
「うん」
 って……どうやるんだ。
 まったく見当もつかないまま、熱くないかをつついて確認した後、魔石を受け取る。レックスを真似て手のひらに転がしてみる。魔力を求められたのなんて人生初だ。
 こいつは、ファイアが出るようにできてる石だよな。
 なら、どうにか、なるよな……うん。
 とにかく、この小さな石に集中してみることにした。ほとんど睨みつけるように細くした目で、石が変化をもたらすことを念じる。先ほど度肝を抜かれた炎がまた燃え上がることを願う。強く、強く、願う……

 が、景色は何も変わらなかった。
 おしゃべりをしながら、買い物帰りの奥様方が通り過ぎていく。

「自分と魔石が繋がってるような感じを意識するといいよ。母さんの受け売りだけど」
 口をへの字に曲げそうになっていただが、魔石を挟んだ正面からのアドバイスに気を取り直した。
 繋がってる感じね、うん、ピンとは来ねえけど、そんな感じな……うん。
 目を閉じて、いっそ、石と手のひらを分ける境界を忘れようと試みる。自分がこの手から魔法を放つ感じを、この身そのものが燃え立つイメージを思い描く。熱く、熱く、右手が熱く――

 ならなかった。
 と、レックスと、うんともすんとも言わない魔石の横を、子供達がきゃっきゃと駆けていく。

 いよいよ不満が顔に出始めたに、「は、初めてだから上手くいかないだけだよ」 レックスのフォローもやや上擦る。
「でも、俺も魔法に詳しいってわけじゃないし……あ。ダラン爺ならコツとか教えてくれるかな」
 聞き覚えのある人物名だったが、それに興味を示せる心境ではなかった。気張った分、こっ恥ずかしい。そしてさっぱり上手くいく気がしない。
 そうやって落ち込むにも、一所懸命方法を考えるレックスにも、聞こえてはいなかった。
 石造りの橋を渡る、高いヒールの音など。

「とりあえず他の買い物済ませよっか。で、それからダラン爺のとこへ行ってみよう」
 立ち上がり、欄干に手をかけるレックスを見上げる。ダラン爺って……
「ダウンタウンの?」
「え? ダウンタウンって?」
 きょとんとされるが、こっちも同じ顔になる。え、違ったか? でも――
 しかし、この問答は先へと発展しなかった。
 レックスが、の後ろから近づいてきたものを目を丸くして見ていたから。

 自分に影が落ちて、やっとはその存在に気が付いた。びくっと振り向き、身構えた瞬間にその容姿からヴィエラだと分かる、が、はまだ疑問を抱いて、首を捻った。
 ヴィエラはヴィエラでも、の目に留まる特徴が多すぎた。高い位置で結われ、そこから緩やかなカーブを描きながら広がる銀髪。そこに被さる頭飾りは兜のようにいかめしくもあり、けれど細かい細工が女性らしく、それは全身の装飾品に言えて……
 露出の高い黒を妖しく着こなす彼女は、どう見ても、何度目を疑ってみてもあの空賊の片割れにそっくりだったのだ。

 目の前まで来た彼女は、優雅に膝を折る。抱えている重そうな紙袋をひょいと片手に持ち変え、拾い上げたのはが落としてしまっていたらしい魔石。
 立ち上がって再び成長期の少年達を見下ろすと、彼女は石を差し出した。
「やってみて」
 ……俺? と戸惑うに、彼女は浅く頷く。
 その手から恐る恐る石を受け取り、彼女と、ちょっとあっけに取られているレックスの前で先ほどのように力いっぱい気張ってみる……勿論、発火しない。
 不様な結果はこれで三度目。しかも女の人にまで見られるなんてとんだ赤っ恥……そう内心であえぐにあっさりばっさりトドメを刺したのは、
「きっと、いくらやっても無理よ」
 ハスキーボイスなな死の宣告だった。

「無理って……なんで」
 すぐには意味を飲み込めずぽかんとするに代わってレックスが問う。しかし答えが返ってくる前に、彼まで言葉を失ってしまう事態が起こる。
 赤茶色の瞳が、不意に大きくなる。
 突然の接近に驚いたの背が欄干に当たるが、それ以上は逃げられなかった。同じ欄干に荷物ごと腕を乗せた彼女の、自由な右手はの肩に。
「い……っ」
 触れられた部分の体温が一気に上がる。
 呼吸さえ止まるこのゼロ距離は、道具屋カウンターのデジャヴ。

 身長差ゆえに顔の近くにありすぎる女の武器を凝視するわけにもいかず横を向くと、『がまた、お、襲われてる……!』 とでも叫びたげに顔を真っ赤にしてる純朴少年が目に入った。しかしそんな慌てふためくレックスも、
「……あなたには、ミストを感じない」
 ヴィエラの呟きを聞いて、やや平静を取り戻したように見えた。
 はと言えば、耳元で喋られて石化状態だったが。

 ひくひくと、道具屋で会ったヴィエラと同じように鼻を動かしながら今まで一番の密着っぷりを見せた後、彼女は何事もなかったように体を離した。
「魔法の仕組みについては?」
「……へ」
 石化が解けてもまだぼんやりしたまま返事をするを代行して、レックスがおずおずと答える。
「魔力を反応させて、魔石の中のミストを炎や雷に変えて放出する……んですよね」
「魔力とは、すなわちミストへの感応力。石の中に凝縮されたミストに意思を伝え、現象へと導く力」
 歌うような台詞と共に、彼女の手がゆるく空中を掴む。
「この大気中にもミストは溶けていて、私達は自然と体内に取り込んでいるわ。魔石への感応の際には、体内のミストが意思伝達のきっかけ、道標ともなる――けれど」

 あなたには、それがない。
 ヴィエラの瞳が、を、の全身を観察するように動く。

「市街地でミストが乱れるなんて不自然で、その流れを追ってきたの。その真ん中にいたのがあなた。まるであなたを避けるようにしてミストは流れ、あなたと、その周りに空白地帯を作っている……こういうのは、初めてよ」

 避けるように……空白地帯……って。
 言われても、ミストは目に見えない。なので実感はできなかったが、でもヴィエラの言うことだしなぁ、と何となく納得しかけて――はたと気付いて顔を曇らせる。
「……って、じゃあ、魔法は?」
「あ、……それは、ヴィエラさんが最初に」
「え」
「その……無理だって」
「…………」
 お、覚えてるよ、確認だ確認! と取り繕いたかったが、ピー、ピー、という電子音のおかげでそれは叶わなかった。
 久々に聞く人工的な音だ。しかし橋の周囲にそれらしい機器はなく、自分もあの携帯を持ち歩いてなどいない……断続的に鳴り響いていたそれを止めたのは、ヴィエラのすらりとした指先だった。
「そうね、魔法は無理……」
 小さな機械を紙袋の影に提げていたバッグに戻し、ヒールを鳴らして歩み寄る。反射的にドキッとしたの肩に、柔らかく手が置かれる。
「それ以外にも、気をつけて」

 ……何に?
 訊ねる間もなく、彼女は通り過ぎていった。さっきのは誰かさんからの呼び出し音だったのかもしれない。ボリュームのあるポ二ーテールを揺らしながら商店通りの人ごみへ消えていく黒コスチュームのヴィエラを、レックスと二人してぽかんと見送る。
 その後ろ姿は、しっかし美人だ。

 ……っていうか、あれ、フランじゃね?

 なんてちょっと覗いたミーハー心も、その彼女に突きつけられた現実を前に萎んでいった。
 ミストに……拒否られてるってなんだよ。

『魔法は、無理』
 彼女の無情なハスキーボイスがずしんと伸し掛る。
 死にかけるわ、帰れないわ、文字は読めないわ。
 結構な目にあってるつもりだ。
 なのにその上、魔法もダメ?

 それっぽっちのワガママも通らねぇのかよ……。
 自然と寄っていく眉根に、レックスはそんなの憤りを察したらしい。
「ミストが避けてるって話、ホントかな……確かに、ヴィエラはそういうのに敏感だって言うけど、でもそんなの俺も聞いたことないし……」
 そうフォローしてくれたが、しかしの気分は下降したままだった。
 そりゃあ俺も聞いたことないし、目に見えないものを確認しようもないが……
 フラン(仮)が言うんだからそうなんだって。ミストと言えばフラン、フランと言えばミスト。FF12に誇るミスト専門家なんだから。

 ……そうだよ。これはFFの世界なのに。
 どのシリーズタイトルも魔法に溢れてるっていうのに。12なんか特に、魔法も武器も防具もキャラ全員が何でも使えるのに。魔法の一つくらいって思うのは当たり前だろ、普通だろ? 
 なのに俺だけダメとか。
 くそ、全然面白くない、なにが剣と魔法のファンタジーだ――

 …………あ。
 頭の中でぐちぐち零していたが、渦を巻いていた不満がふと引いていった。目つきの悪くなくなったを、レックスは不思議そうに見る。
?」
「魔法は……とりあえずいーわ」
 強がりも、多少あることは認めよう。
 だがそれだけでもない。
 魔法がダメでも、まだ代わりのものがあるじゃないかと気付いたのだ。



 輸入物のカッターシャツ(袖口にごてごてと刺繍がしてあるが、めくってしまえば制服の下に着るようなごくオーソドックスなものだ)を数枚、ジーンズに似て伸縮性に富んだズボンを数本、あとはインナーと、ひざ小僧まで隠れる革製のブーツ。
 サイズぴったりな衣類を調達して、次に向かったのは武器屋だった。

「あ、これ兄ちゃん持ってんのと一緒のやつ。いーなー俺もほしいなー」
 衣料品店からの道中で合流(まだ遊び途中だったようだが)したヴァンが、傘立てのようなラックにこれでもかと言うほど突き刺さっている剣に走り寄る。
「ヴァンには重いよ」
「おい、こっちにしとけ」
 柄を掴んで持ち上げようとしていたヴァンに、が指し示したのはヴァンの身長くらいはある樫の木の棒。
「えー、やだよそんなの棒切れー」
 俺はお前にこれを愛用させてたんだよ。
 これでもいいぞ、と壁に掲げられている大剣を指せばまたブーイングが飛んだ。何だよ、勝利の際は機嫌よく柄の上に飛び乗ってたくせに。

 ゲームの話はさておき、さすが武器の種類の豊富なFF12、この店の品ぞろえも大したものだった。
 専用の棚に立てかけられた弓に矢筒、壁際に吊るされているダガーにメイス。やっぱり傘立てにぎゅうぎゅう状態の槍、その隣で幅を取っている斧とハンマー。ショーケースの中で他とは一線引かれているのは凝った装飾の銃や刀、大きな魔石のついた杖。
 勿論すべて殺傷能力のある本物なのだから、眩暈を覚える圧倒感だ。

 ファンタジーの代名詞、“剣と魔法”。
 そう、魔法が使えないなら、自分が触れられるファンタジーはこれくらいだよな、と数ある武器の中でが手を伸ばしたのは、そのものずばり、剣だった。
 ヴァンが最初に走り寄った、灰茶色の皮ケースに入った片手剣。その柄を握り、傘立てから抜き出す。
 驚いて、その拍子によろけてしまった。
 安静にしていた間に体力が落ちたせいもあるだろうが、元より大して運動していなかったにはその金属の塊は重すぎたのだ。
 こんなもんをレックスも、砂漠で会った騎士団員も振り回してたのか?
 気持ちが揺らぎかけたが、魔法に続いてこれまで挫折するわけにはいかなかった。
 何より、こうして武器を持っている自分自身が……ショーケースに映っている自分の姿が、悪くない。

 それにするかい? と屈強な体の店員がカウンター越しに訊いてくる。頷いて返すと、
「アイアンソードだな、じゃあ、千二百ギル」
 ……え。と、聞き返してしまった。
 できるだけ今まで自分が着ていた物に近いのを、と選んだカッターシャツもジーンズも、ロザリア製の輸入品ということで値が張ったのだ。ブーツも丈夫そうな素材に金属製の膝あてがついているだけあってイイ値段だったのだ。つまり、手持ちは千二百ギル……一万二千円も残っていないということで。

 ああ……そうか。
 知るすべはないが、きっと向こうの世界のテレビでは、今朝の自分の運勢は星座中最下位だったのだ。
『何をやっても実らない日。新しいことへの挑戦は控えて』
 きっとそんなアドバイスがされていたに違いない。
 そーだ、そーに違いねぇ……。
 遠い故郷に思いを馳せ、剣を傘立てに戻して、は、何をやっても実らなかった今日という日を諦めた。

 ちなみにレックスはこの日の内に、が手放した魔石でファイアを習得してしまうという充実っぷりだったが。
 うん、今度ブリザドもおごってやるよ、はは……。




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