10. 二人の道





「第三次試験では、ここから、地上を目指していただきます」

 そう告げた小さなスーツ男に、68名の受験者の内、帽子を被った三人組の一人が乱暴に声を上げた。
「おい、てめーが試験官か?」
「いえ、私はただの案内係です。三次試験の担当は、一次と同じ方です、ほら、天井の……」
「……ああ、あの変な野郎か」

 も、天井から覗いたぎょろりとした目を思い出した。
 ああ、あの酸素が無くなるまで俺たちを閉じこめようとした奴ね。あはは、今回の課題も期待できるなぁ、あははは……。
 心の中で空笑いするが今いる、"ここ"とは、案内されてきた狭い通路を抜けた先にがらんと広がっていた、円形の広間だった。床と同じ暗い色のセメントで作られた壁と天井は、その境目が無く、ドーム状に受験者達を覆っている。空間の大きさの割に空気は重く淀みきっていて、ここがまだ地中深い場所である事を語っていた。
 ここから地上を目指せ、と案内係は言ったが……戸惑った受験者は少なくなかっただろう。
 広間を丸く取り囲む壁には、いくつもいくつも、いっぺんには視界に収まりきらない程沢山の扉が並んでいたのだから。

「ドアは全部で百個あります。一つにつき通れるのはお一人だけ。皆様にはそれぞれお好きなドアを選んでいただきます。そこから各自、地上を目指してください。制限時間は"今から、本日の日暮れまで"です」

 68人はしんとする。お好きなと言われても、マニアならいざ知らず、明らかに同じ型に流し込んで作られている鉄の扉に好きも嫌いもあるわけがない。まして試験の合否を左右しかねない選択となると、皆慎重にもなるだろう。
「どうぞ、早い者勝ちですよ?」
 促す案内係に、帽子の三人組の、さっきとは別の男が口を開いた。
「おい」
「はい?」
「これ、はずれもあんのか?」
「当たりはずれはその人の実力次第かと存じます。ただ、どの道も間違いなく地上へは繋がっているので、ご安心下さい」
 何だか的を得ない回答だったが、行き止まる事はないと分かったからか、受験者たちは次第にドアの方へと進み始めた。

 しかし……多いなぁ。

 ドームのど真ん中に立って、ぐるっと見渡してみる。視線と同じ高さに五十個、端に階段があって、その上に壁から出っ張るように設置されている通路に沿って、もう五十個。
 この中から一つを選べって言われても……裏の神様でも、ちょっと字数が足りないじゃないか。

、行かないのか?」
 見るとシャルは既にあるドアに手をかけていて、一つ空けてマチも取っ手を掴んでいた。
「ああ、うん」
 ちょうど空いてることだし、と、二人の真ん中のドアに歩み寄り、ちょっとのためらいの後、覚悟を決めて押し開けた。広間と同じ暗い色の狭い通路が、まだ足を踏み入れていないにもかかわらず圧迫感を伝えてくる。

「じゃあ、地上で」
「おう、またな」
 とシャルは片手を軽く上げて挨拶し、さっさと行ってしまっていたマチに肩をすくめ合った後、それぞれが選んだ鉄の扉の先へと進んでいった、が──


「……あ?」


 数秒後、再び目があった。

 重い扉の先に伸びていた通路はすぐに広くなり、左隣の通路と合流していた。つまり……
「久しぶり」
「……おう」
 さっきと同じように片手を軽く上げ合った後、二人は苦笑した。



「マチの所とは繋がってないみたいだな」
 こんこんとセメントの壁を叩きながら、シャルが前を行く。二つの通路の合流地点、そこからはまた道幅が狭くなり、先の見えない一本道が続いていた。入ってきたドアは閉まるとそれきり開かなくなってしまっていたので、自動的にとシャルは二人で地上を目指す事になった。

 制限時間、確か日暮れまでって言ってたっけ。
 とは言ってもここは地下だ。上下も左右も冷たい壁で、光源は申し訳ない程度にぽつぽつと吊されている豆電球だけ。体内時計もこの環境じゃ心許ない。
「なぁ、今何時?」
 はシャルのケータイをアテにして尋ねた。
「時計持ってないの?」
「時計どころか、ケータイも」
 しかたないな、とシャルは呆れ顔でポケットを探り始めた。
「オレと合流しなかったらどうするつもりだったんだよ」
「……ごもっとも。今まではさ、空の下で暮らしてたから時間なんて気にしなかったんだよね。町にいる時はどこかしらに時計あったし」
 
 はい、と渡されたケータイには、『AM 2:19』と表示されていた。
 まだ昇ってもない太陽が暮れるまで、半日以上ある。
「時間たっぷりあるな。ま、ぼちぼち行きますか」
「そうは言ってられないみたい」

 え?
 ケータイ画面から目を離してみると、シャルは前を向いて立ち止まっていた。
 そこにあったのは、分かれ道。
 真っ直ぐに伸びてきた一本道が二人の目の前で、ピースをした時の人差し指と中指のように枝分かれしていた。
 ケータイを返しつつ二つの道の先を窺ってみるも、真っ暗で何も見えない。

「ずっとこんな調子かも。リアル3Dダンジョンってとこかな」
「マジかよ……」
「どっち行く?」
 訊きながらケータイをポケットにしまうシャルの肩を、ここは任せなさいとばかりにポンと叩いた。
「こんな時は、裏の神様の言う通りだ」
 何も考えず、左を指差す。そして例によって「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な」と指を左の道、右の道と交互に動かしながら唱え始めた。

「それが筆記テストでやったヤツか」
「……と・お・り、いち・に・さん、か・き・の・た・ね……」
「かきって確か、どこかの島国の果物だったよな。発祥はそこかな」
「……ん・ぷ・き・っ・た、た・か・や・ま……」
「っていうか長いよ。それでいちいち十三問選んだの? よく間に合ったな」
「……ねず・みの、ねず……あーっ! もう、うるさいな! 分かんなくなっちゃっただろ!」
「だから長いんだって。ほら、もう一回」
 あさっての方向を向いてケータイをいじり始めたシャルを、は口を尖らせて睨んだ。またパッキュマンなんてやってるんじゃねーだろうなぁ。
 言いたい事はあったがシャルの「もう一回」にに促される形で分かれ道に向き直ると、さっきよりも早口で呪文を唱え始めた。ただし、口は尖らせたままで。




 四度目の分かれ道がやってきた。
 選んで、進んで、選んで、進んで、また選んで……その他は特に何も起こらない地下通路を、二人はかれこれ一時間ほど歩いていた。
 四回目の取捨選択をしようと、は何も考えず右の道を指差した。そして、
「ど・ち・ら・に……」
 と唱え始めようとした途端、

「よし、左だな」

 シャルはきっぱりそう言って、先に左の道へ歩き出してしまった。
「え、ちょ、まだ選んでないんだけど」
「そのおまじない、数えてみたら音の区切りが56個だ」
 何の話? とは首を傾げる。
は最初に指差した方を『ど』として数え始めるから、それを1とすると奇数。56は偶数だから、こういった二者択一の場合には必ず、最後に指差すのは最初に選んだのとは別の方になる」
 あまりに淡々と説明され、置いて行かれそうになりながらもは「うん? うん……」とどうにかついていく。
「だから結局、最初が右を指せば左、左を指せば右に進む結果になるの。わかった?」

 はぁ……と分かったような分からないようなもやもやを頭に抱えている間に、シャルは「じゃ、行くよ」と歩き出す。
 それに気付いて、はハッと顔を上げた。
「お、おい、待てよ、まだ選んでないだろ!」
「……だから、結局こっちになるんだって」
「そ、そうかもしれないけどさ……」
 仕組みはよく分からないが、シャルが言うんならまぁそうなるんだろう、でも……

「だめっ、あれは儀式なんだよ、ちゃんとやんの!」

 の子どものような頑固な押しに、シャルは苦い顔をして肩を落とした。
「……長すぎるって、あれ」






  back  
------------------------
トリックタワーの逆バージョン。試験内容思いつかなくてスミマセン。