11. 長期刑囚
「もうちょっと短くなんないの、それ」
「なりませーん。いち・に・さん、かーきーのーたーねっ」
もう何回もしたやりとりを交えながら、は十六個目の分かれ道を取捨選択していた。
「右、右、右」
「……ぎっ・た、あ・ぶ・ら・む・しっ」
「ほら右」
「うるさいなぁ」
は口をとがらせ、シャルはいたずらっぽく笑いながら、二人はちょっと上り坂になっている右の道へと進む。
次の分岐まで、今度はどれくらい歩かなければいけないんだろうか。
そんな事を考えて気を滅入らせていると、それを吹き消してくれるかのようにシャルが口を開いた。
「そういや、筆記試験で二問自力で解いたって言ってたけど、どれとどれ?」
「ん? ああ、えーと、ランドM-11のヤツと、グルバの遺跡のヤツ」
「武器と土地関係か。なるほど、放浪もしてみるもんだ」
くすっという息のような笑い声さえ、密閉された狭い通路では鋭敏に反響した。まだまだ地下は深い。地上へは遠い。
「武器の知識もこの一年で?」
「うん。最初は、持ってた武器の名前さえ分かんなかったから」
「じゃあ、鞭の腕も?」
その問いはきっと、一次試験の時の事を言ってるに違いなかった。
鞭というのは、武器の中でも得に使いこなしが難しい物だ。直線的に飛んでいくナイフや弾丸と違って、あのしなりを自在に制動するのは長い年月と努力を要することだろう。
あの時はその手の延長と言って良い程に鞭をコントロールし、見事に血の気の多い男から銃を取り上げた。しかしには一年という経験しか無い。それを、おそらくシャルは疑問に思っているのだ。
言いたい事は分かるよ、と言う風には「んー」としばらく間を置いた。
「これは……」
鞭に触れた右手を開き、その手のひらをジッと見つめる。
「何でかは分かんないけど、最初っから使えた。鞭だけじゃなくて、大体の武器は全部」
「ふーん」
軽く頷いた後、シャルは小さく呟いた。
「ま、それはそうだろうな」
え?
シャルは独り言のつもりだっただろうが、地下がもたらす反響はそれをの耳まで運んできた。
それはそうって、どういう意味?
訊こうとして、だがその前にシャルは前方を指差した。
「ドアだ」
通路はそこで終わっていた。
目の前の壁に貼り付いているのは、ドーム状の広場に百個並んでいた物と全く同じ鉄の扉。シャルがその取っ手を掴もうとしたのを、が質問で止めた。
「お前さ、俺は試験に合格できるって言ったじゃん。二次試験の前に」
シャルの手が、ドアから離れる。
『もしが試験に落ちても、俺が昔の事調べてやるよ』
『ま、そんな必要ないとは思うけどさ』
二次試験に向かう途中、会話の中で彼が零した言葉を思い返しながら、はその後ろ姿へ尋ねた。
「何で?」
シャルは、淡い色の金髪をさらりと揺らしてこちらを向くと、笑んだ。
曇りのない、かつ確信に満ちたような強気な笑みだった。
「は強いよ。分かる。マチやヒソカも、多分分かってる」
あまりの断言のしように、だから何で?という言葉も出せず、ただ瞬きを繰り返すをよそにシャルは扉を押し開けていた。停滞していた空気が、僅かに流れ出す。
も慌てて彼に続き扉をくぐると、開けた場所に出た。
「ようやくのご到着か、待ちくたびれたぜ」
石畳が簡素に組まれた広間に、二人の男が立っていた。
隅に置かれたたいまつに照らされる、一方の傷だらけの体を持つ大柄な男。一方の死んだような目を持つ細身の男。それぞれの太腕と細腕を拘束しているお揃いの大きな手錠が、彼らを異様さで彩っていた。
「おい、はずしてくれ」
どこかへ向けてそう言うと、二人の手錠が音を立てて落ちた。
また監視カメラがあるのだろう。一次の時のように。
自由になった太い腕を回してほぐしながら、傷だらけの体を持つ男が達を見た。不敵な笑みを浮かべながら、言った。
「俺たちは試験官に雇われた、試練官だ。単刀直入に言おう。お前たちは、俺たち二人を倒さなければ先へは進めない」
「でも、そこにドアあるじゃん」
は、試練官なる二人の後方にある、やはりこれまでと同じ鉄の扉を指差した。
真面目に戦わなくても、例えば隙を見てそこへ飛び込めば終わりなんじゃ?
そんなこちらの考えを見透かすように、傷だらけの体は鼻で笑った。
「やってみろ、死ぬだけだ。扉には人間が死に至る程の電流が流れている。俺たちに勝たない限り、ノブに触れただけで即死だぜ」
はぁ、さいですか。
シャルと共に、肩をすくめた。
真面目に戦わなきゃダメって事ね。テストだもんね。
「で、何、二対二でやんの?」
「試験官が決めたルールにのっとる。戦うのは一対一。先に二人共戦闘不能になった方が負けだ」
そう言うと、傷だらけの体は壁際まで下がった。死んだ目の男はそのまま真ん中に残り、そして説明を引き継いだ。
「……こっちは俺からやる。そっちは」
顔を見合わせる。
シャルが何か言う前に先んじて、が申し出た。
「俺、行くわ」
「そう? じゃ、お願い」
シャルは実にあっさりと了承してくれた。「頑張ってね」と彼が下がるのと同時に、「おう」とも中央へと進み出ていく。
一度ちらりと振り返ると、シャルは腕を組み、壁際に設置されたたいまつの隣に陣取っていた。余裕が滲む爽やかな笑顔を炎が揺らしている。
お前は強いって、言われちゃったし……
期待には応えないとな。
気合いを入れ、腰の鞭に軽く手を添えながらあらためて死んだ目の男と向かい合った。
鬱陶しく伸びた黒い髪が、その暗く沈んだ目を時折隠す。長身痩せ型の体を覆うのはぺらぺらのシャツとズボンだけで──はふと尋ねた。
「お前、武器とか使わねーの?」
「……俺たちは囚人だ。武器は持たされない」
死んだ目の声はその印象と違わず重く、感情も一切こもっていなかった。
「だが、俺は、この体が武器だ……」
「じゃ、俺は武器使うけど、いいんだな? 後でナシとか言うのナシだぜ?」
返事はなかった。相手はただ黒髪ののれん越しに、生気のない目を向けるだけ。
……陰気だなぁ。いいならオーケイ!って親指くらい立ててよ、もう。
「用意」
傷だらけの体を持つ男の合図が、壁際から轟いた。
それで気を引き締め直したは、右足を一歩退き、鞭に手をかざす。
「始めっ!」
開始と共に、死んだ目は大きく見開かれた。長くひょろりとした足が力強く床を蹴り、その身がへと突っ込んでくる。
手刀をかたどった右手がの首もとを薙いだ。
バックステップを踏み、紙一重でそれを回避するも、間髪入れずにリーチの長い蹴りが真下からやってくる。
しかし、それも空を切った。顎を逸らしてかわしたは、すぐさま鞭を引き抜いた。鞭は生き物のようにの目の前にある足に絡みつき、ぐいっと引っ張り上げる。死んだ目の体が宙に浮き、放り投げられた。
そのまま天井へ叩きつけてやれると思った。が、は驚いた。何と死んだ目は見事にそこに着地してみせ、更に天井を蹴ってスピードをかせぎ、へ落下してきたのだ。
よけきれず、右肩に死んだ目の膝蹴りをくらったは石床に倒れ込んだ。
「……ハンター試験は、普通、ハンターが試験官をする」
起きあがろうとしたの真上に、一本調子な声が漂った。
「しかし試練官として俺たちのような囚人も雇われる。何故だか分かるか」
「さあ。何で?」
は起きあがるのをやめた。やめざるを得なかった。喉元に手刀がつきつけられていたのだ。
「ハンターは、客観的な審査が仕事。だから自らはあまり手を出さず……」
手刀の主は、かすかにたいまつの炎を映した目をに近付けた。
「……俺たちに、"殺らせる"んだ」
視界の中に、狂気に歪んだ顔が広がった。
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そろそろ戦闘もしてみたり。シャルさんの前なので、悪いカッコは見せられないんですが。
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