12. 戦闘終了
うわぁ、何か、久々に人を殺せるからすんげー嬉しいって顔。
アレに似てるな、長い間おあずけ食らった犬。あ、引っ越し屋のバイトの時に会社にいたレトリバー、可愛かったなぁ。元気かな。えーと名前は……そうそう、ミルク。
マウントを取られ、喉に手刀を突き付けられながらも呑気にそんな事を思いながら、は打開の一手へと、そろりと指を伸ばしていた。
作業つなぎにはポケットが多い。そのうち太腿部分にあるポケットには指でひっかけるだけで抜き出せる、柄の尻に輪っかの付いたスローイングナイフが装備されていて、抜き出すや否や、指の動きだけではそれを投げ放った。
「ぐっ……」
手刀を作っていた死んだ目の男の右腕付け根に、シンプルな円筒形の柄が生える。死んだ目がひるんだ隙にその腹を蹴り飛ばし、ようやくは体勢を整えた。
「あっぶねーあっぶねー……うわっ!」
ぱんぱんとお尻をはたく暇もなく、死んだ目はナイフを生やしたまま走り込んできた。今度は左手で繰り出してきた手刀をしゃがんでかわし、は床に両手をつくとそれを支えに身体を浮かせて、両足を思い切り奴の腹めがけて叩き込んだ。
──が、
「げっ」
その渾身の蹴りは右肘で防がれた。逆に宙にはじき飛ばされ、地面を離れたがら空きの体に死んだ目の左手刀がもう一度やってくる。
やべっ──
背筋を走った危機感が、咄嗟に体をひねる力へと変換した。鋭い爪先をどうにか紙一重でやり過ごし、そのままバック転を繰り返して死んだ目から遠ざかる。
「お、お前、ちょっと待てよ! 待て! おすわり!」
着地するなり、冷や汗を拭う真似をしながらタンマをかけた。自分の胸元に目を落とすと、襟が一部がすっぱりと切り落とされていた。おーおー、切れ味の良いこと!
「ー、代わろうかー?」
「いりませーん!」
シャルの暖かい声援(と受け取っておこう)に応えつつ、手の汚れをぱんぱんと払う──そこに影が被さった。斜め上空から、飛び上がった死んだ目の手刀が降り注ごうとしていた。
ああっ、もう! 落ち着きがねーなぁこのワン公は! ミルクを見習え!
飛び込むように前転、更に床を蹴って狂犬の飛びつきを回避したは、勢い余って石畳に突き刺してしまった左手を抜きながらこちらを振り返る死んだ目と、距離を取って対峙した。
その濁った目に宿る暗い光は、逃げるだけじゃ死期が延びるだけだぞ、と訴える。
さようですか。
ふーんだ、なら、俺だって容赦しねーもんね。
は、両手をだらっと下げた。
その手のひらは、死んだ目を真似するように指を揃え、手刀の形を作っている。
死んだ目は一瞬怪訝な表情を見せた気がした……が、一秒後には狂気を全面に押しだし、再び突っ込んできた。迫る、迫る──しかしは笑顔を浮かべたまま何もしない。迫ってくる狂気を、タイミングを計るようにただ、待つ。
──ここだ。
やってきた瞬間に、は体を動かした。
両腕を真っ直ぐ横に広げ、さながら落ちる寸前の竹とんぼのように体を半回転させて死んだ目にきり込む。の左手が死んだ目の腕を捉える──しかし明らかに腕一本分距離が足りない。それを察した死んだ目は勝ち誇ったように笑む、だが、
彼の左腕は、血を吹き出した。
信じられない、と言うように狂犬は目を見開く。そしてそれを見た。
の袖口から飛び出した、白銀色の長い刃を。
死んだ目が自体を把握しきらない内に、は体の回転速度を緩めないまま後ろ回し蹴りを繰り出した。それは見事に死んだ目の下あごを捉え、顔面ごとその脳を揺さぶった。
「がっ……!」
腕と口から血を飛ばして、後ろへ倒れ込む死んだ目。同時に両足を床に着地させたはすばやく彼に近付き、ごろりとひっくり返して俯かせる。細い両腕、両足を掴み上げ、背中で一つに合わせてやる。それをロープ代わりの鞭で縛り上げると、
「いっちょあがりっと」
芋虫状態になった死んだ目の上で、笑顔でピースサインをした。
「武器、いくつ持ってんの?」
戻ってきたを、シャルは質問で迎えた。
「選りすぐりを七つ。あ、これは右と左、合わせて一セットね」
へーえと呻る好奇の目を浴びながら、袖から飛び出したままだった細長い刃を引っ込めた。こいつは普通の剣を近接格闘用に改造した物だ。鋭く振れば飛び出す仕掛けで、袖の内側に装着している鞘にはめておけば安全。たまに出す時に手のひらを切るが、結構気に入っている。
「あ、なぁ、それで戦闘不能って事になるよな?」
が尋ねると、縛られて動けない死んだ目を唖然として見ていた傷だらけの体の男は、「あ、ああ」とぎこちなく頷いた。
「そこそこ……腕は立つようだな」
「よし、じゃ、次オレね」
伸びをするシャルの声に、傷だらけの体は身構えるように片足を引く。
が、その整った童顔を見てか、ふんと鼻を鳴らした。
「299番、お前がもう一度戦ってもいいんだぜ」
「にばっかりイイカッコされるのもね」
腕の筋を伸ばすようにぐっ、と上半身をねじる。右、左と繰り返す。そうしながらシャルは広間中央へ進んでいった。
は邪魔にならないように、鞭の柄を持って死んだ目をずるずる引っ張り、それと一緒に壁際に落ち着いた。
シャルナークという人間が、頭の切れる事はよく分かっている。筆記試験の成績もさぞかし良かったのではないだろうか。だが、その身体能力は? 何より気になるのは武器だ。マニアの血がにわかに騒ぐ。
どんなアイテムで、どんな戦い方をするんだろう、うずうず。
「本当にいいんだな、お前じゃ、十秒もあれば背骨をへし折っちまうぞ」
勲章とばかりに古傷を体中に持つ男は、とにかくでかかった。シャルの二回り、三回りくらいはあろうかという筋肉質のボディを準備運動程度に動かし、最後に指の関節を派手に鳴らした。シャルを脅しているつもりなのだ。
その脅されてる方はというと、何てない顔でケータイを取り出し画面を確認、そしてしまった。
「これからどれだけ歩かなきゃならないのか分からないし、さっさとやろうよ」
「……いい度胸じゃねーか」
あ。
はふと隣の死んだ目を見た。裂傷は浅い。が、下あごのダメージは相当だったのか、その目は本当にあの世を見ているようだった。
開始の合図を行えるのが自分しかいないのに気付いて、は手を挙げた。
「はいはーい、それでは両者、見合って見合ってー」
「気が抜けるなぁ」
苦笑するシャルは、彼の方こそ緊張感が無いように思えた。ったく、こっち見てないで、集中しないと負けちまうぞ?
だがそれは、全くの杞憂だった。
「用意──始め!」
の合図に真っ先に動いたのは、傷だらけの体だ。
「らああああっ!」
力こそ戦闘の全て、と言わんばかりの右ストレートがシャルめがけて撃ち込まれる。だが彼は微動だにしない。
──え、シャルの奴、避けない?
の目の中で、右ストレートは彼の顔面にクリーンヒットした。
だが彼は微動だにしない。
吹っ飛ばされも、しなかった。
「なっ……」
唯一動かした左腕の下で涼しい顔をしているシャルに、傷だらけの体は愕然と声を漏らした。それはそうだ、全てであるはずの力が、腕一本でいとも簡単に止められてしまったのだ。
「腕相撲でもしよっか」
そう言うとシャルは、ガードを突破出来ずにぷるぷると震えている太い腕を掴んだ。それは手首の部分だったが、シャルの手は半分も回っていない。
「レディ……」
みしっ
壁際にいても、その音は聞こえた。回りきってもいない手の握力によってへし折られようとしている、筋肉に守られているはずの腕骨の音。
「う、あ……」
傷だらけのおののく声は、
「ゴー!」
自分の体が石畳に激しく叩きつけられる音によってかき消された。
傷だらけは、亀裂の走った石に沈んだまま立ち上がらない。その上で、シャルは瞬殺し終えた右手を軽く振った。
「ちなみにオレ、仲間内じゃ下から数えた方が早いんだけどね」
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十秒で腕の骨をへし折られました。
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