13. ショート
「はい、オレもいっちょあがり」
微かに痙攣を起こしている傷だらけの体(あ、更に傷、増えちゃったなぁ)を残し、シャルはの元へ戻ってくる。まるで、ちょっと世間話でもしてきました、そんな足取りだ。息も切らしていない。まさに快勝。
だがは……不満だった。
「武器は?」
「ん?」
「ぶーき」
「ああ」
時間を気にしてか、ポケットから半分ほどケータイを引っ張り出し、一瞥してからシャルは答えた。
「持ってきてないけど」
「ええーっ! 俺、お前が何使うのか、すっげー楽しみだったのにっ!」
「そんなこと言われても。とにかく勝ったんだから、さっさと行こう。ドアはあれだったよな」
指差して歩き出すシャルに渋々ついていくものの、のマニア心は不満に満ち満ちていた。
あーあ、絶対武器使う人と思ったのに、まさか素手とは……でも凄かった、あんな重そうな攻撃を肘ガードで軽々受け止めて、しかも片手で投げ飛ばすなんて……うん、あれは腕相撲っていうか、投げてたよな。あのでっかい図体が一瞬浮いたもんな。確かに凄かった、けど……つまんない。つまんないつまんないつまんない……
「あ、」
そう呼ばれる声も耳に入らなかった。期待を裏切られたショックは大きく、気の抜けた炭酸のようにぼんやりとした頭で、はドアの取っ手に手を伸ばしていた。
「まだ電りゅ……」
バリバリバリバリ──ッ
触れた指先、手のひら、腕と肩を通って胴体、そしてもう一方の腕と両足、つま先、頭のてっぺん──全身を、凄まじい衝撃が一気に駆け抜けた。体より大きなハンマーで殴られたようにも、もの凄い数の手に地面の下へ引っ張り込まれたようにも思える。
ずん、とのし掛かってきたとてつもない重量感が、ほんの一瞬、の思考を飛ばした。
『兄貴、仕事?』
『つまんねーの』
『いってらっしゃい』
「!」
ほんの、一瞬だった。
シャルの声に引き戻されるように、体ごと取っ手から離れた。そこに触れていた指先がジィンと痺れている。全身にも少しひりひりした痛みが残っていた。
「だ……大丈夫、か?」
彼にしては窺い方が辿々しい。それに、大丈夫かと訊くわりに近付いてこようとはしないのはどうしてだろう。
「電流、解除されたか分からないから気をつけろって、言う前に触っちゃうんだから……」
ああ、そうか、とは納得した。まだ帯電しているかもしれない体に触れるのは、巻き添えをくう恐れがある、という事か。ごもっとも、さすが素早いご判断。
ちょっとした嫌味も含めながらゆっくり思考している内に、電気にやられてショートした回路もつながり、画面がクリアになってきた。自分の身に起きた事も全て把握して、そこでようやく「ん、平気」と頷いた。
だが今度はシャルの顔が晴れない。眉根を目一杯寄せて、実に訝しげな顔で言った。
「……平気って、即死するくらいの威力だって言ってなかったっけ」
「でも……死んでないし」
段々痛みもひいてきた手足の無事を、ほら、と見せてやる。
「はったりだったんじゃねー?」
「……そうかな」
「そうだって」
『……せっかちだね……今、解除したよ……』
どこからともなく、あの一度聞いたら忘れない獣のような重低音が轟いた。天井の上の住人さんだ。少しノイズまじりな所からすると、見あたらないがどこかにスピーカーが設置されているのだろう。
穴のような目とただれた皮膚を思い出してちょっとゾッとしながら、はもう一度鉄扉に近寄った。おそるおそる取っ手をつついてみる。異常無し。しっかり握ってみてもあの凄まじい衝撃はちっとも襲ってこず、安心して扉を押し開けた。
「開いた! ほら、行こうぜ!」
「ああ……」
納得しきらない様子のシャルより先に踏み込んだ扉の向こうには、またセメント造りの狭い通路が待ちかまえていた。
*
な…何者だ、あいつ……いや、あいつら……。
手足のひとまとめにされ、胸から太腿にかけて反りかえった格好はかなり無様なものであったが、死んだ目の男の頭には自分の今の状況に対する屈辱などは微塵も無かった。
ただ、ドアの向こうに消えていった二人の受験者の底の知れ無さに愕然としていた。
まずは300番。色の薄い金髪に童顔をした彼の強さは、この目に嫌でも焼き付いた。
いまだ床に沈み、時たま大きな図体を痙攣させる男。奴は強盗殺人……いや、殺人のついでに強盗を繰り返し捕まった傭兵崩れで、囚人の中でもその拳の破壊力は群を抜いていた。それが、ものの10秒でこうなった。掴まれた右手首は、完全に折れてしまっているだろう。
300番の見た目からは想像ができない握力、防御力。それも彼は、開始から一歩も動かず勝負を決めたのだ。あれが実力の全てで無いのは疑いようもない。
自分が戦っていたら──そう思っただけで、血がさあっと引いていくのが分かった。
死んだ目とて、一般人よりは遥かに優れた身体能力を持っている。ただ、彼はそれを殺人という道を外した方向に使用してしまったのだが、その歪んだ興奮を求めるがゆえ、指先の切れ味を磨く事は怠らなかった。
しかし、あの童顔の男には勝てる気がしなかった。きっと自分も10秒で片を付けられる。それ以外の想像などできない。
そこへいくと299番は、数種類の武器を使いこなすという点でのみ自分を上回っただけで、反応速度や蹴りの威力ははっきり言ってたいしたものではなかった。
それだけならば、この死んだ目に「何者だ、あいつら」とは言わせられなかったのだが──信じがたい自体は決着のついた、後に起こった。
どうして、ドアに触わって、生きていられるんだ…?
触れれば即死。傭兵崩れの囚人が言った事はハッタリなどではない。あのドアに常時流されていた電流は50万ボルト。これが一気に流れ込んで死に至らない人間など、いるはずがないのだ。
なのに、あの男は数秒間電流を受け、その上けろりと平気な面を──
「うわあああーッ!」
死んだ目は無様な姿のまま、びくっと跳ねた。
致死量の電流を浴びてぴんぴんしている男、作業つなぎとニット帽の299番が何故だか奇声を上げながら舞い戻ってきたのだ。
どくどくどくどく。心臓が血液を送り出すリズムが速くなり、裂傷から止まったはずの血がぴゅっと噴き出す。
な、ななな何しにきた!? 襟元を切った仕返しか!? そ、そそそれはちょっと心が狭すぎるじゃないか、だだだ大体これは試験の一環でしかもそっちが勝っているのだからおおお音便にだな──
「俺のメイン武器ーッ!!」
……は、はい?
何を言ってるのかよくわからない内に、299番は駆け寄ってくるなり死んだ目の拘束を解き始めた。四本の手足が花が咲くようにぱらりと床に落ちて、ホッとしたのも束の間、299番は更が大きな声を発したので死んだ目は反射的に身を縮めた。
「ごめんよう、忘れてごめんよおおう!」
死んだ目の拘束に使用されていた鞭に頬ずりする様は、はっきり言って電流を浴びてぴんぴんしている時よりも、不気味だった。
ふと、その顔がこちらを向く。
「……あ。これ解いたからって、また戦うなんて無しだぞ?」
死んだ目は慌てて首を左右に振った。
冗談じゃない。
不死身の武器オタクとなんて、色んな意味で末恐ろしすぎて戦えるかっ!!
「早くしろよ、」
「あ、今行くー」
鞭を回収したのがそんなに嬉しいのか、鼻歌を歌いながらまたドアへ消えていく299番。
残された死んだ目……もとい、自分の理解を超えた化け物に怯える目の男は、その後、人が変わったように模範的に刑に服したのであった。
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まさにお家芸…? 弟は100万ボルトでも平気。
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