14. 地上の光





 さっき、いつもの夢を見た気がする──


「眠い?」
「……ふぁ?」
 顔を覗かれて、あくびを中断した。
 現在時刻はシャルのケータイによると『am.8:50』。夜の山道を町へ歩いて、飛行船に乗り、夕方カラザ市の試験会場に着いてからずっと試験で……そういえば二日くらい寝ていない。そう、寝ていないんだ。だからこうしてあくびを噛み殺しているわけで、さっき夢なんか見たはずがない。
「ちょっとねー」
 言いながら、はまた中途半端なあくびで涙を滲ませた。

 あの夢を見るのは、大体三分の一くらいの確率だ。
 ちょっと生意気そうな、自分より幼い少年の夢。いってらっしゃい、いってきますという会話からしてそこは家の玄関なのだろうが、真っ白なモヤが立ちこめていて少年以外は……いや、その子の顔かたちさえもロクに分からない。
 でも、あれは、あの夢は多分──

「あ、行き止まり」
 シャルの足音がやんだので、も立ち止まった。
「さすがに勘も鈍ってきたみたいだね。休む?」
「いいって。ロスした分、急いで戻らねーと」
 夢の話は後だ、後。
 まだ太陽が空に輝いている内に、それを拝む。そのためには一刻だって惜しまなければならない状況なのだから。




 上り坂になったり、下り坂になったり、階段やはしごを上下したと思ったら、毎度おなじみ分かれ道に遭遇したり。息が詰まるような狭い通路は、その後数時間経っても依然として終わるそぶりを見せなかった。
 今歩いているのは十度ほどの緩やかな上りだが、足を動かすのも何だか億劫だ。
 ……出口なんて、ホントにあるんですか?
 ネガティブになりかけた思考と、それから眠気を頭を振ってまとめて飛ばす。が、気分はやはり下降気味。どうにか紛らわせようと、はシャルに話しかけた。

「今何時?」
「十分も経ってないよ。13時26分」
「えー……」
 そういえばついさっきも同じ事を考えて、同じ事を訊いた気がする。余計に気が滅入ってしまい両膝に手をついて項垂れるに、シャルが「でも」と付け加えた。
「良い兆候がある」
「え? 何、何?」
 飛びつくの鼻先にシャルが近付けたのは、ケータイ電話だった。顔を離し、猫みたいな顔がちょっと可愛い独特なデザインのそれをよく見てみる。が、
「……何?」
 分からない。
 これこれ、と彼が指差したのは、画面の上部にある縦に細長い長方形だったが、それでもは首をひねるしかなかった。
「それ、何のマークだっけ?」
「……情報が欲しくてハンター目指してるんなら、ケータイぐらい買おうね」
 呆れ気味に笑った後、シャルは電話のボタンをプッシュしながら言った。
「電波が入ったんだよ」

 耳に当ててしばらくすると、くぐもった呼び出し音がの所にまで聞こえてきた。地下通路の反響のなせる技で、スリーコールの後の『もしもし』という女性の声も、誰か判別が付くくらいにはっきりと聞き取れた。

「今どこ?」
『もう着いてる』
「ホント?」
『もう何人もいるわよ。ヒソカもね』
「あらら」
『あ、あいつはまだ来てないけど』
「もしかして? それなら今一緒にいる」
『そうなの? ふーん』

 自分の名前が出た事、その上で電話の向こうから聞こえきた『ふーん』という何とも含みのある相槌。それらが気にならないわけはなく、の耳は引き寄せられるようにケータイに近付いていく。

『早く来なよ。あんたがライセンス取るのに付いてきて、あたしだけ受かっちゃあべこべよ。ま、心配いらないと思うけどね』
「了解。マチの勘は当たるからこれでお墨付きかな。電話もできるからもうじき出口だと思うしね。じゃあ後で…………うわっ!」

 電話を切ろうとしたシャルは大げさなリアクションで飛び退いた。そうされたも驚く。気付けば自分は、シャルの耳と共にぴったりとケータイ電話をサンドイッチしていたようだ。
「あ、わりぃわりぃ」
「あーびっくりした……いるならいるって言え!」
「いや、つーか、ずっといるじゃん」
「お前の足音聞こえないんだよ。今度通話中に聞き耳立てに来る時は、ちゃんと断ってからにしてくれよな。『すみません、お電話中に失礼します、大変申し訳ないのですが少々内容が気になるのでちょっと聞かせていただいてよろしいですか』って」
「……長くない?」
のおまじないほどじゃないよ」
「ええー……」
 がっくり肩を下げ、さも悲しげな顔をして訴えるも、ケータイをしまったシャルはさっさと先へ歩き始めてしまった。
 ……酷い。
 そうは思ったものの置いていかれるのは困る。慌てて後を追いかけた。




「マチって、ライセンスいらねーの?」
 上り坂から、下りになった。シャルのケータイ画面からはまた電波マークが消えてしまったかも知れない。気分が坂道と一緒に落ちていくのを感じつつ、それを忘れるためにポンと浮かんできた疑問をは口にした。

「ああ、オレが取りに行くって言ったら、『暇だし、怪我した時のためについてってあげる』って」
「マチって、お医者さん?」
「……まぁ、そんなトコ。高額請求されるから、できれば世話になりたくないけどね」

 そう話す端々に付き合いの長さが滲んでいて、は少し羨ましくなる。
 いいなぁ、"仲間"かぁ。

「ヒソカも仲間って言ってたけど、何の仲間?」
 何の気無しにそう尋ねると、シャルはちょっと斜め上を仰いだ。
「うーん………ヒミツ」
「えー、ケチ」
「個人情報はぺらぺら喋るもんじゃないよ。だって、記憶喪失だってそこら中で公言してるとその内、『私があなたの母親よ、実は重い病で手術代が……』なんて詐欺られるかもしれないぞ」
「失礼だな、そこら中でなんて言ってねーもん」
 口を尖らせて、皮肉るシャルを睨んだ。
「偽名でごまかしたくないなーって思うくらい気に入ったヤツにしか、記憶喪失の事は言わねーよ」

 それを聞いたシャルは、目を丸くして立ち止まった。
 人差し指で自分を指し、小首を傾げる。
 がひとつ頷くと、しばらくパチパチと瞬きした後、無言で前へ向き直り、先へ歩き出す。そんな少しわざとらしい態度にはプッと吹き出した。
「照れてる!」

 振り返らずにシャルは言った。
「照れてない」
「照れてる!」
「ない」

「嘘つけ、照れて……」
 顔を覗き込んでやろうと駆け寄ったが、ふと視界に飛び込んできた物に足が止まった。
 前方、通路の先に、分かれ道がある。
 だが今までの物とは毛色が違い、つい数秒前までの子どもっぽい言い合いなど忘れて二人して顔を見合わせた。

 "地上への分かれ道"

 真ん中にはそう刻まれた柱。
 そして右に上り階段。
 左に下り階段があり、その先はどちらも闇が落ちている。

「……この場所、季節からして、日没まではあと三時間って所か」
 シャルが口を開いた。
「選択を誤るとアウトだな」
「何で? 行き止まりだったら引き返して、別の方行けばいいんじゃん?」
「こんな大層なタイトルつけてるんだ。オレだったら引き返してももう時遅しってくらい、どちらの道も思いっきり長く作るね」
 ああ……そんなモンなのか。
 指摘には素直に納得したものの、はそのまま黙って考え込んでしまう。…だとすると、これって究極の二択じゃん。どうすんの?
 そんなに、しかしシャルは拍子抜けさせるくらいにあっさりと、こう提案した。

に任せる」

 多分、が散々やってきたまじない言葉の取捨選択を指して言ってるのだろう。だが、それは当のシャルが論破した代物である。
「でも……結局、最初に指さなかった方になるって分かってるわけだから……意味無いんだろ?」
 だから任されても。
 そう続けるよりも、シャルがこちらを指差して言った言葉の方が先だった。
「全問正解なんだ」
「……はい?」
「二次試験の四択テスト。の答えは自力で解いた2問と勘で選んだ十三問、合わせて十五問全部合ってたんだよ」

 マジ?
 の、"マ"の形で口元を固めるの目の前で、彼は爽やかで、尚かつ確信に満ちた強気な笑顔を浮かべていた。

「マチ並みの勘の良さに、オレは乗るよ」


 おいおい。
 感心してしまうほど頭が回ったり、力自慢を一発でのしちゃうような凄い奴に、そんな顔で期待されちゃったら……
 やらないわけに、いかないじゃん。


「……よっしゃ!」
 赤くなってるかもしれない頬をパンと叩いた。
 二つの階段から距離を取り、真ん中の柱の直線上に立つと、はそれらに背を向ける。
「もし間違っても、恨むなよ!」
「恨む」
「……ええっ!?」
 嘘、嘘、と楽しそうに笑う爽やか青年に、今こっちが恨みを覚えそうだった。
 やめてください、ホント、ただでさえプレッシャーなんですから。

 恨むのは我慢して気を落ち着けると、被っているニット帽を深く下げ、その中で目を閉じた。
 ふう、と一回、肩が動くくらい深く呼吸をして──振り向きざま、

「──こっち!」

 まぶたの裏に浮かんだ真っ暗闇の一点を、は指差した。



*



 遠くに霞む黒い山。
 それらと空との境目に、太陽がかかろうかとしている。オレンジ色の光に目を刺され、マチは狭まった視線を自分のすぐ周りへと移した。
 マンホールがぽつぽつと点在している広い荒れ地に、あのちびっこいスーツ姿の案内役、それから地下にいた時より確実に数を減らした受験者達が、日が沈むのを……試験終了時刻を待っていた。
 シャルナークと、彼と一緒にいるらしい武器マニアの姿は無い。

 あれきり連絡ナシ。
 もしかして、何かあった?

 そんな考えが過ぎって、再び時計と太陽とを見比べようとした時、マチは離れた所に佇むヒソカがこちらを見ているのに気付いた。何? 目を細めて訝ると、笑みをたたえる彼はくいっ、と顎をしゃくった。

 ガコンッ

 その先のマンホールが浮き、段々傾いて、直立、遂に硬い土の上にひっくり返った。

「おおっ! 外! 夕焼け!」
「いいから、早くのぼれよ」
 まずニット帽、そして作業つなぎが地表に現れ、それらを身につけた人物が気持ちよさそうに深呼吸をする。その後から出てきたシャルナークが地面に足を付けた時には、マチはもうその傍に歩み寄っていた。
「遅い」
 沈みゆく太陽を見やりながら、シャルは苦笑した。
「ホント、ギリギリだな」

「いやー、余裕こいて、ほとんど歩いてきちゃったからなー俺ら」
「違う違う、が何回か、分かれ道ではずれ選んだせい」
「あ、あれは、お前が二択だと奇数がどうこう言ったせいで調子狂っちゃったんだろ!」
「俺のせいにするなよ、元はと言えばあの呪文めいたのが長すぎるから……あ、ちなみに三択の場合、どれを選んでも結局真ん中になる確率が一番高……」
「あーっあーっ! 聞かない、絶対聞かない!」
「聞いてよ。今後の効率を思って、せっかく四択まで計算してあげたんだから」
「いいの、俺は効率悪くてもあの長ーいのが好きなの! ……っていうか、俺が最後の選択をびしっと当てた事、忘れてない? この夕日拝めてるのも俺のおかげだぜ?」
「はいはい、分かってるよ」
「お礼は? お礼は?」
「はいはい、どーもありがとう」
「心がこもってなーいっ!」

 「うるさいなぁ」「もう一回!」と続いていく言い合いに、ぽかんと口を開けながら、マチは思った。
 まるで、ウボォーギンとノブナガを見ているようだ。……まぁ、あっちは口だけじゃ済まなくなるのがいつものオチだが、それを差し引けばまるで一緒。

 ……でも、つい一日前、自己紹介したばかりのはずよね?

 にもかかわらず、"ケンカするほど何とやら"と言うしかないようなとシャルナークをしばらく見物している内に、空はオレンジから濃い紫へと変化していた。
 それと共に案内役の声が荒れ地に響き渡る。


「日が沈みましたので、ここまでですね。お疲れ様でした。現在ここにいる34名を三次試験通過者とします」






  back  
------------------------
ところで、シャルのケータイ圏外なんてないような気もする……けど、そこは、流しておこう……。