16. 四次試験





 デジタル時計の日付が変わって少しした頃、バスは停車した。
「お待たせしました、ここが第四次試験会場です」


「森……?」
 受験者たちに混じってバスを降りたは、目の前の景色へと呟いた。
 真っ暗闇の中、唯一の光源であるヘッドライトの丸い光に、フェンスと、その向こうでひしめき合う樹木の群れが照らし出されている……が、それは"森"の、ほんの一部だ。
 首を巡らせてもフェンスの両端を認めることはできず、それに囲われた暗い木々達はどれも、夜空に溶け込まんばかりの高さを誇っている。聞けば向こう三十キロメートルに渡って広がっているというこの巨大な森は、通称"常闇の森"と呼ばれているのだと案内役は言った。そして、ここが"試験会場"であるとも。

 その森の入り口で、一台の車が闇に溶けていた。
 受験者が全員降り終えるのを見計らうように、男が一人、車から現れてヘッドライトを浴びた。の目が何よりも先に捉えた物、それはマニアらしく、その男が腰に提げる一振りの湾曲刀だった。
「34人か」
 男は、ぎらりと光る眼孔で受験者達を見渡した。

「ここまで残ったお前たちには、来年度の試験会場へ無条件に招待される権利が与えられる。……まぁ、それもここからの試験で死ななければの話だがな」
 不敵に上げた口の片側から、犬歯が剥く。隆起した筋肉といい、まさに獣と称して相応しいその男は、誰もが予想したとおりこう名乗った。"第四次試験官"、と。

「これからお前たちには、軽いサバイバルゲームをしてもらう」
 そう言うと、試験官は握った拳を目の高さまで上げ、パッと開いた。

 りん

 中指に吊された赤い紐、その先端に結わえられた丸い金色の物体が、高く、心地よい音を響かせた。
「これと同じ鈴が、森の中に隠してある。時間内に鈴を持って戻ってくる、合格条件はそれだけだ」
 ただし、と試験官は脅すように声を張った。
「鈴の数は全部で17個。つまり、お前達の半分の数だ」

 受験者達が小さく息を飲んだのを認めて、試験官は口端を上げた。物の話し方といい強調の仕方といい、こちらの反応を見て楽しむ悪趣味さが彼には窺える。
 趣味はまだ続くようだった。

「そして、鈴は一人何個取ってきても構わない。せしめればせしめる程、合格人数は減り、ライバルが脱落するというわけだ」
 言葉を切った試験官にこれで説明が終わりかと思いきや、また、含みを持たせるような「だが」という逆接の言葉が入った。
「一度ここに戻ってきた時点で合格は決定し、もう森に入る事はできない。かといって森に留まり余分な鈴探しに時間をかけていると、危険が及ぶのは己の身……まぁ、その辺を決めるのは各自の自由だ。制限期間の二日間の間、好きに考えて行動しろ」

 隣で案内役が掲げる懐中時計に目を落とすと、彼は森の方、フェンスの入り口へと歩いていった。と言ってもドアがあるわけではなく、ただ単にフェンスの一部が、開閉ができるように地面に留め置かれていないだけのようだった。
 南京錠と鎖で封印されたその大きさは、腕を広げても到底届かず、上は見上げれば首を痛める程。
 しかし驚くべき事に、彼はそのバカでかい入り口を足蹴り一つで解き放った。
 今まで見なかった武闘派試験官に、は内心で口笛を吹く。だが、そう呑気に感心もしていられなかった。
 開かれた入り口の向こうこそ、四次試験会場なのだ。
 意識せず唾を飲み込んだの前で、試験官は試験開始を宣言した。
「三次試験通過者順での出発だ。ただしインターバルは三十秒、さっさと行ってもらうぞ。42番、前へ!」



 真後ろの、ごくごく近い所から聞こえたのは、まさに42番その人の声だった。すっかり試験会場の方へと集中していたは思わず「うわっ」と飛び退いた。
「な、何だよ……呼んでるぞ?」
 言いながら、何となく首の後ろを触る。……いや、トランプが刺さってないかと思って、つい。
 何度も首筋をさするだったが、

「後でキミに話がある だから合格しなよ

ヒソカが囁いたその一言に、手をぴたりと止めた。
「え?」
 眉を寄せるの横を、ヒソカは笑みを浮かべて通り過ぎていく。
「……ハナシ?」

「42番、さっさと来い!」
 ヒソカの背の向こうで、試験官が怒鳴りながら顎を森へと振るのが見えた。
 しかし道化師のゆったりした歩みは変わらず、
「……聞いてるのか!」
 彼は苛立つままに、拳でフェンスを打ち鳴らした。その振動は左右に伸びた金網に次々と伝わっていき、騒がしい金属音がヒソカを取り囲む。
 しかし──いや無論というべきだろうか。ヒソカの歩くスピードと、笑みと余裕を貼り付けた表情は全く変わらなかった。

 そんなんじゃまた試験官怒っちゃうぞ……というの懸念はばっちり的中した。
 ようやくフェンス入り口をくぐろうとしたヒソカの行く手を、
 ガンッ
 試験官の足が、入り口の縁を蹴るようにして塞いだのだ。
 肉食獣のような目と、切れ上がった道化師の目が静かに交差する。

「……四次試験の内容と進行は、全てこの俺に一任されている。ようするに、俺の判断次第でお前を落とすこともできるという事だ。肝に銘じておけ」

 足はゆっくりと下げられた。
 ヒソカは、結局一度もその笑みを崩すこと無く、悠々とした歩みで森へ消えていった。その後を追うように、試験官の苛立った舌打ちが闇夜に溶けた。
「……次、64番!」 



 *



 次々と出発していく受験者達を、年老いた運転手が眺めていた。自分の白く、長い顎髭を撫でながら、面白そうに。
「さて、何人残るかの」



 *



 当然のごとく、とシャルナークの出発は一番最後だった。先に行くのは。これは地上に出た順番では無く、番号順との事だ。
「今回は一緒に行動しないからな」
 そう見送るシャルに、「オーケイ」、は親指を立てながらフェンスをくぐった。
「お互い鈴持って、ここで会おうぜ」



 ……と、格好つけてはみたものの。

 何百年もの時を経てきたような大木を手探りですり抜けながら、はキョロキョロと暗闇を見回した。
 森も、闇も、吸い込まれそうな程深い。
 視界はせいぜい周囲数メートルを確保するので精一杯で、頼りの月光も、これでもかと生い茂った枝葉のせいで微塵も届かない。
 ただでさえだだっ広い森の、しかもこんな悪条件の下で小さな鈴を探そうなんて──
 無茶でないかい?

 は立ち止まって鞭を引き抜き、ぱしんと振った。それは上空に伸びる太い枝に巻き付き、そこまでの足場となる。
 枝の上までやってくると、大きな幹に背をつけ、ニット帽を下げた。
 とりあえず朝まで待つか。鈴探しはそれから……

 だが、すぐに飛び起きた。
 ダメだよ。ただでさえ17個、受験者の半分しか無いんだ。寝てる間に取られちまう!
 ……かといって、どうやって探す?
 そんな堂々巡りに、枝の上で盛大なため息を漏らした。
 あーあ……シャルならいいアイディア浮かぶんだろうなぁ……

「……って、さっき互いに頑張ろうって言ったばっかじゃん! 何いきなり頼ろうとしてんだよ俺は!」

 大声でしっかりはっきり、思いきり言い切った後、ハッと自分の失態に気付き、は口を両手で押さえた。
 素早く辺りを見る。
 耳を澄ます。
 ……誰もいない。
 数分様子を見て、ようやく息をついた。
 軽率すぎた。俺はここにいますよーっと知らせてるようなものだ。ここにいる大半がライバルであり、その中には鈴探しなど関係なく、再起不能にして蹴落としてやろうと考えている受験者もきっといるに違いないのだ。そう、筆記試験の時のように。
 ああ、そん時の妨害の事も、シャルに教えてもらったんだっけな……。
 詰まるところ、自分は彼のおかげでここまで残れているのかもしれなかった。感謝すると同時に、自分の不甲斐なさが頭をもたげてくる。
 うっかり大声出しちゃうような俺が、この試験をパスできるのだろうか。
 そう軽く落ち込みかけただが──不意に、弾かれたように顔を上げた。

 辺りをもう一度見回し、指でそっと、口に触れる。
 声……音。

 ……そうだ。
 手はある、あるよ。


 は体勢を整えると、枝を蹴り、付近の空中を横切っている別の枝へと飛び移った。また次の枝へ、また次へ……繰り返しながら、森の奥深くへと移動していった。






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四次の試験官は、あの人です。あの…ヒソカとトリックタワーで云々な人。
まだ、顔に傷はないわけで。