17. 常闇の森
まだ、闇は深い。
今何時だろう。
気になったが、枝に着地した瞬間に無駄な思考は止めた。そして耳を澄ます。
しばらくして、また枝を蹴った。
出発からだいぶ経ってるのは間違いない、そろそろ鈴を見つけた奴が出てきてもいい頃だ……とは見当がつくものの、できれば正確な時間が知りたかった。
試験が終わったら、真っ先に時計かケータイを買おう。
そんなちょっとした決意も、何本か先の枝に辿り着くとまたすっかり消して、耳に全神経を集中させた。
こんな真っ暗な森の中から小さな鈴を探し出す術など、自分は持たない。
だったら、見つけた奴から奪えばいいのだ。その方がずっと簡単だし、鈴では無く"鈴を所持した人間"を見つける方法ならあった。
音だ。
人がその手に持っている鈴は、どうしたって、動きに合わせてりんと鳴ってしまう。
頃合いを見計らって鈴の音を探し始めただったが、しかし、まだ何の音も聞き取れてはいなかった。今回もやはり葉の擦れる音さえ耳にする事はできず、ため息と共に集中を解いた。
まぁ、これからこれから。まだ誰も見つけてないのかもしれないし。
そう思いながらふと上空を仰いだ瞬間──は驚いてしまった。
え……あ、朝?
木の葉の、ほんの僅かな隙間に見えた空は、青かったのだ。
だが視線をはずして辺りを見てみると、暗い。森に入った時となんら変わらないくらい、そこには真っ暗闇が広がっている。
驚きはなかなか冷めず、は感嘆さえ漏らした。これは夜だからではなく、何重にも重なり合った木々と枝葉が作り出した、影による暗闇なのだ。さすが、"常闇の森"と称される事はある。
だが同時に、夜が明ければ自力で鈴を見つける事も出来るかも、なんていう期待は砕かれてしまった。この森は永遠に明るくはならないのだ。
仕方なく、はまた枝を蹴った。
あの高く軽やかな、快い音が常闇に響くのを祈って。
*
探し物は、その老人の得意技だった。
パイプから吹き出されたドーナツ状の煙が、段々と直径を広げていく。大木に身を預ける老人をすり抜け、幹や雑草を通り抜けてどんどん、どんどん、際限なく広がっていくその煙には、"円"に近い効果があった。
しかし老人が作り出した煙によるその探知範囲は非常に広大で、煙さえその場所を通過すれば探したい物が空高くあろうと地下深くにあろうと関係は無い。そして一番の利点は、"その煙自体がターゲット捕獲能力を持つ"という所だ。
"鼻の利く煙 (レーダーシガー)"
それが、この老人の念能力だった。
煙の一部に、反応があった。
老人はそれを感じて、片眉をぴくりと上げた。
彼は、探偵を生業としている。
請け負うのは主にペットや紛失物、行方不明者捜し。警察に依頼されて指名手配犯をなんて場合もある。能力をよりよく活かせる、いわば天職であった。
だが、この世には所詮アマチュアの人間には入れない場所がある。
捜索を依頼された殺人犯が逃げ込んだのも、そういう国だった。
レーダーシガーは広範囲といえど、限界も勿論ある。入国できねば探査は無理──しかしハンターライセンスさえあれば。
そういう理由で、彼はこの試験に臨んでいた。
しばらく待っていると、右方の暗闇から煙の固まりが漂ってきた。老人が手を差し出すと、煙は空中に分解し、しわがれた手のひらにりん、と小さな音を落とした。
欲はかかん。これを持ってさっさと合格するとしよう。
依頼を完遂させる。それだけが老いぼれの唯一のプライド。それにはライセンスを確実に手に入れなければならんのだ。
重い腰を上げ、歩きだそうとした──次の瞬間、意図せず老人の体が宙に浮いた。
ばたついた足は空気を蹴り、手は首をがりがり掻きむしるばかり……そう、首に何かが巻き付いているのだ。それが老人を吊り上げているのだ。
"凝"を使って、やっと自体は把握できた。細い、糸のようなオーラ。念能力者の仕業だ。
老人のパイプを持つ手が震えながら上がっていく。探知し、捕獲せねば。わしは依頼を完遂せねばならんのだ。
──しかし、パイプをくわえたところで、首が絞まっていては息など吸えなかった。
老人の手がだらりと下がったのを見て、マチは糸を切った。
地面に落ちたその体を探り、りんりん、と爽やかに鳴る鈴を拾い上げる。目の高さまで上げてじぃっと見つめた後、目を細めた。
このまま持ってると、いいターゲットね。
左手首の針山から針を抜き取ると、ツウッ、と糸状に変化させたオーラを針穴に通した。それを鈴の中に素早く数回通し、更に表側に何周か巻き付けた後、歯で糸を噛みきる。念糸で固定された鈴が振っても鳴らない事を確かめると、それを帯の中に、針を針山に収めた。
これで自分は合格できるわけだが……
別に、ハンターになりに来たわけでもない。
マチは歩きながらケータイ電話を取り出し、プッシュして耳に当てた。
「……あ、あたし。鈴見つけたけど、いる?」
『んー、いいよ。間に合いそう』
「あっそ」
『それで合格すればいいのに』
「うーん……受験者探してみて、買い手がいなかったらそうする」
『あはは。まぁ頑張ってね』
プツンと切れた電話を、マチも切り、しまう。
シャルに電話した事である人物を思い出し、立ち止まった。
あいつに売ろうか?
……金、持ってなさそうね。連絡手段も無いし。
数秒で却下し、また暗い森を歩き出した。
*
聞こえない……。
耳に添えていた手を、力無く下ろす。枝の付け根にどかっと座り込み、は膝を抱えて頬杖をついた。
人が鈴を持っていればイヤでも音が鳴る。
……だけど、布か何かで何重にもくるんでいたら? そんな限りなく小さくなってしまった音を、俺は聞き取れる?
何で今さら気付くかなぁ、と自分の考えの浅さに呆れ果てた。
やっぱり俺に頭脳労働は無理みたいです、シャルさん。
音が無理なら、やはり隠されてる鈴自体を探した方がいいのだろうか。いや、どちらにしたって難易度は高そうだ。
どうする?
どっちの方法をとる?
目の前にある右の膝小僧に"鈴を探す"、左の膝小僧に"鈴を見つけた人を捜す"事を思い浮かべながら、人差し指を立て、どちらにしようかなと選び出そうとした時──
森へ入って初めて、人為的な音がの耳に飛び込んできた。
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なぜ、ウチのマチさんはこうも守銭奴なのか…。
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