19. 情報伝達





 は、仲間じゃない。

 仲間じゃない人間はすべからく、オレにとっては"情報源"か"マシン"でしかないわけで、ましてとは、ハンター試験会場に居合わせて二日足らずしか行動を共にしていないんだ。
 肩入れする理由なんてどこにも無い。

 無いん、だけど──





 常に闇が広がる森を、シャルナークは散歩するように歩いていた。
 左手でしっかりと鈴を包み込み、それでも中の玉は内壁に当たってカラカラと鳴ろうとするが、そこは転がさないように、計算と加減をしてやりながら進む。
 出口はもうすぐだ。

 最初は、見つけた誰かから奪おうと思っていた。勘の良さそうな奴に目をつけ、早速尾行。マチから電話がかかってきたのはその最中だ(マナーモードにしておいて良かった)。
 だが、そいつが見つけてくれるまでのんびり待つか、と考えていたのは、ある木の上でごろんと寝転がった時までだった。
「あ」
 仰いだ枝葉の中に、どう見ても自然には生えなさそうな金属物質がぶらさがっていた。


 というわけで、特に労せず手に入れた鈴を持って、シャルはゆっくりと出口へ向かっていた。空は見えないが、時間的にもう青くはないだろう。太陽は地平の向こうに沈みかかっているはずだ。

 鈴を手に入れたと言ってたマチは、もういるだろうか。
 ヒソカも多分見つけているだろうが、あれは鈴の他に人も狩ってそうだからまだ森の中かもしれないな。
 は……

 当たり前のように浮かんできた名前に、驚いて足を止めた。

 ……だから。
 何で、そこで名前が並ぶんだよ?

 軽く自分を戒め、また歩き出した。さっきよりも歩幅を大きくして。

 彼と話していたのは、少し興味が沸いただけの事だ。記憶喪失な事とか、勘が良い事とか、下剤や電流が平気な所、念能力者な所──そして、それらの情報は全部、一つの結論に結びついた。
 "記憶を失う前は、闇の世界の住人だった"
 それが答え。
 答えが出たからには、もう興味も、知りたい事も無いはずだ。

 なのに……アイツの名前が頭から消去されないのはなぜ?
 これ以上知りたい事って、一体何?

 立ち止まった。しばらくそのまま、眉を寄せて考える。
 ……分からない。
 息を吐き、諦めたようにまた歩き出した。

 ……分からないって事は、気のせいって事だ。
 どうしても知りたい事なんてホントは何にも無いって事……そうだよな?


 森を支配していた暗闇が薄れてきた。予想していた通り、橙と、青紫が混じり合った空が前方にその姿を広げ始める。

 さっさと合格しよう。
 ライセンス取って帰ろう。
 それだけが、ここに来た目的なんだから。

 さっさと帰ろう、これ以上自分が分かんなくなる前に。




「……あ」
 森を囲うフェンスが現れた。出口だ。しかし押し開く事ができる部分を見つけるより先に、金網の向こう側でもたれかかっている人物が目に入った。
 ヒソカの奴、もう合格してる。

 さすが気まぐれ変化系、そう簡単には読ませてくれませんか、とシャルに思わせたその道化師は、少ししてこちらに気付き、振り返った。
 フェンスとヒソカの向こうには、既に数人の合格者が夕日を浴びていた。ざっとその顔ぶれに目を通し……首を傾げた。
「マチは?」
「来てないよ もね

 彼特有のつり上がった口端から出た名前に、シャルは表情を曇らせた。わざと名前を出したんじゃないか?とさえ勘ぐってしまい、不快感を覚える。
 だが、すぐに自嘲めいた笑みを漏らした。
 ……こんな事を思うのは、自分が乱れてる証拠だね。
 マチに連絡しよう、オレは合格したから、マチもさっさと来なよって──そう別の事を考えながら、ヒソカの傍にあった巨大な通行口に手をかけた。

「中で、に会ったよ

 フェンスを押し開けようとした手を、止めた。
 視線だけを、まだ言葉を続けるヒソカへ動かす。
「誰かにやられたのかな? 苦しそうに倒れてたよ

「……どこで?」
 疑問が口をついてしまった事に、すぐ後悔した。関係ないだろ、オレには──
 しかしヒソカが返した答えは、抗いようも無くシャルの脳に刻まれた。
「北西、そうだな、ここから十五キロってところだね

 北西、十五キロ、倒れて──

 勝手に復唱する頭を、左右に振った。
 何考えてんだ、オレ。

 金網にもう一度指を絡ませる。押し開け、合格者に加わるために。

 がどうかしたとしても、オレのライセンス取得には全然関わって来ないじゃないか。
 たった二日ばかり居合わせただけのはここで脱落、オレは予定通りハンターライセンスを手に入れる、それだけだ。
 関係ない。
 関係ない。
 関係──

 ──ないなら、どうして、この手は動かないんだろう。


 金網に絡んだままの右手を、ぼんやりと見つめた。
『たかだか二日、一緒にいただけの奴じゃないか』
『もう興味もないはずだろ? 何いつまでも固執してるんだよ』
『今はライセンス取得が第一だ』
『これ以上、わざわざ関わる理由なんてどこにも無い』
 言うことを聞かない体に、何度も何度も言い聞かせ、そして命令する。ほら、ちょっとフェンスを開けて、足を二、三歩踏み出せばいいだけだ。さあ。
 だが──

 シャルナークは、フェンスから手を離した。


 ダメだ、オレ、やっぱり自分が分かんないや。


「300番」
 聞き覚えのある乱暴な声に顔を上げると、曲刀を提げた試験官がフェンス越しにこちらを見据えていた。
「条件は満たしているようだな」
 言われて、自分の左手に視線を落とす。だらしなく曲げた指の1つに、彼の言うそれはひっかかっていた。持ち上げた目の前で、りんりんと揺れる鈴。それを、ぎゅっ、と握りしめると、シャルは試験官と目を合わせたまま後ろへ、
 ぽーい
 と、思いっきり放り投げた。

「条件? 何のコト?」
 何も持っていない両手を、呆然と口を開ける試験官に広げて見せた。
「お、お前……バカか?」
 うん、オレもそう思う。

 自分で自分に呆れ果てるシャルの耳に、ヒソカのさも面白そうな笑い声がちくちく響く。……と、もう片方の耳が、さっき捨てたはずの鈴の音を捉えた。
 振り返ろうとしたシャルの脇を、一人の男が風のようにすり抜け、ほぼ体当たりで押し開けたフェンスの向こうへ滑り込んで行った。
 りんりん
 清らかな音を鳴らしながら立ち上がったのは、薄汚い道着の、まるで今の今まで山ごもりをしてきたかのような長髪男だった。
「ああっ、ずるいっ! オレの鈴!」
「誰のというわけではあるまい、それに俺は別にもう一つ鈴を持っている。今のはついでだ」
 返す言葉もなく、ただ呻るしかできなかった。
 くそ、オレのアホ。これで合格枠一つ減っちゃったじゃないか。

 シャルは金網に食らい付き、合格ゾーンにいる受験者を数え始めた。四人、ヒソカを入れて五人か。
 鈴は17個。長髪の野郎が二つ持っていたから残りは、多くて11個──
「ボク四つ狩ってきたよ
何だって? とシャルはヒソカを凝視した。
「ちなみに受験者も狩った 暇だったから、十人ほど

 それなら……と、その数には得に驚きもせず、シャルは脳内で電卓を叩いた。
 鈴は、最大で残り7個。
 それを争う受験者は、約19人。
 ……まだ充分いける。

 数字を弾き出すなり、シャルは森へと踵を返した。
 ヒソカの視線を背に感じつつ、取り出したケータイを走りながらプッシュする。
「……マチ? 鈴、まだ持ってる? ……オーケイ、合流しよう、森の入り口から見て北西、約十五キロ地点、分かる?」

 ピッ
 電話を切ったシャルを、再び暗闇が包み始めた。






 の、何をもっと知りたいのか。

 走ってる内に何となく分かってきた。多分、とても些細な事だ。
 食べ物の好き嫌い、好きな音楽、好みのタイプ、これまで行った国、やってきたバイトの事、武器は七つ持ってきたらしいけどあと4つはどんなのか。
 尋ねたら、きっとも何か訊き返してくる。
 オレも話す。
 またオレが訊いて、が答える。
 そうやって、とりとめない会話を続けていく。

 とどのつまり、話したいんだ、オレは、と。

 会話なんて、ただの情報伝達手段、もしくはそれを円滑に運ぶためのモノにすぎないのに。何の実りもない、くっだらない話がしたいなんて、オレはどうかしてるよ、ホント。
 大体、たった二日の付き合いだっていうのに──いや。
 まだ二日だから、もっと、なんて思うのかな。

 もっと話したいんだよ。
 だから、まだ落ちてもらっちゃ困るんだ、






 また夜がやってきた。"常闇"にはあまり関係のない事のようにも思うが、それでも時間の流れを感じ取って鳴き始めたフクロウが、シャルに焦りを覚えさせた。

『誰かにやられたのかな? 苦しそうに倒れてたよ

 自覚が無いとはいえ、は念能力者だ。そう簡単にくたばるとは思えない。だが、誰かにやられたとして、相手も念の使い手だったら?
 例えば112番のパイプの老人などはそうだ。オーラに悪意を感じなかったのでマークはしていなかったが、彼がと相対したのだとしたら?

 そもそも、ヒソカの情報が正しいとも限らない。
 倒れていないなら、それはそれでいい。しかし方向や距離がでたらめなら? ヒソカのへの執心ぶりからすると、それはありえない、だがもし──

 走りながら、舌打ちした。
 仮定ばっかり立ててどうすんだ。今はを捜すことだけに集中しろ! あいつが急に記憶を取り戻して絶でもしてない限り、気配を感じ取れるはずだ!

 乱れた思考に渇を入れ、自分に備わっているだけの感覚器官を全て研ぎ澄ませる。

「……!」

 シャルは、1時の方向を凝視した。いる、この先だ。
 スピードを最大まで上げて木々をすり抜け、数分後に目にしたのは、淡く差し込んでいる月明かりの傍で体を横たえている、の姿だった。






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 なにげにヒソカさんが受験者二十人斬り達成。一年後、誰かさんによって語り継がれる事でしょう。