22. 飛行船 1
結局たちの後に合格者は出ないまま、約二十四時間後、曲刀の試験官によって高らかに試験終了が宣言された。
そこへ見計らったように現れたのは、巨大な飛行船。
船体に大きく入ったマークからそれはハンター協会の専用船らしく、試験が始まって実に三日後の午前0時過ぎ、試験スタッフと四次試験合格者十名を乗せた飛行船は、再び闇夜へ舞い上がった。
飛行船の一室。
机も椅子も何もないがらんとした部屋に受験者達を通した後、あの態度の大きかった試験官は、小柄な老人の斜め後ろに静かに控えた。
それを見ながらは、常闇の森を出たその時、試験官が口にした「会長」という言葉を受けてシャルが言った事を思い出す。
『審査委員会の会長が試験見物? 暇なんだね』
つまり……このハンター試験でいっちばん偉い人……?
バスの運転手の格好から既に袖のゆったりとした異国の服に着替え、「着慣れん物は肩がこるわい」なんて言って呑気に腕を回している老人に、は首を傾けずにはいられなかった。
……ホントに、いっちばん偉い人?
変装して、試験見物しちゃうようなこの自由人なじーさんが?
「ふむ、十人か。意外と残ったもんじゃの」
偉い人、と思ってあらためて見てみると威厳があるような(やっぱりないような)白髭を触りながら、老人は受験者達を見渡し、そして言った。
「わしはハンター試験審査委員会代表のネテロじゃ。これから行う最終試験には、わしも立ち会わせてもらう」
最終試験。
残った十人の誰かが、息を呑んだのが伝わってきた。シャルやマチ、ヒソカで無いのは確かだろうが。
「四次もちょいちょい見とったんで、おぬしらの顔は覚えとるが……一応、番号と名前を聞かせてもらおうかの。ほい、じゃあそっちの端から」
ネテロが指したのは、端も端、壁際で一人腕を組んでいる道化師だった。腕をはずして、薄く笑む。
「ヒソカ、42番 」
「91番、アレンだ」
「344番、トルバラ」
若い男、やや老いた男がそれぞれ言い、その隣にいたつり目の女性が自分の番?というように眉を上げた。
「えーと……301番。マチ」
つけている事を忘れていたのか、番号札の確認に手間取った彼女の隣に立っているのは、だ。番号はちゃんと覚えている。ニクキューだから。
「299番、っす!」
それまでの四人とは違って明るく、右腕をびしっと伸ばして自己紹介する。それにならうように「300番」と言いながら、シャルも右手を軽く挙げた。しかし、
「ああーっ!!」
突然、何の脈絡もなく叫んだに、シャルは名乗る間もなくぎょっとした表情でその手を引っ込めた。
「うるさいな、何……」
「あの、ちょっと質問!」
訝るシャルの横で、は再びびしっと挙手をした。相手はネテロだ。
「もし、俺が合格したとしてだよ? その時って応募カードに書いてあった名前でハンター登録されちゃうんすか?」
応募した時の偽名は、病院で貰って以来よく使っていた"アーチ"だ。でも今は、この""という名前が妙にしっくりきていた。シャルもそっちを呼んでくれているわけだし、できればこれからはこっちで通したい。
そんな思いから沸いてきた、純粋な疑問を口にしただけだったのだが──
何人かの鋭い視線が刺さってきた。
「随分な余裕だな、もう合格した時の心配か?」
その中の一人、汚れた道着を身につけた長髪男が言った。静かな声ながら、を見るその黒い目には確実に敵意が滲んでいる。
「過剰な自信は、自らの足を払うぞ」
もし、って言ったじゃん、もしって。いちいち突っ掛かってくんなよう。
そうは思ったが、それでもこの険悪なムードを作り出してしまった事に対し、はバツ悪くうなじを掻く。そんな重い沈黙と雰囲気をとぼけたような声で取り払ってくれたのはネテロだった。
「名前を変更しておきたいという事かの?」
「あ、うん。アーチって名前で応募したんだけど、にしといてくれると助かります。まぁ、どっちも偽名っていえばそうなんだけど」
「偽名から偽名って……変わった奴じゃな」
「……だめっすか?」
「いいや、構わんよ。、じゃな。後で直しとくように言っとこう。ほい、じゃあ次」
ネテロに指され、ようやく、といった感じでシャルが自己紹介を終えた。
その次は、さっきの道着男だった。
「53番、モズだ」
やな奴、やな奴。
そう念じながら横目で睨んでいると、自分の番を終えたモズがこちらを向いた。
さっきと同じ目だ。何も言わず表情にも出さないが、目だけは明らかにこっちを敵視している。ライセンスを目指すライバル同士という事を考えると当たり前なのかもしれない。だが、その黒い色にはどこか異様な物を感じ、は気圧されるような感覚から逃げるように視線を外した。
モズに続き、眼鏡をかけた優男が「280、ルーイン」、屈強な身体の男が「123番、ガンダ」と名乗り、残る一人、左端にいた女性が「あたしが最後ね」とくびれた腰に手を当てた。
「ナナリナ。222番よ」
化粧女だ。ビキニにミニスカという格好は目のやり場に困るが、は何となく、その姿を凝視してしまった。
……あれ?
俺、あいつと会ったというか……話した事があるような?
ふっ、と浮かんだのは暗い森だった。そこに彼女の姿が重なる。しかしすぐに暗闇に溶けるようにイメージは揺らいで……結局はっきりとは思い出せず、この既視感はに森での事を思い出させるきっかけだけを作って消滅した。
森での事。に最も深く刻み込まれているのは、勿論、合格間際の事だ。
両手を、その感覚を確かめるように握り、さする。
シャルがそれを見て首を傾いだのには気付かないまま、は、ネテロが再び長く話し出たのを見て手を下ろした。
「さて、この船は最終試験会場へと向かっておるわけじゃが、試験内容については目的地に着いてから説明する事にしよう。そうじゃな、飛行時間は七、八時間といったところかの。朝まで船内で身体を休めるといいじゃろ」
では解散、と、全員を一室に集めた割にあっけなく話は終わり、ネテロは終始おとなしかった曲刀の試験官を連れだって出て行く。
受験者達だけが残された部屋は、痛い程の沈黙に支配されていた。あるいはこんな空気を作り出すために、自己紹介なんてさせたのかもしれない。
ぴりぴりとしたムードの中、やがて誰からともなく退室し、を含む受験者達は飛行船内に散っていった。
窓ガラスの向こうに広がる夜の景色。だが海の上を飛んでいるせいで、それを彩っているのは時折航行している船舶の灯火だけだ。
月も、雲に隠れているのか見あたらない。
そんな寂しい景色に自分の顔を映りこませながら、は窓ガラスの下から張り出しているテーブルで、自分の二つの手のひらを眺めていた。
健康的な肌色。少し骨張った、長く真っ直ぐな指。深く刻まれた手相。元々あって、武器を使っている内にそれによって出来たものだと知った沢山のタコ──
数回空気を握りしめてみても、感覚はいつもと変わらない。
いつもなら、狙いは外さない。
「……はぁ」
ガラスの中のの顔が、その手に覆われた。
何で外れたんだろう。
いや、やっぱり、あれは外れたっていうより……
「……うおっ!?」
突如、はバランスを失った。目に見える景色が、手のひら、ガラス越しの夜景、通路の天井、と目まぐるしく変わる中、反射的に、何故か後方へ倒れかけている椅子の長い脚をがしっと両足で絡めた。間髪入れずにテーブルに抱きつき──どうにか床へ転げ落ちずに済んでホッと息をつく。
そんなちょっと格好悪い体勢のの背後から、金髪の青年がヌッとガラスに映りこんできた。
「ため息なんかついて、まだ具合悪いの?」
そういうわけじゃないんだけど…と、心配してくれた事に素直に返答しようとした、が、座り直しながらピンときた。何で椅子がいきなり倒れたかという事に。
「……具合悪そうな人の椅子を、普通蹴りますか」
「ん、つい。でもよく耐えたね」
……シャルさん、その爽やかな笑顔、やめてください。
「それはさておき」
と勝手にさておいて隣に腰掛けるシャルを、はじとっと睨んだ。しかし、4次試験で助けられた事には、まだちょっと頭が上がらない。渋々、黙って頬杖をつくと、そんなが映ったガラスを見てシャルは笑みを漏らした。
だがすぐにそれを消し、彼は少し眉根を寄せた。
「ホントに大丈夫? 森を出た後も、さっきの部屋でも様子がおかしかったし」
驚いた。
思わず頬杖の上で目を見開き……ふっと細めた。
その鋭さには、敵わないなぁ。
「それに、頭が痛いっていうのも気になってる。今は?」
「全然。もう随分経ってるし、何ともない」
心配かけまいとぺしぺし頭を叩いて見せる。だが、
「そうか」
そう言って顎に手を当てたシャルは、ただ頭痛の具合を心配してるようには見えなかった。ガラス窓に映ったその顔をジッと見ていると、それに気付いたシャルも、暗い海に半分透けているの姿に視線を移した。
彼は真面目な顔で、「調べてみた事だけど」言いながら顎から手を外した。
「記憶を司ってるのは、脳の奥にある海馬という組織だ。だからかどうかは綿密には解明されていないけど、やっぱり意識や思考に関わる頭部に痛みを感じる事が、記憶障害患者には多いらしい」
「……え、調べたって、どこで」
シャルは、いつもケータイを入れているポケットを軽く叩いた。
……そういうコトも出来るんですか、最近のケータイは発達してますなぁ。
「だからの頭痛も、記憶に関係してるのかもしれない。頭殴られて気絶したとかじゃない限りね」
ぎしっ、と椅子を鳴らし、シャルは体を90度回転させた。ガラスに映った物じゃなく、本物のシャルの大きな目がと向かい合う。
「その時の事でも、昔の事でも。何か思い出したとか、ない?」
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オリキャラ受験者の名前登場、
6人全員名乗ってますが、重く扱われるのは、化粧女ナナリナ、道着男モズくらいかと。
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