24. 最終試験
日が昇り、いくらか経った頃。
十名の受験者とネテロ会長、それから曲刀の試験官と補佐員らしき黒スーツ男数名は、揃って乾いた黄土の上に降り立っていた。
背後に着陸している飛行船と、前方にぽつんと建つ古びた鉄筋建造物。それと周囲を四角く囲う低いブロック塀以外は何もない場所だ。
いや、隅の方にまだ何かある。
辺りを見回していたは、目を凝らした。
鉄棒、だ。その横にはほとんど地面と同化してしまっている砂場がある。
「見て分かると思うが、ここは学校じゃ。5年ほど前に廃校になったがの。最終試験はあの校舎の中で行う」
ネテロの声に、一度視線を前に戻す。なるほど、所々に雑草が見られるグラウンドに佇む建造物は、そのコンクリートの壁に幾重にもヒビを走らせ、ガラスがはめ込まれていたはずの窓も今はただの四角い穴となっている。廃校になった5年前から人の出入りがない証拠だ。
その廃校舎で行われる試験とは何なのか。当然気になる事だったが、はそれより再び周りを見回す事を選んだ。
一様に校舎を見つめる受験者達。その様々な顔の中で一際目立つ星と涙マークのフェイスペイントに、の視線は止まった。
ヒソカ。
あの後、どんなに飛行船内を捜し歩いても見つからなかった。奇術師はその姿を、今の今までまさに手品のようにくらませていたのだ。
問いただしたい事があったのに。
じっと睨むに気付いていないのか、あるいはわざとそんなフリをしているのか。いつもの人をくったような笑みを浮かべ、彼は風に吹かれる廃墟のわびしい景色を眺めている。
今すぐにでも、その肩をひっつかまえてやりたかった、しかし、
「最終試験は、お主ら受験者同士に一対一の試合をしてもらう」
そのネテロの言葉には、前を向かざるを得なかった。
一対一の、試合?
受験者同士って、それって──
「試合は五試合。一人一戦ずつで、勝てば合格、負ければ不合格の単純な話じゃ。ただし、ルールは少々特殊じゃがの」
髭を触りながら、ネテロは百メートルほど向こうの校舎を見やった。
「試合を行う二人は、まずここから校舎へ向かってもらう。それぞれ東西の昇降口から足を踏み入れた時点で、バトル開始じゃ。戦闘に関しては派手にやってもらって構わん、どうせ廃校だしの」
皺だらけの顔に似合わない過激な言いようは、さすがは審査委員会会長といった所だろうか。緊張感みなぎる受験者達を前にして、説明は一貫して飄々とした物言いで進められる。
「決着が付いたなら、ここへ戻ってくるといい。だが三十分後、こやつらに校舎へ確認に行かせる」
曲刀の試験官と黒スーツが、その存在を示すように顎を上げた。
「その際、相手が死亡していた場合は失格じゃ」
「ちょっと待って」
受験者の一人──マチの他では唯一の女性、ナナリナが挙手をした。
「どうして戻ってきてから30分も時間を取るの? すぐに確認に行けばいいじゃない」
「そういうルールじゃ」
「もし三十分の間に、相手も起きあがって校舎を出てきたら?」
「その時は試合続行。三十分間相手が出て来ず、かつ死んでいなければ、そこで勝利が確定する。では、早速組み合わせを決めようかの」
黒スーツの一人が上部に穴の空いたボックスを持って回り、やがての所にもやってきた。手に当たるいくつかの硬い感触の中から、一つを引っ張り出す。胸につけている番号札と似たようなカードには「3」と書かれていた。
「"1"を引いたのは?」
ネテロの問いに二つの手が上がる。
その内一つは、自分と少なからず縁のある人物だった。
マチだ。
「うむ。それでは始めるとしよう。二人とも、ルールは了解したかの」
「ああ、相手を殺さず、だが三十分は動けないようにすればいいんだろう」
そう言ったマチの相手は、眼鏡をかけた、いかにも頭の良さそうな優男だ。戦闘に長けていそうには見えない……と、これはシャルの第一印象もそんな感じだったので、当てにはならないが。
もう少し対戦者の特徴を窺おうとしただったが、その視界は遮られてしまった。ネテロの最終確認を受けて、筋肉質な体がずいっと進み出たのだ。
「第一試合、マチ対ルーイン……始め!」
太い腕を上げ、どすをきかせて宣言する曲刀の試験官。
が、しかしすぐこの場で戦闘が始まるわけでもなく、二人はただ黙って、距離を空けながらも並んで校舎へと歩いていった。やがて左右に別れ、遠ざかっていく二人の足音を乾いた風音が追いかける。見えなくなった。
とりあえずこれで、マチと当たる事は無くなったわけだが……
一番当たりたくない人物にちらっと視線を送ると、その彼がこっちへ向かって歩いてくるのが見え、ついつい動揺してしまった。そんなに、目の前で立ち止まった彼は平然と尋ねてくる。
「何番?」
もし試合相手に当たってしまったら、自分はシャルを落とさねば受からない。自分が落ちねばシャルは受からない。
想像してしまった最高に嫌な状況に言葉を詰まらせつつ、もう一度手のひらの中でカードを確認してから、おそるおそる答えた。
「…あ…えーと……3、番」
「オレ4番」
シャルは一寸の間も空ける事なく、パッとカードを見せてくれた。まるでが抱いていた懸念を見通して、そんな心配はないよと言うように。
一気に緊張の解けたは、素直に「よかったー!」と破顔した。
ありがとう神様!
すっかり安心したは、
「俺らの相手って誰だろうな」
と、マチ達が入った校舎を見つめる受験者達──自分達を除く六人を観察した。誰もかれも、カードは手に持っていない。
シャルは肩をすくめながら言った。
「試合前に何かされたらたまんないからな。みんなギリギリまで黙っとくつもりなんだろ。何人かはカードを引いてすぐ返してたし」
「ええ? 持っとかないで、忘れちゃったらどうすんだよなぁ」
「それはだけだよ」
「し、失礼な!」
今にも東西の昇降口から入った二人が接触し、校舎内での戦闘が始まるかもしれない。そんなまさに糸が張るような緊張感が沈黙を作り出す中、呑気に喋りまくっているこのコンビに何人かの怪訝そうな視線が送られたが、少なくともは気にしなかった。
気付いてすらおらず、目の前の友達と、やはり呑気に喋り続けるのだった。
「マチ、受かるかな」
そう訊いてはみたものの、今行われている試合の行方を本当に心配しているわけではない。今までさんざんシャル達の強さを見てきたのだ、には確信があった。
「大丈夫だよな、だってお前の仲間だもん」
が、返答は意外な物だった。
「いや、相手次第では不合格の方が濃いかな」
「え? 何で?」
「この試合のルールがさ」
「ルール?」
「参ったと言わせるのでもなく、殺すのでもなく、相手を三十分間校舎から出さなければいいっていうこのルール。加えてオレたちから中の様子が分からない事」
シャルは頷き、続けた。
「うん、やっぱり落ちるに一票だね」
……いや、待って、一人で納得しないで。
しかし、すっかり置いてけぼりをくらったがそのまま追いつかない内に、シャルの予想は当たる事になった。
十五分後、校舎を出てきたのは眼鏡を掛けた男、ルーイン。
それから三十分の間を置いて、スーツ男の一人が校舎へ向かい──その連絡を受け、曲刀の試験官が宣言した。
「勝者、ルーイン!」
……何で?
とシャルに目で訴えるも、「直接本人から聞けば?」とあしらわれるばかりで、はちんぷんかんぷんな頭を抱えてしまった。
四次試験での彼女のパンチ力はあんなにも凄まじかったのに、一体なぜ、こうもあっさり負けてしまったんだか。あの眼鏡の受験者が、マチよりももっと凄い実力の持ち主だったとでも言うのだろうか。
ようやく疑問が解けたのは、傷どころか汚れ一つも増やさずに戻ってきたマチが、通り過ぎざま、ルーインにこう囁いたのが聞こえた時だった。
「まいどあり」
……つまり……合格を金で売ったってことっすか、マチさん。
ぽかんと口を開けるの後ろで、再び怒鳴るような宣言が飛ばされた。
「第二試合、ナナリナ対トルバラ、始め!」
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守銭奴……
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