28. 第四試合
ネテロ会長の指示で校舎に向かった黒スーツの一人は、驚く程早く戻ってきた。どうやら正面昇降口を入ってすぐモズの死は確認できたらしく、報告を受けたネテロは深く頷くと、神妙な面持ちのまま「ところで」と声をかけた。
自分が殴って気絶させたを肩に担ぐ、ヒソカに。
「おぬしの処遇じゃがの」
本来なら受験者の合否は、立ち会っているだけの会長ではなく曲刀の試験官が決めるべき物だろう。だがヒソカに重症をおわされた彼は既に、飛行船に装備されていた小型艇で、おそらくは近くの治療施設へと運ばれた後だった。
「失格じゃないのかい?」
「二人を止めるためにやむを得ず取った行動、とも取れるしの。の失格はルールの上でも仕方ないとしても、おぬしを落とすまでの理由はない。試合は何番目じゃ?」
「5 でもいいのかい? 今ボクに試合をさせると、死体がもう一つ増えるよ 」
受験者の一人、若い男が顔を強ばらせる。それを見て、シャルナークはもう一人いる、まだ試合をしていない体格のいい受験者に視線を走らせた。
オレの相手はあっちか。
「それはリタイヤ宣言と捉えてもよいのか?」
ヒソカはにぃっと上げた口端をキープしたままだった。それを肯定と取ったネテロは「そうか」髭を触りながら頷いた。
「では第五試合はそっちの、91番の不戦勝じゃな」
ヒソカはを担いだまま歩き出した。行き先は飛行船のようだ。が、彼はわざとこちらへ迂回してきて、やがて目の前で立ち止まった。
「心配しないでいいよ、医務室へ連れて行くだけだから 」
それだけ言って遠ざかっていくヒソカを見送っていると、
「ねぇ」
今度はマチが隣から、鋭い視線を投げてきた。
「アンタ、本気でヒソカとやる気だった?」
シャルは答えなかった。
答えず、が船内に消えるのを見届けていると、後ろから試合を再開させるというネテロの声が聞こえてきた。
ぽつり、ぽつりと雨音が奏でる辿々しいリズムが、校舎内の、耳が痛くなる程の静寂を優しく和らげていた。雨を受け止めているのは、倒れたドア枠と、粉々のガラス片。きっとに破壊されたガラス戸だろう。
シャルは、校舎中央の昇降口に立っていた。
"卒業記念"とあるものの、その残骸とおぼしき破片しか掛かっていない壁があり、その前には──奇妙なオブジェがあった。
土台は倒れた下駄箱。四つが互いに積み重なりながら、真ん中に突き刺さる長細いモノの足下をぐるりと固めている。長細いモノ、その正体は首から上が無い人体だ。
それを、何本ものアルミ製の棒が貫いていた。何本も、何本も……ハリモグラかと見紛うくらいに何本も刺さっているそれは机や椅子の脚で、中には背もたれや、教科書を入れる部分が付いたままの物もある。
首を反らすと、オブジェの上空にぶら下がっているモノと、目が合った。
天井に椅子が一脚、突き刺さっている。それに巻き付き、垂れ下がっている見覚えのある鞭が、更にぶら下げている物──胴体から切り離されたモズは、何か圧倒的な物に絶望するような表情で凍り付いていた。そこからぽたり、ぽたりと赤い液体が下のハリモグラへと滴り落ちる。土台に流れ落ちる。木造の床に広がり、染み渡る……
がやったのか……。
"凝"をしてみると、オブジェから微かに立ち上るオーラが見えた。
同じだ。さっきの彼の念と、同じ感じがする。
自分やマチよりは、どこかヒソカに近い。彼から道化師的要素や独特の禍々しさをそぎ落とすと、更に似通うのではないだろうか。
体を突き刺す刃のようであり、絡めとり絞め殺す触手のようでもあるそれは、殺意。死体を飾り立てたオブジェは、今もその欲望を放っている。
殺す。
相手を、殺す──
信じられないとは、もう思わなかった。
状況を整理できるくらいの時間は経っている。すっかり頭の冷えた今、信じられないとはもう思わない、だが……
"スパイか殺し屋と位置づけていた彼の過去だが、このオーラの雰囲気からして後者の可能性が濃厚か"
……なんて、冷静に、当たり前のように弾き出していた自分の思考回路には、さすがに恨めしさを感じずにはいられなかった。
自嘲気味に笑う。
……さっきとは、随分な違いじゃないか。
吹きさらされている昇降口から、雨のカーテン越しに飛行船を見やった。
ヒソカはちゃんと運んでくれただろうか。
そう気にかけると同時に、さっきのマチの真剣な顔を思い出して、苦笑した。
『アンタ、本気でヒソカとやる気だった?』
正直な所、分からない。あの時は──そう、第四次試験で合格をフイにした時と同じような感情だったから。
──は死なせられない──
頭より先に体が、というやつだ。
"友達"
他人に対してこの言葉を使うのは、初めてかもしれない。
だが"仲間"とはどこか違うその言葉以外に、自分にとってのを表す言葉は見つからなかった。"友達"を、失いたくなかった。そんなシンプルな衝動に、あの時は突き動かされたのだ。
……なのに。
それなのに、少し落ち着いた途端オレは、思考に慣れたこの頭は、その"友達"の過去を推察しにかかるんだな。
勝手に。頼まれもしないのに、ずかずかと、無神経に。
その行為を咎めるように、自己を嫌悪するように、軽く唇を噛む。
……自分は何一つだって、自分の事を話してないくせに。
シャルは踵を返した。雨の音、無惨なオブジェから離れ、校舎内へと歩き出す。軽く首筋の赤い線に触れながら。
ちゃんと医務室へ運ばれたとしても、の事は気がかりだ。さっきの彼は普通ではなかった、行動にしても、あのオーラにしても。
それも含め、色々考えるのは後だ。今は──
廊下を曲がろうとした足に何かが引っかかるのを感じた。
ピアノ線?
そう視認した瞬間、爆発音が轟いた。
火薬の量は計算したんだ、くたばっててくれるなよ。
爆発圏外の教室から黒煙と、ちらつく炎を窺う受験者、ガンダ。その盛り上がった筋肉とは裏腹に、彼のスタイルはトラップ、または遠方からの爆薬攻撃だった。
派手に壊れ、吹き飛んだ壁面から雨を吹き込ませる爆発現場を見て、ガンダはニヤリと笑う。
爆風で吹っ飛んだか? だったら頭でも打って気絶でもしていてくれればラッキーなんだが。どちらにしても遮蔽物だらけのこの校舎は俺に持ってこいのフィールドだ。罠は既にいくつも張り巡らせてある、まず間違いなくライセンスはこの俺の手に──
背後に気配を感じて、ガンダは体を固まらせた。
「悪いけど、早く終わらせたいんだ」
汚れ1つ無いシャルナークの姿も、その指に挟み込まれた"アンテナ"も見ることはなく、その後三十分間、彼の意識は途切れた。
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最終試験、全試合終了。
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