3. 新人潰し





 一言で言えば、"奇妙"な奴だった。
 緩く後ろへ撫でつけた髪、スペードとクラブのマークが入った服、つま先がにゅっと反り上がった靴──更に右頬に星、左頬に涙マークのペイントをしたこの男は、道化師としか形容のしようが無い。
 が、ここはハンター試験会場だ。
 浮いている。浮きまくっている。
 いやそもそも会場で無くったって、こんなに体つきが良く、こんなに目の笑っていない道化師はここ一年では見たことが無い。きっとそれ以前だってそうだ、そうに決まってる。こんな道化師は絶対にいない。

「いいね、

 勝手に人の名前を決め、お構いなしに呼んでくる奇妙な道化師に青年は呆気にとられていたが、それをも越えて呆然とする事態が次の瞬間にやってきた。

「何だ、ヒソカも来てたの?」

 ……は?

「やあ
「あんたでもライセンス欲しいんだ」
「まあね それよりキミが来てるとは思わなかったな
「あたしはただの付き添い」

 当たり前のように、道化師と話すシャルナークとマチ、二人と話す道化師……
 青年はしばらく口をぽかんと開けて眺めてしまっていた。
 それからやっと、「……え、知り合い?」と一番話しやすいシャルに訊く。
「知り合いというか、仲間かな。一緒に来たわけじゃないけど」

「ボクはヒソカ ヨロシク、
道化師……ヒソカの笑顔につられたように笑いながら、少し高い位置から求められた握手に答えた。
しかし頭の中では疑問が回る。

 何で……""?


「やぁ、話が弾んでるじゃないか」

 また別の方向から聞こえた声をきっかけに、青年はやけに長いなと思い始めた握手から逃げた。
「俺はトンパ。君たちは新人だね。みんな仲間かい?」
 みんな、とは、やはりここにいる四人のことだろうか。現れたずんぐりした体に愛想の良い顔をくっつけた男へ、まず青年が否定した。
「違うよ。俺は一人。この三人は仲間らしいけど」

「シャルナーク。マチにヒソカ」
 ふられたシャルが、簡潔に自己紹介を済ませる。
 ……何だか、俺の時よりそっけない気がするな?
「君は? 299番くん」
「え?」
 トンパに訊かれ、少ししてからああ、名前かと察する。
 名前、名前ね……

、かな」

 窺うように名付け親を見上げると、ヒソカは軽く首を動かしてハートマークを浮かべた、気がした。
 青年──あらため、とりあえず試験中はこの名前で通すことにしたは、ふと感じた疑問をトンパに尋ねてみた。
「ところで、新人って?」
「ああ。ハンター試験は超がつく程の難関。当然のごとく二浪三浪ってのは当たり前さ。俺は今年で三十四回目。だから大抵の奴らは顔を知っているし、初顔の君らは始めて試験を受ける新人さんだろうってわけだ」
「へーえ、三十四回ねぇ。大変だなー」
「大変なのはお互い様だ。知ってるか? ルーキーが合格する確率は"三年に一人"って言われてるんだ」
「……マジ?」
 は思わず、くるりと振り返って確認した。
「全員、初受験なんだよな?」
 三人とも、それぞれ頷く。

 それって、今回の試験に関して言えば、この中で一人受かれば思いっきり良い方……ってことか?
 思わず目をしばたたかせた。
 つまり誰も受からない確率の方が高いということ──ここへ来てから数字の計算ばかりしている気がするが、は単純にその難関さを思い知らされていた。

 ……俺、大丈夫かなぁ。

「ま、分かんない事があったら何でも聞いてくれよ。このハンター試験ベテランのトンパ様に!」
 どん、と頼もしそうに胸を叩く彼に、「おう、よろしく!」、は慌てて笑顔を返した。情報は多い方がいい、シャルの言っていた事だ。これも合格への一歩ってか。
「とりあえず、お近づきの印ってヤツだ。やるよ」
 人の良さそうな顔でトンパが取り出したのは、四本の缶ジュースだった。"バンタ・微炭酸オレンジ"、の好きな銘柄だ。
「お、サンキュ! のど乾いてたんだよね!」
 カシュッと気持ちのいい音を鳴らすと、は一気に液体を流し込んだ。喉を炭酸の泡が刺激する。美味い!
 でも……
「バンタってこんな味だっけかなぁ」
「お、俺が国から持ってきたヤツだからな、ちょっと、違うのかもしれない、うん」
 トンパの少し早口の説明を聞きながら、しかし構わずは残りを飲み干した。
「ぷはー。美味かった。ありがとな」
「お、おう、喜んでもらえて何よりだ」

 空き缶をトンパに渡した後、ふと、まだ他の三人がプルリングさえ開けていない事に気が付いた。
「飲まねーの?」
 尋ねるが、シャルは困ったように笑い、マチはポーカーフェイスのまま肩をすくめる。ヒソカは……
「ボクの分も飲むかい?」
 と、フタを開けながら缶をへ差し出してきた。
 何だ、イイ奴じゃん。最初はどんな妙ちくりんな奴かと思ったけど。
 二本目のバンタも遠慮無くグビグビいただく。「あらら……」というシャルの声が聞こえる中で缶を傾け続け、プハーッと飲み終えて缶を離すと、面白そうにくつくつ笑うヒソカと目があった。
「そっちにもまだ二本あるけど
組んだ腕の中で、人差し指がシャルたちの方を向く。

「あ、いや、飲みたいなら、そいつらのを取らなくても、まだここに…」
 鞄を再び探り、同じ缶を取り出すトンパ。だが、突然その顔が凍り付いたように固まり、そして真っ青になった。
 そのひどく瞳孔の縮んだ瞳は、を通り越してその後ろに吸い付けられているようで──

「キミ、まだいたの

 すぐ後ろからの声に、はぞくっと寒気を覚え、振り返った。
 後ろにいたヒソカは腕を組んだまま、相変わらずの道化顔を浮かべている。目があって更ににこっと微笑まれた。
 ……あれ、気のせい?
 またトンパの方に目を戻すと、既に彼は二歩も三歩も後ずさっていて「じゃ、じゃあ」と受験者達の中へ消えてしまった。

 ……ん? 何だ? どうした?

 何だか訳が分からなかったが、
「胸なり腹なり、大丈夫?」
 シャルナークに顔を覗き込まれ、ようやくはトンパとヒソカを見比べるのをやめた。
「腹? 何が?」
「即効性じゃあないのか。でもじきに効果は出るはずだよ、二本も飲んじゃね」
「そっこう? こうか?」
 何の話? と眉をひそめると、シャルはちらりと受験者達にまぎれる寸前のトンパを見やり、それからに視線を戻して言った。

「あれ、"新人潰しのトンパ"だよ。常連の中じゃちょっとした有名人になってる。毎年、ライセンスじゃなく初受験者を再起不能にさせるのが目当てで受験するんだとさ」

 しばし、絶句した。
「……ってことは、俺、潰されちゃった……?」
「かもね。どう、おなか」
「……ま、まだ何ともない」
「おなかで済めばいいけどね。あいつの性格次第では最悪来年の試験も受けられな」
「あー! 言うなっ! ……っていうか、知ってたんなら飲む前に言えよ!」

 くっ、くっ、くっ
 叫ぶの背後で含み笑いを漏らしたのは、やはりというか、ヒソカだった。
「……もしかしてお前も知ってた?」
 貼り付けたような薄っぺらい笑みが、こちらをじいっと見る。
 ……知ってて二本目飲ませたのかよ! しかも、シャルたちの分も勧めようとしてたし……コイツ、た、タチ悪い……!

 ヒソカの胸には42番のプレートが光っていた。
 "死に"番だ。
 洒落にならない。
 42の数字に不安を渦巻かせ、まだ付き合いの短い自分の体が急に愛しく感じ始めたの耳に、

 ピンポンパンポーン

 どこからか、軽やかな音階が聞こえてきた。






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毎年やってます、お薬入りジュース。