4. 待ち時間
突然流れたデパートの呼び出し音のような音階。
それを気にしつつも、手はそれより気にかかる腹の辺りを撫でた。
……大丈夫かな、マジで。
自分の体は割と丈夫で、大概の物(腐った物とか、生っぽい肉とか)は食べても何ともないことは、この一年で分かっている。
が、不安だ。
一体あのジュース、何が入ってたんだ? 下剤? 睡眠薬? ……毒?
『えー、ただいま午後4時ちょうどを持ちまして受付を終了致します。お集まりの342名の皆様、道中お疲れ様でした』
薄暗いが、よく見るとコンクリートの天井の真ん中に、スピーカーが設置されていた。真面目そうな女性の声は、そこから広い地下室に響き渡っている。それにしてもよく反響する。密室なんだろうか。
そう思って後ろを振り返ると、下りてきた階段は姿を消し、そこはただの壁になっていた。
『では、後ほどそちらに試験官が参ります。試験開始までもうしばらくお待ち下さい』
ピンポンパンポーン。放送終了の音が鳴って、ブツンと電源を落とした音が最後に響き……静かになった。
静かだ。
試験開始。その言葉が、受験者たちを一瞬にして緊張で縛り上げていた。
……が、とりあえずこの四人はその中から除かねばならないようだ。
放送終了から、三十分ほどが経った。
四人は近くにいながらも、各々時を過ごしていた。
シャルナークはうろうろ歩き回っている。手にはケータイ電話。電波を探しているらしく、だが無駄骨に終わったようで軽く肩を落とした。
マチとヒソカは壁にもたれて、揃って腕を組んでいる。二人の間はかなり距離が空いていて、どうやらマチの方が肩を並べたがっていないようで常にそっぽを向いていた。
はというと、三者のちょうど中間辺りであぐらをかき、まだ不安げに腹をさすっていた。
「どう? 具合」
電波探しを諦めたシャルナークが向かいで腰を屈めた。
「……いや、今のとこ、異常ナシっす」
そう報告すると、彼は心底不思議そうに首を傾げる。
「おかしいなぁ。潰すなら早い方がいいに決まってるし、そろそろ効果が出ないといけないんだけど」
「……出ない方がいいんですけど」
「それは無いね。何か入ってたのは確実だし、一本で目的を達せるだけの量が混入している物を、は二本飲んじゃったから」
「シャ、シャルさーん……」
「症状が表れたら言ってよ、ちょっとは対処できるかもしれないからさ」
心配しているようで、何だか他人事にも聞こえる慰めをかけながらシャルは爽やかに笑う。ああ、その健康な体が羨ましいよ、全く。
「じゃ、とりあえず気分でも紛らわそうか」
そう言って、彼は床に腰を落ち着けた。
「はどうして試験受けたの?」
「ん?」
「ハンターになりたい理由。もしかして、記憶喪失ってことと関係ある?」
質問の鋭さに、一瞬、腹の不安を忘れていた。
「……ん、まぁ、そんな感じ」
確かに、気分が紛れそうだ。
「一年前に病院で目が覚めて、頭の中に何も無ければ、身分証明の持ち合わせも一切ナシ。別に不自由はしないんだけど、やっぱ家族とか故郷とか、自分が誰かとか、知りたいじゃん? ところが、調べたり放浪したりしてみても手がかりゼロでさ」
「だからハンターを志望した」
指をさして当てにきたシャルに、も指をさし返した。
「ご名答」
「じゃあ、オレと似たようなもんだ」
「シャルも何か探してんの?」
「特にこれっていうのは無いさ。でも、いざという時にライセンスがあれば、あらゆる情報が金次第で手に入れられるからね」
「俺の情報も手に入れられればいいんだけど」
「まずは、試験を受けられるかどうかだけどな」
今度は、腹を指された。
「……蒸し返すなよ、せっかく忘れてたのにぃ…」
*
「ねぇ」
人間十人分ほど離れた所で、同じように壁にもたれているヒソカに、マチは話しかけた。視線は前に固定したままで。
「あんた、あいつの事知ってんの?」
「どうして?」
ヒソカもまた前を向いたまま訊き返してきた。もしかするとを見ているのかもしれない。
「んー……勘」
「キミの勘はよく当たるよね 」
「やっぱ知ってんの?」
「さあね 」
これ以上聞いても無駄だ、とマチは悟った。コイツの嘘とからかい、はぐらかしばかりの会話に、実りがあった試しはない。
こっちがそう思ったのが伝わったのか、ヒソカはさっさと話題を変えてきた。
「キミが来てるなら、手足が落ちても大丈夫だね 」
「あんたに落とされる方が多いだろうけどね」
ヒソカは黙った。見なくても想像がつく。彼の口の両端は、きっと重力に逆らって吊り上がっている。
放送から、五十分が経とうとしていた。
*
「おかしい……」
と同じ格好であぐらをかくシャルが、また呻った。
「ほんっとに、何ともない?」
「……おう」
「何も入ってなかったんじゃないの?」
壁を離れたマチがやってきた。ヒソカは……壁際で楽しそうにトランプをきっている。
「うーん、それは考えらんないんだけどなぁ。でももう一時間は経ってるし……」
「あ、それか俺、山に生えてる雑草とか結構何食っても平気だったから、元が丈夫なのかも」
シャルは、目をぱちぱちと瞬かせた。
「……一年間、どんな生活してきたんだ?」
「ん、まぁ……放浪生活?」
バイト先で寝泊まりして、金貯めて、山中やらで野宿しながら次の街へ行って、また稼ぎ口探して。その金はと言えば主に武器に消えるため、食費は限りなくゼロに抑えながら日々を過ごしてきた──そんな一年を説明すると、シャルは大げさにはぁ、と息をついた。
「放浪っていうかサバイバルだな……どこでも生きていける自信、あるだろ」
おお、シャルに感心された。やった。
「それにしても、おかしいね」
「ん? だから、それは俺の腹が丈夫だから…」
言いかけて、マチの言った『おかしい』の意味が違う事をさしているのに気が付いた。彼女はジッと、鋭い目をスピーカーに向けていた。
「あれから一時間は経ってるよね」
「一時間と、十三分だな」
ケータイの時刻表示を見ながら、シャルが補足する。
今まで腹と毒の事で頭がいっぱいだったが、あらためて見渡してみるといつしか受験生たちの多くがざわつき始めていた。
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腹は丈夫です。おそらく昔パパとお兄さまに訓練されました。
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