32. 二名様
286期試験の合格者は、四人。
マチから合格を買ったルーイン、化粧女ナナリナをやっつけたトルバラ。ヒソカに不戦勝したアレンと、それから……
我が友人、シャルナーク。
彼らは試験が終わった後すぐ、つまりが寝ている間にハンターライセンス講習というものを受けたそうで、飛行船が降り立ったカラザ空港の広々とした発着場がそのまま受験者達の解散場所となった。
合格した者、そして、落ちた者。
それぞれが傾きつつある太陽の下で飛行船のタラップを降りていく中、後者に含まれるはキョロキョロと散っていく彼らを見回していた。
隣のシャルが、その様子に首を傾げる。
「どうした?」
「ヒソカ、いないな」
「そういえば」
そして今度は二人でキョロキョロとし始めたその間を、後ろから新たにタラップを降りてきたマチが、
「アレは神出鬼没だから」
と、一言残して通り過ぎていった。
……確かに。
妙な納得を覚えていると、また別の足音がしては振り返った。
カン、カン、カン……高下駄を鳴らしながら目の前で立ち止まったのは、審査委員会会長、ネテロだった。
「体の方は大丈夫かの」
「あ、はい、まぁ」
帽子を取って、手当どうもです、と頭を下げる。その後、おそるおそる視線だけでネテロを窺った。
この人も見ているはずだった。が覚えていない、の行動を。シャルから言葉で聞いただけだが、あの場にはスタッフ、受験者、そしてこのネテロ会長、が校舎へ向かうその前に揃っていた面々がそのままいたはずなのだ。
着陸した際、飛行船出入り口に集まった受験者達の無言の視線と言ったら、思わずシャルの後ろに隠れてしまいたくなるほどのものだった。畏怖、嫌悪──それはまるで試験の中でさんざん目にしてきた、ヒソカを恐れる受験者達のようで、あらためてはシャルから聞いた事が紛れもなく事実なのだと痛感した。
顔を上げれば、やはり目の前にあるのはそういう視線ではないだろうか。タラップの中央では戸惑う、が、そんな心配は、高らかな笑い声にかき消されてしまった。
「ほっほっほ、礼儀正しいのう。あれだけ殺して失格になった奴の態度とは思えんわ」
……ス、ストレートだな爺ちゃん……。
「いや、ホント……ご迷惑かけました、すんません」
帽子を両手で握りしめ、小柄な老人相手に、気持ちの上では彼よりも小さくなるように身を縮めて頭を下げる。傍目から見れば、叱られてしゅんとなった犬のようなに、ネテロはまた笑い声を上げた。
「誤解の無いように言っておくがの」
「……?」
「ルールに反し、更に試験官を死に至らしめて失格になったとはいえ、それはあくまで"今回は"の話じゃ。ハンター失格、というわけではない」
顔を上げて、目を丸くする。そんなに、ネテロはにやりと笑った。
「特にお主の場合は、何やら複雑そうだしの」
ぎくっとするも、年のわりにどこか子どもっぽい表情でウインクをする老人に、何だか拍子を抜かれてしまった。仕方なく苦笑いを返していると、飛行船内から「会長、お時間が」との案内役の声がかかった。
「お主にその気があるなら、また来年受験するといい。なんびとの前にもハンターへの門は開かれとる。まぁ、辿り着くまでには長い試験が待っとるがの」
そんな言葉を残し、ネテロを乗せたハンター協会の飛行船は空へ舞い上がっていく。
……来年か……。
見送りながら、は一人、ネテロへと頷いた。
来年、きっと──
マチとは空港内で別れた。その口から出た「とりあえず帰る」という言葉は、やはり流星街の本拠地とやらを指しているのだろうか。
このマチも、A級賞金首の盗賊グループの、メンバー……
なんて考えながら彼女を見つめていると、案の定「何」と鋭く睨まれてしまった。慌てて何でもないとごまかし、にっこり笑って「またね」と手を振ると、訝るように、はたまた呆れるように肩をすくめて彼女は去っていった。
シャルの方はまだ時間があるとの事で、とりあえず二人は空港内をうろついていた。
壁一面のガラス窓の下に、いくつもの飛行船が見える。差しかける西日にそれらの影が長く伸びる広い発着場を、そして自分達の今歩いている天井の高い真っ白な通路をはキョロリと見回す。
やはり、あのピエロの姿はどこにも無かった。
「さすが手品師、消えるのもお手の物ってか」
呟くと、シャルが「何か用事?」と不思議そうな顔をしたが、そこは頭の回る彼のこと、すぐに「あ」と付け足した。
「ゆうべの?」
その頭に浮かべられているのは飛行船の、船尾での一件だろう。は頷いた。
ヒソカは間違いなく、俺の事を何か知っている。
あの時のヒソカの伝言を交えながらがそう言うも、しかしシャルはたいして驚いた様子を見せなかった。
「……もしかして、それも、気付いてたとか……?」
「うん、ごめん」
あんまりあっさり答えられ、はがくっと肩を落とす。
「……なんか、俺より、シャルの方が俺の事に詳しいんじゃあ……」
「大丈夫、多分ヒソカほどじゃないから」
……話を戻すのがうまいな。
また肩を落とした後、は道化師が残した伝言を思い出した。
"早く帰っておいで"、かぁ……。
「伝言頼んだ奴の事、問いただそうと思ってたんだけどな……」
呟きながら、目を伏せた。
そうさせた心の引っかかりはとても重く、鏡のように磨かれた廊下を歩むスピードはそれに従うように落ちていった。自然、変わらず歩いていくシャルとの間は空いていき、その声も遠くなっていく。
「問いただされるつもりが無いから、さっさといなくなったんだろうね。にそれを伝えるために試験に来てたんだとしたら来年再試験はしないだろうし、かといって居場所も、あの通り神出鬼没だからな……ダメ元で一度電話してみる?」
シャルがそこで振り向いた時には、既に十歩ほどの距離が開いていた。当然、彼は不思議そうに首を傾いだが、はそれにも気付かなかった。
問いただそうと思っていた。
"なのに、ヒソカはどこかへ消えてしまった"──それを、残念がっているわけではない。
正直なところ、どうすべきか、分からなかった。
もしもヒソカが目の前にいたとして、問いただせたとして、だがその口から出てくるのはきっと──
殺し屋だった、過去。
「」
呼びかけに、廊下に沈んでいた気持ちを引き上げるように顔を上げた。何でもない事をアピールしようと笑顔を作りかけるも、そこにあったのは、こちらの戸惑いなど全部見通したようなシャルの顔だった。
「腹、減ってない?」
「二名様ですね、こちらのお席へどうぞー」
空港を出て、入ったのは手近なファミリーレストラン。家族連れ、話を弾ませる若い女の子達、パソコンに向かうサラリーマン……日暮れの時間帯でなかなかに賑わっている店内の片隅で、達は席に着いた。
包帯にくるまれた腹は、思い出したように空腹を訴えていた。殴られたわりに元気なそれに運ばれてきた水を流し込みながら、先程までの悩みもどこへやら、うきうきとメニューを手に取る。
そしてシャルがさっさと注文を告げる中、はうーん、と長考に陥った。
ハンバーグステーキセットと、ビーフカツレツセット。
どちらにするべきか。
緊張感のない悩みですっかり頭をいっぱいにし、さんざんメニューとにらめっこをしたあげく、結局例によっては指を立て、「ど・ち・ら・に……」と取捨選択を始めた。と、その途端、
「あと、ハンバーグステーキセット」
シャルが勝手に店員に告げた。
まだ選んでる途中なのにッ! と抗議しようとしたが、はた、と気付いた。"結局、最初に選んだのとは逆の方になる"。そういえば、ビーフカツレツから始めた、ような……
じろっ、と睨むの向かいで、シャルは涼しい顔でメニューを店員に手渡していた。
「とりあえず、番号」
ハンバーグの上に乗せられた目玉焼きの黄身を潰し、嬉しそうにソースと混ぜるに、まだ手を付けていないカレーライスの上でシャルはケータイ画面を示した。
と、すぐに引っ込める。
「そっか、持ってないんだっけ」
シャルはテーブル脇のペンと紙("当店を何で知られましたか?"などが書かれたアンケート用紙だ)を手に取り、裏に何かを書き始めた。そしてへと差し出したそれには、十一桁の数字が並んでいた。
「これって……」
「ヒソカの。すぐかけてもいいし、ケータイ買ってからでも、気が向いた時でも。とりあえず番号だけ預けとく」
カツカツとお皿を鳴らしてライスとルーを混ぜ、スプーンを口に運びながら言うシャルは、やはりの迷いを見抜いているようだった。それに配慮してくれた事、それから番号のお礼を、
「サンキュ」
照れを隠しながら短い言葉に込めた。やっぱり友達って、いい。
「あー、そうだ」
声を上げながら、は更に上機嫌で、フォークでがさつに切ったハンバーグをソースにたっぷり絡めにかかった。
「ケータイ買わないとなー。試験中にも思ったんだよ。今まで電話する人なんていなかったから必要性感じなかったけど、やっぱいるよな」
話が一区切りついたところで、口へ運ぶ。肉は冷凍っぽいが、卵のまったり感がそれをカバーしている。美味い。
「……うん。来年の試験にも備えて買おう。後で付き合ってくれる?」
「金あるの? バイトしてもすぐ武器に消えるような事、言ってなかったっけ」
「……ちなみに、ケータイっていくらくらい?」
「機種にもよるけど、世界中どこでも通じるヤツとなると……最低で十万ジェニーってところかな」
「じゅうま……っ!?」
開いた口がふさがらなかった。
あまりの高額さに、その中へ入れようとしていたハンバーグごとフォークさえも落としてしまった。ナイフや銃弾の新調を我慢すれば、基本的にサバイバル生活のなら数ヶ月は暮らせてしまう金額だ。
五つのゼロがぐるぐると回る頭を、はついに項垂れるように抱えてしまった。手持ちを確認する気にもならない。絶対無いから。
「……ケータイもいいけど」
が重たい頭をふらふらと上げたのは、シャルがそう、口に物を入れながら言った時だった。飲み込んだのち、彼が続けたのはこんな言葉だった。
「来年の試験に備えるなら、念能力をどうにかする方が先だと思うよ」
……
…………は?
← back →
------------------------
念能力修行編、ファミレスよりスタート。
|