34. 求職中
「お二人様でお会計、2180ジェニーです」
レジを鳴らす店員に三枚の紙幣を渡そうとしたシャルを、慌てて制止した。
「自分の分は自分で払うって」
伝票をひったくり、"ハンバーグ×1 1200"と書かれているのを確認するとはポケットを探り始めた。
「金あるの?」
「人を無一文みたいに……ダチにおごって貰う必要のない程度にはちゃーんと持ってるっつーの!」
引っ張り出した小銭入れに手を突っ込む。
が、あると思っていた札の感触が無い。逆さまにして、全財産をレジにぶちまけ、余さず数えると──1560ジェニー。
「確かにちゃーんと持ってるね。おごって貰う必要のない程度には」
……それは嫌味っすか、シャルさん。
「じゃ、ここで」
ファミレスを出て、しばらく歩いた先の大きなロータリーでシャルは立ち止まった。彼の後について、いくら数えても残り360ジェニーの全財産をつついていたも足を止めて「あ、うん」と顔を上げた。
「それじゃ、一ヶ月後」
肩越しに軽く手を挙げ、あっさりした挨拶と共に背中を向けて歩き出すシャルに、は呼び止めるタイミングを見失ってしまった。伸ばしかけた手は、しかし体からごく近い空中を彷徨った後、仕方なく小銭の元に帰る。
聞きそびれていた事があった。
飛行船で目が覚めたばかりの時に気になった事で、けれどその後シャルの話を聞いて、今ではすっかり聞きづらくなってしまった事だ。
ロータリーを過ぎ、どうやら市の最も賑わう中心部へ向かっているらしい後ろ姿の──得にその首に薄く巻かれた包帯に、の視線は注がれた。
シャルが建物の角を曲がり、見えなくなってしまうまで。
寝付けなかったのは宙ぶらりんになった疑念が頭をぐるぐる回っていたからか、それともただ単に、気絶という名の睡眠を試験中に散々取りまくったせいだろうか。
結局ベンチで一晩を明かしてしまった翌朝、がまず向かったのは薄暗いコインロッカールームだった。
足を踏み入れると丁度、ゴオッ、という振動が降ってきた。
天井の上を走る列車は立ち並ぶアルミロッカーをくまなく軋ませたが、しかし朝のラッシュはもう過ぎた時間帯だ。いったん通り過ぎてしまうとそれきり地下は静まりかえり、次にそれが引き裂かれたのはが一番奥、一番下のロッカーを開けた時だった。
まずは、袖の隠し刃。ロックを外して抜き出すと、二つ揃えてロッカーへ収める。続いて一次試験の時にいただいた拳銃も、安全装置を働かせた後、奥へ。腰の鞭も程よく丸め直すと、刃の上へそっと置いた。
ため息をつく。
大好きな物をこうやって隔離するのは、当然気の進まない事ではある。だが、しかし。一体誰が、全身に武器を装備した男をバイトに雇うだろうか。
これは今までの一年で学んだ、求職活動前の悲しい儀式なのである。
「……うし、これで、最後っと」
裾から抜いた薄いナイフを収め終えると、久しぶりに列車が通過した。
こうしてロッカーがいっぱいになった分、身体はすっかり軽くなったのだが、
「……はあ」
裏腹に、は重く肩を落とした。
身体から離した武器たちは、薄汚れたロッカールームの中で一際輝いて見えた。眠れなかったゆうべを、愛情込めて刃を磨き上げる事に費やした至福の時間。思い出すとつい顔が緩んだが、そんな最愛の恋人たちをこれから狭い箱の中に閉じこめねばならないかと思うと、尋常でない名残惜しさが込み上げてくる。
嫌がる手を、しかし断腸の思いでロッカーの扉にかけた。
……これが今生の別れじゃあ無いさ。
うん、一段落ついたら必ず迎えに来るからな、それまで良い子に待ってるんだぞ、絶対、絶対すぐに迎えに来るぞ、迎えに……
……迎えに?
「──あああああっ!!」
悲鳴にも似た叫び声が、薄暗い地下いっぱいにこだました。
列車の音は逃げるように遠ざかっていき、後にはただ、勢いよく立ち上がったままどうしようも無く顔をひきつらせるの呻き声だけが残される。
思い出したのだ。
試験前にもまた、泣く泣く武器を預けていた事を。
そう、町近くの森の中、せせらぎの傍で選びに選んで持ってきた、ここにある物以外──全てをだ。
「む、迎えに……!」
思わず出口に走りかけた。が、預けたのは飛行船でこのカラザ市に来る前の話である。持ち金360ジェニー。ロッカー代に100ジェニー消えるとして、残る缶ジュース二本も買えない金額ではチケットなど取れるわけもなく、考え至ったは茫然自失気味に膝を落とした。
俺の……アホ……。
こんな重大な事を忘れていた自分も憎いが、金のない自分はもっともっと、最高に憎かった。一体チケット代が貯まって、迎えに行けるのはいつの事だ? いやそれより、それより──
今、目の前にあるコインロッカー。
その中からこちらを寂しそうに見上げている武器たちとの別れが、なお一層名残惜しさを増したのは言うまでもない話だった。
お金みたいに……
武器も、いつでもどこからでもお引き出しができればな……。
なんて馬鹿な事を、夜を過ごしたベンチで力無く考えていた。
横のゴミ箱から漁った求人情報誌を片手に、しかしそれをめくる元気は湧いてこず、車道に面したベンチの背にもたれきって、その向こう、広い通りを挟んだ向かいにある大きな銀行を首をねじって眺める。ぼんやりと。ちょっと涙目で。
馬鹿な考えだとはすっかり承知だ。
お金と武器は違う。違う場所で引き出した金は預けた物とはナンバーの違う別物なわけだが、価値は全く同じだから何の問題もない。しかし愛着のある武器に替えなどきくわけがなく、例え同じ品物のまっさらな新品を「お確かめ下さい」なんて手渡されたとしても、「はいどうも」と納得できるマニアなどどこにもいやしないのだ。
預けた所から今いる場所へ、全世界対象輸送サービスなんて物があればいいのだが、あいにくそんな便利なコインロッカーは存在しない。試験前に預けたあの武器達は、やはり自分の足で取りに行くしかない──分かりきった結論に辿り着いたは、盛大にため息をついた。
これからは、預けるのにも慎重にならないといけないな……。
情報誌を丸めたり広げたり弄びながら自分に言い聞かせた。何せ根無し草、預けた地に戻れないという事態がもう起こらないとは言えないのだから。
……しかし、いくら大事だからと言ってあの量を抱えて歩くわけにもいかないわけで、今みたいにバイトするとなればやっぱり預けないわけにはいかないわけで……
「……あああーッ!!」
悶々とただ広がり続けるばかりの悩みに、また涙目になりかけた所では跳ねるように立ち上がった。
もういい! この事は一旦もう忘れる!!
ベンチの前を通りかかろうとした女性が、怪しい作業つなぎ男の奇声に自分の娘を隠すように立ち止まったのには目もくれず、は求人情報誌を決意を示すようにグッと握りつぶした。
今はとにかく金だ、それが無きゃ何も始まらん!
武器の無い寂しさは、明日への活力に無理矢理変えて!
「目指せッ、鉄腕バイターッ!!」
拳を空に突き上げ、またまた不審者に成り下がろうとした、まさにその時だった。
パアンッという破裂音が開けた辺り一帯に響き渡り、酷く聞き覚えのあるその音には片腕を突き上げたまま、ぴくんと耳を揺らした。
……今のって。
そこでようやく傍の親子連れに気が付いたが、当の女性の方は既に警戒の対象を変えてしまっていた。無論、大通りを一瞬にして凍り付かせてしまった音にである。
左右の歩道をちらほらと歩いていた人々も、みんな足を止めていた。それらを隔てる二車線道路で信号待ちをしていた車もほとんどが青になっても走り出さず──しかし破裂音の正体を正確に捉えられている者は、徐々にざわつき始めた中にはいないようだった。
"それ"が大好きで大好きで大好きで仕方のない、作業着男を除いては。
パンパンッ
再び、今度は連続して乾いた音が鳴り響き、それに馴染みのないだろう一般人もさすがに気付いたようだ。
まず甲高い悲鳴が上がり、それを合図に恐怖におののいた通行人達はとにかく目に付いた方向へとぶつかり合いながら四散し始めた。車もあちこちで急発進し、中には動転したのか車を捨てて飛び出す者もいる。
そんな騒がしくなった車道──は無視して、その向こう。音が聞こえてきた向かいの通りだけを視界に映しながら、はゆっくりと振り返った。
興奮を抑えつつ、だが明らかに目の奥をきらりと輝かせながら。
飢えたマニアの手からするりと、求人情報誌が舞い落ちた。
吸い寄せられるようにベンチをひょいと乗り越えると、皆が散っていった車道は一回足を着けるだけで越えてしまい、向かいの歩道に軽々と着地。そうしてあっという間に音の発生源である建物の前に辿り着いた。
窓の数から二階建てと思われるが、随分と天井の高い造りらしい大きな建造物。レトロな豪奢さを刻み込んだ外壁の真ん中に、やはり凝った装飾と共に構えられた入り口があったが、内側からシャッターが下りていて中の様子は窺えなかった。焦らされたような気になって、は思わず舌打ちする。
最初と二回目は全然音質違ったな。後のは発射の間隔からしてオートマチック臭いけど最初のは? 銃声には違いないだろうけど……
ぶつぶつ呟きながらも半ば無意識に建物の窓をチェックするが、残念ながらブラインドが邪魔をしていた。分厚いガラスの内側の、それさえ紐を引っ張って上げられれば気になって仕方ない音の正体がはっきり拝めるのに──そう思うとうずうずしてたまらない。
軽い音だった気もする、でも妙に後に低く響くのが聞き慣れなくて、俺としたことがイマイチ銃の形が思い浮かばない……
自分の世界にふけりながらも、動かしていた足を機敏に止めた。
そしてきらりと目を光らせた。駐車場に面した建物の脇、陰った所にひっそりと設置されている関係者用のドアを発見したのだ。しかも都合の良い事に開いている。
理由は分からないが横倒しになっている掃除用カート。その車輪が一つ、扉止めのごとく挟まっているのは、あのファミレスの店員のごとく「どうぞこちらへ」と自分を誘ってくれていると考えていいだろう。
勿論、一も二もなく滑り込んだ。
……そっかそっか、この中から聞こえたんなら多少音もこもるだろうし、通りに並ぶ建物に反響したのも差っ引くとやっぱりあれは最初感じた通り単発式の──
滑り込んだ、短く狭い通路。うっすら灯る電灯の下、鼻先にぬっと現れた短いバレルには満面を輝かせた。
「そう! これ! 単発式2インチリボルバー!」
「動くな」
「……へ?」
テンション最高潮で指差した、想像した通りの小型拳銃と、それを構える三十そこそこくらいの男。彼の黒パーカーのフードをすっぽり被った出で立ちと威嚇するような低い声に、は数回ぱちぱちとまばたきをした後、ゆっくりと我に返った。
もう少し早く高揚が冷めていれば、ここに入り込んで銃を向けられる前に気が付いたかもしれなかった。ベンチの真向かいにあるこの建物が、ついさっき自分が眺めていた"銀行"だという事に。そこから銃声の響く事が、一体どういう事態かという事に。
今更「あ……」と気付いた眉間で、弾の詰まったシリンダーがかちりと回転した。
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銀行入りする経緯の案は色々あったんですが……一番間を抜くとこうなりました。
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