50. 収穫時




 弟子の念能力に名前をつけた。
 オレ全然考えつかないしお願いしますー、と頼んできたくせに、いざつけてやると微妙な顔をしたは、よほど自分の念の制約が、そしてそれを意識するのが嫌なのだろう。
 大丈夫だ、どうせすぐにお前のものじゃなくなる。
 と心の中では思いながらも、「なら自分で考えればいい、お前の能力なんだからな」 わざと優しげな口調で言ってやると、「うー……」 と黙りこくった。

 “メモリーボックス”
 記憶によって容量が左右される、念の箱。

 その制約が、自分のものになった時にどう反映されるのか。少し気掛かりだったので、名前にも反映させてしまったのかもしれない。




 ソシオタウンは退屈な田舎町、かといって市街地は特色の無いビルや外食チェーンばかり。今回の件がなければ立ち寄る価値も見出せない国だが、しかし北部、ちょうどあの屋敷に向かう道中には古書店が軒を連ねる町があった。
 自分の目ざとさのおかげで手に入れた本を読みつつ、クロロは待っている。
 街の中心部からやや離れたこの宿で、しばらく留守にしていた間に始めたというガソリンスタンドのバイトから弟子が帰ってくるのを。

 騒がしくドアが開き、油臭さを振りまく人間が洗面台へ直行するのを耳と鼻が感じ取る。しかし待っていたはずのそれや、目で追っている活字さえおざなりに、頭はもうしばらく別のことを考えていた。

 ……盗んでなお、メモリーボックスがの記憶に左右されるのなら別にいい。段々減っていこうと、そういう能力だ、仕方がない。
 が、問題は、制約があくまで“念の使用者(つまり盗んだ後はオレ)の失った記憶”イコール“箱の容量”だった場合だ。オレに失った記憶などなく、きっと容量は最初からゼロだ。
 そうなったら、そうだな、空き容量を作るために、記憶を選んで消去できる念能力者でも捜すかな。ああ、パクがそういうこともできたら手間がかからないのに……

 ぼんやり文字の羅列を眺めていると、ふと、もう一つ別の案がふわりと浮かんできた。
 パクどうこうより、もっと手間がかからない、かもしれない方法。
 ――盗まず、こいつを、仲間に。
 コンマ一秒かからず、そんな案は叩き落とした。素人銀行強盗を退治するのにあんなに時間を食うような奴など却下だ。
 あらためて思い出したの戦いぶりには、こいつ本当にゾルディックか? という疑問を持たざるをえなかった。加えて暗殺者の風上にもおけない間抜けっぷり……いや、あれもそれもすべては記憶喪失による弊害なのか……

「師匠、顔、怖いっす……」
 ちょっと開いた洗面所のドアから、ゾルディックの元殺し屋がびくついた顔で覗いていた。ドアからこっちへ出てこないところだけは、あの兄貴とそっくりだ。
 皺の寄っていたらしい眉間を揉みながら、また考える。
 記憶さえ戻れば、暗殺一家の名に恥じない実力も取り戻すのだろうか。
 しかし当然、その時には容量ゼロ。
 本人にとってはジレンマな話だが、クロロの結論はあっという間に出た。最初から、欲しいのは仲間ではない、出し入れ自在の念の箱だ。

 時計を見る。
 まあ一時間どころか十分とかからず終わるだろうが。確信しながら、傍に積んである本の山をトントンとつついて見せた。
 それをいつもの合図として受け取ったは、安堵したようにドアを押し開く。
 へーい、と返事をしながら歩いてくるその手が、念空間に溶けるのをクロロはじっと見ていた。
 取り出されたのは発泡スチロール。彼が物をしまう時に使う土台だ。それをテーブルに置き、その上に本を積み、両手で窓を作る。やがて出現し、発泡スチロールを削って消えていった念の箱を、クロロはじっと、見つめていた。

「“擦り切れる”と、“コート・ボドーロの紀行文”」
 しまった後は、新たな本を出すのも恒例となっている。二つのタイトルを口にすると、
「そんな本あったっけなー」
 難しい顔で見えない空間に手を突っ込む。しばし探っていただが、やがて引っ張り出した二冊の、その背表紙をまじまじ見つめ一人感嘆した。
「オレってプロ……」
 正直、クロロも少しそう思った。目をつぶった状態にも等しいのに、取り出そうとする物をこいつは本当に間違えない。
「どういう仕組みだ?」
「さぁ……」
「コツでも?」
 うーん……と長考した後のの答えは、これで“念についての質問に相手が答える”という条件を果たせているのか、ちょっと不安に思うほど微妙なものだった。
「勘?」

 勘か……。
 個人的にももっと具体的なことが知りたかったが、後で自分で検証することにしよう。
 それよりも、最後の条件だ。散々インドアフィッシュなどをけしかけた結果、“スキルハンター”のあの本に対するの警戒は最高レベルになってしまった。今までのようにすんなりとはクリアできないだろう。
 素直に手を触れてくれない以上、やはり……
 気絶させるのが手っ取り早いか。
 と慣れた手段に心を決めたクロロは、聞こえてきた金属の音にふと顔を上げた。それがテーブルに置かれた小さな平皿とフォークだと分かって、なお訝しむ。
 そんな視線に気付いたが、「お土産っす」 と空中からそうっと引っ張り出したのは、白い、取っ手付きの紙の箱。
「チョコと、なんかムースみたいなヤツ、どっちがいいっすか?」
「は?」



 それは、念能力に名前をつけてもらったお礼、ということだった。
 ちょっとお高い洋菓子店のロゴが入った箱を開き、「どっちでもいいっすよ、あ、両方でも」 とぐいぐい勧めるので、仕方なく円柱型の、白と黄色が折り重なったムースケーキを指さした。
 まあ、まだ五分も経っていないしいいか……とフォークを取り、柑橘系の香りのする“お礼”を口に運んだのだが――三口ほど食べた辺りでどうもおかしいと思い始めた。
 用意する段階では「飲み物は?」 だの「あー、こういうのってもっと色々買ってくるもんすかねー」 だのひっきりなしに喋っていたのに、こうして互いにケーキを食べている今はすっかり黙りこんでしまっている。
 いや訂正。は食べていない。全面にコーティングされたチョコレートに、フォークでいじいじ線を描いているだけだ。自分で買ってきた物を弄びながら、時折ちらりとクロロを窺い、逸らしては、使ってもない口元をもごもごさせる。

 こんなにあからさまではなかったが、似たような不自然さを醸し出していた人間を最近見たのですぐにピンとくる。最近と言っても一カ月と、半月くらい前になるだろうか。自分の中の最重要案件をいつ切り出したものか、とタイミングを計りながらクロロとネットカフェでお茶をしていた、シャルナークだ。
「何だ」
 シャルと違い、そのタイミングの計り方があまりにも鬱陶しいのでこっちから切り出してやると、は絵に描いたようにうろたえた。
「えっ、えっと、あのー……」
 ちょっと前から思ってたことなんすけど……とか、つけてもらった名前のことじゃないんすけど……などと前置きを並べた後、ようやく用件が顔を出す。
「相談が、あって」

「何だ」
 その続きがまたなかなか出てこず呆れるが、同時に、わりと何でも言葉や態度に表すがここまで出し渋る相談とは何だろうか、という意味でも眉間に皺が寄った。

「……思い出すと、ほら、容量減っちゃうじゃないっすか」
 ぽつぽつ話し始めたの視線は、チョコケーキ。フォークでつつく真四角のそれを、どうも自分の念の箱に見立てているようだ。
「もし、全部思い出したら、やっぱ、能力なくなっちゃったり……」
「するかもな」
 言葉を継ぐと、は苦い顔をしてフォークの先端を箱から遠ざける。
「だったら、やっぱ、思い出したくないっていうか……このままが、いいかなって」
 大歓迎だ。もし、“盗んでも、箱の容量はの記憶に左右される”場合にはぜひそうしてもらいたい。
 それに今のは、どうもかつて自分が殺し屋だったことを何となく察し、それを後ろ暗く思っている節が見受けられる。そういう意味でも、思い出すことに躊躇しているのだろう。なら……
「好きにすればいい。お前の能力であり、お前の記憶だ」
 こんな適当な、突き放した言い方でも百パーセント、は容量を保ってくれるに違いない。こっちも助かるし一件落着――が、相談とやらはまだ終わらなかった。

「その、つもりなんすけど……でもあの……」
 またまた言い渋る姿に、こっちまで食が進まなくなってきた。
 面倒くさい。
「ちょっと前まで俺、昔のこと思い出したかったんですよね。だからこの町を出て……」
 もしこれがあと三十分も続くようなら、問答無用で殴って手形合わせてやる、と頬杖をついて聞き流しモードに入ろうとしていたため、「放浪してみたり、ハンター試験受けたりしたんですけど……」 それは空耳かと思った。
 一応、念のため、確認する。
「……ハンター試験?」
「はい」
「……誰が」
「俺っす」
「……いつ」
「この前。あ、師匠に会う前の日まで、受けてたっけなぁ」
「まさかとは思うが、合格……」
「……してないっす」
 訊いておいてなんだが、思えば当たり前だった。ハンターライセンスを持っているなら、出会った日に無一文の宿無しでいたわけがない。

「そう、まぁ、今年の試験、落ちちゃったんすけど……」 とバツ悪そうに言うを横目に、次にクロロが思い返していたのは彼の兄、イルミとの会話だった。ヒソカが、が記憶喪失だと知った機会とは――ハンター試験、だったのかもしれない。
「で、来年こそ頑張る、って、思ってたんですけど……」
 試験会場でも目立つことこの上なかっただろう奇術師と、どの程度の接触があったのか、一応聞いておいてもいいかなと思ったが、やめた。
 また言い淀んでケーキにため息を吐きかけるの、あまりの鬱陶しさに。
 『何だ』、と睨むクロロと目が合うと、一瞬う、とひるんだ後、は意を決したように打ち明けた。
「正直、来年、どうしようかなって」

 ようするに――もう自分の過去を知る気はない、むしろ遠ざけたいくらいだというのに、それが出来る物、ハンターライセンスを手に入れようとするのはためらわれる。そういう話らしい。
 記憶が絡む以上自分にも無関係ではない。が、一緒に悩んでやる気にはならなかった。こんなことが言い渋っていた相談内容か、と背もたれを鳴らす。

 は思い出すことを恐れている。
 自ら過去に手を伸ばすことを倦厭している。
 その延長線上で彼が取得をためらっているハンターライセンスは、勿論使い方次第でどんな情報にも、見失った自分の軌跡にも迫れる代物だろう。しかし所詮、それ自体はツールでしかないのだ。

 そのことを言えば、一応の納得は見せたものの、しかしまだ煮えきらないでいる。
 ……ああもう、面倒だ。
 ケーキはまだ食べかけだが、話も、その後の事もとっとと終わらせたい。
「志望動機はそれだけか」
「え?」
 苛々と言うと、はきょとんとした顔を向けた。
「過去を知りたいだけで受験した、だがもう知りたくない。なら、わざわざ受ける理由も必要もない、以上だ」
 クロロの言葉に少しの間まばたき以外の反応を見せなかったは、やがて何かに思い至ったように、「あ」 と小さく口を開けた。
 迷いなくクロロを映すその目が、志望動機、まだあった、と雄弁に語る。
 あったのか。
 特に興味は無いが、まあ悩み相談はどうやら終わりそうなので本を出すのはやめて、ケーキの残りにフォークを伸ばす。
 しかし実際にが口にした動機は、“ハンターライセンスがあればどこでも運転可能”とか、“ケータイ代なんて目じゃない”など、クロロがケーキを味わいながら予想したどれでもなかった。

「来年頑張るって、友達に言ったんだった」

 ケータイの値段も、念のことも、来年の試験に必要だから教えてもらったんじゃん。やめたとか言ったら、かっこわりぃよ俺。
 そう、自分自身に語りかけるようには呟く。
 動機は何であれ、やはり再び試験を受ける方向で彼の悩みは決着しそうだった。分かりやすく、表情を前向きなものに変えていくのを横目にクロロは皿の上を片づけ終える。仕事のなくなったフォークをゆらゆら、ふと考える。
 友達……念能力者の友達、ね……

「……あ、れ?」
 の妙な疑問符にフォークを止めた。
「師匠に会ってから、もう一カ月は経ってます……よね?」
「一カ月と半月だ」
「げっ」
 やっべ、さすがにまずいよな、と一通りあたふたした後、は何やら心に決めた顔でいきなり見えない箱に手を突っ込んだ。
「師匠、ケータイ貸しくれると助かるんすけど」
「下に公衆電話がある」
「うー、小銭、あんまないんすよね……ん……うん?」
 突然浮かべた困り顔が、「え? んんっ?」 などという奇声と共に段々と深刻さを帯びていく。両手を突っ込んで何やら忙しそうなのを、クロロは『まさか念能力者の友達ってヒソカじゃないよな』 とさっき考えそびれたことを掘り返しながら眺めていた。
 アレを友達に据えるほど、肝は座ってないなこいつは。
 目の前で、まさに冷静さを欠いた様子で何かを探り、しまいには次から次へと箱の中身を引っ張り出し始めたを見てそう結論を出す。
 というか、何やってんだこいつは。
「それは外に出して来い」
 バンパーに手をかけ、既に左前輪を引き出しかけていたところを注意すると、ハッとして、慌ててそれらを支えたまま部屋の外に駆け出して行った。
 出しかけたものを、箱の中に押し戻すことはできないらしい。
 ふむ、と一つ学んで、まったく手つかずのチョコケーキにフォークを伸ばし、切り取る。食べる。ビターとオレンジピールの相性が悪くない。
 と、暇を潰している内にが、青い顔色をひっさげて戻ってきた。

「あの……」
 両手の人差し指で、宙に長方形を描く。
「こんくらいの紙、知りません……? ファミレスの、アンケート用紙なんだけど……」
「知らん」
 が盛大に散らかした収納物の中から、缶ジュースを拾い上げる。そのついでにばっさり答えてやると、彼の顔はいよいよ蒼白になる。
「な……なんで、ないん……」
 百パーセントのリンゴジュースだと分かり放り投げる。甘くない飲み物が欲しかったが、頼もうにも、持ち物を把握しているはおろおろするのに手一杯らしい。
 いや、何かなくしたようだから把握には失敗しているのか。
「飛行船! 容量減ったかもって、全部引っ張り出した時……! あっ、別荘地でも一回そやって容量確かめ……絶対どっちかだ、どっちかで……!」
 ……もしや、その声量とテンションの上がりようは、それらの心当たりにアクセスすればどうにかなるかも、とでも思っているのだろうか。
「ファミレスのアンケート用紙だろ」
 横から口を出す。
「客室に落ちていればそれはゴミで、野外に転がっていれば風に飛ばされる塵に同じだぞ」
「う……で、でも、せめてあの別荘には探しに……すんげー大事なもんなんすよ!」
「武器よりも?」
「え、あー、えーと……お、同じくらい!」
 そいつは相当だ。納得している間に、は「ちょっといってきます朝には多分戻りますっ」 と外に出しっぱなしているのだろうセダンへ直行しようとしていた。その襟首をひっつかむ。冗談じゃない、一時間が過ぎればまた一からだ。
「ちょ、なんで、離してくださいよっ、離せっ!」
 ちょうどいい、このまま殴ってやろうかと、右手を空けた。
 その時だ。
「マジで、ほんっと、一生のお願い……てか、一生シャルに会えなくなったら師匠のせいっすよ……っ!」
 自分の耳を疑うことの、なんて多い日だろうと思ったのは。

 …………シャ……

 ばたばたと、以前こうして銀行から連行した時などとは比べようもないほど強い力で抵抗を続けるをそれでも左手一つで制しながら、クロロはここ一カ月半の記憶をあらためていた。
 本を出すのはやめた右手を、腰にやり、言葉を選ぶ。
「連絡先でも書いてあるのか」
「そ……そうなんすよ! だからあれが無いと電話でき」
「番号を覚えては?」
「な……いっす……」
 自分の落ち度の大きさに、抵抗する気力も萎えたようだ。襟首を自由にしてやると、そのまま床に膝と手をついて「みんな覚えてるもんなんすかね……」 弱々しく呟いた。oと、rと、zを用いるネットスラングによく似ている。
「そんなに会いたいか」
 丸まった背中に問うと、oの部分が上下した。
「念なら、もう教わる必要はないだろう」
「そーいうんじゃないんす……」
 憤りのにじむ声が、かろうじて聞こえてくる。
 クロロに対する答えはそれだけで、あとは頭をすりつける勢いの自責だった。
「……あー……なんで……どーしよー……」

 それを、しばらく見下ろしていた。
 見上げた時計は、まだ二十分以上残っていることを告げている。
 が、降って沸いてきた繋がりを考慮するには、二十分しかないとも言い換えられる。
 自分が切り取ったチョコケーキ、奪うはずの念の箱に視線をやりつつ椅子に腰かけたクロロは、再び、言葉を選び取った。
「行ってこい」
「……ふぇ?」
 情けない表情を振り向かせたは、やがてハッとして飛び起きた。椅子にぶつかりよろけながらもドアへ猛進しようとしていたところを、
「ちなみに」
 呼び止めれば、壁の向こうで急停止したが顔だけを覗かせた。
「ハンター試験、どこまで残ったんだ」

 言いにくそうに右上空を仰いだ後、彼はこう自嘲した。
「最後の最後で、その、ドジっちゃったかんじっす」




 ケータイのアドレスメモリで、シャルナークの名前を探していたが、ふと中断させて部屋を出た。
 一階までの道すがら、ここ最近の、小さくも注視すべきだった事柄を拾い上げる。

 の、念を教えてもらう予定だったという友達。
 仕事の実働を断り、さらにしばらく体を空けたいと申し出たシャル。

 ハンター試験のことを尋ねた時の、「何でもない」 と笑んだ様子。
 そんな彼と、は最後の最後まで同じ受験生だった。

 思えば試験の翌日だったあの日、自分は両方と会っているわけで、自分自身があの街に足を運んだきっかけがシャルのハンター試験だった以上、に会ったのもある種の必然だったのかも知れず……いや、それはともかく。
 あの記憶を失って一年そこそこのすっとぼけ男が、幻影旅団なんて名前を知っていたことをあの時自分はもっと掘り下げるべきだった。

 ちょっと反省をしている内にたどり着いたのは宿内にある公衆電話。
 小銭を入れ、ケータイを参照してボタンを押していく。
 コール音が、一回、二回――相手方の液晶には“公衆電話”とだけ怪しく表示されているだろう――三回、四回。
 五回目の音が、途切れる。

『……もしもし?』
 窺うような間を開けてのその決まり文句は、誰からかも分からない着信に応える声にしては明るく、わずかに上擦ってもいた。
 なかなか素直な反応に、思わず笑い声が漏れそうになる。が一方的に、というわけでも、やはりないらしい。
 そしてたっぷり間を置いて、「俺だ」 と告げた後のリアクションがまた素直だった。
『…………は……』
 息が漏れただけのような疑問符は、彼らしくもなく頭がこんがらがっている様子だ。おもしろい。が、
『……団、長? なんで公衆電話?』
 いつも通りの声の調子に戻ってしまい、つまらないので遊ぶのはこのくらいにした。
「充電切れだ。今、本拠地か?」
『そうだけど』
「なら伝えておく。しばらく戻らない。俺からの命令も特に無い。好きにやっておけ」
『え、何それ、しばらくって――』
 言葉の途中で、シャルの声が遠くなる。『なんか、好きにやっとけって』 誰か傍にいるらしい。
『みんな暇暇うるさいんだけど。何かめぼしい情報ない?』
「お前も暇なのか」
『え』
 体を空けたいと言った割には、という意味を含ませた問いかけは、意地が悪かっただろうか。シャルは分かりやすく返答に詰まり、口篭る。
『……まぁ、今のとこは』

 恨むならを恨め、と微笑する。暇なのは、あいつが連絡先のメモをなくしたせいだ。
「情報か……あるにはあるが、それはこっちでやる」
『オレらはオレらで好きに……ね』
 ため息まじりの声の後ろで、うっすらフィンクスの声が聞こえた。それと同じ内容を、シャルが復唱する。
『今何やってんの団長?』
「ちょっとな」
『ちょっとな、だって』
「何、長引いても来年には帰るさ」
『え、来年って』
「じゃあな」

 シャルの困惑を引き剥がし、受話器を下ろす。
 お前も知ってるだろ、来年になればあいつはハンター試験を受けに行く、長引いてもそこまでだ。

 盗まず、こいつを、仲間に。
 再びふんわり浮かんできた案を、地面に落ちる前にシャルの手が掴んでいた。勿論彼が実際にそう考えているかは知らないが、少なくとも電話の様子では、盗るだけ盗ってさよならすることにいい顔はしないだろう。
 記憶と容量について不安材料はあったため、念能力“メモリーボックス”を手に入れるという意味では、これはこれで最良の選択だとも言える……自身の実力を除けば。仲間にとは言うものの、頭の痛いことに、非念能力者でも例えば腕に覚えのある警備員なら、下手をするとヘタを打つ危険性があるレベルなのだ。

 なら、どうする。
 残るその問題点にも、やはりシャルの声が答えを生成した。
『ろくに記憶は戻らなくても、念は使えるようになったんでしょ? だったらその先も向上する可能性は十分あるよ。素質はお墨付きだ。なんたって――』
 ――ゾルディックの人間なのだから。

 しかしながら、残念だがシャルでは指南役は務まらないように思えた。二人共がうずうずと会いたがっているような“お友達”では、せいぜい練習にはなっても、修業にはなりえない。
 だから、しばらくは戻らない。
 長引けばハンター試験のその日まで、もう少しだけ、師匠と弟子の関係だ。




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だんちょうのいじわる。