52.出会う
お茶?
お茶ってなんだ?
俺と修業中だろ師匠お茶ってなんすか!?
と、何においても問い正したいことはそれだったが、当の本人がここにいない以上わめいたところで意味がなく、余計に疲れ、さらには見知らぬ人の前で恥ずかしい思いをするだけだったので我慢した。
そう、ここにはと、長い黒髪と猫目が印象的な青年だけ。
じっとこちらを凝視しっぱなしの彼のことが、お茶の件の次にとても気になった。クロロの名を呼ぶ人に会うのは、初めてだったからだ。
「……あの」
「何」
「師匠……クロロの、知り合いの方、っすか?」
数秒、理由の分からない沈黙が流れた。
青年の顔は美形だが作り物のようでもあり、いまいち反応が読み取れない。困ったがまばたきを多くしていると、前触れなく彼は静寂を壊した。
「まあ知り合いかな。電話番号も交換……」
そういう動きの人形細工のように左上を数秒仰ぎ見て、きっかり元通りに首を戻す。
「……は、してないや。こっちは教えたけど待てど暮らせど連絡ないんだよね。クロロの番号知ってる?」
「い、いや、知らないっす」
「何で?」
「何でって……あ、俺ケータイ持ってないんで」
突っ込んで訊いてきたわりに、青年の次の言葉は「ま、別にいいや」 だった。
「連絡なんて最初から期待してなかったし。待ってもなかったし」
ペースの自由な人だ。類は友をと言うが、完全にクロロと似ている。
そんな悪印象より、もっと言えば会話の内容よりも、には無視できないことがあった。
この人が似ているのは、クロロではなくもっと別の人物のような気がしたのだ。そしてそれは性格でも、見た目でもなく。
声。
でもどこの誰に似ているのか、出てきそうで、出てこなかった。もやもやしてたまらないが、『もうちょっと何か喋ってくれません?』 とお願いするのも変な子だ。
なので自然な感じに、会話の糸口を探してみる。
「えーと……あ、師匠に用事っすか?」
「お前、馬鹿なの?」
「え」
「クロロはお茶してるってオレ言ったよね。彼に用事ならオレなんでここにいるの。そんなのオレが馬鹿だよね」
初対面で馬鹿って言われたり、でもその後の説明はごもっともだったり、驚いたり恥ずかしかったりで忙しかったが、声だけはちゃんと聞いていた。自分のろくに無い記憶を手当たり次第にひっくり返し、ようやくひとつ、彼に重なる声が浮かび上がる……しかし。
気になんてしなきゃよかった、という後悔しか残らなかった。
その声質も、喋り方も、何より少し棒調子なところが他人とは思えないほど彼とそっくりなのは、あいつだ。
あの屋敷で、鏡に襲われる前、無線機越しに話した、あの。
今となってはこれ以上思い出したくない、過去の記憶の登場人物。
……いやー、うん、似てる。同一人物じゃないに決まってるけどいやぁびっくりするほど似てるなぁ。
ということにしておきたかったのに、
「オレが用があるのは、クロロじゃなくて、お前だよ」
ずいっと顔を寄せられてそんなことを言われ、似てるなぁでは片づけられなくなってしまった。
俺に用って、なんで? ……初対面、だろ?
そう心の中で問いつつも、高速で駆けめぐるのは嫌な予想ばかりだった。同一人物じゃないのか? 俺のこと知ってるんじゃないか? だからこその“用”なんじゃないのか? ――それに無理やり、ストップをかけた。
「あの、すみません!」
この人のことは知らない。けれど、無線機で話したあいつについては知っていることがあった。だから、確かめるのだ。
「俺、って言うんですけど」
一応の礼儀を果たしてから、意を決して問う。
「な……名前は?」
青年は少しも表情を変えず、じぃっと、を見つめていた。
そのクロロとはまた違った圧力に耐えながら、固唾を飲んで返答を待つ。
二回目に思い出した記憶の中で、しつこく『仕事が終わったら無線機で連絡しろ』 と注意を促してきたあの声の主は、後から出てきた年上の人物を『親父』 と呼んだ。そして“親父”は、声の主を『イルミ』 と。
その名を聞いたのは、それが初めてではない。
『“早く帰っておいで”。イルミが心配していたよ』
ヒソカだってその名前を口にしていた。どう考えても、同じ“イルミ”なんだろう。
イルミじゃ、ないですよね。
目の前の青年に懇願の念を送る。しかしなかなか是とも否とも返ってこず、その沈黙に焦れて、焦れて、腹と胸がきりきり言う。
というか……こちらにとっては重大な事とはいえ、単に名前を聞いただけなのに。
なぜ黙ったまま何も言わないのか。
なぜ、お面のような無表情を徐々に近づけてくるのか。
逃げるように首を引っ込め、その顔を怖々見上げる。
それって、暗に、肯定?
ホントに、この人、俺の――
「……ギタラクル」
不意に動いた口元が、音を放った。
それが予想と違いすぎていて、つい目が点になる。
ぎ。
ぎ、た、ら、く、る……
一音一音、その名前を反芻して、何度も確認して。
やがては小さく拳を握った。
…………祝、別人!!
「そう、そうっすか、ギタラクルさん! あっ俺はって言いま……って言いましたっけ、うんそうだったそうだった。あ、俺に用って何ですか? やっぱり師匠のことで?」
そもそも師匠とどういう知り合いなのかなーと、心配事の無くなった頭には聞きたいことがぽんぽんと浮かんできたが、バカだなとりあえずギタラクルさんの用事が先だろ! と上機嫌で自重した。
それとは逆に、なぜかギタラクルと名乗った青年の方がどこか疲れたように腰に手を当て、息を一つ吐き出す。
は首を傾げたが、ため息の理由を口にすることなく彼は、
「うん、クロロのこと」
と用事に話を移した。
「なんであいつと一緒にいるの」
なんでと言われても……
銀行で会って、念教えてくれるってことになったけど最初はほとんど拉致られて……って、なんか長くなりそうだ。
どう掻い摘んで話そうかと腕組みして考えていたが、そういう説明は、どうやら彼は求めていなかったらしい。
「お前、あいつがどんな奴だか知ってるの」
まぁ俺も会った後で親父に聞いたんだけどさ。そう付け足された言葉より、『どんな奴だか知ってるの』 ――その険のある言い方が少し引っかかった。
「まあ、一応、知ってるつもりっすけど……」
「蜘蛛の頭ってことも?」
頭……って、リーダー? 師匠リーダーなの? おかしらなの?
それは知らなかったが、知ってると言ったからにはそれを顔に出したくはなかった。ええまぁ、当然、といった風に頷く。
しかしまるで見透かすように、ふーん、と鼻を鳴らされて、それがまたの反発心を煽った。
盗賊だとなんか悪いの? 俺の友達も盗賊だけど?
何が言いたいのか分からないが、何が来ても平気な態度でいてやろう、そんな意気込みで腕を組み直しかけて――
「じゃあ、念を盗むってことは?」
組む手前で、固まった。
ええまぁ当然、の顔を張り付けたまま、しかし口からは素直に「……え?」 と疑問符が漏れてしまう。
バレバレな反応に、ギタラクルの猫目が細まった。
「クロロ・ルシルフルの念能力は他人の念を盗むこと。盗んだ念を自分のものにして、自在に扱うこと。やっぱり知らないで一緒にいたんだ」
「え、いや――」
「記憶喪失で、念を忘れてたって?」
言葉がうまく紡げないでいるを、青年が首を傾けて覗きこむ。
「そんなお前に念を教えたって言ってたけど、そうやって身につけさせた能力を、初めから盗むつもりだったんじゃないのか?」
「そ……」
「そういうそぶり、なかったの」
「そぶり、って……」
「まぁ、しばらく見てたけどまだ盗まれてないようだし、今の内だな」
「……え?」
「念を奪われたくなかったら、あいつから離れることだ。オレからの忠告。今なんて丁度いいんじゃない、なんなら時間稼ぎぐらいはしてあげてもいいよ」
「な」
そのまま、口を閉じられなかった。
初めて知ることへの衝撃と、戸惑い。
それらの整理がなされる前に、むしろそれらを押しのけて、沸々と湧き上がってきたものがあったのだ。
一度無理やり口を閉じ、噴き出しかかっていた感情を押し込めて言う。
「師匠に、確かめてからに、します」
「……やっぱり馬鹿なの? 捕縛されて無理やり能力絞りとられるに決まってるだろ」
「そんなの……!」
また、一旦ぐっと抑える。
「ギタラクルさんが、言ってるだけだろ」
反発の意をくみ取った青年が、じろりと視線を降らせる。大抵の人間を黙らせられるほど圧力のあるものだとは感じたが、クロロに比べれば軽く、そしてに対する強制力もなかった。
結局はそういうことだ。
会って数分のこの青年と、クロロ。自分の中でどちらが重いか。
「一カ月半師匠といたけど……念覚えてからだって半月以上経つけど、何にもされてないし、念だって使えてるし」
青年に対抗するように、視線をぶつけ返す。
「ホントに盗むつもりなら、とっくにやってるんじゃねえの?」
という理屈も成り立つが、一番大事なことは他にある。
名前しか知らない青年と、一カ月半ずっと一緒にいて、非常に乱暴ながらここまで導いてくれた念の師匠。
どちらを信頼しているかなんて、愚問だ。
これ以上クロロをおとしめるようなことを言うのなら、知り合いだという話も怪しくなってくる。色々恨みの買ってそうな人だから、この青年の目的も仕返しの類なのかもしれない。
そんなことを思いついて、はさらに敵対心を燃やした。
「……お前」
言いながら青年が一歩近付き、顔を寄せたことにたじろぐも、「何すか」 なめられまいと返す。
短くもにとっては緊迫した対峙の末、青年が続けた言葉は。
「人の目を見て話すんだね」
…………はい……?
肩すかしを食らったが返す語句に困っていると、青年は不意に斜め後ろに首を回した。
その先の枝葉が揺れたかと思えば、降ってきたのはの表情を明るく変える人物。
「まだこの国にいるとは思わなかったな」
師匠!
と声を上げるのは、一目見てためらわれた。発するオーラが、妙に、黒い。
「帰るなんて言ってないと思うけど」
「尾けたのか。あれからずっと?」
「おとなしく待ってるとも言ってないよ。そっちからの連絡もないしね」
「必ず連絡するとは、オレも言わなかったはずだ」
「でも、“返す”とは言ったよね」
クロロが歩み寄ることで少しずつ距離を詰めるその二人に、は何も差し挟めなかった。むしろ、彼らから少しずつ距離を空ける。
「気が変わった」
クロロの足が止まり、ようやく定まった目算十メートルという微妙な間合い。そこに渦巻く空気は、微笑と、無表情をそれぞれ浮かべる人間達の間にあっていいものではなかった。
相手を窒息させるほどに濃く、押しつぶすほどの圧迫感に満ち、それでいて、うすら寒い。多分ここに飛び込んだ虫はみんな死ぬ。
は退いた。死にたくはない。
というか、やはりとても友達には見えない。ただの知り合いにも。
俺の思った通り、やっぱり師匠の悪行がたたってよくないインネンを――と納得していたのも束の間、片方の威圧感がふっと収まった。に言わせるなら、“インネンをつけてきた方”だ。
「まあ、別にこっちも返してもらいに来たわけじゃないよ」
感情のこもってない猫目がを見る。……いや、数秒、十数秒と見つめ続けるその長さに、何かしらの彼の思いが表れているのかもしれない。まったく、分からないが。
長い黒髪を翻す間際、ギタラクルと名乗った青年はの脳に刻みつけるように、一言だけ言い残していった。
「忠告は、したからね」
忠告。
こうしてクロロが傍にいる状態で聞くと、さっき以上に苦い気持ちになる。
青年が去った方向を見やったまま……いや、正しくはクロロの顔を見られないまま、おずおずと尋ねる。
「あの、今の」
「尾けるぞ」
「は?」
「いいから絶」
言われた通り気配を殺して、クロロの後を追うように林を、町を、市街地を移動して、行き着いたのは空港だった。
「……どうやら、今度はホントに国を出るらしいな」
滑走路を遠目で窺いながら、よしよしと頷くクロロ。双眼鏡から離した目が若干怖い。
わざわざ尾行して、防砂林に潜んでまでそれを確かめるなんて……どんだけ嫌いなんだ。
隣で見ているだけでありありと伝わってきたので、さっきの人とは一体どういう関係かを尋ねることはやめておいた。その代わり、
「あのー……さっきの人が言ってたんですけど」
クロロが振り向く。その際に投げてよこした双眼鏡をキャッチして、傍らに……少し時間をかけて置いてから、は続けた。
「師匠の、念のこと。その……他の人の念を盗むって」
「それがどうした」
「え、あの……ホントに、盗むんすか?」
「ああ」
「…………」
あっさり肯定されすぎて、はフリーズを余儀なくされた。
え、ちょ……あの人の言った通りなの?
「“盗賊の極意(スキルハンター)”がオレの念能力だと以前言わなかったか? インドアフィッシュもビューティフルストーカーもそれで盗んだ」
「あの……メモリーボックスも、盗むとか、そういう気は……」
クロロは、意味ありげな微笑に乗せて答えた。
「さあな」
「さ、さあなって……」
「心配か?」
控えめに首を縦に動かす。
「ならいいことを教えよう、オレは、その念能力を目にしてすぐじゃないと盗めない。だから、使わなければいい」
と、いうわけで。
そう歌うように言いながらクロロが腰を上げるなり、のおでこは小石の多い地面にめりこんでいた。頭の前と後ろが痛い。後頭部を、はたかれたらしい。
「はいリセット。邪魔者も消えたし修業の続きだ」
「ひどい、不意打ち……」
の涙声は、すでに誰もいなくなった防砂林にむなしく響いた。
この二秒後、警戒する間も、クロロの念能力のことを考える間もなく本日一番の飛び蹴りをくらうことになる。
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次回イルミのターン
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