53.青灰色
自家用の小型飛行船から、今飛び立ったばかりの街を見下ろす。
が気にならないわけではない。が、これがイルミのタイムリミットだった。
なんか蜘蛛と一緒にいるみたいだけど、どうする?
父親であり、ゾルディック家現当主であり、そして仕事で幻影旅団に接触したことのあるシルバ・ゾルディックに電話をしたのは、屋敷でクロロと話した直後だった。
蜘蛛のどれだと訊くので、名前と身体的特徴をいくつか伝えると、やはり覚えがあったようだ。旅団の頭だな、と父が言う。
へぇ、頭だったんだ。
勿論意外に思うほど、会った男は弱くなかった。戦ってもおらず、練さえも見ていないが、ただ纏をしてそこにいるだけで彼は自分の警戒網に引っ掛かった。勝てるかどうか、微妙なところ。その能力も不明な以上、危険は冒せない。
そんな判断からあっさり引いてきての、『どうする?』 という質問だった。
クロロが一人で接触してきたのは、には会わせないという意思の表れ。の何を好き好んでいるかは知らないが、『そのうち返す』 というのはかなり疑わしい。
取り戻そうとすれば幻影旅団と敵対することになる。
危ない橋は渡れない。
旅団には手を出すな。父からの命令もある。
しかし、その危険な旅団と共にいるというを放っておいていいものか?
自分一人では答えが出せずにこうして父に指示を仰いだことが、正しかったとすぐに実感した。ケータイの向こうからこんな情報がもたらされたからだ。
蜘蛛の頭は、念能力を盗む。
……なるほど、だから、返す気はないわけだ。
なら多少のリスクは覚悟してでも蜘蛛は排除すべきかもしれない。当然父か祖父に遠征願って最大限のリスク軽減は行うつもりだが、無傷というわけには――
しばし無言で考えていたところへ、電話越しの父は意外な命令をイルミに下した。
放っておけ、と。
何で?
すぐさま訊き返すが、何でもだ、という返答しかない。
蜘蛛の危険性を通告したのは他ならぬ父だというのになぜ? 矛盾に眉を顰めたが、の件に関して、父の態度に淡白さを感じるのはこれが初めてではなかった。
ハンター試験に参加したヒソカからの情報――記憶喪失だということ、来年の試験も受けると思われることを報告しても、そうか、の一言だった。
祖父のゼノにも同じことを報告したが、大して驚きもせず、父と似たような反応。やがて思い至った。自分とは別のルートで、二人はすでにの現状を把握していたのではないか。
そして、今の“放っておけ”。やはりそんな気がしてならない。
念能力を狙う旅団の人間と一緒にしておくのに、納得はいかない。
だが父が放っておけというのなら、そうする以外にはなかった。当主の命令は、家の行動指針そのものだ。
ただ、その当主は自分に、“今すぐ帰って来い”と言ったわけではなかった。なら――次の仕事が入るまでの時間は好きに使おう。
尾行した。
宿を見つけた。
張った。
一人で旅団の頭を相手にするような馬鹿なマネをする気はない。彼の警戒範囲外から、針を打って上げた視力で動向監視したのは、ただ確かめておきたかっただけだ。
『ボクは、キミの知らないを知っているようだ』
あの、ヒソカの言葉を。
その片鱗は、数日の内に目にすることができた。
使用者の武器への偏愛っぷりがモノを言う“この世のすべては俺の武器(アームズラバー)”なんて盗んでも、以外に使いこなせるわけがないのに、とずっと不可解だったが、なるほどと思う。
あの盗賊の狙いはそれじゃない。
様々な物をしまえ、何もないところから出せる、イルミの知らないの能力が欲しいのだ。
新しい能力の発現に説明はつけられなかったが、そんなことよりも、理解しがたい事象がイルミの目を丸くさせた。
ガソリンスタンドで、きびきびと車を誘導し、はつらつと挨拶をする。見た目はどう見ても・ゾルディック。自分の弟。だが。
…………。
あれ、誰?
写真に撮っておくかどうか、迷って、結局やめた。
親父に見せてもやっぱり反応は薄そうだし、母さんに見せたら……笑顔のなんて見せたら、卒倒するかもしれないな。
そうして家族を気遣っているうち、遠まきに見張っていられるのもスケジュール的に限界が訪れた。仕事が入ったのだ。今日中にこの国を発たなければならない。
最後に話をしておこうか、と考えた。
放っておけとは言われたが、父もきっとその目での記憶喪失を確かめたわけではないはずだ。
の現状を、正確に把握しておこう。
そうして今日尾行した先は、町外れの雑木林だった。
まだ能力を盗まれた様子はなく、それどころか、今日は体術の稽古らしきものをつけはじめた。一体何を考えている? あれも盗む過程の一つか? それにしてもあれくらいの不意打ちも避けられないなんて俺や親父の教えの何を聞いて――あ、記憶がないのか。
枝に逆さにぶらさがり様子を見学していたが、クロロからの三撃目は一向になかった。はその場で辺りを警戒しているが……
と、そのせいで、こちらもいるのがバレるんじゃないかと移動を余儀なくされてしまった。
そもそもそういう才はオレより上なんだよな。絶とか円とか。暗殺者としては優秀。連絡はすぐ怠るけど。
一年前までの弟の評価を思い出しつつ、移動がてらイルミも辺りを探ってみたが、クロロは近くにはいないようだった。
今なら、接触可能。
見定めたイルミは、まず念のためクロロの居場所を特定した。時折時間を確認しながらコーヒーを飲んでいるのを認めてユーターン。そして、五時間経っても攻撃がこないことに疲弊、または油断しているに近づき、そこでわざと絶をやめて振り向かせる。一年ぶりの、再会。
が、そこからの会話は、ただもうひたすら、イルミが呆気にとられるものだった。
記憶喪失というのは本当で。
は実の兄の顔も名前も覚えておらず。
たまに使う偽名を言えば、笑顔でそれに納得し。
そして、クロロ・ルシルフルという男を師匠と呼び、並々ならぬ信頼を寄せていた。
バイトしたりケーキを買って帰ったりしているから予想はしていたが、やはり無理やり捕われているのではなく、自分の意思で一緒にいるらしい。
あの男の正体も目的も、何も知らないで。
だから、忠告だけはしておいた。キレられるとは思わなかったが。
飛行船は、眼下の国に弟を残して飛んでいく。
その速度に合わせてゆるゆると思い返すのは、自分をきつく見据えたの目。
何も疑おうとせずクロロをかばい、自分に楯突くその態度。無言で頭を引っ付かんで土の中に埋めてやりたい気持ちもあったが、それ以上に、あの時イルミは不思議で仕方がなかった。
何が不思議か。
違和感の正体を探ろうとに顔を近づけて、挑戦的に睨んでくるその二つの目をじいっと見つめ返す。そうやって対峙した時、分かったのだ。
あ、そうか。
「お前、人の目を見て話すんだね」
オレの知っているは、オレと目を合わせたことなんてなかった。
いつもニット帽の下に隠れていて、武器に注がれる以外は大抵地面に伏せられている、他人を認識しようとしないの双眸。
父親譲りの青みがかった灰色を、ああしてじっくり見るのはおそらく初めてだった。あまつさえ、それに確固たる意思が宿っているなんて。
あの街はもう見えない。
向かっている国もまだまだ見えず、窓から目を離したイルミはククルーマウンテン、自分たち家族の家を脳裏に描いた。ある疑問と共に。
親父は知ってるのか?
が、親父の育てた息子じゃなくなってるってこと。
……まぁ、いいや。
それを訊くかどうかは、仕事が終わってからゆっくり決めようと、イルミは浮遊感の中で目を閉じた。
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針打って視力上げるとかイルミさんならできそうな気がするんですが、どうだろう。
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