55.美術館




 避けて、受け止めて、入院して。
 攻撃を連続して防御できるようになってちょっと調子に乗っていたら、スキルハンターを消して両手の自由を手に入れたクロロに再び病院送りにされて。
 そんな町外れの雑木林と病院を往復する生活がひたすら続く中、ふと気付いてみればハンター試験が終わってから半年という月日が流れていた。
 病院のロビーのテレビでそれを知り、脱力してソファに座り込んでしまった。
 俺はどれだけバイトしてなくて、どれだけシャルに会ってなくて、そしてどれだけ――武器に触ってないんだろう。
 一度、どうにもたまらなくなって、院長先生に「お願いですメスくださいっ!!」 と懇願したことがあったが、叶わず、代わりに涙を流されながら「君は一人じゃない! だけど死んだら一人だぞ……!」 と抱きしめられた。先生はきっとたくさんの人を救ってきただろうし、これからも救えるだろう。その優しさには感じ入った。が、以来、果物ナイフやハサミ貸してくださいとも言えない。
 ただ色々犠牲にした分、この数ヶ月で得たものは多大だった。

 例えば。
 たった今、気配を殺して忍び寄るクロロにぴくりと気付くことができたし、彼がほんの一瞬漏らした殺気にも反応することができた。
 振り向く間を惜しんでとっさに前へ飛べば、が座っていたベンチが盛大に砕け散った。使用された凶器は、強大なオーラを収束させてすっかり武器と化した本の背表紙。その使い手クロロはベンチだった残骸を飛び越えてに迫ると再び武器を振りかぶった。
 それを避け、ガードに足るだけのオーラを左腕に移動させて追撃を弾く。
 近頃は防御だけではなくこちらからの攻撃も修業に取り入れられていて、その成果により素早くオーラを移動させた右手、左足を連続で繰り出せば、そこでようやくクロロは退いた。
「い……いきなり何すか!」
「ちっ」
 本を消し、不満そうに白い木片を踏み散らすクロロ。
 ちなみにここは、が入院中の病院の中庭だ。

 突然の破壊劇に慄く御老人や、それにガタガタと寄りそう白衣の天使、ぽかーんと口を開けている子供達……皆の視線が痛い中、それにまったく気付いていなさそうなクロロに小声で囁いた。
「師匠……それ、器物破損です」
「お前が避けるからだ」
「お、俺のせいっすか」
「今度は避けるなよ」
「い、ちょっと……」
 
 いつも見舞いになんて来ないのに、突然やってきたと思ったらなんで暴力っ?
 なんで本で殴……はっ。
「まさか、この期に及んで殴って俺の記憶を……」
「容量が減るマネを誰がするか」
「じゃあ……」
 あ、と思い当たる。
「……飛行船?」
 クロロが黙った。黙って、微笑む。
「な……なんで飛行船乗るのにいちいち気絶させるんすか! 言ってくれれば普通に乗るよ俺だって!」
「盗みだぞ」
「え」
 さすがに言葉に詰まった。そういうの躊躇を予想していたからこそ、問答するより手っ取り早く気絶させて現地に引っ張って行ってしまえと、いつもの暴挙に出たのだろう。
 そりゃあ進んで悪いことをするのはどうしたってためらう。だが。
 は両肩を下げて、息を吐いた。
「……乗るよ。ついて行きますよ。別に初めてじゃないし……要るんだろ、荷物持ち」
 逆らったら、どんな手段を使っても気絶させられそうだし。
 元より選択肢は無かったが、渋々、といった感じを装って了解すれば、どういう心境の表れなのか、クロロはその笑みを深くしていた。手間が省けたからか、荷物持ち要因を確保したからか、それとも。
 分からないでいる間に、中庭はにわかに騒がしくなってきていた。

 何だ何だとロビーからやってきた野次馬をかき分けて、珍しく眉間に皺を寄せている院長先生が早足で歩み寄ってくる……やばい。
「す、すんません、あの弁償はちゃんと――」
くんのお兄さん、ちょっと、お話があるのですがよろしいですか?」
 こちらには目もくれず、先生の厳しい表情はクロロへと向けられていた。
 怒りの対象は自分ではなかったものの、むしろ、余計にやばいとうろたえた。
 これから先生がぶつけるのは、ベンチの件より“くんの度重なる大怪我はどういうことだ、金だけ置いて、兄としてどういうつもりなんだ”という積もり積もった問題だと思われる。果たしてクロロはそれにどう返すのか。いや、返すならいい。いっそ“手っ取り早く”スパッとやっちゃうんじゃないかと、それが一番心配なのだ。
 ところが、幸いにしてクロロはにっこりと、エセ好青年を演じてくれた。
「弟がお世話になりました、今から国を出なければなりませんので、弟を連れて失礼します」
「えっ、連れてって……何を勝手な」
「ああ、ベンチの代金です、お受取りを」
「ちょっ……」
 まとまった数のお札を無理やり先生に握らせ、マイペースに去っていく。先生はまったく納得していない表情だが、まぁ、血を見る展開にならなかっただけ良しとしよう。
 クロロの背中に続こうとして、は年配の看護婦さんに止められた。
「ダメですよ、検査をしてからでないと退院は……」
 そんな彼女を、院長先生が下がらせる。
くん。いくら実のお兄さんとはいえね、すべてに従うことはないんだよ? やっと会えた家族でも、一番大切なのはキミが幸せかどうかなんだから」

 ……どこに何を盗みに行くかは知らないが、国を出れば、しばらく先生には会えないだろうと思った。
 訓練しているんだということも、自分がそれを望んでいることも説明した。それでも自分のことをずっと心配してくれたこの人を、少しでも安心させるには何て言えばいいだろう。逡巡して、そして、わざとすねた表情を作った。
「あの人のこと悪く言われんの、俺、いやです」
 先生が戸惑うような顔をしたのを見計らって、一転、力一杯笑む。
「めちゃくちゃ横暴だったり勝手だったりするけど、でも――」

 俺の信頼してる人のこと、先生も信じてくれると嬉しいです。




 出国してまずは大きな空港へと飛び、そこからあらためて目的地へ。のべで四日間飛行船に揺られたは、最後に立ち並ぶ高層ビルの群れを見た。
 クロロに強制的に連れられてきた、どの国よりも都会だ。
 しかし用があるのは、この摩天楼から数十キロ離れた郊外だという。セダンの出番だった。買った国が違う? この国で走らせるには登録が必要? だとは思うが、これから窃盗、もしくは強盗を働きに行くというのに、気にするべき事としては小さすぎやしないだろうか。
 ……い、いかん……着実に師匠の悪影響が……。
 なのでせめて、シートベルトはちゃんとした。
 けど、俺、確実に先生が言ってくれた『分かった、キミを信じるよ』 を裏切ってるよな……反省。


「はぁー……これまた立派な美術館っすねー」
 小高い丘の上であぐらをかき、双眼鏡を覗いての感想だった。
 緑と人工建造物が半々の割合で広がるのどかな土地だ。一軒家や商店といった背の低い建物が軒を連ね、道にも車線が見当たらない。まったくもって、のどか。
 そんな町で唯一目立っているのが、今夜の標的である美術館だった。
 山手の森で存在を示しているのは、にょきっとそびえる丸い塔。近くからでは木々が邪魔して見えないだろうが、上から見渡せるこの位置からは、塔の周りにはべっている家々の全景がよく見えた。本当に、家々といった感じの柔らかい色合いの建造物ばかりが、並び、引っ付きあい、渡り廊下などで繋がったりしている。それらすべてを合わせるとなかなかの大きさだ。
 この建物の集合体が、“モルジューク美術館”。
「何があるんすか?」
「ん?」
「美術館って、絵とか彫刻ってイメージだけど……師匠が狙うんだから、やっぱ本とか? 何盗むんすか?」
「全部」
「え?」
「丸ごとだ」
 涼しげにそう言ったクロロを、ぽかんとして見上げた。しばらく、えーと、と整理しながら尋ねる。
「置いてあるもの、全部盗むって、こと?」
「違う」
 山の方へ、クロロは手を伸ばす。ゆるく動かした指先は、森の中の美術館を掴みとっているように思えた。
「丸ごと、だ」
「……それって……建物ごと、的な、こと言ってる?」
「ああ」
 平然と肯定した盗賊に、開いた口が塞がらない。
 ああ、って……た、建物ごとって、美術館を建物ごと頂戴するって、何をふざけたことを!?
「だからお前の能力が必要なんだ。あれが丸ごと収まるだけの容量はあるだろう?」
「それは、ありますけど……でも、なんでわざわざ建物ごと……」
「塔と、その左脇の建物」
 おもむろにクロロが言ったのを、急いで双眼鏡で確認する。
「元々森にはその二つしかなかった。画家モルジュークの生家でありアトリエだ」
「他は?」
「モルジュークのアトリエを“展示”するために、増築されたものだ。アトリエの外観に似せて作ってはいるが、価値は雲泥の差がある。あのアトリエは、それそのものが美術品だからな」
 クロロの話では……
 多少トチ狂って外界との接触を絶ったモルジュークさんが、家の中の壁や床、天井、家具に至るまで衝動的に描きこみまくったその作品が、どれもこれも死後に高い評価を受けちゃったということらしい。
「じゃあ、盗むのはアトリエだけ?」
「いや、増築の方にはモルジュークのキャンパス画が飾られている。たまに彼がトチ狂って夜中に飛び出し町の至る所にした落書きも運び込まれて保存されているから、やはり全部だ」
「マジすか……」
 メモリーボックスへの収納は、対象の大きさに比例した待機時間を伴う。あんなでかいの、箱にしまうのに何分くらいかかるんだろうなぁと、久しぶりに念能力を使うはうーんと唸る。唸ってる途中で、ハッとした。

「ってことは、メモリーボックス使っていい? 武器も? 出していい!?」
 きらきら目を輝かせての確認に、ん、とクロロは手を顎にやって考え込む。その正面に回り込んで、またきらきら。
 表面張力状態にまで溜まりに溜まった期待は、
「ひとつだけなら」
 一気に弾け飛んだ。
「……いやっっったああああー!!」
 入院中はクロロと離れていたとはいえ、爪の先をちょっとだけでも突っ込もうものならすぐさまバレて入院期間を倍にさせられそうな恐怖感があったので、ずっとずっと、ずーっと我慢し続けてきた。
 それが、やっと、解、禁!
「まあ、修業じゃなくて仕事だしな……それに今回はそれが必要にも……って何してる」
 クロロの独り言がこちらへの咎めに変わっても、はメモリーボックスからぽいぽいと武器を出しては辺り一面に並べていた。並べながら、にへにへと緩んだ顔で言う。
「いやぁひとつだけなんて選べなくてだったら公平に抽選しなきゃなぁとですね」
 しばらくして完全に武器露天商状態になると、目をつむり、えいっ! と自分の斜め後ろ辺りを指した。その先にあったトンファーをじっと見つめて、そこから時計回りに「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」
 クロロの、これでもかというほどの不審の目を浴びながら、「か、み、さ、ま、の」 と続けていく。
「…………なんだそれ」


 武器を公平に選ぶということは、お前にとってすべての武器を並べ、変な手法を用いた後、またしまい直すという至極面倒くさい手間をかけてまで行わなければならないほど重要なことなのか?
 というクロロの本気の疑問を「だって、かわいそうじゃないっすか」 と一蹴し、は腰に下げた一振りの木刀をよしよしと撫でた。
 セダンにもたれて待っていたクロロの視線もそこにいく。そして、フッと笑う。
 運転席に回りかけていたのを中断して、首を傾げる。
「いや。うちにも刀を振るう奴がいるが、お前と、そいつ、刀同士で戦ったらどちらが勝つんだろうな、と」
「どっち?」
「間違いなく負ける、お前がな」
 ちょっとムッとした。武器を愛する者としてのプライドがむくりと立ち上がる。ついでに、師匠の弟子として、なんだかすごく認められている師匠のお仲間さんに少し嫉妬する。口がどんどん尖ってく。
「当然だろう、満遍なく武器を使うお前と、一つの物を追求してきた人間とでは地力が違う」
「うー……」
「あくまで刀と刀の勝負での話だ。念能力の戦いになれば、勝敗はそれがすべてじゃないさ。初見なら、相手はお前が刀だけでなく、複数の得物をどこからでも取り出せるということを知らない。相手の知らないことは、そのままこちらの武器になりえる」
 助手席のドアが開けられるのを見て、も話を聞きながら運転席へ回る。
「お前も、それからオレの念能力も、武器にすべきは手数の多さだ。何か一つを読まれても、手段の幅は悟られにくい。相手の未知を突くことで、自分より高いポテンシャルを持つ強者とも渡りあえるようになる。渡りあえないこともあったが、こうして生き延びるくらいのことはできている」
 珍しく自嘲じみた笑みをこぼし、クロロは助手席のドアをくぐろうとする。

 それをやめて、ふと運転席側へ顔を上げたのはきっと強い視線を感じたからだろう。が、心底不思議に思い、じぃっと投げかけるそれを。
 目を丸くしたまま、
「あの」
 素直に尋ねた。
「師匠より強い奴なんて、この世にいるんすか?」

 某ギタラクルを彷彿とさせるような無表情で、クロロは数秒沈黙した。
「…………本気で言ってるのか?」
「はい」
「…………それならなお、タチが悪い」
「?」
 は純粋に、クロロ・ルシルフルに勝つ人間など想像できなかった。同じだけ、クロロがやられるところも思い浮かべられない。出会った中では例えばヒソカが群を抜いて恐ろしいと思うが、それでも仮に自分の師と戦ったなら、師匠が勝つ気がする。いや、の中では比べるまでもなく圧勝だ。
 だから当然の質問をしたまでだったのだが、意外な心配をされることになってしまった。
「特質は人を惹き付けやすいと誰かが言った気がするが、無自覚に人をタラすような発言をするのもそれに当てはまるのか……なるほど」
 セダンを挟んだ向こうのクロロの目が、なんだか気の毒そうに、憐れんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「オレには、複数の女に無自覚になついて褒めてその気にさせて、あげく対処しきれずに修羅場を迎えるお前の姿が見えるな……」
 バタン、と閉まるドアに、言うだけ言われてぽつんと取り残されたは風に呟く。
「……どゆこと」




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修行編ラストミッション。