57.反省会




 オシャレ青年こと、ロダという名のアルバイト警備員は、生涯一だと誇れるほど本気の絶をして暗い通路を進んでいた。
 そう、とんでもない泥棒二人から逃げた後、美術館にこっそり舞い戻ったのだ。

 くっそ膝いてぇ……やっぱ欲出さずにすぐ逃げるんだった。

 なにせあの二人に見つからないように絶をしているので、オーラで血を止めておくことができない。肉と骨を持っていかれた痛みもさることながら、未だダラダラと流れる血液の不快感がロダの顔を歪めていた。あー……ジーンズもアンクレットもローファーもおしゃかだちくちょう。
 それでも我慢してひょこひょこ向かう先は、警備員室である。

 おめおめ逃げるなら金は払わないと言うドケチ雇い主のせいで、一時は報酬を諦めかけた。が、広間の天井の隅に設置されているものを見て、思い直したのだ。
 この“化け物じゃない方”のニット帽男相手に、抵抗するポーズくらい見せときゃ仕事したことになるだろ。証拠はこの――監視カメラだ。
 なんて、あの時欲を出した結果がこのザマなのだが。
 あーナメてた。あのニット帽、周だけの力押しかと思ったら。

 ただでさえこんな酷い労災だ、この上骨折り損のくたびれ儲けになることは絶対にごめんだった。
 監視映像を奪取してさっさとずらかる……!
 そんな崇高な目的を持って、ロダは全身全霊で隠密行動を取る。ちなみに彼が報酬に執着する理由である借金とは、その身に纏う服や装飾品につぎ込んで出来た、特に同情に値しないものである。

 目的は、しかし、果たされなかった。
 警備員室に入る前に、それは分かってしまった。開け放たれたドア。飛び散る血痕、何か大きな衝撃を受け、べしゃ、とつぶれている監視機材と、その中にあろうテープ……。
 機材の潰れ方が、どうも人の形をしたものがぶつかったようにしか見えなくて、ロダは涙目ですべてを理解せざるをえなかった。
 あの黒髪の、化け物の方かああ……!
 完全にくたびれ儲けが決定した。骨も実際いかれてるし。ああでも俺殺されなくてよかったな。ここでやられた奴、絶対もう命ないだろーしな……うん。
 散々な結末の中に、ちょっとでも自分を慰められるものをやっぱり涙目で見いだそうとしていたロダは、はたと身を凍らせた。

「なん……?」
 隠密のはずがつい声を漏らしてしまうほど、異様な感覚がした。
 自分を含めた周囲、いやこの美術館全体が何者かの念の影響下に置かれたような、危機感を伴う異変を感じたのだ。
 すぐには何も起こらなかったので、ロダは身構えたまま考えた。隠密中につき派手には探れないが、この念は美術館をすっぽり包み込んでいる気がする。包み込んだものに、何らかの作用を及ぼすのだろう。問題はその作用と発動条件だが……。
 第三者が来ていないとすれば、これはあの二人のどちらかの仕業だ。化け物の方が纏う、闇に引きずり込まれそうな恐ろしさはコレには感じない。ならニット帽の方だろうか。
 ハッとして、血だらけの左膝に手を触れた。
 そうか。コレとアレは同じ能力。念で包んだ中の物を潰す、消す……いや、盗みに来た美術館をそうするはずがない。なら隔離、転送――
 骨と肉の一部が消えた膝から血が滴ると共に、背中にも、嫌な汗が流れた。

 今、ここにいる俺は、どうなる?

 ぞっ、と総毛立ったロダは、もはや絶をやめ、オーラ総動員で駆け出した。
 どうなるか、の判断材料は皆無だ。想像するしかない。
 無事にどこかへ転送されるのか、一生閉じ込められて餓死か、そもそも隔離先が生存環境ではなくて窒息、圧縮されて即死、いっそ存在ごと分解、消滅……ああもうやばい想像しかできなくなってきた、だってこの膝が俺の未来のような気がするから……!
 いつそれらの瞬間が訪れるやもしれない恐怖の中、ロダは走った。
「……あんの、くそニット帽……っ!!」
 半泣きでニット帽男への呪詛を叫びながら美術館の外へと転がり出て、そして幸い、二人の泥棒に鉢合わせすることなく彼は無事に逃走する。


 *


 “あなたのそばの武器銀行(メモリーボックス)”。
 “隠”で限りなく気配を殺したその長方形を、細長く伸ばした状態でオシャレ青年の左膝に固定。箱の内側に位置する彼の血肉と骨を、収納……これがのしたことのすべてだった。
 固定から収納までは、どんなにその範囲が小さくとも最低限の待機時間がかかる。それが五秒。
 動かないでいてくれたのはきっとただの幸運だ。
 あんなのは度々使えるものではないだろうし、大体メモリーボックスはにとってあくまでも武器保管庫(クロロの獲物運搬車でもあるけれど)なのだ。直接的に血生臭い使い方は本意ではない。
 だから、ああいう形で決着を付けた戦闘を、師匠に見ていてほしくはなかったなぁと小さく息を吐いた。
 本来の使い方としてメモリーボックスで囲われた、美術館を見上げながら。

「どれくらいかかる?」
「えっ、いっ……」
 ドキッとして背筋を伸ばした拍子に、右腕が痛んだ。
「あー、えーっと……二分、あー、三分は、かかるかなぁ」
 問いかけに過剰反応したのも、しどろもどろになってしまったのも、いつさっきの戦闘についてクロロが言及してくるかとひたすら気にしていたせいだ。返事をした後もビクビクと挙動を窺い続けているが、しかしクロロは何も言わない。言ってくれない。
 悶々と、師の顔色を窺うことに耐え切れなくなったは、いっそ自らそのことに触れることにした。ちょっと、遠いところから。
「あー、あの、メモリーボックス使っちゃったの、まずかったかな。その……武器一つだけならって許可は貰ったけど、能力自体いつでも使っていいとは……」
「別にいい。盗み以外で使うなとは、言わなかったしな」
 会話が止まる。
 虫の音だけが背後の森から響く中、大きな箱がじわりじわりと白く濁っていく。
 ああ、そういえばオシャレ青年の膝の一部を切り取った時、隠はうまくできたようだ。
 クロロが最近硬を隠でカムフラージュしてくるもので、ならこっちもと試みてはいたものの、攻防の中でうまく混ぜられたことはなかったのだが。目だけでメモリーボックスの位置固定することと合わせて、あの火事場ではうまくできた……
 いや、うまくいったことより、うまくいかなかったことの方が多い。
 木刀では歯が立たず、怪我だって負わされた。それに結局あいつの念だって、よく分からないまま……

「あの念能力者、系統は何だと思う」
 タイムリー過ぎるクロロの質問に先ほど同様腕が痛むくらい驚いたが、
 系統?
 と、今の今までまったく考えなかったその言葉にも目を丸くした。
 慌ててオシャレ青年の一挙手一投足を思い返す。と言っても本人はろくに動かず、“絶対無敵の防御壁(ディフェンサー)”、周りにあったはずのその防御壁もろくに全容を掴めなかったので情報はほとんど無いのだが。
「俺の攻撃全部防いでたし、やっぱ、強化系……? あ、盾みたいなのを具現化してたとか……」
 頑張っていくつか挙げるも、肯定はされなかった。
「質問を変えよう。お前はあの“ディフェンサー”という能力を、木刀だけで突破できたと思うか?」
 いじわるな問いだった。あの時暗に“突破できない”と思ったからこそはメモリーボックスを使ったわけで、しかし、クロロの言い方からすると――
 っていうか師匠、あいつが言った能力名まで知ってるなんて、結構前から戦闘見てた? ……恥ずかしい。
「……できたんすか?」
 一拍、肯定の間が生まれた。

「あの能力者は隠が上手い。それに隠す対象が極小の物体だからこそ、実に敵に悟られにくい」
「極、小? 壁じゃなくて?」
「正面の攻撃は無音で防いでいたが、死角からの攻撃を弾く際は硬質な音が響いた。見えていない部分は、防ぎ方が粗雑になるんだろう。とすると壁で全面を覆っているわけではなく、それより小さな物質を操作して木刀を逸らし、弾いていたと考えられる」
「操作? 操作系っ?」
 思わずクロロの一つ目の質問に戻ってしまったが、すぐに否定された。
「いや。あれほどの能力者なら、操作系だとすると目で見えずとももっと緻密な操作ができるはず……それよりも注目すべきは、操作していた物質の方だ」
 クロロの視線が降ったのは、の腰の愛刀。
「お前の周は、武器への愛着が凄まじいせいか他の応用技に比べて飛びぬけて精度が高い。だがあれは、そんな木刀を跳ねのけ、そしてお前の“堅”を突き抜けるほどの物質だった」
 驚いて、オーラで止血している右腕に触れる。
 つまり、これは、防御壁そのもので攻撃されたのか。傷口を見るに、やはり弾丸サイズ。クロロの推測はそこで裏打ちされ、は感嘆の声を漏らした。

「おそらくディフェンサーとは、オーラのほとんどを指先ほどに凝縮させ、さらに強度を上げる何かを加えて作り上げた代物。見立てるに、あの念能力者は変化系統の能力が明らかに高く、操作能力はそれを補助する程度の物だ」
「変化系……」
「ああ」
「あの……」
「ん?」
「戦闘中に、そこまで考えなきゃやっぱマズイんすかね……みんな、やってんのかな」
 無言になったクロロを見て、う、と怯む。
 自分にはとてもできそうになくて吐いた弱音だったが、これは完全に呆れられている? それどころか怒ってる? 怒られる? 当たり前だ!ってボコボコのズタボロにされる……!?
 と、震えあがっていたのだが。
「……すまない」
 予想外な一言に、自分の耳が馬鹿になったのかと思った。

 ……え、今、なんつった?

「念能力者同士の戦闘と対処にお前が慣れていないのは、この半年、基礎と体術ばかりに重きを置いていたオレの責任だな」
「え、え?」
「すまないと思ってる」
「な、ししょ……!」
 その時白く濁りきった箱が美術館すべてを内包して綺麗さっぱり消え去ったのだが、そんなものよりクロロの方が大変だった。
 頭を、下げている。
 あの師匠が。弟子を半殺しにしても見舞いにも来ずにむしろまた病院送りにするあの師匠が、頭――!?
 驚きも、混乱もしている、だがそれを飛び越えてを足の先まで支配したのは、とてつもない罪悪感だった。

「ぜ、全然違うよ、師匠のせいじゃ! 俺がアホで頭脳労働苦手だから系統とかまで頭回らなかっただけで、師匠のせいじゃ……あああ頭上げてくださいってば……!」
 が慌てふためきながら懇願するも、クロロの姿勢は一向に変わらない。
 罪の意識が頂点に達する。
「俺が、弱いだけなんすから、ホント師匠が謝ることなんかじゃ……俺頑張りますから、めちゃくちゃ頑張って強くなりますから、マジで頭――」
「そうか」
 つむじをこちらに見せたまま発した声は、どこかドライだった。手をぶんぶん振っての力説をやめて訝しむと、やがていつもと何ら変わらない、我が道を行く瞳がこちらを見据えた。
「お前がそこまで言うのなら、残りの半年は対念能力者戦闘に重点を置いて、こちらも手加減なしでやるとしよう」
「……ほえ」
「おあつらえ向きに、ここにはお前の知らない念能力がまだまだある。修業には事欠かない」
 スキルハンターを具現化し、浮かべた端正な微笑には先ほどの謝罪の念など微塵も含まれていなかった。
 あー、うん、そゆこと。
 が自ら志願して、スキルハンターのありとあらゆる念能力の餌食になることがいつの間にか決定している事実に、呆然自失気味に笑った。入院歴とトラウマが増えそうな予感しかしない。

「さて、戻るか」
「あー……そうっすね。まだ宿取れますかね。まぁ都心部まで戻れば」
「いいや」
「?」
「人のあまりやってこない適度な広さの雑木林と、行きつけの病院がある田舎町にだ。飛行船チケットはもう取ってある」
「……戻るって、修行にっすか……」
 てか、先生のとこ戻るのかよ。短いお別れだったな……。
「また“弟”ボコボコにして病院送りとか、もう俺フォローしきれないっすよ……警察呼ばれても知らないからな……って警察の方に被害出そうだけど」
 の心配を気にも留めず、クロロは嬉々とした表情で夢想していた。
「あれくらいの広さの林なら、美術館も箱から出してゆっくり鑑賞できるな」
「いやいきなりあんなの建ったら騒ぎになるから」
「既にあの辺の土地は買い占めてある。自分の土地で何をしようがオレの勝手だ」
「えええ……土地……」
「ふむ、楽しみだ。一時の居住空間にこだわったことはないが、なるほど、それ自体が人と芸術の狂気に溢れているとこうも胸が躍るものなんだな」
「……俺、家に狂気とか感じたくないんすけど。っていうか住むんすか」
「ちょうどいい仮宿だろう。ハンター試験が始まるまで、年内はソシオタウンだからな」
「え、あ……」
 突然話がの方を向いて、少し面食らう。
 戦利品に満たされた頭の片隅にでもちゃんと弟子のことを置いてくれているのが、ほんのちょっと嬉しかった。いや……かなり。
 とても単純な話だが、あれに住むのも悪くないかも、と思い始めた自分がいた。本当に単純だが。

「行くぞ」
「はい」
 空き地に踵を返したクロロの背中を、ついていく。
 年明けのハンター試験まで――あと半年間は、そうして歩いていくのだ。




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夢主のアバウトなスペック。
練:そこそこ
絶:得意
堅:まぁ…そこそこ…
硬:まぁ…うん、そこそこ…
流:それなり
円:わりと得意
周:武器に限れば、愛という名の補正が働く

そんな感じで修行編終了です。