58.定食
ザバン市、ツバシ町。トンカツに目玉焼きがついた定食というちょっと素敵な看板がかかったご飯屋さんの前で、は手を振っていた。
人ごみに消えていくのは、去年もお世話になった少年ナビゲーター。
ハンター試験において四次試験まで残った受験者は、次回の試験会場に無条件招待される。去年試験中に伝えられたあれは本当だったらしく、応募すると折り返し連絡があった。ちなみに病院のパソコンに。
待ち合わせにやってきたのがあの少年で、別れ際に「今年は殺すなよー」 と無邪気な顔して言われてしまい、今苦笑いで手を振っているのだった。
その手を下ろしたは、ひとつ深呼吸する。
ニット帽と、そこから覗く銀髪を整え直す。
つなぎの腰部分に提げた木刀をよしよしと叩き、見つめるは定食屋の引き戸。それに手をかけ、威勢のよい挨拶を受けながら店内へと足を踏み入れる。
合言葉は聞いていた。
まっすぐカウンターに向かったは、満を持して店主らしきおじさんに告げる。
「ステーキ定食ください! 焼き方は弱火でじっくり!」
「ボクも同じものを 」
ものすごく耳の近くから聞こえた、異様に粘り気のある声。
それに聞き覚えがありすぎたは、振り向いて確認するまでもなく注文をあらためた。
「や、やっぱり、アジの開き定食一つ!」
「じゃあそれ二つで 」
何でだよ!!
店主が野菜を炒める音、香しい匂い、店員のお姉さんの元気な声。
「アジの開き定食お待たせしましたー」
本来は空腹を満たす憩いの場であろう店内で、はこれ以上ないほどの憂鬱を顔に貼り付けていた。
理由は言わずもがな。
テーブルの上の、二つのアジの開き定食を挟んで目の前にいる奇術師、ヒソカのせいである。
「つーか……行けよ試験……」
「と食事がしたかったからね 」
俺はしたくない。
なんかもう、出鼻をくじかれた感が満載だ。
こうして向かい合っている間に一人ステーキ定食を頼んで奥へ消えていったイカツイ男がいたが、彼はきっとをただの飯屋の客としか思わなかっただろう。まさか試験のライバルだなんて思ってはくれなかっただろう。
まあ別にいい……が、バカ正直に物を食べる気分でもなかった。去年と変わらぬ星と涙のペイント、そこに浮かんでいる嘘っぽい笑顔は、見ただけで拒否反応の鳥肌が出る。
そもそも、何でコイツここにいんの?
シャルが言ってなかったっけ、コイツは俺に伝言があったから去年の試験受けたかもしれなくて、そうなら、もう伝言も何もない今年は再試験なんてしないかもって――
あ。
と、弄んでいた箸を止めた。
思い出したのだ。去年の試験でのことを。
ヒソカが口にした言葉を。
「……あのさ」
一瞬迷う。が、は口を開いた。
「訊きたいこと、あるんだけど」
「なんだい?」
特に動じもせず、待ち構えていたように質問を受けるヒソカ。しかしその態度を気にしている余裕はなかった。
ずっと、ずっと、忘れられなかったこと。
隅に追いやろうとしても、気にならないふりをしてもどうしたって無理なくらい、結局のところ自分の中で大きな割合を占める問題――それを、は深呼吸してもなお震える唇で紡ぎ出した。
「…………シャルのケータイ番号、知ってる?」
定食の真上で、緊張の面持ちで返答を待つとは正反対に、ヒソカは絵に簡単に描けそうなほど唖然とした顔で言った。
「……知ってるけど。一応団員だし 」
「マジで!? だ、だよな、去年同じ何とか旅団の団員だって言ってたから絶対知ってると……あれ、お前が言ったんだっけ、シャルが言ってたんだっけ? あーもうどっちでもいいややったああああッ!!」
ガッツポーズで立ち上がり、店主の眉間に皺が寄るほどの雄叫びに嬉しさを変換する。その向かいで、ヒソカがクールに言う。
「てっきり、イルミのことを訊かれると思ったけど 」
腕を振り上げたまま、う、と呻いた。
「それは……別にいい。興味ない」
「そうかい?」
「うん、いい。それより」
分かってるよ、とヒソカはケータイを取り出す。まだ自分のそれを買っていないは、慌てて店員のお姉さんに書くものを要求した。
メモリーボックスにはペンも紙も入っている。隠をして、悟られずポケットから出したフリをすることもできる。が、そういうのを見破るのが得意そうな奇術師の前でやるのは少々ためらわれたのだ。
「番号、知らなかったのかい?」
借り物のペンとメモ用紙を受け取りながら、ヒソカは意外そうに言った。
「……もらったけど、なくした」
「もしかして、試験から会ってない?」
返事の代わりに、無言でしおれた。
「なんだ、シャルナークがキミに念を教えたんだと思ったけど、違ったのか 」
念という言葉に顔を上げた。と、画面を参照し、さらさらと書かれていく数字に目が行く。
「纏を見れば、去年より洗練されているのが分かる 念の存在すら知らなかったくらいだ、独学じゃないだろ? 良い師匠を持ったみたいだね 」
数字が気になっていたはずなのだが……
気が付けば、は顔を赤らめ、どうも、とお礼を言っていた。自分が褒められたことより、間接的にクロロが褒められたことが妙に嬉しい。
しかし意識はまた、目の前に差し出されたメモ用紙へと移動した。
「あ、ありが」
とう、と皆まで言う前に、ヒソカはその手を引っ込めた。番号を受け取ろうとしたの両手が空を切る。
「タダでは渡せないな 一応団員の個人情報だしね 」
「え……タダではって、金取んの? そんな持ってないんだけど……」
「情報には情報でいいさ キミの個人情報 」
何やら生理的嫌悪感のする笑みだが、今さら番号を諦めるのは惜しく、何、と恐々尋ねる。
「そうだな、キミの念の系統とか 」
「無理」
「つれないな 」
「だって、念の情報はむやみに漏らすなって、師匠もシャルも言ってたし」
でも、ああ、番号……とちょっぴり心をぐらつかせていると、ヒソカは諦めたように肩を落とした。
「そうか…… まぁ、バカで単純で人に騙されやすいキミは間違いなく強化系だろうけどね 」
「何それ?」
「オーラ別性格診断 」
「バカで、単純?」
ヒソカはにんまり頷く。
「……ふざけんな、誰が!」
「違うの? 強化系じゃ?」
「違うよ!」
「そう? でも狡猾な変化系でも、神経質な具現化系でもなさそうだし……」
「だからって強化系じゃねーやい」
「あ、放出系ってセンもあるか おおざっぱでいい加減でやっぱり考えが浅い 」
「ひでぇ……! 俺のどこ見ておおざっぱだと……!」
「でも操作系ではないんだろ? 昔のキミみたいな 」
ぴりっと空気が凍る。
は苦虫を噛み潰したような顔で「違ぇよ」 と短く否定した。
昔の俺のこと、コイツどこまで知ってんのかな……。
それを探るように、じろりと睨んでいると――突然ヒソカはくつくつと笑い出した。
「ねえ」
「なんだよ」
「もう、特質系しか残ってないんだけど 」
…………え。
「そういう単純なところが、強化系っぽいと予想してたんだけどね 特質か、ハズレちゃったな 」
残念そうに、だが愉しむように言うヒソカに、自分は本当になんて残念な奴だろうと本気で落ち込んだ。師匠マジでごめん。こんな強化系みたいな弟子でホントごめん。
うなだれ過ぎて、アジの開きにニット帽を突っ込みそうになっていたが、
「はい、約束通り、これはキミのもの 」
今度こそへと差し出されたメモ用紙に、気分はみるみる上昇した。
両手でしかと受け取る。数字を確認。
「……これ、合ってるよな?」
「失礼だな、でたらめは書かないよ ボクは誠実なオトコだから 」
信じられなくなってきた。
その意をじとーっと睨むことで表すと、ヒソカはやれやれ、と肩をすくめた。
「ボクがシャルナークの番号を偽るわけがないんだよ キミと彼を、会わせないようにするわけが……ね 」
首を、捻る。
だから嘘はつかないと言いたいらしいが、結局肝心な“理由”に触れていないのではただただ困惑するばかりだ。
だから、何で、偽るわけがないんだ?
何で……会わせないようにするわけが、ない?
「その内分かるんじゃないかな ごちそうさま、じゃあお先に 」
紙幣を置いて立ち上がったヒソカに、え、と驚いて彼の分の盆を見た。
そこには水で洗ったかのように美しいアジの骨が。
い、いつの間にーっ!?
盆からヒソカの顔へ視線を上げれば、あまり見たくない仕草だったが汚れた口端をペロリと舐めたので、実際にちゃんと食べたらしい。が、一体全体いつの間に。そもそもヒソカが物を食べるところが想像できない。やっぱ奇術?
悶々と考えている内に、「ステーキ定食、焼き方は弱火でじっくり 」 ヒソカの声が離れたところから聞こえた。
微妙な表情をしている店員に案内されて、奇術師は奥の部屋へ消えていく。
一人になって訪れたのは、予想以上の解放感だった。アジの開きの謎はひとまず忘れることにし、ホッとして水を口に含む。やっぱり苦手らしい。
……いや、また試験会場で会わなければならないのだが。
やや気落ちしたが、それを補って余りある物がの手にはあった。
連絡、できる。
ご飯屋さんの古めかしい公衆電話の前でうろうろし、席に戻って定食をもぐもぐ食べ、また一人ステーキ定食を注文したのを眺めながらずーっと悩んでいたが、決まらなかった。
とりあえずヒソカと近い番号になるのは気が進まず、時間をつぶしがてら電話ボックスの見える駅前へ移動する。そこで散々考えた結果――
まだ、かけないことにした。
これは何時間か悩みぬいて自分で出した答えだ。どちらにしようか神様に相談したわけではない。大体二択は指した瞬間に答えが出てしまい、最近気分が乗らないのだ。
戻ってきたご飯屋で、変な顔をされながらも頼んだステーキ定食(というより網で焼かれているこれは焼き肉だ)と一緒に、はエレベーターで気が遠くなるほど降下し続けていた。
今電話をかけて言えるのは、『今から試験受けてくる』 ということだけだ。
そんな事前報告を試験の差し迫った今になってするくらいなら、いっそ。
『俺、受かった!』
……こっちの方がかっこいいに決まってるじゃないか!!
という妙な見栄でやる気をみなぎらせたは、やがて最下層に到着した。部屋丸ごとエレベーター、その扉が開く。
受かる。受かるぞ。
受かってシャルと、それから師匠にも報告の電話!
すでにナンバープレートをつけている受験者達からの値踏みするような視線が突き刺さる。彼らのほとんどが喉から手が出るほど欲しがっているハンターライセンスそのものより、合格報告することを強く目標に据えながら、は第287期ハンター試験受験者の仲間入りを果たした。
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