60.名前




 おかしいな、と道中で知り合った金髪の少年、クラピカが呟いた通り、試験は動き始めていた。
 徐々に速くなってきた周りの歩行ペースに、やはり道中から行動を共にしているサングラスの青年、レオリオがキョロキョロと首を回す。
 二人の間でゴンは、ただ大きな瞳で前を見ていた。

 髪と髭が外巻きの、サトツという案内人こそ第一次試験の試験官であり、先頭を行く彼にひたすらついていくのが試験内容だという。
 クイズや魔獣のような引っ掛けの無い単純すぎる内容に、変わったテストだなぁと思った。しかしながら頭より体を使う方が好きなゴンは素直に走り出す。そしてちらりと思う。
 親父もこういうことしたのかな。

 ゴンが空想から返ったのは、誰かを咎めるレオリオの声によってだった。
 スケートボードに乗って試験官についていくのは反則だろ、と、彼より遥かに年下だろう銀髪の男の子に怒鳴っているのだ。
 でも……何かに乗っちゃいけないなんて試験官は言ってなかったよね。
 それをクラピカと共に指摘すれば、ぐぬぬ、とレオリオは黙る。一方で、スケボーを走らせ続ける少年はレオリオの文句もスルーして終始無言だった。
 ポケットに手を突っ込んで、ぼんやりとしたまま、思い出したように時折地面を蹴る。
 同い年、くらいかなぁ。

 ゴンの視線に気付いたのか、その子がふと顔を上げた。こちらを見る。しばらく見つめて……そこでやっと彼は口を開いた。
「年、いくつ?」
「もうすぐ十二歳!」
「ふーん……」
 気の無いような相槌に、でも視線はこちらを離れず、ゴンもそれを見つめ返していた。
 キミは? とゴンが問い返そうとした時、突然、スケートボードが跳ね上がった。オレも走ろっと、と言いながら器用にボードをキャッチする。かっこいい。
 心が踊ったゴンに、少年は初めて笑みを見せる。
「オレ、キルア」
「オレは」
 こちらも笑顔で名乗りかけて、しかし後方からの妙な大声に阻まれることになった。

「キルアーッ!!」

「げ」
 たった今名乗ったばかりの少年は、高らかにそれを叫ばれて顔を歪めた。キルアの視線につられて振り返ると、ものすごい速さで人ごみをかき分けてくる男の人が。
 作業つなぎに、ニット帽。あとは腰に揺れる木刀が特徴的……だが、
「キルア! 待てって、キルア!! 人違いってなんだよキルア!!」
 走りながら何度も何度も少年の名前を連呼することの方が印象的だった。
「知り合い?」
「……違ぇよ」
 何か含みのある返事に、ゴンは首を傾げる。
 もう一度振り返ってみれば作業つなぎの人はとても必死で、キルアは嫌がっているようだが“知り合いじゃない”で切り捨てるのは不敏に思えた。

「お兄さん、キルアの知り合い?」
 話し掛けんなよバカ、と言いたげなキルアだったが、つなぎの人の方はゴンを見るや、逆にパッと顔を明るくする。
「兄です!」
「違ぇよ!!」
 一刀両断に、つなぎの人は涙目になった。
「違うって……だって、キルアの方から、兄貴って」
「人違いって言っただろ」
「けど、靴のこととか」
「だから……全部勘違い! 行こうぜ!」
 ゴンを促し、レオリオを「うぉ!」 と驚かせながらキルアはスピードを上げる。
 正直この短いやりとりでは、二人が何を熱弁し、何を拒否しているのかよく分からなかった。
 ただゴン自身としては、つなぎの人から悪い感じは受けなかった。置いていかれた捨て犬のごとくシュンとしてキルアを見送っているその人の隣へ、走りながら並んでみる。
「キルアのお兄さんなの?」
「う……そう、多分」
「いや多分って何だよ」
 口を挟むレオリオに、「人には様々な事情があるのだよレオリオ」 さらにクラピカが横槍を入れる。
 まあ……複雑な事情なんす、とつなぎのお兄さんは耳の後ろを掻いた。指に触れて、揺れる銀髪。ニット帽から少し出ているそれは色も細さもキルアと似ていた。
 兄弟に、見えるけどなぁ。
 ゴンが斜め下から見上げていると、お兄さんもふとこちらを見た。
「えーっと、キルアの、友達?」
「うーん、まだ会ったばっかりなんだけど、オレはなりたいな!」
 答えると、お兄さんは朗らかに笑んで言った。なれるよ、と。
「俺も去年、ここで友達できたから」
「え、お兄さん去年もハンター試験受けたの?」
 好奇心から問うと、なぜか彼は「あ……」 と低く唸って微妙な顔をした。
 ハテナマークを浮かべるゴンは気付いていなかった。『落ちたのか』 『落ちたんだな……』 とレオリオとクラピカも微妙な顔をしていることに。

「あはは……ま、まあ、今回の試験ではヨロシクな。俺は。えーと確か、レオリオさんに……」
 クラピカの横槍からレオリオの名前を拾うと、次はそのクラピカを見る。彼も、快く名乗った。
「はじめましてさん。私はクラピカ」
「あ、はい、どうも……あ、でいーよ」
 何だか急に低姿勢になったつなぎのお兄さんことに、ゴンはまたまたハテナマーク。だが、自分だけが名乗っていないことに気が付いて慌てて声を上げた。
「オレ、ゴン! よろしく!」
「うんよろしく。俺もゴンでいい?」
「いいよ! ……あっ」
 そこでゴンは、まだ自分が名乗り忘れている相手がいることに気が付いた。
 キルアだ。
「あの、オレ、キルア追いかけるね。まだ全然話してないし」
 は頷く。頷くだけだ。
は追いかけないの?」
「……あー、俺は……もうちょっと整理してからにする。ちょっと話聞いときたい奴もいるし」
 ……嫌だけど、と呟くの表情はとてつもなく憂鬱に見えた。もう何度目かのハテナと格闘するゴンに、は一転、人懐っこい笑顔を浮かべた。
 裏表のない、こちらを安心させてくれるような天真爛漫な表情。
「そんじゃね、また」
 手を振りながら、一方向に流れている人の川をするすると横断してはその姿を消した。
 また話したいな、という思いをゴンに残して。



 前に行ったはずのキルアは、しかしそう離れてはいなかった。
 こちらが近付くと、ちらりと後方を窺うも、すぐ素知らぬ顔をして前を向く。そんなキルアの隣に、ゴンが並ぶ。
「オレ、まだ名前言ってなかったよね」
「ゴンだろ」
「えっ、なんで知ってるの?」
「……さっき、あに……あいつに、名乗ってたじゃん」
 そっか、と納得する。
「あれ、でも結構近くにいたんだね。全然気付かなかった」
「いや……別にオレは」
「俺、人の気配とかそういうの分かる方だって思ってたのになぁ」
「……まぁ、人よりは、気配殺すの慣れてるし」
「へえ……! キルアってすごいんだね!」
「……別に普通だけど」
「ううん、すごいよ!」
 素直に感心していると、キルアはまたぷい、と前を向いて走り出した。この兄弟(ゴンにとっては確定事項)は、よく首を傾げさせてくれる。
 だが、銀髪から見える耳が赤い。機嫌を悪くしたわけではないようなので、ゴンは重ねて話し掛けた。
「ねえ、キルアっていくつなの?」
「ん……ゴンと同じ」
「そうなんだ!」

 狭いクジラ島には、同年代の子がいなかった。
 同い年。生まれた年が同じ。たったそれだけですごく距離が近くなったように思うのはなぜだろう。
 その距離をもっと縮めたい。仲良くなりたいと思うのはどうして?

「よろしくキルア!」
 嬉しい気持ちのまま、にこっと笑いかけると、
「……うん、よろしく、ゴン」
 キルアもニッと笑い返してくれた。
 それだけで、今こうして走っているだけの試験がとても楽しく、期待に満ちあふれたものに変化する。
 と、斜め後ろを走るレオリオへとキルアは話を振った。

「あ、オッサンは? 年」
「オッサ……その呼び名からして認識間違ってるぞ! これでもお前らと同じ十代なんだぞオレはよ!」
「ウソォ!?」

 その馬鹿騒ぎにクラピカはそうっと他人のフリを始めたものの、ゴンのハンター試験は、こうして数々の出会いの中で進行していく。




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出会いの場・ハンター試験。