61.期待




 周りはすべてライバル、慣れ合うつもりはない。そんな受験者が多い中、ようやくフレンドリーな子達と出会ってうきうきしていただが……彼らと別れ、用がある別の人物を見つけてテンションは一気に下がった。
「……よぉ」
 気が進まないながら、は前を走る背中に声をかけた。相手は振り返らないまま返事する。
「なんだい

 ヒソカの周りは、まあものすごいことになっている。詳細は知らないが試験前にやはり一騒動起こしたらしく、こんな混雑マラソンだというのに彼の周囲五メートルほどがぽっかり空いてしまっているのだ。そんな中隣に並べば目立つこと必至。なので少し離れた位置を保ったままは尋ねた。
「お前って、俺の事どこまで知ってんの」
 それでも、うわコイツ44番に話し掛けてるよ、と付近の受験者数人にドン引きされるのは避けられなかったが。

「知らないことだらけだよ キミとシャルナークが音信不通なことも知らなかったし、どんな人間を師と仰いだのかも知らない、あ、キミの能力だって
「……じゃなくて。昔の……だよ」
ああ とわざとらしい納得の声を上げて、ヒソカはスピードを緩めた。
つか、こっち来んな!

「別に会ったことがあるわけじゃないよ ゾルディックの長男とちょっとした縁があってね彼から次男の特徴聞いてて、試験会場で見かけたからあれ、と思って知らせた、それだけだ
「……ゾルディック?」
「キミの家キミのファミリーネーム 代々暗殺を生業とする……」
「あーあーあーっ!!」
耳を塞いで思い切り喚いた。もはやこの時点での周囲にも人はいない。
「おまっ……余計な情報言うなよマジで!」
が聞いたんじゃないか
「ファミリーネームとかいつ聞いたよ!あーくそちょっとタイム!!」

 は足を止め、流れから離脱した。受験者がを左右に避けていく中、そして同じく足を止めたヒソカが訝しむ中、落ち着いて自分の体調を確認する。
 ……平気だ。頭痛くない。もやもやしない。何も思い出さない。うん平気。
 大きく息を吐いて再び走り出せば、ヒソカもいつものニタニタした笑みを張り付けて隣をついてきた。心の準備でも整えていたと、彼の目には映ったようだ。

「で……」
 確認しておきたいことはあるが、さっきのようなことは困る。余計なことを聞いて、自分の記憶が刺激されるようなことは困るのだ。尋ねる立場のくせに非常にワガママだが、収納スペースが減るのは死活問題だ。
 しかしながら、“確認しておきたいこと”自体が、記憶を呼び起こさんとも限らないわけで……
 ジレンマ。だが、あの子のことは諦めきれなかった。
「イルミって奴が、お前と知り合いだっていう長男?」
「うん
「俺、次男っつったな、さっき?」
「ああ
「俺の兄弟って、全部で三人?」
「さあ。ああでも、一度観光バスに乗った時に、子供は六人って言ってたかな?」
観光って……何の話?
突然のんきな単語が降って沸いたが、突っ込まないことにした。余計なことはスルーだ。
六人兄弟? 弟四人もいんの!? とちょっとびっくりはしているが。
「じゃあさ、その中に、キルアって子いる?」
「知らないよ
「おま……そこ肝心なトコだって……」
「気になるんならイルミに訊けばいいじゃないか、あ、電話するかい?」
パッと差し出されたケータイに、慌ててぶんぶんと頭を横に振った。
しかしまぁ頑張って尋ねたのに、役に立たない奇術師だ。

 いや、ヒソカから事故的に聞いた“ゾルディック”というファミリーネームを、次にあの子に会った時にぶつけてみればいいかもしれない。兄弟じゃないなんて、言わなくなるかもしれない。
 でも。
 それにしたって。
「……なんで」
 兄貴! と呼び掛けてきたのはあの子の方なのに、いなくなった経緯も合致して、あの子の言う通り兄弟なんだと確信した後になって、なんでやっぱり違うだなんて。
 そこでふと、あれ? と思い、用はなくなったがまだ隣を走っていたヒソカに訊いた。
って……俺の本名?」
「え、今更?」
「えっ」
「普通、キミの家族とボクが繋がってると分かった、つまり去年の試験の時点で、ボクが押し付けた名前の意味についても考えるんじゃないのかい?」
 そ……そうかな、と苦い顔で納得すれば、ヒソカはわざとらしくため息を吐いた。
「キミはやっぱり頭が足りないね。シャルナークがいないとこんなものか
「そ……」
そんなことないやい!
と反論したい気持ちは山々だったが、事実、そうなのかもしれなかった。去年の試験はほとんどシャルのおかげ。この一年の間にも、何度師匠に呆れられたことか。
お前馬鹿なの? って初対面の人から言われたこともあるし、そこら辺は重々承知してます……でもヒソカに指摘されるのは、なんかムカツク。

 やっぱりちょっと反論しておこうと振り向いて、しかしはビクッと固まった。
 いつの間にやらごく近くを一緒に走っていた勇気ある受験者が、ヒソカ越しに、こちらをじぃっと見ていたからだ。
 その様子も怖ければ、見てくれも怖い。
 何でそんなに針、顔に刺さってんの。
「あ、彼は……」
 301番のプレートをつけたモヒカンの針男と、の間でヒソカがニタリと笑う。
「ボクの仲間。あ、旅団じゃないよ
あー……、これ、知ってる。
類友ってヤツだ。
「えーっと……は、はじめまして、です」
自己紹介するも、相手はそれに応えるどころか――カタカタカタカタと、何かの音が口のすき間からひたすら漏れているだけだった。
……うん、完全にヒソカの類友だ……。


 キルアに拒絶された際に試験の説明を聞き逃し、実のところ何となくみんなと一緒に走っていたは、五時間のマラソンの後、上り階段を一段飛ばしで駆け上がる最中にようやくヒソカから“サトツっていう外巻き髭の試験官についていくことが一次試験”だと教わった。
ただついていくだけ……しかしさすがにノンストップ階段マラソンは道半ばで倒れこむ受験者も多いようだった。

 そんな受験者を避けて上り続ける、ヒソカ、ついでに301番針男は結局息すら切らさないまま合計八時間の持久走を終えたため、同じく地上に到達した受験者達からますます気味悪がられ、距離を開けられることになった。
 えっへん。念能力者、プラス師匠の教えを請うたのでこの程度は当然!
 ……しかし、ヒソカの同類扱いは辛かった。
 俺は類友じゃないよ。

 そんなこんなで、地下トンネルを抜けた彼らの目の前に広がったのは曇天と広大な湿地帯なのだが――そこでは、とても、とても困惑していた。

 え、何それ……。
 試験官がニセモノって、ど、どういうこと……!?

 ヌメーレ湿原。人間を含む様々な生物を日々騙し、欺いて食糧にする動植物が生息するこの場所は、通称“詐欺師のねぐら”と呼ばれているのだと。
 そう説明した外巻き髭の試験官サトツこそ、受験者達を欺いて連れ去ろうとしている人面猿だ! と主張する男が現れたのだ。
 満身創痍の彼は、自分が本物の試験官であるという。猿に襲われ、成り変わられたらしいが……
 彼は、ものすごく説得力のあるモノを持っていた。

 ちょ……
 あの人が持ってきた人面猿の死骸、サトツって人にすげえそっくり……!!

「つ、つまりあの試験官、猿? 猿が成りすましてる? ニセモノ? 俺ら今まで猿についてきてたってこと? このまま髭の方についていったら俺ら猿の食糧に……!」
「キミ、それ本気で言ってる?」
「へ?」
 人面猿に群がられ捕食される想像に戦慄していたに、ヒソカが呆れ果てたように首を振った。
「しょうがないね、見ててごらん

 言うや否や、ヒソカは両手でトランプを投げ放った。
 周で抜き身の刃物と化したそれらの、右手の四枚はサトツへ。左手の三枚は自分こそがと名乗り出た男へ。
 前者が無傷で受け止めたのに対し、後者は――
「う」
 呻いたの視線の先で、顔からトランプを生やしてあっけなく崩れ落ちた。
 そして、彼の手元の死骸……実は死骸ではなく、そのフリをしていたらしい猿は身の危険を感じて逃げようとした。そいつにも、トドメのトランプ。

「これで決定
軽快にトランプをシャッフルし終えたヒソカが、「そっちが本物だね」 サトツを向いて言う。
「試験官というのは、審査委員会から依頼されたハンターが無償で任務につくものそれが、あの程度の攻撃を防げないわけがないからね

 ……あー……なるほど……

 試験官に攻撃したヒソカへの厳重注意が行われている間、はゆっくり納得していた。
 全部、乱入してきた人面猿二匹による芝居だったのか。
 実際に目の前で繰り広げられた、命に関わる騙し合い。それに冷水を浴びせかけられた受験者達は、サトツこと、本物の第一次試験官に続いてヌメーレ湿原へと足を踏み入れていく。
 彼らにすぐには続かず、
「猿に簡単に入れ替わられる試験官なんて、嫌だしなぁ……そうだよなぁ……」
 まだその場で反省していたを、「キミはやっぱり頭が足りない」 ヒソカが追い抜いていった。

「あまりがっかりさせないでくれよ 期待できないと分かったら、うっかり殺しちゃうかもしれないから
「へ?」
「師匠が誰だか知らないけど猿とハンターの見分け方も教えてくれなかったそいつより、シャルナークにコーチしてもらった方が良かったんじゃないかな?」
ああ、ボクが教えても良かったな、手取り足取り…… とヒソカの横顔が悦に入る。
それに生理的不快感をもよおす前に――は沸き起こった感情と共に、拳を固めていた。

「まあこの試験中はじっくり観ているよ キミの一年がどんなものだったのか
湿原へと歩を進めながらひらりと手を振るヒソカが、
「あまり期待はしな……」
途中で言葉を切ったのは、彼の背後で渦巻いたオーラを感じ取ったせいかもしれなかった。

「師匠を悪く言うな」

 少し見開いた目で振り向いたヒソカを、強く、強く睨みつける。をそうするように突き動かしたのは怒りだったが、だがすぐに自責の念が視線を下げさせた。重い息が漏れる。
「……俺がたいしたことないのは、それは、単に俺のせいで……」
 それと共に、ヒソカの目も元の通り細まった。
 そんな彼に、びしっと人差し指を突き付ける。
「でも! 師匠はすげえ人なんだからな! 世界最強で、お前なんかよりも絶対ずっとずーっと強いんだからなっ!!」
 覚えとけ! と三下な捨てゼリフを吐いてヒソカを追い抜き、は湿原へと走った。言いたいだけ言って“クロロの教えが悪いと言われたこと”に対する怒りは鎮まったのか、走りながら胸中を占めるのはもう自分への反省だけだった。

 俺がヘボだと、師匠の評価にも関わるのか……。

 自分は何を言われてもいい、特にヒソカなんかにがっかりされようが知ったことではないが(殺しちゃうかもとか言ってたのは若干気になるが)、自分のせいでクロロまで悪く言われるのは嫌だった。
 そんなの、申し訳なさ過ぎる。
 クロロは誰よりもすごい、最強だ。なのに、俺がヘボなばっかりに過小評価されてしまうなんて……

 そんなの、ダメだ!

「くそーッ!! 頑張るッ!!」
 自分に発破をかける大声が、地面に擬態していて通り過ぎる獲物をぱっくんと捕食するマチボッケをビクッと驚かせ、その間に無事通過していたことも知らぬまま、は先を行く受験者集団へと疾走していった。



 *



「世界最強で、ボクよりも強いのか どんな師匠なんだろうねぇ
誰もいなくなった湿原入り口で、奇術師が一人楽しそうに笑む。
他人の評価など当てにならない。自分が目にし、判断したことしか信じないヒソカだが、それでも少し“の師匠”とやらに興味が沸いた。
男か女かも分からないが、機会があれば一度見定めてみたいものだ。

 ヒソカにそんな興味を抱かせたのは、に他ならない。
 本心から『シャルナークがいないとこんなものか』 と思い、一人先に湿原へ向かおうとした自分の背中は、敏感にその練を感じ取った。
 他人が自分に飛ばす殺気は、とても心地良い。
 それが本気の怒り、嫌悪感であればあるほど気持ちが良いが、やはりヒソカが舌なめずりをするほど快感なのはそれが手練れである時に限られる。

 前言撤回 やはりキミの師匠は良い指導者だ

 の場合はそもそもの血統も影響しているかもしれないが、しかしあの殺気、あの練。
 ぞくりとした。
 シャルナークがいないとこんなもの、というのも撤回しよう。キミはやっぱり、美味しそうだ……

 しかしながら、ぞくりとするほど殺しがいのある使い手である片鱗を見せられはしたが、まだまだ手にかけるつもりはヒソカにはなかった。
 じっくり観察すると言った試験中は勿論のこと、その先も、しばらくは。
 渡した電話番号で連絡を取り、再会を果たしてもらわねば困るのだ。こちらは――一人に執心しているわけではないのだから。

 取るに足らない使い手だと思っていた。せいぜい87点。団長やマチに比べると戦いたいとすら思わない、ただの蜘蛛の足の一本。
 しかし、一年前の試験で彼は面白い顔を見せ始めた。特に最終試験で、を殺そうとした(と見えたんだろう)ヒソカへ駆け出し、向けた殺気。

 あれには……煽られたよ、シャルナーク
思わず加減を忘れて、試験官の顔を切り裂いちゃったほどに

 シャルを変えたのは疑いようもなくにも足りないところは多々あり、シャルの力が必要だ。しかしながらそれはシャルも同じ。
 彼らは互いに補完し合い、変化し、今以上の使い手へと成長できる。

 そう、ボク好みの使い手にね……

 既に受験者集団の姿はないが、301番の針人間が発信機で位置を知らせてくれるので問題ない。ゆっくり行けばいいのだが……
 ああダメだ、あんなオーラを当てられては、欲情しない方が無理だよね
上唇を舐める。
、シャルナーク、そしてまだ見ぬの師匠……お楽しみが多すぎて抑制の利かない自分を慰めようと、ヒソカは地面を蹴って走り出した。

 そうだな……
まだ見ぬ逸材がいるかもしれないし、試験官ごっこでもしようか、殺すついでに……




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シャルは逃げた方がいい。