63.焚火
豚を捕まえて焼けと言われた。
遡ること少し前。
可哀想なレオリオに付き添っているところに、ゴンとクラピカが遅れて到着。そのまま彼らと話そうかと思ったが、ゴンへと歩いてくるキルアに気付いてそれをやめた。
「どんなマジック使ったんだ? 絶対もう戻ってこれないと思ったぜ」
を完全に無視して話すキルアの強い拒絶を感じて、これ以上その場にいられなくなったのだ。
年端もいかない子にびびって距離を置く俺ナサケナイ……とがっくり地面を見つめていると、正午ぴったり、それまで閉まっていたプレハブ小屋の扉が開いた。
現れたのは勝ち気そうなお姉さんと、さっきから鳴り響いていた怪音は、ああコイツの腹の音かと心底納得できるような、いかにも大食漢な男性だった。
彼ら、二人の第二次試験官からの、第一課題。
それが『豚を捕まえて丸焼きにしてこい』 という、『走ってついて来い』 にも劣らないシンプルな命令であり、が一人森を散策している理由であった。
想像していた一般的なものより、この森に住む豚は異様に大きく、凶暴だった。身の丈をゆうに超える巨大豚、それが群れをなして猛進してきたが、正直なところ風がそよいだ程度にしか感じられなかった。
猛進と言っても、クロロと違ってこちらに到達するまでに数秒もかかっているし、クロロの拳と違って巨大な角のような鼻は硬も何もしていないわけで。
ひょいと飛び上がって数頭をやり過ごした後、は着地ついでに最後尾の豚に木刀を打ち下ろした。
特別周もしていない一撃で、昏倒、捕獲。……あっけない。
しかしながら、「うーん……」 と悩まなければいけない事態はその後訪れた。
え、丸焼きって……
どうやって焼こう。
「あ、! 何してるの?」
頑丈そうな太い枝を切り落とし、邪魔な葉っぱを取っていたところに明るい声がかかった。
振り返るまでもなく、受験生の中でこんなに元気よく、かつ友好的に話し掛けてくれる子をは一人しか知らない。
ああ、でも、キルアも俺以外にはこんな風に気さくに話し掛けてたっけ……
と切ない気分になりながらも、は「丸焼きの準備ー」 とやや下方に笑いかけた。キルアと同い年くらいで、うらやましくもそのキルアに友好的に話し掛けてもらっている少年、ゴンに。
いや、こんな子供に嫉妬とか、末期だよな……
「その木、燃料にするの?」
興味深げにこちらを見上げる大きな瞳に、いじけ心はひとまず隠すことにした。
「これはね、組み立てんの。だって……」
二つの丸太の先を交差させつつ、は説明した。
「丸焼きと言えば、手足縛って吊るしてあぶってぐるぐる回して『おいしく焼けましたー!』 だろ!」
の持つ四本の木をじっと見つめている様は、これを二本ずつ交差させて地面に立てるのを想像してくれているようだった。
「じゃあ、もう一本豚を吊るす長いのが要るね。オレ、探してくるから、一緒に焼いてもいい?」
たたっ、とゴンが駆けていった先には、一頭の豚がのびていた。自分と同じく楽々仕留めたようで、こんな小さい子が、とも思ったが、まあハンター試験に参加している時点でただの子供ではないのだろう。
ならきっと……キルアも豚にはじき飛ばされて怪我、なんてことは無いんだろーな。
被害妄想かもしれないが課題開始と共にこちらを避けるようにいなくなってしまったキルアの、その身の案じている間に、ゴンは早くも近くの大木に手ごろな枝を見つけていた。
高い位置に伸びるそれを、うーんと考えながら見上げている。
「しならせれば折れるかなー」
「ん、俺が切るよ」
別の木の幹を踏み台に飛び上がり、は木刀を一振りした。今度は軽く周をして。鍛えられた真剣のような切れ味で、すぱんと太い枝を切り落とす。
「それ、木でできてるよね? なのにナイフみたい……!」
落下した木に駆け寄ったゴンは、遅れて着地したをきらきら見上げた。まっすぐに褒め称えてくれる少年の姿に、はつい照れる。
いっそ感動さえした。
そしてこの少年の反応に、最初に『兄貴!』 と呼んでくれた時のキルアを思い出して……
落ち込んだ。
ヒソカに酷い目に合わされたらしいレオリオと、金髪猫目のクラピカさん。ゴンの仲間である二人は、受験者達の強さに恐れおののいて一斉に逃げ出した豚を追いかけていってしまったそうだ。
さっさと仕留めてくるからよ、火の用意頼むわ!
というレオリオのお願い通り、ゴンは彼らを見送って一人薪を集めようとしていたところだったらしい。
「じゃーん」
「あ、着火サン!」
木々を組み終え、豚を縛りつけ終え、下に枝葉をセッティングしている際にアウトドアの必需品をポケット(に見せかけてメモリーボックス)から取り出してみせれば、ゴンはまた表情を輝かせてくれた。ライターと違ってスイッチが点火部分から遠い簡単安全火着け器具、“着火サン”である。
「オレ火、持ってないから助かっちゃった」
「どうするつもりだったんだ?」
「一から起こそうかと。でもちょっと時間かかっちゃうよね」
「マジでか……」
アウトドア精神はゴンくんの方が高いようだ。
ごみくずに火を着けて、それを枝葉に移しながら思う。
キルアは、火、どうしてんのかなー……
の手元を見守るゴンを、ちらっと盗み見る。もうすっかり友達みたいだし、どうするとか、知ってるだろうか。
聞いてみようか、どうしようか、しかしキルアに火のあてがなかったところで自分を頼ってくれるとは到底思えず、うーんと聞きあぐねていると……知らぬ間にゴンの瞳はの顔を見つめていた。
この子の瞳は犬みたいにまっすぐで、ちょっとドキッとする。
「とキルアって、やっぱり似てるよね」
「えっ……ホント?」
うん、とゴンが頷くまでもなく、ニヤけていた。え、似てるとか、嬉しい。
「髪とか目とか、口元もそっくりだもん。誰が見たって兄弟だよ」
「そう?」
「うん」
炎が大きくなってきたので、少し離れつつ、空気と薪を足してやる。ニヤけながら。だがそれがふっ飛ぶのは簡単だった。
「でも、なんでキルアは違うって言うんだろうね」
「……う……」
焚火は十分な火力を持った。後は、豚達を吊るした丸太ごと時折ひっくり返しながら待つだけだ。
手近な岩に腰を下ろし、豚を焦がす炎を眺める。
「ホント……なんでなんだろうなー……」
「あれからキルアと話した?」
「え、うーん……去年も試験受けて落ちた話したら……」
隣にしゃがむゴンに、吐露する。
「……ダサイって言われちゃった」
すると、ゴンは首を傾いできょとんとした。
「なんで? オレは、落ちて、そのまま諦める方が格好悪いと思うなぁ」
その嘘偽りのない少年の瞳に、傷だらけだった心が震えた。
そ、そんな優しいこと……
なんていい子……っ
そのハンター試験に舞い降りた天使のようなゴンから「去年の試験ってどういうのだったの?」 と質問があったので、は快く答えた。
今年の物とは違う試験内容や、強い上にとても頭のキレる友達の存在に加え、「ヒソカもいたんだよね?」 と訊かれたので、その奇術師のやりたい放題っぷりも交えてしばらく話した後、あ、と思いだして豚をひっくり返しにかかった。オレも手伝う! と言ってくれる辺り、やはりいい子だ。
それぞれ両端を持ってひっくり返しながら「キルアともこんな話できたらなー」 とこぼすと、豚の向こうでゴンが「大丈夫だよ、家族だもん」 と笑ってくれた。
「オレとミトさん、あ、母親みたいな人だけど、何回もケンカしてるけど、何回も仲直りしてるよ」
母親みたいな、という言い回しには引っかかったが、その辺りはまったく気にすることもない事情だとゴンの口ぶりが言っているので、ゴンが真に言いたいことだけを考えることにした。
家族。
は煙に煽られるままに、目を細めた。
ゴンの言っている家族とは、一つ屋根の下で、ずっと一緒に過ごしてきた者達のことを指しているのだと思う。
でも。
でも俺は、キルアのこと、よくは知らない。
知っていたのかもしれないが……分からない。
だから急に態度を変えた理由なんて、まったく見当も――
豚を二つひっくり返し終え、よし、とゴンが戻っていく先には彼のリュックサックがあった。その傍らには、鉤針、それと赤い球形の錘がついた細長い棒。
煮詰まりつつあったが、あーもうわかんねー! とそれらを一時投げ出して話題の方向を変えるには、格好すぎる標的だった。
「それってさ、気になってたけど、釣り竿だよな?」
「うん」
「もしかしてー……武器?」
「うん」
その返事を聞いて、「よ、よかったら、触らせてくれる……?」 と両手をわきわきさせたのは端から見れば若干気持ちが悪かったかもしれない。
それでも「いいよ!」 と差し出してくれたゴンのなんと純真無垢なことか。
ゴンの釣り竿は、武器とはいうもののそれほど重くなかった。
しかしよくしなり、そして竿の内部に収納されている糸はひどく丈夫だ。最も武器らしいと言えば、やはり強度の高そうなこの赤い球体だろうか。
ずるずる引っ張り出していた糸をしまい、ゴンに断って一振りさせてもらおうとうきうき考えていた時――この青空キッチンに客が訪れた。
「悪いが、その豚置いていきな」
355という番号札をつけた背の高い男が、大振りのナイフを主にへちらつかせてそう要求した。
豚は、なかなかきれいに色づいてきている。
そこを見計らい、楽して合格しようとしている横取り受験者らしかった。こういう奴は毎年いるんだなぁと鉤針をつんつんいじりながら思う。シャルも鈴、横取りされたって言ってたっけ。
まあ俺は、ドジらずに撃退するけどな!
視線とナイフをに向けた355とは、別の気配が現れた。
それはゴンの背後の茂み。355が注意を引いた隙をついてゴンを狙った261番の若い男は、弱く見える子供を人質にでもしようと目論んだのだろうか。
しかしそれは叶わなかった。
が小さく振った釣り竿が、それを叶えさせてやらなかった。無音でしなった竿が糸に進むべき方向を伝え、その末端に光る赤い錘が空気を突っ切る。
まずは261の顔面にヒット。
彼の意識をふっ飛ばした後、緩んだ糸をは再び手元の竿で操り、今度はまだ仲間がやられたことを把握しきっていない様子の355の横っ面を叩いた。
……これ……師匠に言わせれば戦利品だよなー……
ぶっ倒れた355の取り落としたナイフに熱い視線を送るへ、大きな瞳をきらきらさせたゴンが駆け寄ってきた。
「、釣竿、使ったことあるの? 釣り上手い?」
「ん、いや……でも勝手は鞭と似てるし、それに」
「それに?」
武器って認識した瞬間から、それは友達だから!!
……と拳を握って叫ぼうとしたのを、新たなお客によって遮られた。倒れ伏している受験者に目を丸くしながらやってきたのは、今度は敵ではない二人、レオリオとクラピカだった。叫ばなくてよかった。
彼らが抱えてきたとれたてほやほやの豚も火の上にセッティングしようと作業が始まったが、はすぐには手伝えず、二人がやってきた方の林ばかりを見つめていた。
この三人とは仲がいいはずなのに、キルアは来ない。
「豚がオレらにびびっちまってなー。追ってる内にあいつとははぐれちまって。まだ苦労してんじゃねーか?」
レオリオからはそう聞いたが、素直にそうとは納得できなかった。
来ないのは……俺がいるからじゃないかな。
一人黙って肩を落とすを、隣でゴンが気遣うように見上げていた。
なぁゴン。
家族のはずなのに、なんで俺、嫌われちゃったのかな。
“俺、きみのこと……思い出したくない”
キルアの夢を見た日の夜、鏡の前で。
今の自分をなくしたくないからって、そんなことを思ってしまった罰なのかな。
← back →
------------------------
|