68.塔 2




 ポンズという名前らしい。
 ポンズ、うん、かわいい名前だ……って。

 試験に集中しろ! とは頭を振った。ついでにスキルハンターを発動させるクロロを思い浮かべておいた。あ、うん、ゾッとして頭が冷えた、ありがとう師匠。

 と礼を言ったところで顔を上げれば、自分以外の三人が立ち止まっていた。
「話し合い……っていうか」
 呆れ顔でポンズ。
「どっちでもいいわコレ」
 面倒くさそうに黒髪をいじるリリン。
 そして独断即決マイペースに、二つに分かれた道の片方へ入っていくギタラクル。
 女性陣もそれに特に意義を唱えることなく続いていくのを、頭が冷えたばかりのはぽかんと眺めていた。
 置いていかれては適わないので付いていくが、なんだか腑に落ちないので呼び掛けると、狭い一本道ではそれはよく響いた。結果、全員に振り向かれて肝心の言葉に詰まる。
「あ、いや……その、もうちょっと選んだり、しないのかなーって……」
 何とか言葉にしたというのに、無視、ため息、困り顔という反応でそれぞれに一蹴されてしまった。え? 俺、そこまで間違ったこと言った?
 確かに今の二択は、右か左かというだけなので自分とて“どっちでもいい”が、行き止まりだったら、とか考えると――

「話し合いで意見が割れて、でも相手を力で屈服させることはできない。どちらも折れなければ、消費されるのは時間だわ」
 歩調を緩めて傍で説明してくれたのはポンズだ。
「でも試験には時間制限がある。だから、意味のない意見の出し合いは極力避けるべきだと思う」
「そっか、なるほど……」
 可愛いうえに優しい、しかもよく考えてるんだなぁ、と表情をだらしなくしてひとしきり関心したは、去年のことを思い出した。
 前回の試験でもこういう通路を進んだが、ゴールしたのは時間ギリギリだった。なるほど時間の節約は大切だ。しかし。
 どうしても意見が割れるような設問にぶち当たったら、どうするのだろう?

 の心配を察してくれたのか何なのか、そういう二択が突き付けられたのは一時間もしない内だった。
「我々と戦うか、戦わないか、話し合って決めてもらおう」
 そう軍人のような威圧感のある発声で告げたのは、単に布を繋いだだけくらいにしか見えない囚人服を着た男。試験を補佐する、試練官だ。
「全員殺せばいいの? じゃあ行くよ」
 はえーよ!! と全員から総ツッコミを受けたのはギタラクルだ。何が? と本人は振り向いて首を傾げるが、後ろで試練官が何かまだ言いたげである。聞いてあげてほしい。

 戦う場合のルールは、一対一、勝った者は続けて次の対戦者と戦い、先に四勝した方が勝ち。試練官が塞ぐ通路の先へと進めるというもの。試合は死ぬかギブアップで負け。全員の敗走は試験失格である。
「避けられる不確定要素は避けるべきよ。……例え対価を払っても」
 ポンズが乗った戦わない方の対価とは、時間だ。“二十四時間小部屋で待機した後、進むこと”。試合そのものを回避できるのだ。
「でもあの、時間を消費しちゃうのはやっぱまずくない?」
 と、は先ほどの会話を意識して言うも、
「戦って負けたらどうするの? ギブアップもできない状態になったら? しゃべれない状態にされて、殺さず放置されても負けで失格なのよ? それに比べたら一日のロスはむしろ安いわ、そうじゃない?」
 食い気味に、有無を言わせぬ勢いで反論された。……女の子、怖い。
「あ、で、でも、勝てるんなら、やっぱロスはしない方が……」
「あの男、見たことあるわ。ニュースでやってたもの……今はもう無い、アドラハン王国が滅んだきっかけのクーデター。その首謀者よ。一国の軍人のトップ! 戦うなんてバカよ!」
「うーん……」
 返答に困った。正直、見たところあの試練官が強いとはお世辞にも思えなかった。試練官のオーラが一般人と同じく垂れ流し状態だからか、それとも自分の中の強さの基準がクロロだからかは分からないが、が身構えなければならないような怖さは微塵もない。
 その感想はポンズ以外の二人も同じだと思うが、ここで少し欲が出た。
「なら俺が戦うよ、勝てるから、信じて!」
 かわいい女の子にかっこいいと思われたい!!
 が、完全に裏目に出たらしいことは、ポンズが「え……」 と漏らしたっきり口元をひきつらせたことで察しがついてしまった。距離を開けようとする彼女に、今度はが「え」 と手を伸ばす。だがまるきり逆効果でさらに開いてしまった心と現実の距離に、心の中で『えー……』 と嘆いた。
 ヒソカやギタラクルと知り合いだって思われて引かれたあと、ちょっとは持ち直したと思ったのに何で……
 って、もしかして。今回も同じような理由で引かれた?
 ポンズの大きな瞳は雄弁だった。『あの軍人テロリストに勝てるって、何この人、やっぱりヒソカの同類……』 という震え声がまるで聞こえてくるようだ。
「い、いや、俺はヒソカみたいな化け物なんかじゃ」
 ヒソカの名前を出した途端、びくっと肩を震わせられて、すぐに『あ、失敗した』 と思った。

 そんな行き詰まった空気を読んだのか、むしろ読まなかったのか、
「話し合い終わった? じゃあ殺るよ」
 ギタラクルの緊張感に欠けた声にもポンズも同時に「はぁ!?」 と振り向いた。
「だ、だからアイツは」
「戦いたいって言うんだから任せましょうよ、あれもヒソカの知り合いみたいよ、一次試験で一緒に走ってるの見たもの」 
 とにかく戦闘は回避しようと訴えるポンズを、今度はリリンが止めた。どうでもいいが、あれも、の“も”は余計だ。
 大体、このリリンという女性も立派に纏をした念能力者のくせに、ポンズと共に自分達を化け物扱いするのはいかがなものか。ひどくないか。

 反対の声は飲み込んだものの、おそらくまだ納得はしていないポンズを放ってギタラクルは淡々と話を進めていた。
「面倒だからそっちは四人で来れば」
「……いや、ルールは順守しよう」
「あっそう。とにかくさっさと始めてくれる?」
 そこからの展開は、まるでベルトコンベア上の流れ作業だった。
 一人目の試練官が拘束具を外され、ギタラクルの前に大きな図体を晒す。しかし試合開始が告げられるや、一本の鋲が彼の額から生え、顔面をぴくぴくさせた男は白目を剥いたまま「まいった」 と口にした。
 細々違いはあれど、大まかに言って、これが四回繰り返されたのである。「あの鋲、ギタラクルが投げてるの、よね?」 とポンズが青ざめながら確認してきたのは三回目のことだ。
「だから四人で来ればって言ったんだ」
 顔に表情はなく、肩だけかったるそうに回しながらギタラクルは最後に鋲を刺した元軍人に近づいていく。
「こっちの勝ちだよね」
「はい、どうぞお通リクダサイ」



 72時間ある中で見れば時間のロスはまったくわずかで、達は、焦りとは縁のない空気で通路を進んでいた。
 会話はまったく無いが。
 原因は単に、四人に立て続けに勝利したギタラクルが先頭で我が道を行き、ポンズが彼と、その知り合いの男を警戒するように距離を開け、その視線の痛さにがげんなりしている――それだけだ。
 どうにか場を和ませてはくれないか、とリリンを見やるも、ポンズよりさらに後方を我関せずと歩いている。纏だけは相変わらずきっちりしているし、いつも適度な距離を保っているし、警戒心はポンズと同じかそれ以上のような気もする。つまるところ友好関係の足掛かりすら見当たらない状態だ。

 今年の試験、こんなんの連続……
 いい加減、俺の心も限界だ……

 重なる足音に被せるように、誰にも気付かれないよう長く息を吐いて、吐いて、吐ききって前を向いたは、
「うわ」
 まさか合うとは思っていなかった二つの瞳に非常に素直に驚いた。変形前の顔で見られるよりは、想像すると大分マシだったが。
 いや、半年前に会った時も、表情はないが整った顔立ちではある今の容貌だったのだから、鋲を刺している方を変形後と言うべきか。先ほども鋲を刺されるなりギブアップ宣言をしていた試練官を鑑みるに、鋲で刺したものを何かしら操作する能力なのかもしれない。
 と、そこまで考えてこっそりニヤついた。どう? 師匠、俺なかなか頭使えてね?

 その師匠のことについて、ギタラクルには言いたいこと、聞きたいことがあるにはあったが――ポンズの目があって話しかけづらく思っている内に、

 相手に先んじられた。
「お前さ、何でハンターになりたいの」

 ……この人って、基本、上から目線だよな。
 釈然とせず、それにこれ以上仲良しだと思われるのも嫌なので返答するかどうか迷ったが、無視するというのも感じが悪い。そこでいっそ、三人に視線を送りながら全員を話題に巻き込むようにして答えることにした。沈黙はもう嫌だ!
「まぁ……去年のリベンジ、かな。前回、最終試験で落ちちゃったんだよね」
 はあははと笑って答えた。ゴンの仲間、レオリオとクラピカにもらった憐れみの目を、また見るわけにはいかない。
「それに、友達と約束もしたし」
 合格して、手に入れた番号に電話するんだ。
 色々落ち込んで見失いかけていたが、自分にとって大切な目標を、は強い眼差しをもって噛みしめた。そのために一年、死線をさまよいながら頑張ってきたのだ。
 ギタラクルは、そんなをじっと見ていた。本当に人形じゃないかと思うほど瞬きをせず、穴が空くくらい、じーっと。
 が眉を寄せて訝しむと、やっと「ふうん」 と声を発したが、何だか含みを持たせたその返事にやっぱり釈然としない気持ちを抱える。それで半ば喧嘩腰に、
「じゃあそっちの理由は?」
 と訊いたが、返ってきたのは「仕事で必要だから」 という簡潔なものだった。
「仕事って?」
「何でお前に答えなきゃいけないの」
 上から目線!!
 半年前もそうだったけど、やっぱりコイツ、嫌なヤツ……!!
 そんなを鎮めたのは、「私も」 不意に口を開いたポンズだった。
「似たような理由よ。仕事……まだアマチュアハンターとしての活動だけど、プロになった方が、活動範囲も人脈も広がるから」
 彼女はこちらではなく、ゆっくり後ろへ流れていく壁の方を見たままだったが、嬉しかった。話してくれたことが、ほんのちょっぴりでも今までと違って距離を縮めてくれたことが、嬉しくては急いで会話を繋いだ。
「どんな仕事?」
 すぐにではなかったが、ポンズから答えが返ってくる。
「おおざっぱに言えば、生物の生態調査かな。専門は昆虫類ね、蝶とか、蜂とか」
 へえ、と相槌を打つより先に、
「だから飼ってんの?」
 ギタラクルがその一言で、ポンズの目を見開かせた。敵意と恐れを混じらせた顔をして足を止める。何のことか分からないが――せっかく明るい雰囲気になりかけてたのに! 水刺すなよ!
 淀みかけた空気を取り払うように、は一番後ろを歩く人物に話を振る。
「えーと、リリンは?」
「はっ?」
「ハンター志望動機」
 サングラスで顔の半分は見えないが、あからさまに嫌な顔をした。しかし全員がリリンの方を見る中で、彼女も折れたようだ。
「……アタシも、仕事関係よ」
「どんな?」
 これを訊いたのはポンズ。
「あー……探偵とか、何でも屋、みたいな? 上に言われてんのよね、ライセンス取るまで帰ってくんなって」
 肩をすくめるように息を吐いて、
「ところで、アンタは?」
 こっちに話を振って来た。志望動機はいの一番に話しましたけど、ときょとんとしていると、違うわよと一蹴される。
「仕事」
「あー……」
 クロロといた一年間も、ちょこちょことバイトはしていた。クロロに衣食住を世話にならない程度にだ。だが今現在は――
「えーっと……今は……無職?」
 瞬間、ポンズから触れてはいけない話題に触れた時の「あ……」 が漏れた。
 リリンにも目を逸らされた。
 通路から会話が消え、元通り、規則正しい足音が響き出す。

 ……真剣に考えた。
 ライセンスを取ることが出来たら、手に職をつけようと。



 それからも通路の分岐はいくつもあった。
 “右の道を行くか、十時間を払って左の道を行くか”ではどうしても深読みをしてしまい多少モメたが(結局二十分ほどモメた後、時間を支払う小部屋で顔を付き合わせ続けるのは苦痛という理由で右の道を行った)、そう話し合いに時間をとられることなく、おおむね順調に進んでいた。
 この部屋に来るまでは。
 そこはとても広く、しかし空間の大きさに反して異様に息苦しさを感じる場所だった。
 その閉塞感は、来た道が突然降りてきた壁に閉ざされ、さらに強まる。
 密室と化した部屋の奥に、二つドアがある。この内のどちらかに進めというのなら、今までの議題とそう変わりはない。が、二つの間にあるプレートがそんなぬるさを打ち砕いた。

 “ドアの先に進めるのは、各一名のみ”
 “この部屋に残る二人を話し合って決めてください”




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