7. 女試験官





 ──どういう事だ。
 ──試験終了?
 ──何がどうしたんだ、一体?

 ざわつきが収まるのをスーツ姿の女性は待っていたが、キリがない事を察したのか、どこからか取り出した細い棒──三段階に伸びる教鞭を、
 ガオンッ
 自分が立っている天井の一部だった鉄板、それを吊り下げている鉄の柱に思い切り打ちつけた。
「第一次試験は終了致しました。質問がおありでしたら、どうぞ、挙手で」

 水を打ったように静まりかえった中、おそるおそると言った感じで手が一つ挙がった。くっと眼鏡を持ち上げ、女性が彼を指す。
「……一体、どういう試験だったんだ?」

 それに対する女性の答えは、大体シャルが読んだ通りだった。
 地下の密室、顔を合わせたばかりのライバル達、いつ来るか分からない試験管、薄くなっていく空気、暑さ──様々な不安要素に耐える事が、一次試験の内容だったのだ。
「本当は空気が無くなるぎりぎりまで放っておいて、身体も精神も追い込む予定だったんですけどね。何だか、不足の事態が起きてしまったようで…」
 女性がインテリっぽい眼鏡の奥で、床のあちらこちらを見渡した。
「まぁ、いいでしょう。ライバルの妨害工作に打ち勝つ事も、ハンターへの道の一つと言えますから、それに……」
 女性は小声でこう続けた。それに、あのまま放っておいたらこちらとしても監視するに耐えない状況になっていましたし……と。

 は近くに落ちていたバンタの空き缶を拾い上げ、シャルに「……これ?」と目で尋ねてみた。肩をすくめた彼は「おそらくね」と言う風に笑った。
 だとしたら、今女性に見逃されたトンパは多分、冷や汗をかきながら胸をなで下ろしているに違いない。

 ……ちょっと待て。
 俺も、飲んだんですけど……?

 顔をひきつらせ、無意識に腹をさするになど目をくれるはずもなく、女性は受験者全員を見下ろす高台の上からその名を名乗った。
「申し遅れましたが、私は第二次試験の試験官を務めさせて頂きます、ベルと申します」

「ちょっと待って。あなた……」
「挙手でお願いします」
 はいはい、と、無駄に露出度の高い女(化粧直しに没頭していた奴だ)は腕をかったるそうに伸ばし、145番、と呼ばれてからあらためて話し出した。
「あなた、アナウンスと同じ人でしょ。一次試験と二次試験は同じ試験官なの?」
「いいえ。一次試験の担当者は他にいます。私はアナウンス役をしていたに過ぎません」
「一次の試験官さんはどうしてここに来ないわけ?」
「私は放送で、『後ほど試験官が参ります』とだけしか言っていません。そして二次試験の試験官である私がやってきた、何か問題でも?」
「あら。ちゃんとしておかないと、また何かしらの騙しかもしれないじゃない? それとも一次試験の試験官は顔を見せられない理由でもあるのかしら?」

「……ベル」

 目のやり場に困るビキニとミニスカートだけの服装の女と、キャリアウーマン風のお堅そうな女試験官とのにらみ合いを遮ったのは、低くしわがれた声だった。
 受験生達は一斉に天井──そこに女試験官が乗っている鉄板の面積と同じだけ空いた穴に目をやり、そして誰かが「ひっ」と悲鳴をこぼした。

「……ボク、出て行った方がいい……?」

 暗い穴の端っこからぼんやりと覗く、窪んだ目と、その周りの焼けただれたような皮膚。重く、おどろおどろしさに満ちている声はおよそ人のそれとはほど遠かった。
「……別にいいわよ、うん。二次試験、始めるんでしょ」
 苦笑いで、露出度の高い女が退いた。
 顔を見せられない理由は、ちゃんとあったようだ。

「それでは、皆様を二次試験会場へご案内いたします。こちらへどうぞ」




「なぁ、シャル」
 密室にもう一つ出現した、こちらは地上への階段ではなく狭い通路が横に伸びる出口。そこを受験者に混じって歩く途中ではまた耳打ちした。
「やっぱりあのジュース、何か入ってたんだな……なぁ、俺、大丈夫かな」
「見る限り、かなり即効性の下剤だね。のだけ入ってないとか、遅効性だったってのは考えにくいから……」
 シャルは言葉を切り、作業つなぎをきちんと着直したをじろじろと観察した。
「その腹がよっぽど丈夫だったって事だな」

 は、今度こそ心の底から安堵した。
 身体には異常は見られない、でも本当に大丈夫なんだろうか……そんな不安など吹き飛んだ。結局、シャルの予見したことは今まで全て当たっているのだ。ジュースの事も、一次試験の事も。彼の断言の信頼性はもはや言うまでもない。
 金次第で世界中のありとあらゆる情報を手に入れられるという、途方もない特権を持つハンターライセンスも、彼の情報処理能力ならば有意義に使いこなせることだろう。まだ一次試験が終わったばかりであり、ハンターの資質としては絶対条件ともいえそうな戦闘力がどれほどの物なのかは全く分からないが、確かにはシャルの周りに、他の受験者とは一線を画した部分を感じていた。

 戦闘力というのなら、ヒソカだ。
 トランプが人の皮膚にあんなに深々と刺さる物だなんて始めて知った。"武器"というカテゴリー内にトランプは入れるべきか否か、はちょっと悩んでいる。しかし、自分には使えそうもない事は確かだ
 一次試験中ずっと落ち着き払っていたマチにしても、彼ら三人には他の奴らとは違う余裕──なりに言う所の"壁"があった。

「ところでそれ、どうすんの?」
 その壁の中の住人から声をかけられ、つい「ふえっ?」と変な返事をしてしまった。
 シャルは、作業つなぎの胸元を指差していた。

 ああ、銃。俺が鞭で奪い取って、その後持ち主がトランプの餌食になっちゃった、このバレッタね。

「うん……せっかくだから、俺が面倒みちゃおうかな」
 幼子をあやすように優しく、服ごしに叩いてやる。するとシャルは整った顔を崩して吹き出した。
「変な奴」
「そう?」
「武器、そんなに好きなの?」
「そりゃあ、唯一の家族だからな」
「家族?」
 面食らった顔でオウム返しをしてきたが、彼の思考は機敏に働いたようだった。
「それも記憶喪失関係?」
「うん。目が覚めた時の唯一の持ち物なんだよね。唯一っていうか……全身武器だらけだったんだけど。だから、愛着あって」
「へーえ」
 シャルは大げさに深く頷いた。

 狭く長い一本道の通路は、そろそろ終わりのようだ。段々と流れが詰まり始めてたちも立ち止まる事を余儀なくされた。前の方で一人ずつドアでもくぐってるのかな? と背伸びをしていると、シャルがこんな事を言ってきた。
「もしが試験に落ちても、オレが昔の事調べてやるよ。勿論有料だけどね」
 おいおい、俺、落ちるのかよ!とつっこもうとしたが、
「ま、そんな必要ないとは思うけどさ」
 そう言って再び動き出した流れにさっさと乗っていったものだから、は目を丸くして、ツッコミの言葉を呑み込んでしまった。

 それって……俺なら合格できるってこと?

 壁の中の住人の言葉は、流れの最後尾の受験者に追い越されるまで、の頭の中で大きく響いていた。




 カンカン。
 教鞭が、室内の空気を支配するように鳴らされた。

 部屋は広く、机が階段状にびっしりと並んでいた。清掃のバイトで見たことがある。大学なんかの教室と同じだ。
 受験者はそこに、受験番号が続かないようにバラバラに着席するよう指示されたため、シャルとマチは首を振っても目に入らない席にいた。唯一ヒソカが前方に見える。
 いや、彼は特に目立つのだ。凄惨なトランプショーをやってのけた彼の前後左右は、綺麗に一席ずつ空いているんだから。
 ……あ、やべ、こっち向いた。
 ヒソカの手は確実にに向けて振られていた。彼の二つ後ろに座る男が明らかにびびっているのを視界に留めつつ、それから自分の周りの奴らに変な目で見られているのにも気付きつつ、一応小さく手を振り返しておいた。

 ……それにしても。
 は部屋を、そして目の前に置かれた白い紙、鉛筆を見て首を傾げた。
 今度は何の試験だろう?

「それでは、只今より第2次試験を始めます。課題は──」
 黒板を背にした女試験官──ベルが、腰くらいまである高い机に両手をつき、受験者達を見渡し、言った。

「筆記試験です」


 の思考回路が、凍り付いた。

 シャルさん。
 期待を裏切るようだけど、俺、やっぱ合格できないかもしれない。






  back  
------------------------
NARUTOの中忍試験に影響されてることを白状します。