78.降参
キルアやゴンと話したり、ハンゾーに食堂で絡まれたり、部屋でおとなしく武器充している内に時間は過ぎ、とうとう最終試験を迎えたは会場に設定されたホテルの一室を軽く見渡していた。
そこは、例えばウェイターをしたことのある個人の結婚式程度を開くなど到底場違い。国家規模の大きな社交界を催してやっと見合うほどの大広間だった。
確かにここなら、一対一のトーナメント、というネテロの提示した実戦的な最終試験内容にも不足は無さそうだ。
ただ。
ただ、さあ……!!
は一人、公開された組み合わせ表を愕然と見つめていた。
トーナメントと呼ばれる形式の常ならず、この試験では当たった相手と試合をし、一度でも勝てばその場で勝ち抜け、ハンター試験の合格が与えられるらしい。
負けた者は、勝ち上がりならぬ負け上がりで次の試合へ。
つまり、この表での優勝者は、たった一人の不合格者ということだ。
その点はむしろ大歓迎である。合格率十分の九は、仰天するほどの低難易度に思えるからだ。
しかしを含め、受験者の多くが眉を寄せたのはその不平等な組み合わせ方である。
キルアも食って掛かったが、各々の試合可能回数がバラバラで、二回しかチャンスのない者もいれば最大五回試合が行える者もいる。試験の成績によって決めたとネテロはいうが、身体能力や精神力などに加え、もっとも重要視されたのが“それらでは測れない何か”なんて曖昧な基準を挙げられてはキルアが納得しきらないように顔をしかめたのも無理はないように思えた。
しかしは、どうやらその基準においての成績優良者だったのか、勝ち抜けるチャンスが五回与えられた者の一人だった。なので、試合回数三回という評価にかご機嫌斜めなキルアには後ろめたさが邪魔をして声をかけられないものの、自分に下された評価自体はありがたくもあった。
……ただ。
が今涙目でネテロを睨んでいるのは、皆が疑問に思って質問したり文句をつけたりしていることとは少し違う。
違う、が、とてもじゃないが承服できない、大いなる問題だった。
三日前の、面談でのこと。
『えー、おぬしの記憶やら実家のことはさておき』
の身内と去年から通じていたという爆弾情報が投下された後、オーバーヒートして机に突っ伏していたへネテロは淡々と質問の続きを行った。
『おぬし以外の九人の中で、一番注目しているのは?』
注目……? とその問いにまだ頭が回りきらない内に、『あーまあ、聞くまでもなかったな弟じゃな、その一挙手一投足に気持ち悪いほど注目しとるもんな』 ネテロが勝手に答えを出す。
き、きもちわるくないもん多分……!!
言いかえす前にネテロから次の、そして最後の質問が繰り出された。
『では。同じく、一番戦いたくないのは?』
机から顔を上げたには、二人の念能力者の姿が過ぎっていた。
『……ヒソカ、かなぁ』
『ふむ』
『いや、ギタラクルもすっげーむかつくし嫌いだし顔も見たくないくらいだけど、戦うんならいっそ本気で叩きのめしてやりたい!! ……けど、ヒソカは……』
『ふむ?』
『めちゃくちゃむかついたり嫌いだったりはしないけど、顔は見たくないっつーか、苦手っつーか、見られただけで鳥肌立つっていうか……あ、うん、なるべく関わりたくないかな……』
『ふむふむ、関わりたくない、と』
『うん、関わりたくない』
その時ネテロは、の返答内容を手元のボードに書き付けていたはずだ。
そして今、試験成績の審査基準についてこうも言ったのを、は聞き逃さなかった。
『三つの審査基準と、諸君らの生の声を吟味した結果こうなった』、と。
うん、じゃあ俺の面談の時の答えも十分吟味されてるはずだよね。
三日もあったんだもんね。
じゃあさ、何でさ、
俺、ヒソカと戦うことになってんのかなあああ!?
トーナメント表で自分とヒソカの番号が仲よく線で繋がっているのを見た瞬間からずっと、何の嫌がらせっすかこれ……!? とネテロを睨み倒しているが、一度も視線が合わない。分かってて目を逸らしているとしか思えない。代わりにの死亡フラグを憐れむ目と、犠牲者に少し早い黙祷を捧げる気配と、なんだかねっとりべたつく視線を浴びながら、はトーナメント一回戦の開始宣言を聞いていた。
ヒソカと戦う羽目になったのは、一回戦第二試合。五回と最も多いチャンスを与えられたのが自分とハンゾー、ゴン、ヒソカの四人だけのため、早い対戦になるのは至極当然なのだが、今行われている試合の次に地獄の時間が待ち受けているのだと思うともはやネテロを恨むどころではなく、襲い来る寒気のせいで肌が粟立って仕方ない。
心の準備など間に合うわけが……
そんな心配に反して、第一試合は長引いた。
最終試験の試合では、カウントはとられない。相手を殺してしまった場合の反則負けという共倒れな勝敗のつき方以外には、どちらかが自分の負けを宣言するまで勝敗はつかない――長引いたのは、ひとえにそんなルールが原因だ。
三時間、一方的にいたぶられている方の受験者が頑としてまいったと言わなかったのである。
ゴンの腕がハンゾーによって折られた時。年端のいかない少年のうめく姿に思わず目を逸らしまったのと同時に気になったのは、キルアの反応だった。
試合中、ずっと苛ついているように思えた。
ゴンが一撃を食らってしまえば舌打ちし、降参を頑なに拒否するたびに眉間に皺を寄せていたキルアは――その瞬間は、無表情にハンゾーの行為を見届けていた。驚いたものの、それに感化されるようにも冷静に、激痛に歯を食いしばるゴンを見つめ直す。
もう使えないだろう左腕は見るに耐えない。
が、どこかで安堵する自分がいた。
これで最後だろう。
さすがにここまでされれば、ゴンも諦めるだろう、と。
もう、そんな痛い思いしないでいいよ。
ゴンならきっと次の試合で勝てるさ、だから!
キルアとは真逆に目に見えていきり立ったレオリオとクラピカも、きっと心の底から切に願っていることは同じだと思った。
諦めろ!
ハンゾーは正しく試合をしている。降参しろと再三通告しながら、拒否するゴンの心をどうにか折るために痛めつけ、半ば懇願するようにまた降参を促す。
だからこそ皆、諦めないゴンがもどかしい。
諦めてくれ……!
しかし、そんな自分を追い詰めるようなムードを、ゴンは一途な意思で粉砕した。
「……はぁ……」
小さく溜め息をついたの前では、勝敗の決した後のなんやかんやのごたごたでハンゾーにアッパーカットをくらったゴンが、黒服試験官によって医務室へと運ばれようとしていた。
正直なところ、自分の試合を前にして何より頭を占めていたのは『帰りたい……!!』 という叫びだ。何が嬉しくてヒソカと一対一で戦わなきゃいけない!
心の準備をしようにもそんな拒否反応しか起こらず、なんならチャンスはあと四回あるのだからいっそ棄権しても、と本当に試合を回避する案すら浮かんでいた。
しかし、自分よりはるか年下の子供が見せた気概はどうだ?
その意志はあの、こと戦闘に関しては冷静、冷徹な顔を見せるハンゾーですら、『まいったと言わせる術を思いつかねぇ』 と白旗を上げるほど固く、それでいて純粋さに満ちていた。
『もしここで諦めたら、一生会えない気がする』
たとえ鋭い隠し刃を突き付けられようとも。
一歩も引かず、まだ見ぬ父親に誇れる生き方を貫こうとする様をゴンに見せつけられてしまっては、自分だって不様な試合は見せられないじゃないか。
シャルから一年遅れの合格でも、恥ずかしくないと思える自分でありたい。
クロロの名を貶めるることのない弟子でありたい。
そして何より。
すぐ傍にいるキルアに、間違ってもダサイだなんて二度と言われたくないな、と苦笑しながらゴンを見送ったは、すべての泣きごとを吹き飛ばすように息を吐き出すと少し前にメモリーボックスから取り出した武器を握りしめた。
俺だって誇りたい。今の生き方を。
ちなみに、戦闘的には優位な状態にあるにもかかわらずハンゾーが負けを宣言したことが不服だったのか、ちゃんと勝負して勝ち負け決めよう! とゴンはまっすぐな生き方を誇るにも程があるむちゃくちゃな主張をしたわけだが、そんな少年を正当な苛立ちと共に殴り飛ばしたハンゾーは、激情一転、この後目覚めたゴンが勝敗に納得が行かず合格を辞退するのでは、という心配をネテロに呈した。
対戦相手だけあってゴンをよく理解している。
いや、ゼビル島でも思ったがハンゾーは意外と人の心情をおもんばかる人間なのだ。エロくて調子がいい部分を思い返せば本っ当意外だが。
しかしネテロからすぐに“何があってもゴンの合格は取り消されない”という旨を聞き、ハンゾーは納得した様子で広間の中央からこちら、次の試合を待つ側へと歩いてくる。
「なんでわざと負けたの」
その歩みを止めた声があった。
キルア?
腕を折る以上に、降参させられる方法をハンゾーなら心得ているはずだと彼を見上げるキルアに、しばし瞑目した後ハンゾーは答えた。
ゴンを気に入ってしまったことが敗因だと。
そう言って離れていくハンゾーには照れが見えたが、それを見送るキルアの顔は、が怪訝に思うほど曇っていた。
ゴンの合格が決まってもキルアから憮然とした表情が消えなかったのは、勝ったとはいえボロボロの友達が心配なんだろうとは軽く考えていた。
でも。
「キルア?」
何がその心を悩ませているのか。
しかしそれを知る前に第二試合で対戦する二人の名前が呼ばれてしまい、はキルアの横顔から視線を外すしかなかった。
「やあ。試験の最終日にキミと戦えるなんて嬉しいね 」
俺は嬉しくない。
だが顔には出さず、努めて平然と広間の中央に歩み出る。対峙したヒソカは、こちらを舐めるように眺めたのち、目を眇めた。
「ずっと腰に下げていた木刀がないね 武器はキミの恋人じゃなかったのかい?」
恋人?
そんなことをヒソカに語ったつもりはないが、大切に思っていることは事実である木刀は広間の壁に立てかけてあった。
この試合に出番がないのと、かといって皆のいる場で収納することもできなかった結果の置き場所だ。
「見たところ手ぶらだけど 」
「別にいーだろ。それより……」
「分かってるよ 」
くく、と笑いながら、ひそめた声が二人しか聞こえないほどの距離まで近づき、
「発は無しだ 」
それだけ真面目にささやくと、その後は自身の体を抱きしめて恍惚の笑みを浮かべるわ舌なめずりするわ、やりたい放題しながらの全身をチキン肌にしたのはこちらの発言である。
「せっかくキミとやれるというのに、残念この上ないね ルールにキツく拘束されて、相手を逝かせることも禁じられて、互いを求め合うまま本能の高まるままにシ合えないなんてナマ殺しもいいところだ、ああっ、ボクは欲求不満だよ…… 」
やっぱり帰りたくなったに罪は無い。ああしかしこんなことでめげて負け上がりなんてかっこ悪すぎる。
「すいません早く始めてください!!」
「せっかちだね、そんなにボクとシた」
「お前は黙れ……!」
周りの同情の視線を一身に浴びながら、は試験官の開始の合図を涙目で、切実に待った。
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