79.武器




 自分のオーラを制御しながらここまで真剣に組み合うのは、思えばクロロの他には初めてだった。
 修業とは銘打っていても、こちらを殺す気としか思えなかったクロロに比べ、ヒソカがに撃ってくる拳は格段に遅く感じる。だがそれが実力とは思わない。何だか様子見のような、遊んでいるような、そんな余裕ばかりがヒソカの絶えない笑みから伝わってくるからだ。

 なので、こちらもご様子伺いとばかりに素手で対応していた。
 組み合いから離れようとしたヒソカを間髪入れずに追えば、予期していたかのようにオーラを多大に割り振った掌底がを迎え撃った。
 冷静にほぼ同じだけのオーラを左手にまとわせ、それを弾く。しかし死角から別の掌底が飛んできたのはヒソカの戦い慣れている証拠である。
 ばちん、とそれが打ち込まれたのは、の頬。
 ではなく、頬をかばうように覆った右肘だ。

 こっちだって毎日毎日死に物狂いで鬼のように強い男の攻撃をさばいてきたのだ。防がれるつもりのなかった攻撃が通らず一瞬目を瞠ったヒソカの、その顎を蹴り上げるくらいの芸当はできる!
 そうして大きく仰け反ったヒソカに、は欲をかいた。
 同じ足でもう一発、蹴りを見舞ってやろうかと。
 それはたったコンマ数秒の思考だったが、足をわずかに畳む必要があるその動作に意識をやったせいでヒソカの手品に気付くのが遅れてしまった。
「――ッ」
 さっきまではどちらの手にも持っていなかったはずのトランプが、仰け反ったままのヒソカから奇妙に器用に放たれたのだ。

 咄嗟にとった防御手段は、袖口に忍ばせておいた武器を手のひらへと滑らせることだった。
 それを振るえば、二枚のカードが鉱質な音を立ててを傷つけることなく弾き飛ばされる。ただし、ヒソカを蹴り飛ばしてやろうと畳み掛けていた足は攻撃ではなく離脱に使うことにした。ヒソカを地面代わりにトンッと蹴って離れた床へ着地する。
 そこで、ゾッとした。
 遠くに見える奇術師が、顎を蹴り上げられて上半身を仰け反らせた格好から、時間をかけて起き上がってくるのは軽くホラーだった。その愉しそうな笑い声も相まって……く、心に、ダメージが……

「鉄の……それは、扇かい?」
 未だ非人間的な体勢ながら、そのヒソカの言うことは正解だった。
 木刀ではトランプを弾くには小回りが利かない、とヒソカとの試合の対策を練った結果、長さ三十センチ、折り畳んだ状態でも盾として十分使える幅四センチというサイズで選んだのがこの鉄扇だ。
 ただし正解だと言ってやる気はなかった。無言で改めて短い得物を前方に突き出し、構える。
 起き上がり終えて首をひとつ鳴らすヒソカの方も、口端を上げるだけで、それでどこまで応戦するのかな、と試すようにトランプという名の凶器を放った。

 三度手首を返し、三枚を弾き飛ばす。床を這うようにして迫ってきた四枚目に対処すれば、次の瞬間には投げた本人がすぐ前に接近していた。
 彼が横に薙いだその手にはやはりトランプがあり、もやはり鉄扇で応戦する。逆手に持って腕に沿わせてコテ代わりにトランプの猛攻を防ぎきったのち、真上から打ち下されたカードを顔に刺さる間際で受け止めれば、さながら刃物同士の鍔競り合いのような格好になる。
「うーん」
 ぎりぎりと競る武器たちの向こうでヒソカが唸った。
「何だか……そうだ、腑に落ちないね

 言い終わるのと同時に、ヒソカの自由な方の手が閃いた。鍔競り合いの下で防御の薄くなっているの腹部を狙ってトランプをナイフのごとく振るったのだ。
 が、にも空いている腕はある。危ういところでそれを払いのけ、ついでに鉄扇の方でも受けていたトランプを受け流して後ろに下がった。
 すぐさま構え直して、問う。
「何がだよ」
「キミが、その武器を選んだ理由……かな?」
 タネを悟らせない所作で出現させたトランプワンセットが、しゃらららっと切られる。
「使い方からしてトランプ対策なんだろうけど、それ一つで対処しきれるとは思っていないだろう? 現に今距離を取った 守りきれず、攻めきれもしない証拠だ、なのにもう片方の手はずっと素手のまま
軽快な音とは似つかないねばついた声と視線が、の左手に集中する。
「いつ使うのかな

 …………きもちわるいよう。
 鳥肌の立った左手を思わず背中へ避難させたが、それが余計に隠し球があるように見えたのか、ヒソカの笑みのおぞましさ度数がアップする。
 や、やめろよう。
 べつに期待するほどの秘密兵器とか用意してないよ!
 などというの心中など信じないようにヒソカがまき散らしたトランプは、豪雨と化してに襲いかかる。それを落ち着いて右へ左へと叩き落とすのはやはり右手に握る小さな鉄扇一本きりだ。

 手持ちの鉄扇が一つだけだったわけではない。
 両手に持てばより攻撃を捌きやすいだろう。
 それをしないのに一応理由はあるが、対ヒソカ戦における一発逆転の手札! という大それたものではない。単に、別の武器を持つために空けているだけなのだ。

 トランプの嵐に乗じて再び本人が接近――などという同じパターンを繰り返すわけもなく、ヒソカの姿はかき消えていた。
 しかしわずかに殺気を感じた方向に鉄扇を向けると、狙い済ましたようにその手にヒソカの足が降る。その重さに引っ張られてぐらついたの背中へ、両指を組んだヒソカの拳がまとめて降り下された。
「がはっ」
 二度の衝撃に思わず鉄扇を取り落としたに、ヒソカは容赦ない。
 床に叩きつけられる寸前のを、その顎を、間髪入れずに全力で蹴り飛ばした。

……!!」
 宙を舞ったの名を、誰かが悲痛に叫ぶ。

 しかしながら、殴り、蹴り、武器を手放させ、一気に劣勢へと落とし込んだはずのヒソカは、自分がふっ飛ばしたを怪訝そうに見つめていた。
 それはきっと、顎を蹴り抜いた時の感触が妙だったからだろう。
 まるで……薄い壁を一枚挟んだかのような。
 蹴り応えの無さに訝しむヒソカが答えに辿り着く前に、まだ無防備にふっ飛ぶ格好のままは左手を閃かせた。

 空中を切り裂くのは、顎へのヒットを防いだ薄い盾。
 虚をつかれたヒソカの頬に赤い線を描いたのは、薄い、ヒソカのトランプである。

 くっそ鉄扇! 落としたゴメン……!!
 心で泣きながら、はくるんと身を翻して着地した。
 同時に、右手に投げナイフ。左手には床に刺さっていたトランプを三枚抜いて広げ持つ。そして周。ただの紙から鋼鉄以上の強度を得たこれこそ、左手に持とうと思っていた別の武器だった。

「へぇ、これは――」

 開きかけたヒソカの口を塞ぐようにトランプを放つ。いとも簡単に避けられたが、その隙には床を這うようにして彼の懐へ飛び込んでいた。
 二枚目で一閃。
 避けられるが、それを手首を返して投げることで追撃。ヒソカはとっさにガードしたもののトランプは盾にした腕につき刺さり、もう一枚のトランプが飛来したのをきっかけにヒソカはから離れる選択をした。
 トランプ三枚。それらはすべての手を離れており、すぐには遠距離攻撃はこないと踏んだからだろう。
 しかし、
「!」
 気付けば新たに二枚のカードがヒソカに肉薄し、目の下と髪を切り刻んで行った。

 背後の壁に刺さったその二枚を見やり、ゆっくり首を戻したヒソカは、既に両手に三枚ずつトランプを揃えているを見て……
「ああ、ボクが投げて、部屋中に刺さってるカードすべてが既にキミのモノなんだね……
弧を描かせた唇に、舌を這わす。
「恋人を寝とられた気分だよ しかもボクの時より具合がイイようだ……くっくっくっ、なんだか屈辱的で、ぞくぞくするね

……気持ちの悪い例えはやめて欲しい。
だが、試合が始まる前もヒソカは口にしたが、恋人、という言い方は心に響くものがあった。

 何の記憶もない中で目覚めた時から、武器たちは自分の傍に寄り添ってくれていた。
 友達のように。
 家族のように。
 恋人のように……
 トランプを広げ持ち、さらにポケットに常備している投げナイフの存在を感じながら、こんな風に傍にいてくれるのだから恋人という例えも間違ってないと思った。思ったが……首をひねる。

 武器が俺の恋人、なのか?
 そりゃあ、俺は武器が大好きで大好きで仕方ない。だから武器を恋人みたいだと例えるのも、気持ちの上では間違ってない。

 だけどなんだろう。
 違和感がある。
 ……違う。
 ……逆。
 ……武器は好きだけれど。

 愛されてるのは、こっち。俺が、武器たちの恋人、だ――


「“発”は禁止だよ

 至近距離からのヒソカの声で視界がバチリと弾ける。反射的にトランプを投げ、避けたヒソカにさらに蹴りを見舞うことで危機を脱したが、冷や汗は止まらなかった。
 ぼうっとしていた。そして我に返った今となっては、その間何を考えていたのかよく思い出せない。
 試合中に何やってんだ俺、と叱咤するに、不様に倒れたままヒソカがくつくつ笑う。
「なるほど、ね…… 他人の武器すら自分を愛させ、支配下に置き、操る……まさにこの世のすべてはキミの武器というわけか
むくり、と起き上がったヒソカが、纏うオーラを立ち上がらせる。

「だけど、それは“キミ”ではないだろ?」

 直後、ヒソカのこの試合一番のスピードをは見た。その顔を間近で見、気付けば真上へ打ち上げられていた。そして天井に到達する寸前で再びその顔が。
「ぐっ」
 今度は反応が間に合い、天井を全力で蹴ることでヒソカのしなやかな回し蹴りから離脱できたものの、それで攻撃が終わるわけもない。
 床に四肢をついて辛くも着地したは、自分を追うように急降下してくるヒソカのオーラを感じつつ――
「――え」
 目の前に横たわっている鉄の扇に、目を丸くした。

 これを取り落とした後、自分は数メートル飛ばされたはず。
 その場所で今打ち上げられ、真下に戻ってきたのだから位置関係は変わっていない……はずなのに。
 どうしてその鉄扇が、まるでに引き寄せられたかのように、こんなにも近くに落ちているのか。

『他人の武器すら支配下に置き、操る』
 今しがたのヒソカの言葉が、の中の特別な記憶を呼び覚ます。
 自分ではない、自分の記憶。
 鏡を前にした過去の自分が、ナイフを自在に操っていた映像だ。

 …………操ったの、か?
 知らぬ間に?
『発は禁止だよ』 
ヒソカにそう言われて我に返るまで、ぼうっとしていた、あの時に?

 ………………そんな――

 上空から圧縮されたオーラが落下してくるのをビリビリ感じる。
 こちらを叩きのめさんとするヒソカの攻撃が降ってくる。
 が、難なく受け止められるだろう。
 目の前にある鉄扇に手を伸ばし、オーラのほとんどをそれに流し込んでやれば。

 が自ら硬をするより、武器を介した周の方が攻撃力も防御力は上がる。それは今までの修業の中で感じていた。
 だから鉄扇を手に取るべきだ。
 考えるまでもない。
 目の前に武器があるなら、この手を伸ばすべきだ。

 しかし。


「――――ッ!」


 は鉄扇に伸ばさなかった腕に、ほとんどすべてのオーラを集めて凝縮させ、ヒソカの攻撃を受け止めた。その重さに食いしばった歯がみしりと鳴る。床がひび割れる。いなしきれなかった力がの腕から血を噴き出させる。
「ぐ……ッ」
 食いしばった歯から声が漏れるほど、ダメージは激しい。
 それでも、が選んだのは武器を手に取らないことだった。

『発は禁止』
 そういうヒソカとのルールにもかかわらず発を使ったのは……武器を引き寄せたのは、自分ではない。
 “アイツ”だ。
 去年の試験で試合相手を殺し、試験官を殺し、……シャルを傷つけ、その存在が甦るにつれメモリーボックスを目減りさせ、今また見に覚えのない発で武器を操ったのは過去の自分だ。

 いやだ。

 ヒソカの攻撃が迫り来るその一瞬の中で、は迷いなく即断していた。
 嫌だ。
 昔の俺なんかで勝ちたくない。
 嫌だ!
 しゃしゃり出てくんな!

 俺は、今の俺で、戦うんだ――!!


 過去を拒絶した分だけダメージを負ったその腕で、何とかヒソカを振り払ったはすぐさま鉄扇を掴み――あさっての方向へ放り投げた。
 観客にも審判にも意味不明な行為に映っただろうが、はそれで“どうやら昔の自分がしゃしゃり出てきて武器を操作して引き寄せた分”をチャラにすると、落下地点へ先回りし、やっと心おきなく鉄扇を受け止め、しっかりと握りしめた。

 腕のダメージは酷くとも、それでも周なら負けるつもりはない。
 そして武器は、メモリーボックスを使わずとも――いくらでもある。

 わざわざ引き寄せなくとも、床に、壁に、天井に、自分とヒソカを取り囲む四方の至る所に突き刺さっているトランプは、すべての武器である。
 全員、味方。
 負ける気などしない。

 飛来するトランプを鉄扇で打ち払いながら突き進み、フェイントを混じえた後に蹴りを放つもそれを掴まれてしまう。だがも黙ってぶん投げられはしない。けん制でトランプを放つとヒソカは回避と共に距離を取り、それによって生まれた余裕では態勢を整え、着地と同時にトランプを補給した。

 ヒソカは強い。ぞっとするほど怖くて、恐ろしい。
 だが。
「勝てなくても……降参しなきゃ負けじゃねえもんな!」
 服も顔も体もいい加減ズタボロだが、武器たちに囲まれたは強気に笑んだ。そして床にヒビを走らせるほど強く蹴り、突っ込んでいく。

 昔の自分の発に頼っていれば、傷を負わなかったのは事実。
 今の俺じゃ勝てないかもしれない。
 ヒソカには届かないかもしれない。

 でもこの試合で“負けない”ことくらいは。
 “決して諦めない”ことは今の自分にだってできるのだ。
 半ばやけくそ、非常に格好悪いが、それが自分の精一杯なのだから仕方がない。



「お前が疲れて疲れてもうイヤだって言うまで、一生だって戦い続けてやる!!」



「それは困るね
「だっ」

 突然右足が何かに引っ張られ、体勢を崩した結果叩きこもうとした鉄扇は空振った。
 何だ!? と、どうも違和感のある自分の足をオーラを集めた目で見てみれば、そこから伸びる細長いオーラが。
 そういえばその足は、さっきヒソカに掴まれ――これは、まさか。
「お前! 発は禁止ぐぁっ」
 抗議する間もなくヒソカに頭をワシ掴みされ、さらに力任せにの顔面は床にめり込まされた。
 いってぇ……っ つかズルい! 痛い! ズルいヒドイ! 俺カッコ悪い……!!
 強気で宣言したばかりだというのに何という締まらなさ。駆け巡る怒りや情けなさとは裏腹に、多大な痛みと軽い脳震盪のせいですぐには反撃に移れないのがまた口惜しかった。しかし額から血を流しながらも、赤く染まった床の破片をパラパラと顔から降らせながらも、は自分を奮い立たせる。
 ……絶対降参するなんて言わない! 言わなきゃ負けない! 自分で白旗上げて格好悪く負け上がりなんてしてたまるか! 参ったなんてぜった
「参った

「………………は」

 視界の揺れが収まるのを待って顔を上げれば、もう一度同じ言葉が降ってきた。
「参った この試合はボクの負けってことで、ここで終わらせよう
「は……は、何で、何だよそれ……!?」
「勝ったのに不服かい?」
「い、いや……」
額から流れる血を乱暴に拭った後、立ち上がってヒソカに詰め寄った。
「ゴンじゃねぇけど、意味分かんねーよ!お前が降参する理由なんてなんも」
「キミがボクのために一生を捧げてくれるのは魅力的だけど
「んなことは言ってない!!」
「このまま戦い続けても、制限がある以上ツマラナイ それに二人きりじゃないとキミも燃えないだろ
「いちいち言い方が!」

「それに、ボクはキミの可能性をまだ見てみたい “昔のキミ”じゃなく、“今のキミ”の……ね

「……!」
「キミはまだ強くなる
文句を見失ったに、ヒソカは踵を返し、受験者たちの中へと戻っていく。
「シャルナークにヨロシク
粘り付く笑みを残して。




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