82.終了
最終試験はたった一人の不合格者が出た時点で打ち切られ、第287期ハンター試験は八名の合格をもって終了した。
一年前にシャルに見せてもらったのとまったく同じライセンスカードを発行され、しかしそれに感慨を覚える間もなくカードの価値や効力、協会の規約などに関する簡単な講習を受けさせられる。そしてはハンターになった。
キルアのいない、この試験会場で。
「!」
講習室を出たところで真っ先に駆け寄って来たのは、布で釣り下げられた左腕が痛々しいゴンだった。
「も一緒に行くよね、キルアのところ」
意気込むゴンの後ろで、レオリオとクラピカも同じ顔をしている。
控え室で眠っていたはずのゴンが、すべての事情を知った上で講習室に駆け込んできたのは、ライセンスについての説明が行われる前、ちょうどキルアのことについて皆が議論していた時だった。
最初に手を挙げたのはレオリオだ。
ボドロ殺害によって不合格になるのは、死に至らしめたキルアではなく、試合相手であった自分ではないか。
『オレの合格を助けたようにも見えるだろ、なら不合格になるのはオレの方だ』
そうレオリオが自ら声を上げたのに続き、クラピカも『明らかに様子の不自然だったキルアはギタラクルに操られていたようにも見える』 とキルアの失格に異議を唱える。それらに対してポックルなどが反論していたが――
そこに加わる気にはなれなかった。
『何でもいいから、早く講習を終わらせてくれ』 と息を吐いているハンゾーの近くで、も同じ意見で頭をいっぱいにしていた。
今キルアが必要としているのは、ハンターライセンスだろうか。
違う。
きっと違う。
『キルは家へ帰ったはずだよ』
すぐに追いかけられなかった自分が不甲斐なく、そのロスを取り返すように講習もライセンスも放り出して会場を出ていこうとしたをこの場に留めたのは誰あろう、イルミだった。
『でもお前、自分の家覚えてるの? え、場所? あ、それより講習始まるみたいだぞ。オレも受けなきゃなんないし、教えるのはその後ね』
……そして、キルアを引き止めることもできず、追いかける先も分からないは、情けなくも渋々講習の席につくことになった。
くそ……早く終われ。早く終われ。そしたらすぐにイルミから、キルアの居場所を聞き出してやる――!
しかしながら先にそれをやってのけたのはゴンで、イルミはイルミであっさりその行き先を吐き、そしてどうやらゴンとレオリオ、クラピカは講習が終わったその足でキルアを連れ戻しに行くようだ。
『も一緒に行くよね、キルアのところ』
そんな彼らに呼び止められ、立ち止まらない理由はなかった。
「まぁ、ククルーマウンテンの場所はまだ調べてねぇが……あっ、キルアの実家ってことは、オメェの実家ってことじゃねーか!」
「そっか! じゃあに案内してもらえば!」
盛り上がりかけた二人を、クラピカが声を顰めて制する。
「レオリオ、ゴン。彼は……」
「あ……わりぃ」
「そっか、記憶喪失だよね……ごめん」
「あー……いや、なんかこっちこそゴメン……」
察してくれるのは助かるが、あまり気を使われるとちょっと悲しくなる。ゴメンねダメな子で……。
しかし、そこですぐに空気を変えてくれるゴンの存在はありがたかった。
「じゃあ、後で調べて、一緒に行けばいいね!」
「あ、うん」
キルアを迎えに行く。その決意に溢れるゴンに比べ、から出た返事はどうも歯切れの悪いものだった。あんなに今か今かと講習の終わりを待っていたのにどうして、と自分でも思うが、多分、時間が経つに連れて後悔と反省ばかりが胸を占めるようになったからだ。
試合中に何もできなかった自分が、
試合の後も何の支えにもなれなかった自分が、キルアを追いかけたところで何をしてあげられるんだろう。
「よぉ」
これからの予定を立てる三人、そしてそれを一歩離れて眺めるに気さくに声をかけてきたのは、同じ合格者であるハンゾーだった。目的を果たした彼は、ひとまず自分の故郷、スシ発祥の国ジャポンへ帰るという。
「、お前にはナナ共々世話になったな」
「あ……あいつも一緒に帰んのか?」
「いーや。どっかで仕事か修業かしながら、来年の試験受けるんだと思うぜ。忍としては任務は果たさなきゃ、故郷の土は踏めねぇってもんだ。帰りたきゃオレと祝言あげて子でも作るか?っつったら、『キモい黙れセクハラハゲ』 って鳩尾に一発入れられてかかと落としくらった上に逆エビに固められたし、帰る気はねーんだろ」
まったく冗談の通じない奴だ、と言うハンゾーには悪いが、同意してやることはできなかった。色々と懲りない忍だ……。
「も、ゴン達も、もしオレの国に来ることがあったら言ってくれ。観光の穴場スポットに案内するぜ」
そう言い、忍にあるまじく名刺を残して去っていくハンゾーを、は「おー」 と手を振りつつも、少し別のことで意識を埋めながら見送った。
きっかけは、ハンゾーの置いていった言葉である。
“観光”。
観光……。
観光、観光地、そこに並ぶ、お土産屋さん……
がうわの空でいる間に、ポックルがクラピカへの謝罪のために訪れていたようだった。
謝罪とは、キルアの行動の不自然さという議論がクラピカから持ち出された際、ポックルが“クラピカがヒソカと密約を交わし、勝ちをもらったことも不自然ではないか”とケチをつけた、その件に関してらしい。実際、試合の中でヒソカはクラピカに何かを囁き、その後なぜか負けを宣言していたが……「感情的になってすまなかった」 と詫びるポックルが、それを再び追及することはなかった。
キルアの失格による不戦勝という不完全な形ではあるが、幻獣ハンターとして自分の道を進むのだと彼はふっきれた顔つきで宣言した。そう、そこまでは良かった。
「ところで……」
こそっ、と声をひそめるまでは。
「誰か、ミラちゃんがどこにいるか知らないか? もしくは彼女の連絡先」
……ここにも懲りない男がいたな。
小首を傾げるゴンと、渋い顔をするとクラピカを尻目に……残念ながらもう一人同類が現れることになった。
「ミラちゃんってあれだろ、協会の手伝いしてるっていう……」
この場にいるもう一人の多感なお年頃、青年の入り口に立つ男レオリオと、ポックルとの間に走るシンパシー。
「ジャージの超絶美少女!」
「ハンター試験会場に降り立った天使!」
「ハニーブロンドのゆるふわガール!」
「癒しの笑顔と甘い声!」
「レオリオ、あんた分かってるじゃないか!」
「ポックルお前もな!」
……などと盛り上がってがっしり握手する二人とは他人の振りをすることにしたらしいクラピカが、
「さあ行こうか、とりあえずククルーマウンテンの所在について調べねばな。飛行船のチケットも、取れるなら取っておこう」
と提案してくれたが、
「、どうしたの?」
とゴンに不思議に思われるほど考え込んだ後、は両手を合わせ、軽く頭を下げた。
「ごめん、ゴン達だけで行ってくんない?」
「え!? キルアのところ、行かないの?」
「行くよ、勿論行く、絶対行く。けど、その前にちょっと用事があって……それやってから、キルアに会いたいというか、やんなきゃ会えないというか、その……」
決してキルアのことを後回しにするということではなく、キルアに会いにいくからこその用事があるのだが、それでも一緒にいけないのは心苦しくて、それにキルアのことを一番に思ってないなんて誤解もされたくなくて……
色々考えるあまりしどろもどろになり、いっそ誤解を受けてしまいそうな態度になってしまったが、ゴンは、ことのほかあっさりと頷いた。
「うん、分かった。オレ達、先に行くね」
それがとても大事な用事だと、解っているかのように。
クラピカも、の申し出とゴンの判断を尊重してくれるようで、場所が分かるかどうかだけをに確認した。“ククルーマウンテン”で調べれば大丈夫だろう、尋ねるアテもある。クラピカに問題無いと返して、は彼らとここで別れることにした。
置いてくなよ! とクラピカの後に慌ててついていくレオリオ、その後ろを行くゴンが、
「」
くるんと振り返る。
「後から絶対に来てね。キルア、に会いたいと思うから」
「そうかな」
「そうだよ! 来なかったらオレ、また怒るよ!」
それは非常に怖い。
怖いが、とてもありがたくもある。キルアとの関係を繋いでくれたのは紛れもなくゴンであり、今もゴンは、ともすれば切れそうな二人の間の糸をしっかりと握り、結んでくれようとする。
「うん、先行って待ってて」
とて、むざむざ糸を手放す気は無い。
必ず行くよ。そんな約束を込めて右腕を大きく振り、ゴンたちを見送ろうとした……が、
「……あっ」
待っててとは言ったが、どこで、という話だ。
が行った時には既にキルアを連れ出した後でしたパターンもあるではないか。
「ご、ごめん、一応ケータイとかの番号教えといて……!」
ゴンは持っていないと言うのでクラピカの番号をメモらせてもらったが、何とも締まらない、ばたばたした別れになってしまった。まぁ、すぐ落ち合う予定ではあるし、いいだろう。
大抵の人には挨拶をした。
試験官たち、というかメンチには「良かったじゃない二浪は免れて!」 と背中を叩かれ、ネテロには「実家へ帰るそうじゃな、ゼノに今年の中元は竹に入った水羊羹がいいと言うといてくれ、老舗のいいヤツ」 と通りすがりに言われた。合格者への扱いが雑だ。特にネテロは去年の方が優しかった気がするが気のせいだろうかつーかだからゼノって言われても俺会ったことないから!
優しいのはミラくらいだったとしみじみ思う。「これからも頑張ってくださいね、応援してます」 と野に咲く花のように微笑んでくれるだけで男にとっては最高の激励だ。ちょっぴり別れを惜しんだが、ハンゾーたちと同列に思われるのは嫌でケータイの番号は聞けなかった。縁があったらまた会えるさ!
ともかくもうほとんどの関係者と挨拶をし終えたには、これ以上ここにいる理由も、言葉を交わしたい人もいない。
「遅かったね、」
そう、いないのだ。
ホテルの入り口にもたれていた身を起こし、“何事もなく”ライセンスを取り終えたような気軽さで声をかけてきた人物となど、目すら合わさずに建物を出てしまいたい。
「何、怒ってるの」
しかし無言で通り過ぎるのは許されず、腕を掴まれる。
「拗ねてるのか? 部外者扱いしたこと。やだなぁ、兄弟だと思ってるよ、記憶が無くてもお前は=ゾルディック、オレの弟だ」
無表情であははと笑いながらぱしぱし肩を叩いてくるイルミは胡散くさい。そして実際、心はこもっていないようだった。
「まあ、今のお前に価値は見いだせないけどね」
そう言って見下ろしてくる底の知れない真っ黒い瞳は、ひんやりと冷気を帯びているように感じる。
そこにはただ最後の言葉への肯定だけが存在していたが、別に、この男にどう思われようとどうでもよかった。
こっちは血が繋がっていること自体、歓迎していないのだから。
肩に置かれたままの手を乱暴に振り払うも、向こうはマイペースだった。
「お前も家に帰るんだっけ? “初めて行く所”だろ? 場所、教えてやるよ」
「いい。……友達に訊く」
「友達? お前に? ……まぁ、昔とまるっきり別人のお前なら、そういうの作ろうと思っても変じゃないのか。一瞬天変地異が起こったかと思ったけど」
……昔の自分が、友達を作ろうとすること自体が異常だと思われるほどのぼっちだったという事実には、蓋をしておくことにして……。
イルミが「ああ」 と思い当たらせたのは、が思い浮かべながら言った友達とは別の人物のようだった。
「友達ってゴンのこと? ゴンとあと二人、さっきまで一緒にいたよね。彼らもウチへ行くんだろ? 一緒に行けば良かったのに」
「行くよ」
「いや、お前置いて行かれてるよね」
……なんだ、その能面にうっすら滲む、可哀想なものを見る表情は!
「別の用があるだけだ、あとで合流するんだよ!」
「ふーん」
イルミの顔はまったく変わらない。
あくまで用事の存在と、さらには友達関係の有無にまで否定的なその様子に、試験中に蓄積されて既に満タンすれすれの鬱憤が溢れかえった。
そして、
「お土産!」
ホテル入口のドアを開ける手も止めて、は大声で言い放っていた。
「約束したから、弟と!」
心持ち目を丸くするイルミを透明なガラス扉の向こうに閉じ込め、は外へ出た。
何十回と夢で見てきた、『いってらっしゃい』 と笑うキルアを思い浮かべながら。
*
一部始終を見ていたヒソカは、そんなことをおくびにも出さずイルミに声をかけた。
「あれ、キミ、と一緒に帰らなかったのかい?」
イルミは振り向かなかった。いつもの朴念仁面に少し驚きのエッセンスを加えた表情をガラス扉に映したまま、彼の弟が去った方を見ている。
実のところ、今自分がした質問の答えは分かっている。に振られたからではなく、イルミには、すぐにかからねばならない仕事があるのだ。手に入れたライセンスが必要な暗殺依頼を遂行するためには、実家に帰っている暇は無い。
しかし暇の無いはずのイルミはいつまでも、じっ、ともうのいない外の景色を見つめている。
やがて、見ている方向はそのままに、ヒソカに一つ質問をした。
「。どこまで記憶が戻ってるんだ?」
「さぁ……知らないけど ボク、試験でしか会ってないしね 」
それは事実だが、自分にあまり信用がないことは知っているため、イルミが納得したのかは不明だ。
とはいえ、どこまで、と尋ねてきたことにそもそも大した意味は無いのかもしれない。の記憶がほんの少しでも戻っていること。それ自体が彼の中で重要なのだろう。そう、こうして控えている仕事より、優先させているほどに。
「キミの大切な手駒に復帰しそうなのかな、は 」
「人聞きが悪いな。あれは大事な弟だよ。あれも、キルも、俺の育てた大事な、ね」
大事な弟、ねぇ
イルミのその愛の形を、明確には知らない。
まぁ世間一般の単純な兄弟愛というものよりは複雑で歪んだものなんだろうと、自分も人のことは言えないながら、そうとだけ認識している。今はまだそれでいいだろう、ヒソカが、やキルアを壊してしまおうと思っていない、今はまだ。
「……あ、渡しそびれた」
「何を?」
イルミがごそりと取り出したのは、紐のついた、小さく、丸っこい形の……
「何だいそれ 」
「ウチの無線機。が落としたヤツ。持たせとこうと思ったのに」
「発信機付き?」
「当たり前だろ」
うん、歪みない
「オレ仕事あるし……あ、ヒソカ渡しといてよ」
「ボクも暇じゃないんだけど 」
「えっ、暇じゃないの?」
ちょっと腹立つ
「まぁいつでもいいからさ。オレよりヒソカの方がコンタクト取りやすいだろ」
「? どうしてだい?」
「旅団つながりでさ」
「あ、知ってたんだ 」
「うん、会った」
「へえ、いつの間に 」
「そいつに懐いてたし、ヒソカが直接じゃなくても、蜘蛛経由で渡しといてよ」
無線機をこちらへ放り投げ、ヒソカがキャッチするのを確認することなくイルミは扉を開けた。閉まる。街の景色に、その姿が消えていく。一応試験では協力関係だったというのに、何ともあっさりとした別れだった。
まぁいいけど
彼が残した無線機をゆらゆらと揺らしながら、とりあえず発信機は取り外しておくとして、直接渡すか、蜘蛛経由で渡すかどちらが面白いかの算段を始めて、ヒソカはふと首を傾げた。
あれ、確かはシャルナークと試験以来会ってないって言ってたはずだけど……
でも“そいつに懐いてた”ってことは、イルミが会った時には二人は一緒にいたんだろうし……
…………うん?
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